紺碧の艦これ-因果戦線-   作:くりむぞー

22 / 22
更新が遅れてしまい申し訳ありません。

今回は結構長いですし、またしても外伝というかおまけがメインです(


ではどうぞ


第20話 彼の者の行方

 紺碧艦隊から後世において人知れず活躍し日本を守り抜いた指揮官である前原一征……彼の今世における転生を確認したとの報を受けた建御雷は、査察を行っていた横須賀鎮守府を急ぎ足で離れ、双方の落ち合う場所をトラック島に指定し久方ぶりの拠点への帰投を果たしていた。

 暫く見ないうちに戦力が増強されていたようであり、新たに米利蘭土と同様の改装を受けた元米国の超弩級戦艦である、炎を思わせるグラデーションがかかった首にゴーグルを下げた西処女阿(ウエストバージニア)、褐色の肌に羽のついたアクセサリーという変わった姿の軽堀尼亜(カリフォルニア)、真面目な女教師かキャビンアテンダントを彷彿とさせるアップ髪に眼鏡の筆汁芭斤(ペンシルベニア)、カウガールのような露出が印象的な根婆汰(ネバダ)の計4隻が月虹艦隊へと加わっていた。……いずれの艦も、米利蘭土らと同様に個性的で癖のある者揃いであるが確かな力を秘めており、近づくハワイ島攻略作戦後のクリスマス島への攻撃の際には存分に活躍するであろうと思われた。

 ――それはさておき、本題は現状で確認された今世への二人目の転生者たる、前原一征についてである。

 情報によれば、彼は記憶喪失の状態で伊168と共につい最近まで彷徨い歩いていたようであるが、謎の少女と旅先で出会ったことで後世の記憶を取り戻したとのことである。行動を共にしていた伊168も同様にその場で自身が艦艇であった頃の記憶を取り戻したらしいが、そこで二人は訳あって別行動となり今に至るというわけである。

 比較的初期の月虹艦隊のメンバーを召集した建御雷は、先行して取らせた調書にざっと目を通して読み終わったのを合図に語り始めた。

 

「……事情は大体わかった。前原司令が今何処にいるか大変気がかりではあるが、それよりも犯人について考察してみようか」

 

「行方は探らなくてもいいんですか?」

 

「無論、探りはするが後回しだ。……それに、行方が途絶えた場所が秋田となれば室蘭にいる旭日艦隊に任せた方が手っ取り早い」

 

 口ではそういうものの、建御雷は行方不明になってから日にちは経過している上に、立ち入る人も少ないということから捜査の手配をしたところで対して手がかりになるものは得られないだろうと考えていた。現に、その場に居合わせたという伊168も直ちに捜索を行ったというが、目撃したこと以外に証拠になりうるものは何も出てこなかったそうであった。

 それ故に犯人の正体を突き止めることを優先し、何故彼が狙われることとなったのかを彼女は順を追って整理してみせる。

 

「――まずは、事件当時までの状況を振り返ってみようか。報告書によれば、記憶が朧気で自身が誰なのかはっきりとしていなかった二人は、手がかりになるかもしれない前原司令の絵の才能を頼りに各地を転々としていたとある」

 

 その際、前原は微かに脳裏に残っていたという『紺碧』と『太郎』というキーワードから『紺碧太郎(こんぺきたろう)』と名乗り、伊168は数字から安直ではあるが『いろは』と名乗っていたとのことだった。

 しかし気になるのは、二人が何故記憶を失った状態へと陥ってしまったのかである。二人が別々の場所で記憶喪失になるならまだしも、同じ場所でそうなるのは偶然にしては出来過ぎているような気がしないでもない。

 

「この世界の前原司令が、記憶を失った直前に海戦の真っ只中に身を置いていたというのが本当ならば、攻撃の影響によって海に放り出されたショックでなってしまったと想像がつくが……伊168までも記憶を失っていたのはどうもよくわからんな」

 

「急な転生によって記憶が肉体に追い付いていなかった、みたいな理由ではないでしょうか?」

 

