紺碧の艦これ-因果戦線-   作:くりむぞー

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やっと執筆環境変わりましたが、パソコンがでかくて困惑しています(

拡張性優先でケース選んだんですけどまさか想像以上に大きかったとは思わなんだ

まあ、そんなこんなで19話です。どうぞ



第19話 揺れる運命

 

 

 ……後世世界にて開戦当初から圧倒的な数の優劣をひっくり返した、質を極めた技術の結晶の一つであるガスタービンエンジン。

 『改二実装計画』実現の足掛かりとして、高杉(建御雷)の手によって試験的に換装されることとなったそれは、奇跡的にも査察対象となった艦娘達に懸念していた通りの異常はもたらさず、速力と燃費の向上という期待していた通りの劇的な効果を与えていた。――即ち、晴れて少女達は計画が目指す艤装の改良へと至るための一歩を踏み出したということである。

 

(――こちらの思惑通り、艤装はガスタービン機関との適合を果たした……しかし、後は誰を一番に改二状態へと導くか、だな)

 

 査察の趣旨には、艤装が後世世界の技術で改良可能かどうかを調査する以外に、誰を真っ先に艦隊の中でも強力な存在に至らせるのかも含まれていた。……出来ることなら査察対象者全員を一斉に改二にしたいところであるが、艤装の再設計や製造に要する時間を考慮すると、明らかにスケジュールを超過してしまい、作戦実行どころの話ではなくなってしまうだろう。

 段階的に実施するなら検討の余地があるだろうが、如何せんデータの乏しいこのタイミングでは1人分にかかりきりになり精一杯である。

 よって、慎重に計画を推し進め成功させるためにも、まずは1人に絞って焦ることなく十分な戦闘データを得たほうが懸命であり好ましいと言えた。

 

「……高杉少将、貴女の意見を聞かせて頂きたい」

 

「そうですねぇ……」

 

 査察を開始した翌朝。執務室を訪れていた建御雷は正直なところ、いずれの艦にも改二へ至るための理由があると査察を通して感じていた。

 第一に伊勢型であるが、現状では航空戦力を水上機に限っており、搭載できる数も盾のような飛行甲板のせいか乏しいとされている。これをもし虎狼型のようなV字飛行甲板へと変更し、水上機だけではなく艦上機を搭載できるようにすれば戦艦と空母をまさしく足して二で割った姿となり、編成される部隊は6人編成でありながら8人分の戦力を獲得することになるだろう。

 第二に空母の二人であるが、特に赤城は前世・後世共に急降下爆撃を受けたことで戦闘不能へと陥ってしまった経歴がある。そこから察するに、今世においても同じ結末を辿るかもしれない可能性が非常に高く、早い段階での防止策が求められることになるだろう。いっその事、装甲空母化してしまい防御力を高めるのを優先すべきかもしれない。

 飛龍については、艤装よりも装備である艦載機を強化すべきだろう。報告によれば、彼女は操る艦上攻撃機の部隊に対して『友永隊』と名付けているようである。……『友永隊』は前世だけでなく、後世世界においても実は人知れずだが活躍してみせた部隊であった。されど、飛龍が呼ぶ今の部隊はそのままの『友永隊』ではない……叶うのならば、本物の『友永隊』と共に戦ってもらうのが望ましいといえるだろう。

 そして最後に金剛型であるが、機関の換装により元より高速戦艦であった彼女らは超高速戦艦とも言うべき存在へと生まれ変わった。しかし、整備の現場からすれば火力と防御の両面で難があるようであり、ただ早くなっただけでは意味が無いということだった。また、艦隊全体的な意味でも彼女ら二人には対空迎撃の要となってもらわなければならないため、改二にはそれらの要求全てを満たす性能が求められることになる。

 

「甲乙つけ難いというのが私の意見ですが、此処で決め倦ねては前に進めませんね……」

 

「では、ここは一つ――逆転の発想で考えてみたら如何でしょう?」

 

「――逆転の、発想?」

 

「ええ……誰が最初に改二するのかを考えるのではなく、誰を改二に今はしないのかを考えるんです」

 

 富嶽の言い分はつまり、改二になった際のメリットならば幾らでも思いついてしまうだろうから、対象を絞るためにも敢えて現在の状況で改二になったことで生じるであろうデメリットを考えろ、ということであった。