 手音使が述べた可能性はあり得なくもない。だが、これまで転生してきた同胞の様子を多く見てきていた紺碧艦隊の面々は、揃って首を横に振りその可能性を強く否定した。

 

「――私達も突然の転生を経験した身だから言えるけれど、自分を見失うなんてことはなかった。そりゃあ、誰だって海に放り出されたら困惑するでしょうが、記憶まで飛ぶなんてまずあり得ないわ」

 

「しかし現にこうして起こってマス……イレギュラーで片付けちゃいマスか?」

 

「何でもかんでもその一言で終わらせるのはいけないんじゃないかしら」

 

 経験したことのない異常事態に皆が意見を飛び交わせるが、一向に真相を明らかにするための糸口は見えて来ないままであった。それどころか愚痴言い合いにも発展しかけていた。

 ……そんな時折、建御雷は白熱する応酬の中で報告書の、伊168の覚えている限りの後世世界における記録を示した直筆の資料を再度入念に指でなぞるように眺めて一瞬考えた後、会話を机を叩いて止めさせ、応対をしたとされる伊3001に詰め寄って突きつけた。

 

「なあ、亀天――伊168がコレを書いていた途中、何度も書き直してはいなかったか」

 

「ええ、まあ……確かに何度も書き直していたようですが、それが何か?」

 

「……いや、それだけ聞ければ結構だ。少し外に出てくる」

 

 細かい事を気になって仕方がない彼女は、伊168に関連したことが後々になって響いてくることを懸念して一人執務室を飛び出していった。

 ……なお、肝心なときほどなかなか姿が見つからないということはなく、あっさりと伊168は訓練区画にて体育座りをしているところを発見された。建御雷は様子を窺いつつ、傍らへと自然を装って腰掛けると彼女は何事かと反応した。

 

「貴女は確か……」

 

「航空母艦建御雷だ。一応、紺碧艦隊に頼まれて此処を中心にかつての仲間達を束ねているが……それよりも、どうだ調子は?」

 

「……まだ本調子じゃないわね。これからどうしようかと考え倦ねている最中で、今もずっと迷ってる」

 

 膝を抱き寄せた伊168は紺碧艦隊に導かれて合流したは良いものの、先の見通しが立たないことを悩んでいた。このまま月虹艦隊へ正式に合流することも打診されてはいるが、安直に受け入れていいものかという思いもまたあるのである。

 

「――もしかして、艦隊に早く加わるように説得にでも来たの?」

 

「いや、今回はあくまで別件だ……先の君の報告書について幾つか聞きたいことがあってな」

 

 現物を目の前に揺らし要件に嘘が含まれていないことを建御雷がアピールすると、彼女は彼方を見つめたまま答えられる範囲で答えるとして質問することを承諾した。

 間髪入れずに彼女は迫る表情で、伊168に対し問いかけを行った。

 

「単刀直入に聞くが、これを書いている時に君は『何を見た』?」

 

「『何を見た』って、何よそれ……」

 

「ああ、質問の仕方が悪かったな……言い方を変えよう。君は書いている途中で――『空母が一度に何隻も沈む海戦の光景』を見たのかな?」

 

「――どうしてそれを!?」

 

 誤魔化す素振りを見せることなく伊168は正直に驚いた表情を見せ、そむけていた顔を食い入るようにして建御雷に向ける。一方で、驚かせた側である彼女はというと目頭を押さえてやはりか……と呟き、取り巻く状況を飲み込んでいた。

 実は、調書には書いてあったはずの文章が部分的に筆圧によって残されており、そこには『空母4隻』『撃沈された』『追跡を開始』と読める部分が見えない形で含まれていたのである。現在こそ全く関係のない任務の内容が上書きされているが、目が冴えていた建御雷はその下にあった真実を見逃さなかった。

 

「少なくとも空母が数隻も一度に沈むなんていうのは、紺碧艦隊ぐらいしかやりそうにないことだ。だが、『された』という受け身の言葉があるならば、被害は日本海軍にあったことになる。けれども、君が参加していそうな該当する海戦は私の知る限りでは、後世世界において確認されてはいない」

 

 だとすれば、後世ではない何処かで行われていた海戦のことを言っているのではないかということになり、自動的に前世世界に話の矛先は行くことになる。そして、お誂え向きの海戦が建御雷が知る限りでは1つだけ存在していたのであった。

 

「……ミッドウェー海戦。伊168、君は――かの海戦の記憶を後世の記憶と共に持ち合わせているんじゃないのか」

 

「……どうしてそう思ったの?」

 

「最初は証拠もない単なる憶測だった。……転生時に記憶が消失していたのは、もしかしたら肉体と記憶を同時にこの世界に送り込もうとして、不具合を起こしたからなのではないかって」

 

「不具合って……具体的には?」

 

「例えば2つの記憶、前世と後世の記憶を同時に伊168という器に書き込もうとして整合性が取れなくなったとか……まあ、簡単に言うならば、二人以上の人物に同時に用事を頼まれて、どっちつかずになって頭がパンクしたという感じだな」

 

 この予想をした時には、確かであると決定付けるモノは何一つとして皆無であった。……が、一概にも間違っているとは言い切れない可能性でもあった。よって、彼女は自らが思い描いた予想が机上の空論ではないことを証明するために、伊168に関連した資料を話し合いの中でもう一度洗い直し、僅かな手がかりを得ようと試みたのだった。

 その結果が、単独で建御雷が伊168の下を訪れたことに繋がり、疑問は見事に確証へ変化した。

 

「今は記憶の整理がついて後世の記憶がメインで、微妙に前世の記憶が残っている……といったところか?」

 

「ええ、大体はそんな感じよ……前世での記憶はたまに夢としてみることがあるわ」

 

 顔に陰りを見せたことから、悪夢として見ることが多いようだった。余程重症のようならば、催眠療法など検討する必要があるかもしれないと建御雷は気にかけるが、伊168は首を横へ振って大丈夫であると健気に笑い、掠れたような声を漏らした。

 

「……ねえ、頼みがあるの」

 

「何だ、私に出来る範囲でなら引き受けるが……」

 

「なら、私を――鎮守府に送り込んで」

 

「………」

 

 鎮守府内に前世で守ることが出来なかった空母の2隻が着任していることを耳に挟んでいた彼女は、紺碧艦隊のように影に徹して密かに守るのではなく、身近にいることで常に守り続けていたいと願っていた。

 

「あの戦いが、もう一度繰り返されるかもしれないんでしょ……だったら私は」

 

「命を懸けてでも悲劇を回避してみせる、か……それもまた一つのやり方だが、代わりに自分が沈むなんていう結末だけは辿るなよ」

 

「……わかっているわ」

 

 伊168には、戦いを終わらせた後に是非とも叶えたい夢が存在していた。故に、それを実現させるまでは危険な目に遭おうとも死んでやるつもりは毛頭なく、何事にも諦めの思いを抱くつもりはなかった。

 その堅い意志は横顔を通してしっかりと建御雷に伝わり、両者の間には破られることのない約束が取り交わされた。

 

「ところで建御雷、貴女は全ての戦いが終わったらどうするつもりなの?」

 

「あまり考えたことはなかったな……のんびり暮らせればそれでいいとは思っているが、果たしてどうなることだろうな……」

 

 仮に戦いを終わらせることが出来たとしても、その後には復興活動等が待ち構えていることだろう。それら終えた時に真に平和は訪れることになるわけだが、多く見積もって十数年は楽することは叶わないと思われた。

 

(普通の生活がいつか許されるなら、ハワイにでも家を買おうか……)

 

 実現するかもわからぬ夢を胸に彼女はその場から立ち上がると、用は済んだと伊168に別れを告げて置き去りにしてきてしまった他の問題を片付けるべく建物内へ戻る道に歩を進めていく。

 

「あ……」

 

その姿を流し目で見届けた伊168は彼女が背を向けて去っていく光景を見て、まるで前原が遠い何処かへと行ってしまったかのような錯覚にとらわれた。そして、記憶が巻き戻されるかのように頭の中を駆け巡り、彼が消息を絶つこととなった事件の鮮明な記憶が少しずつ蘇っていった。