 ……確かにその考え方であるならば、必ずしもメリットだらけとは言えない改二への移行を冷静な観点から見つめることが可能であり、真に求められていることが鮮明になると思われた。

 

「そういえば――」

 

 促されるままに、もう一度彼女は知り得た情報の整理を行った。……すると、無意識のうちに切り捨ててしまったことが思い出され、富嶽が述べたデメリットとされる部分が沸々と浮かび上がっていった。

 

「――伊勢型の二人は、航空戦艦になってまだ日が浅いと聞きましたが本当ですか?」

 

「ええ、ついこの間になったばかりでして……訓練もまだ僅かにしか行っていません。艦載機の扱いの方も不慣れなところがあると報告を受けています」

 

「……となると、基礎が出来上がっていないわけですか」

 

 ある意味扱い方が定着していない分、新たな戦術を上書きしやすいと言えるだろう。だが、見方を変えれば、陸軍の兵士をいきなり海戦へと連れて行くようなものである。順応もさせずに強い装備だけ与えて勝てるのなら、今頃艦娘たちは訓練などせず次々と敵棲地を奪還しているに違いない。

 

「出来れば基礎を積んでから、応用として改二へ移行するのが望ましいですね……でないと、短い期間の中で上手く戦場で立ち回るのは困難かと思われます」

 

「……やはり貴女もそう思われますか。私としてもこのままでは砲撃戦と航空戦の、どっち付かずの戦いをしてしまうような気がしてなりません。ですから、今は様子を見るのが一番ではないかと」

 

 両者は考え抜いた末に、伊勢型の二人を現段階で改二にするべきではないとの決断を下し、十分だと言える戦闘経験を積み終えるまで一先ずは先送りにすることで合意した。

 そうして今度は、赤城と飛龍を改二にしない理由についてそれぞれの見解が述べられる。

 

「私としては、早期に後に起きるかもしれないミッドウェーの悲劇を回避するべく、赤城は防御力向上を目指した装甲空母化、飛龍は艦載機を含めた純粋な強化を行いたいのですが……飛龍はともかくとして赤城が実のところ一番のネックなのです」

 

「2つの世界で共通して早期に戦線離脱してしまったことが関係しているわけですか」

 

「……ええ、要するに彼女には『実際に実行に移された強化プラン』がまるで皆無なんですよ。一応、飛龍と同じようなプランで改二にすることも出来なくはないでしょうが、それで運命的とも言える事態を真っ向から回避することが出来るとは失礼ですが考えにくいです」

 

 装甲空母化のプランは三度目の戦闘不能を避けるために建御雷が張った、言わば一種の予防線である。……勿論、これで完全に事態をやり過ごすことが可能かどうかはわかったものではないことぐらい、彼女は百も承知であった。

 しかし、そうでもしなければ二度ある事は三度あるとして赤城は今世においても大ダメージを負い、永久的な戦線離脱を余儀なくされるだろうと思われた。

 

「彼女に関してはいずれにせよ改二にならなければなりません。……が、入念なプランを練る時間が必要となるでしょう」

 

「この短い間では実現は難しいか……」

 

 飛龍についても艦載機の開発状況が思いの外進展していないことが深く関係し、改装よりも装備周りの改善を優先すべきだとして敢え無く同様に見送られる形となった。

 なお余談であるが、こうした現状もあり大本営は鎮守府よりバスを用いるほどに距離を置いた湾の奥まった場所にある航空工業を主とした会社の旧工場施設を再利用し、裏向きは月虹艦隊による技術提供の場とするも、新装備開発のための研究施設として運用することを決定した。

 

「……最後は金剛型の二人ですが、どうです? デメリットはになるようなことは何かありましたか?」

 

「うーん……他と比べても、特に目立った問題のようなものはないように思えますね。強いて言うのならば、今以上に艦隊を引っ張ってもらう事になるという覚悟の問題ですかね」

 

「そうなりますと、戦列に加わってまだ日の浅い榛名にはまだ荷が重いかもしれません」

 

「――ならば、比叡さんの方はどうなのですか?」

 

「……着任以来、彼女には艦隊全体を率いてもらっていることが多いですので負担は増すでしょうが、士気の向上などメリットの方が大きく上回るでしょうね」

 

 つまりは、ローリスク・ハイリターンというわけであった。強力な対空システムを早期導入したいことも含めると、比叡の現在の立ち位置はまさに打って付けでベストポジションとも言えるだろう。