 

 

『お前は………ッ!!?』

 

『……ぶっぶー不正解よ、―――さん』

 

 

 濃い無精髭を生やした男と小悪魔的な笑みを浮かべた少女の会話が、ノイズ混じりに右から左へ耳を突き抜ける。……気がつけば伊168は無意識のうちに立ち上がっており、段々と足を遠ざかる幻影を追い求めるように動かしていた。

 そうして彼女は、まもなく出入口の扉の前まで到着しようとしていた建御雷の下まで走り抜け、何事とかと振り返った建御雷の手首を掴んで引き止めにかかり、消息を掴むための手がかりと成り得るかもしれない情報を語り始めた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけで、コレが伊168の証言を元に作成した少女の似顔絵だ」

 

 執務室に舞い戻った建御雷は伊168を引き連れつつ、脱線してしまっていた話を元へ戻すために新たに入手……というより作成に成功した手がかりを皆に提示し、順番に彼女から聞いた特徴から即席で描き起こされた絵を見るように促していた。

 手渡した用紙には制服らしき着こなしの、髪を後ろで結わえた少女が描かれており、一見お淑やかに見えて実は活発そうな側面が存在している印象が窺えた。

 見かけ高校生であると想定され描かれているが、成年した女性であっても人によっては若い頃と変わらない容姿をしていることもある。逆に言えば、かなり若い年齢であっても大人びて見えるということもあるので、結局のところ正確な年齢の判断は不可能であると言えた。

 したがって、その辺は無視することにして、ただ既視感を感じるかなどといった直感的な心当たりを抱くかどうかに建御雷は目的を絞り、それぞれの絵を見た時の反応を一人ずつ確認をした。

 

「タケミー、イラスト上手かったんデスね~……」

 

「その手のプロには流石に負ける出来栄えだがな。……そんな事よりもどうだ、メリーにテネシー。この少女に似た人物に心当たりはないか?」

 

「う~ん、そうですねー……」

 

 二人で一緒に手に取ってじっくりと眺める二人だったが、首を何度捻ったところで何かしらピンとくるものはなかなか出てこないようであった。続けて確認をした東光や富士もまた同様の反応を示しており、力になれなくて済まないと詫びて一歩後ろへと引き下がっていった。

 

「……残すは紺碧艦隊だけだが、これで心当たりなしと確定してしまえば、また外に出て残りの面々に確認を取らなければならんな」

 

「それでまた何もわからなければ、結局振り出しに戻るというわけですか……嫌ですねそれは」

 

「――というわけだから、是非ともよーく思い出してみてくれ。どんな些細な事でも構わん」

 

 やや肩をすくめた建御雷が差し出した手に持つ絵を中心にし、潜水艦の少女らは円のように広がってみせ、注意深く観察を行い始める。しかし、やはり大半の者達は記憶に覚えが無いとして首を小刻みに横に振り、期待に答えられないとして次々と頭を下げてしまった。……せっかく新たに入手した貴重な情報だというのに、これでは残念な有り様である。

 されど、建御雷自身はまだ微塵にも諦めてなどいなかった。根拠などはありはしなかったが、このまま何も収穫を得ずに終わるはずがないと心の何処かでわかっていた。

 

「……あれ、この子―――」

 

 その思いに応えるかのように輪の中からポツリと小さく声が漏れる。声の主を探れば、紺碧艦隊の事実上の指揮艦である亀天が口に手を添えて戸惑いを隠せない表情となっていた。途端に彼女に注目が集まる。

 

「亀天、何か心当たりがあるのか……?」

 

「ええ、多分……『海の目』の潜水艦に狙われていた時だと思いますけれど、この子を見たような気がします」

 

 亀天が語る『海の目』とは即ち第二次世界大戦を影で操っていた『影の政府』のことであり、大戦末期になってからアメリカを見捨てると第三帝国へと加担し、直接軍事的な介入を行うようになっていた。

 

「見たって、『海の目』と交戦している最中にか……? どんな状況なんだそれは――」

 

「今思い出しているので待ってくださいッ!! ……確かあの時は、情報収集が任務だったから私は武装をしていなかった。なのに、攻撃をしてきた敵の潜水艦は撃沈された。……誰に、どうやって」

 

 伊601らが救援に駆けつけたのであれば、少女は彼女らの記憶に残っているはずである。だが、そうでないということは別の艦艇によって亀天は助けられ、少女はその存在と密接に関わっていたということになる。

 果たして別の艦艇とは何なのかということだが、紺碧艦隊は秘匿部隊であり彼女らの存在を知らなければそもそも助けに向かうことは不可能である。ましてや、潜水艦であることから謎の艦艇は水上艦である可能性は限りなく低い。……つまり、『海の目』に対抗出来るだけの力を持った潜水艦だということに最終的に行き着く。

 

「……まさか、須佐之男の」

 

「――そうだッ!! あの時私は須佐之男に、潜水艇の『草薙号』に乗っていた司令の娘さんに助けられたんだッ!!」

 

「前原司令の娘って……もしかして千鶴さんのこと!?」

 

「ええそうよっ! ……恐らく、この子は前原千鶴で合っているはず」

 

 やっとのことで出た具体的な名前は、確実に問題に対して進展を齎した。伊168も千鶴という名前を前原が少女に向かって言い放っていたことを思い出し、とりあえずは似顔絵の人物の正体は突き止められた。

 ……が、かと言って謎の全てが解決したわけではなく、新たな疑問が浮上する。

 

「でも、前原司令に彼女……千鶴さんなのか問われた時、不正解だって答えたのよね」

 

「……? この子が前原千鶴でないならば一体誰だと言うんだ」

 

「わ、私に聞かないでよ! ……司令はすぐに別の名前で聞き返して正解だって言われたけど、その名前が何だったのかよく聞き取れなかったわ」

 

「なるほどな……」

 

 整理すると、前原は容姿から件の少女が実の娘である前原千鶴ではないかと疑ったようであるが別人だと答えられた。そして、間を置かずして別の名前を口にし見事に正体を看破した、ということだった。

 ここから判断するに相手は、前原千鶴から連想することが可能な存在であり、潜水艦の艦娘であるかもしれないということだけ。

 

「――伊168、2つだけ聞くが前原司令は記憶を取り戻した直後……君が伊168であることに気づいていたか?」

 

「そうだとは思うけれど、それと何の関係が?」

 

「じゃあ、司令が正解だと言われる前に何をしたかは細かく覚えているか?」

 

「……うーん、一瞬私の方を向いたみたいだけど、それが何か関係があるの?」

 

「ああ、大いに関係ある。……読めてきたぞ、事の顛末と前原司令を連れ去った少女の本当の正体がな」

 

 散らばった複数の事実という名のパズルのピースが組み合わさったのを確信した建御雷は、皆に背を向けて机上に似顔絵が描かれた紙を置くと、振り返り様に全てを語る上で欠かせない一つの真実を周りに示した。

 

 

 

「―――前原一征を連れ去った犯人は未だ我々に姿を見せてない、伊10001の須佐之男だ」

 

 

 

 

 紺碧艦隊の最終的な指揮艦たる超潜伊10001、通称『須佐之男号』……彼女が前原の娘である前原千鶴の姿を模して前原を拉致した意図は依然として不明であったが、紺碧島へ向かえと伊168に指示していることを考えると、月虹艦隊の動きを察知しているのは明らかだった。

 また、その上で月虹艦隊の本隊だけではなく室蘭の別働隊に合流しようとしていないということは、前原を必要としなければならない思惑を抱えているということである。

 

「終わらない戦いを終わらせる、そいつをやろうとしているのか須佐之男は……」

 

 深海棲艦は無敵艦隊ならぬ無限艦隊だと言われている。次から次へ湧いてくることからそう言われているようであるが、本当にそうであるならば無限たらしめている原因を取り除かないことには戦いは一向に終わらず、人類は艦娘共々疲弊する未来を迎えることになってしまう。