 

「彼女は聞くところによれば、三式弾を含めた対空火器の改良を望んでいるとのことです。……改二にてそれは実現可能なのでしょうか?」

 

「――いけるとは思います。既に室蘭にて開発自体は完了しておりますので、あとは艤装の再設計さえどうにかなればスケジュール内に受け渡しは可能です」

 

 あとは、煮詰まっているプランを要求通りに仕上げられるかに全てはかかっていた。

 ……ともあれ、暫定ではあるものの改二対象の最有力候補として比叡は建御雷らによって選出され、本人の意志を確認するために執務室へ呼び出される事となった。

 そして、放送によって招集がかけられると比叡は妹である榛名を伴って入室し、簡易的な話し合いの結果を告げられた。

 

「――というわけで、今回は貴女を推したいと私達は考えています」

 

「ひ、ひえ~っ!? わ、わ、私が改二になるんですかっ……本当に他の皆とかじゃなくて!?」

 

「……そうだ。一応、榛名についてもベースとなる部分は共通させて、比叡のデータと君自身のデータを参考にマイナーチェンジを施すつもりだそうだ。時期は未定であるが期待して待っていて欲しい」

 

「はい、わかりましたっ!――良かったですね、比叡お姉様っ!」

 

「ふえっ!? あ、うん……」

 

 半ば放心状態の比叡は、手を握る榛名に揺さぶられながら喜びを噛み締めていいのやらと困惑していた。それどころか榛名に頬をつねるように頼み込み、現実ではなく夢なのではないのかと疑いもしていた。

 だが、夢ではないことは富嶽らの目を見るからに明らかだった。視線を受け止めてようやく彼女は、選択を迫られていることを自覚すると背筋を伸ばして改めて問うた。

 

「……私なんかでホントにいいんですか?」

 

「強制はいたしません。ただ、貴女が皆さんを守れるだけの強さを得たいのであれば、私はその思いに見合うものを提供致します」

 

「皆を守る……強さ……」

 

「激化する戦いは時に犠牲を出すかもしれません。……ですが、我々はそのような事態に貴女方を再び陥らせたくはないのです!!」

 

 金剛型の二人には二度目の轟沈を経験させたくはないのだという意味合いで建御雷の言葉は伝わったが、彼女にとっては三度目を危惧するものであったのは言うまでもなかった。受け止め方の違いはあれど目指すべき方向に同じであり、そこにすれ違いは存在していない。

 

(この人の思いは本物だ……けれど、どうしてそんな悲しそうな目をしているの?)

 

 比叡は建御雷が語る内容に偽りはないは無いのだと悟る中で、彼女の瞳の奥には底知れぬ深い闇があるような予感がしてならなかった。実害があるようではないものの、絶対に放置していてはならないと頭の中で誰かが囁いた気がした。――その事を引っ括めて比叡は己に答えを出す。

 

「わかりました――この私に、皆を守る力を下さい。誰も沈ませない……死なせたくはないんですっ!!」

 

「……その思いに応えられるよう尽力致しましょう」

 

 硬い握手が交わされ、建御雷は正式に比叡を改二へと導いて行くべく計画を実行していくこととなった。……この決定が、二人の運命を大きく左右することとなるとは知らずに。

 和気藹々として退室していった金剛型の二人を見届けた建御雷は、すっかりと冷め切った珈琲を飲み干すと自らも退室する準備を始める。

 

「――この後はどちらに?」

 

「海を渡って拠点に戻り、早速作業に取り掛かりますよ。……また、何かあれば連絡しますのでその時は」

 

「彼女の新しい艤装を楽しみに――――おっと、失礼」

 

 楽しみにしていると富嶽が答えようとしたところ、タイミング悪く電話のベルの音が鳴った。彼は申し訳無さそうに謝るとそそくさと受話器を取り自らの名前を名乗った。

 建御雷はというと、その間このまま帰るは不味いとして電話が終わるまで留まることにしたが、暫くして富嶽が様子を窺うように彼女を見ていることに気づく。

 ただならぬ事態が起ころうとしていることを感じて建御雷は荷物を放り捨てて詰め寄ると、彼はトラック島と硫黄島を経由して緊急暗号通信が来ていることを告げた。

 すぐさま手渡された受話器を手に電話の主との会話を始めたが、待ち受けていたのは雷に打たれるがごとく衝撃的なの知らせであった。

 