 しかし、根本的な問題として原因はいずこにあるのか、はたまたは取り除く方法はあるのかさえ判明していない。前者は時間をかければわかるかもしれないだろうが、後者については今世の技術力がモノを言うかもしれず、場合によっては原因を究明したところで対処に行き詰まってしまうだろう。

 

「……須佐之男、お前はこの世界に起きている全てを理解しているとでも言うのか?」

 

 

 彼女の心からの問いかけに答えられるものは誰もおらず、執務室には決して穏やかではない空気が終日張り詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふぇっくしょん!」

 

 その頃、盛大にくしゃみを仕出かした少女……前原スサノは、食堂の一角で食事後の余った休憩時間をのんびりと背を伸ばして過ごしていた。周りには普段行動を共にすることが多い友人達が集まっており、午後へ向けての準備を着々とこなしながらも他愛のない世間話を繰り広げていた。

 

「おやおや、貴女ともあろう人がついに風邪ですか。気をつけて下さいよ」

 

「……大丈夫大丈夫、このスサノさんが風邪ごときに屈するワケがないでしょ。今のはどうせ誰かが噂でもしてた類いだって」

 

「まあ実際モテるもんね、スサノは。……その反面、こっ酷く振るらしいけれどさ」

 

「んー? 何か言ったかなー、いーおーりーちゃーん?」

 

「あいだだだだだだだっ!! ……痛い痛いギブギブ、こめかみグリグリするの止めて~!?」

 

 彼女に対して風邪ではないかと心配する声を発したのは、アレルギー防止のためにとヘンテコなマスクをしている織部僧であり、彼はデータ解析を主に得意としている優等生であった。

 表情が全くと言っていいほど見えないせいか彼の腹の中を探ることは難しく、長年の付き合いたる人間でなければ、細かな感情の揺れ動きを察することは出来ないとされる。

 その彼の正面に座り、現在スサノによって折檻を受けているツインテールの少女はというと四月一日いおりであり、彼女は技術系……主に整備において誰にも負けない腕を持っていた。スサノとは出会った当初から仲がよく、良く頻繁にじゃれあったりもしていたりする。

 

「言っておくけど、今のところは私はお父さん一筋なのでそこんところよろしくね?」

 

「うわっ、突然のファザコン暴露かよ……つか、お前の親父さんは仕事は何してんだよ」

 

「一応は画家だね。副業でその他もろもろもやっていたりもするけど、何……会いたいの? もしかしてホモなの? ……ひくわー」

 

「ひくわー……」

 

「会ってはみてぇけど、どうしてそこでホモに直結すんだよっ!? 俺は普通の女好きで断じて男など興味ないッ!!」

 

 オーバーリアクションを取り女子からの疑いの目を払拭しようとしているゴーグルのよなサングラスを掛けた少年は、橿原杏平。総合的な成績は中の下であるが、雷撃や砲撃関係のプログラムを組むことに関してはピカイチであり、余程の手練でなければ彼に対向することは不可能だとされていた。

 

「じゃあ、もしここに見かけは美少女で中身は男子の人が居たらどうするよ?」

 

「まあ、記念に写真ぐらいは撮るかもな……」

 

「―――ホモだぁ!!」

 

「「………」」

 

「ちっげーよ! つか、群像や僧まで引くようなリアクションとってんじゃねえよ!?」

 

 何時になくアウェー感漂う空気に振り回される杏平。その様子に黙ってタブレット端末を操作していた集団の中心人物である千早群像さえも若干頬を緩めており、少しだけ椅子を引き摺って彼に距離を取る仕草を行っていた。

 程なくしてそれは解かれる事にはなったが、一度広まった空気はそう簡単には拭えない様子であり、皆からは失笑が絶えなかった。

 

「まあ、冗談はさておき……杏平くんさー、聞きたいことがあるって言ってなかった?」

 

「この微妙な空気の中それを今更言うかお前は……つーか、あれだ。例の閉鎖されてたっていう秘密ドックの話って知ってるか?」

 

「あー、例のヤバいシロモノが眠ってたかもしれないって噂ね。耳に入ってるけど、もし本当だとしたら情報統制どうなってんのよって話になるけれどね」

 

「……場合によっては責任者に当たる人物に処分が下されることにはなるだろうな」

 

 当事者であった群像は端末から目を離さないまま口を挟むと、スサノが危惧している事について小さく溜息を漏らす。なお、溜息の中身はもっと情報統制をしっかりしろというものではなく、只々呆れていることを意味したものであった。

 

「――にしてもホント、相変わらず緩みきってるわね。もっとこう、『この停滞した世界に風穴を開けてやるっ!』ぐらいの覚悟を持った人はいないのかなぁ」

 

「居たとしても少ないでしょうね。……それに、複雑な人間社会が影響してその貴重な人々の考えを変えてしまうこともあり得ます。そうなれば、結局は“いなかった”ことになってしまい、志を持っていたはずの人は誰にも気づかれることなく消えてしまうでしょう」

 

「私はそんなの嫌だなぁ……ねえ、群像君もそう思わない?」

 

「――えっ?」

 

 急に会話を振られた群像は、思わずタブレットを操作していた手を止めて深く眠るように思考する。

 仮にこのまま学院を卒業したとしても、やはり待ち受けているのは今と何ら変わりようがない安穏と無駄な時間だけである。……即ちそれは、他の誰かが既に歩んだ道を再びなぞってしまっていることに他ならない。……そんな道へと誘導する現状を彼は認めたくはなかった。だから、力を欲した―――世界を変えることが出来るだけの力を。

 スサノが言った通りに世界に対して風穴を開けたくてやまない彼は拳を硬く握り締めると、同意の意思を示して小さくも力強く頷いた。

 そして、その直後に……運命を左右する一つの転機が彼に訪れることとなった。

 

「……あれれ、あんな子この学院にいたかな?」

 

「何だ、どうしたんだよ?」

 

 片方の頬を机に密着させて彼方を見つめていたいおりが突如として背筋を伸ばし、食堂の入り口を見るように軽く顎で促した。興味を持った杏平が我先にと視線を向けるとそこには、不思議な存在感を辺りに散りばめている背の低い銀髪の少女が立っており、遠巻きから彼らを観察するように見つめていた。

 

「まさか、転入生か何かか?」

 

「さあ、私も今気がついたばっかりだし……でも、かなりポイント高いんじゃない?」

 

「そうだな! じゃあ俺が行ってみるぜ!」

 

 杏平は素早く丁寧に椅子を戻して席を立つと、銀色という日本にいる限りでは見かけることがない髪色を持つ少女に声をかけに向かい反応を窺った。少女は声に応えるように彼を見上げたが、すぐに眼中にないとして一人歩き出した。杏平の悲痛な声が聞こえるがそれすらも無視して、そのまま一直線に群像達が集まるテーブルへと少女は向かっていった。

 

「どうしたの? あたしらに何か用なのかな?」

 

「………」

 

 石化して泣き崩れる杏平を見て堪らず笑ってしまっていたいおりが、今度は少女に笑顔を向けつつ声をかける。だが、名も名乗らぬ少女は彼女すらも半ば無視すると、スサノの隣りに座る群像を指差して呟いた。

 

「――あなたが、千早群像?」

 

 直々に指名をされた彼は体を動かさないまま横目になり、少女を一瞥すると怪訝そうに返答する。

 

「そうだが、何か……?」

 

「千早翔像の息子」

 

 付け加えられた言葉に、様子を窺っていた周囲までもが一瞬にしてざわついた。

 千早群像といえば、苗字で分かる通り千早群像の身内であり実の父親でもあった。かつての霧との大海戦後に忽然と姿を消しており、噂では霧側についたという話も存在している。

 その為か人類の裏切り者と彼の父親を呼ぶ者がおり、息子である群像はその影響を受けて人には言えないような壮絶な人生をこれまで歩んできていた。よって、父親の名前を出されることは彼にとって禁句であり不快な事であった。……しかしながら、その怒りを見ず知らずの少女にぶつけることは不味いと判断した彼は自らを抑えこむと、冷静さを取り戻して問い返してみせる。

 

「――親父が、どうかしたか?」

 

「私は千早翔像の息子、千早群像に会うようにと命令されてきた」

 