 

 ――あの、紺碧艦隊の司令官であった前原一征が今世に存在していたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……時系列は、建御雷が査察を行った1日目の深夜まで遡ることになる。

 

 ちょうどその頃、トラック島近海の敵反応を島内の施設にて監視活動を行っていた東光は、海底に敷設された聴音ソナーから奇妙な反応が出ていることに気がついていた。

 どのように奇妙であるかといえば、深海棲艦を示す独特の反応は出ていないのは確かであるが、かといって艦娘であるかどうかも不明であるというものだった。

 紺碧艦隊に属する者であるならば通過時に適宜通信がなされ、異常があれば警戒態勢へ移行せよと指示が来るものなのだがそれがないということはどういうことなのか。……不審に思った彼女は、上空にて交代で警備にあたっていた仙空数機に連絡を取り、謎の存在が進行する方向へと急行させた。

 そして瞬時にMED磁気探知機を作動させるが、やはり登録された潜水艦クラスの深海棲艦の反応はまったく出ず、ただの海洋生物か紺碧艦隊にしては些か動きがおかしい事が明らかとなった。

 

『――1番機より本部へ。アンノウンは進路をやや変更しMS諸島……いえ、紺碧島方面へ進行中』

 

「待って……それは確かですか?」

 

『こちら3番機、此方の方でも未確認潜水物体はピーコック及びミッドウェー、ハワイ方向には進まず、マーシャル諸島へ直進を続けていることを確認した。……指示を求む』

 

「……わかりました、それ以上の追尾は危険ですので戻って下さい。その間に紺碧艦隊には私が連絡を取ります」

 

『――仙空各機、了解。帰投を開始する』

 

 東光は後続で同じような反応がないかだけ確認し終えてから、直ちに紺碧島近海の巡回を今の時間帯で行っている人物の特定に急いだ。すると、当番表には伊601の名前があることがわかった。

 

「――こちら、トラック島より東光。X6、応答して下さい」

 

『……こちら、ポナペ島付近を巡回中のX6。……どうしました?』

 

「未確認潜水物体が紺碧島を接近している模様。トラック島は攻撃は受けてはいませんが、そちらに到着次第攻撃を開始する可能性が否めません」

 

『……敵味方の識別反応は?』

 

「深海棲艦ではないかと思われますが、隠密性に特化した新種かあるいは―――」

 

 はぐれの艦娘であるかもしれないと告げ、場合によっては保護し事情を聞くべきであると伊601に東光は要請した。幸いにも速力はあまり出ていないようであり、時間は幾らか稼げるようであった。

 この情報は伊601によって音通魚雷にて報告がなされ、紺碧島にて待機中の伊3001へと伝わった。また、島内で待機していた面々は、その影響を受けて慌ただしくも出撃の準備を開始した。

 

『――X3よりX6へ、応援は送るがそちらで先行し接触できるようであれば早めの対処を頼む』

 

『X6、了解。……微弱ですがそれらしき反応が出ました。追って連絡します』

 

 通信を終えた伊601は単独行動へと移り、想定される深度の下まで潜航を行うと魚雷を発射するばかりの姿勢をとって自ら接近する対象に向かっていった。

 

(……敵にしては無警戒が過ぎるような気がする。余程の自信家かはたまたは何も知らない存在か……もしくは)

 

 警戒網が敷かれていると敢えてわかっていて此方に存在をアピールしているのか……とふと考えが過ぎるが、兎に角接近してしまえば自ずと答えは出るだろう。それだけを信じて彼女は速力を上昇させ、トラック島方面に向けて突き進んでいく。

 

「……来るっ!!」

 

 驚くべきスピードで先回りに成功した伊601は、鋭い洞察力から動きを止め、息を殺すようにして照準を合わせにかかる。

 依然として未確認潜水物体は速度を緩めないまま紺碧島に迫っているようであり、反応は進むにつれて小さくなるどころか次第に大きくなっていった。

 

「いよいよか――来るなら来い、相手をしてやる……」

 

 在りし頃の活躍ぶりを憑依させるように、彼女は己の牙たる魚雷との繋がりを研ぎ澄ませる。……会敵まではあと数十秒となり、艦娘に敵意を抱いている相手ならば攻撃を繰り出していてもおかしくはない距離となった。

 ――同時に、米粒のように小さく見えていた姿は少しずつ明らかとなっていく。

 