「命令、だと……」

 

 彼は今までを思い返すと、似たような嫌がらせを昔も受けたことがあったなと深々と息をついた。

 

「まったく誰の差し金だ? ……下らない事ばかり考える時間があったら、もっと別なことに時間を割くべきなんじゃないか」

 

「違う。下らないと思われるようなことをしに来たわけじゃない」

 

 小柄な成りに見合わない堂々とした態度で少女は答えた。

 

「なら、どうして死んだ親父の名前を出したんだ?」

 

 死んだという確固たる証拠になりうる遺体は存在しておらず、また死亡を直接した者がいないので、性格には彼の発言は誤りである。……が、身内の中では既に死んだものとして処理されていることから、群像は敢えて死んだという部分を強調し切り返す。

 

「事実だから」

 

「事実、だって……?」

 

 話が見えなくなっている上に、少女の話す素振りはどこか無機質で機械的であった。それが群像の苛立ちを煽り、会話は終着点をなかなか見出すことができなかった。

 

「そもそも何なんだ、君は?」

 

「ここでは話すことができない」

 

 人目があることを気にしている様子の少女は指先を群像が所持していた端末を指すように向けた。すると、アラームが鳴ってメールが受信されたことが伝えられた。それどころか操作も何もしていないというのに、受信したメールは勝手に開封され、何やら地図情報と待ち合わせの時間らしき時刻を表示していた。

 

「ここに必ず来て」

 

「……一体どうやったんだ、今のは」

 

 群像の疑問を他所に少女は今度は傍らに座っていたスサノに目を向けると、視線を通わせた後にたった一言だけを告げた。

 

「――前原スサノ、貴女にも話がある。場所は今送った彼と同じところ」

 

「……別に構わないけれど、一緒の時間というわけじゃあないんでしょ? というか、今から?」

 

「貴女の判断に任せる。ちなみにこれは命令ではなく私個人による申し入れ」

 

「ふぅん……?」

 

 彼女は考えるよりも先に席を立つと、群像の端末に表示された地図を横から覗きこんでから、素早く銀髪の少女の手を引いて食堂の外へ出る通路を歩き始めた。

 

「ち、ちょっと、スサノっ!? 午後の演習はどうすんのよ!!」

 

「――適当に女の子特有のアレが襲ってきたから休むとかなんとか言っておいて!」

 

「そういう事は大声で叫ぶなバカッ!!」

 

 えへへ、と舌を出して謝罪の意を示した彼女は瞬く間に少女と共に消え失せてしまった。

 同時に、注目を集める原因となっていた存在がその場から消えたことにより騒ぎは収束を見せ、取り残された者達は嵐のような出来事にどうコメントしたらよいか迷っていた。

 

「俺だけじゃなくスサノまで……あいつ、一体何者なんだ?」

 

 

 ――その問いに彼が望む答えが返ってくるのは、僅か数時間後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――貴女の目的は理解できた。けれど、すべては彼の判断に任せる」

 

「理解が早くて何よりよ。……ま、そんな訳だからよろしく頼むわね」

 

「わかった、善処する」

 

 人知れず二人の少女達によって密約が取り交わされる。

 ……それは、やがて一つの世界だけでなく数多の世界の命運を決定付けることになる、とても重要な出来事であった。

 呼応するように、海中に身を潜めていたある男も眠りから目覚め、戦いが始まろうとしている予感をその肌に感じ取る。

 

「……いよいよ、か」

 

 彼は気持ちを切り換える意味合いを込めて、濃く生えていた髭を剃り落としてしまうと顔を洗って自らの顔を引き締めにかかった。鏡には在りし戦いの頃のままの若さを残し、それでいて歴戦の軍人であることを思わせる―――潮の香りがする男が写っている。

 そう、この男性こそがかつて紺碧艦隊の司令官であった男、前原一征……その人であった。

 

 




夏イベ告知を見て

???「やはりマリアナか……機動艦隊も大事だが砲撃戦の結果がモノを言うぞ。特に戦艦に積む砲には注意した方がいい」

承太郎「フィット院」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。