 

「えっ!?」

 

 

 たとえ離れていても相手の全体像を捉えられるまでとなった時、そこに居たのは――――セーラー服にスクール水着という、殆ど伊601らと同じ装いのピンクに近い赤髪の少女であった。

 予想外の相手を目の前に思わず度肝を抜かれた彼女であったが、このまま通過させるわけにも行かず警告を瞬時にして相手に飛ばした。

 

「――そこで止まりなさいッ!!」

 

「……えっ、なにっ!?」

 

 突然の声を聞いてたじろいだ少女は同じく伊601の姿を見て、その驚愕ぶりを露わにして身体を停止させた。

 その隙を逃さなかった伊601は、間髪入れずに先手を取って詰め寄り手首を掴んで拘束すると、一体何者であるかを捲し立てて言った。

 

「――貴女は何者? 何処から来たの? ここまで来た目的は何!?」 

 

「わ、私は……」

 

 ……よくよく観察してみれば、背中周りには大きな防水バックが存在しており、装いさえしっかりしてさえいれば、つい先程夜逃げをしてきたかのようであった。されど、此処は地上にあらず、海中を平然と潜って移動する夜逃げ少女もまた本来ならば存在するはずもない。

 

 

「――富嶽、無事っ!?」

 

 

 このまま行けば膠着状態へ陥ろうとしていたそこへ、応援に駆けつけた伊3001こと亀天が現れる。これで数は2対1となり、少女はもはや劣勢で逃げ場を失ったわけであるのだが、そんな最中で伊601は違和感を覚えた。

 ……いくら拘束されて身動きがとれないとはいえ、普通ならば暴れるなりして抵抗を行うものである。しかし、少女はそれを行わないどころかわざと拘束を受け入れているようにも思えた。

 

「……大丈夫ですけれど、亀天さん。例の存在の正体は艦娘だったようです」

 

「どうやらそのようね。けれど、問題は何故こちらに来たかということ」

 

 誰かの指示を受けてきたか、もしくは自らの意思に従ってやってきたかであるが可能性としては前者のほうが確率が高かった。何故なら、建御雷が現在本隊から離れて活動していることもあり、偶然巡りあった後世世界の艦娘に紺碧島へ向かうよう指示を飛ばしたのかもしれなかったからである。

 しかし、亀天らは即座にその可能性を切り捨てる。……もしも、建御雷の息がかかった存在であるならば、さっさと名乗ってしまえば拘束されずに済むものを、少女は頑なに彼女の名を口にしようとはしていなかった。仲間だとは思われていない可能性もあるが、だとしてもこうもアクションが乏しいのは変である。

 ならば海軍の差し金かと疑うが……その線は限りなく低いだろう。建御雷が査察を行っていることを考えれば、技術提供の場を自ら崩壊させるような真似はするはずがない。

 

「もう一度聞くけれど、貴女はどうして此方にやって来たの? 一体誰に言われて?」

 

 荒っぽかった口調を抑えつつ、伊601は真相を明らかにするために再度同じ質問を少女へと行った。……そうして、観念した様子である少女は教えるための前提条件として一つだけ彼女らに対しため息混じりに確認をする。

 

「――貴女達は、『紺碧艦隊』……で間違いない?」

 

「……ノーコメント」

 

「その切り返し方で逆に確信が持てたわ……いいわよ、教えてあげる」

 

 形勢が逆転したかのような空気が流れ、ついに少女はその正体と目的を二人へ明らかにした。

 

「私の名前は、伊168よ……紺碧島へ向かっていたのは、彼を連れ去った女の子に言われたから」

 

「伊168ですって……それなら私達を知っていてもおかしくはないけれど……」

 

「いえ、そこは問題じゃないわ富嶽。……ねぇ、連れ去られた彼って一体誰のことなの?」

 

 そもそも伊168は誘拐犯の言葉に従って紺碧島へ向かっていたことになるが、生憎のところ紺碧島は人質解放の現場にはなっておらず、人間自体誰一人として立ち入ったことはなかった。

 ということは、何を目的として向かうように言われたのかが不鮮明である。

 

「彼は彼よって……言ったところでわからないわよね。――まったく、昔も今も少しの間だけしか一緒にいられないなんて何て皮肉よ」

 

「昔も今も……待って、貴女の言う彼ってまさか―――――」

 

 思い当たる節が見つかった伊601は信じられないという顔をした。伊3001もまた富嶽の顔を見て察したのか、愕然とした表情を見せた。

 

 

 

「――かつて私の司令官であり、後の貴女達の司令官だった……前原一征よ」

 

 

 

 再び巡り会えたはずであった男は果たしてどこへ消えたのか、それは今世にいる誰もが知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――???

 

 

「……これから君達が見るモノは、最重要軍事機密だ。将来を有望視された君達にだけ公開を許可された――」

 

 とある某所を走るバスの中、車内では乗り込んだ人間の中でも最年長にあたるであろう男が通路を歩き、シートベルトを付けて座る少年少女達に対して演説しその気にさせるようなことをつらつらと、さも自分の功績であるかのように誇らしげに述べていた。

 また、それを聞く殆どの若者はその口車に乗せられ、自分は特別であるのだという誤った認識を抱いており、将来の自分を過大評価して薄ら笑いを浮かべていた。

 

(くだらない……組織の申し送りということじゃないか)

 

 その一方で、選出されたメンバーの一人である窓際に座る少年は、男には目もくれず心の中で溜息を漏らしていた。

 男がやっているの要するに青田買いというやつであり、有能な人間に予め唾を付けておくということと何ら変わりはないのである。役割さえ果たせばエリート一直線であろうが、ヘマをすれば一発で地獄逝きなのは言うまでもない。

 少年は誰かに決められたルールに従って生きるのに、この世の誰よりもうんざりしていた。出来ることなら今ここで飛び出して行き、誰にも束縛されることがないまま自由奔放に生きたいと考えているが、世界がそうはさせまいと立ちはだかっていた。何か大きなきっかけ、いや大きな波にさえ乗ることができたのなら、その勢いに任せて何かを成せるのだろうが、個人の力というのは虚しくあまりにも非力であった。

 そんなこんなで、促されるまま目的の場所へと到着した一行はバスを降りるように言われ、武装した男たちが門番として立つ施設の内部へと入り込んでいった。

 そして、全員が施設内に入り込んだのを確認したところで明かりが灯され、駆動音とともに蒼い金属の巨体が目の前に姿を現していった。

 

「……何故、コレがこんなところに」

 

 男子学生の一人が震えながら声を漏らす。……無理もなかった、ソレは本当ならば彼らが連れて来られた場所を守備する者達が所有しているはずもない物だったからである。

 引率の男はどうして此処にこうして存在しているのかについての経緯を懐かしむように語り、長い年月を捧げても結局は何も変わっていないのだと皮肉の思いを口にした。少年少女達はというと、件の巨体に触れながら誰もが辿り着き思い抱くであろう意見を述べて、いずれ男と同じように時を無駄にしてしまうことを知らないまま勝手に盛り上がっていた。

 

(何も変わらないままだというのにな、何故笑っていられるんだろうか……)

 

 少年にはその光景が、実は未来など諦めているように思えて仕方がなかった。……理想や夢を現実にしようとする人間は昔は沢山居ただろうに、どうして今はこうも見る姿も形も無いようになってしまったのだろうか。

 

(だが、俺もまた何も形に出来なければ同じ穴の狢という訳か……)

 

 

 

「――大丈夫、貴方はそうならないわ」

 

「……えっ?」

 

 

 

 気づけば少年の傍らには既知の仲である少女が立っており、少年がしているのと同じようにして船体を優しく撫でていた。――少年は反射的に彼女の名前を呟いてみせる。

 

「前原スサノ……君は、何を言って―――」

 

 意味深なことを突然述べたスサノという名の少女に手を伸ばした彼であったが……その時、轟音と共に地響きが発生する。発生源は他でもない目の前に見える蒼い鋼の構造物からであり、光の波を全体に張り巡らさせるのと連動して激しく振動をしていた。

 まさかの事態に研究者たちは慌ててデータを取ろうと躍起になったが、警報は危険域であることを点滅で示し、その場に居た者達を避難するように促した。恐怖に駆られた者は我先にと一目散に逃げ出していった。

 

「一体何が……」

 

「――ふふっ」

 

 取り残された少年は、この時何が起ころうとしているのかを全て理解することは叶わなかった。

 ……しかし、ただ唯一わかったことがあった。それは、同じように取り残された少女が逃げ出そうともせず、逆に状況を楽しんでいたということだけ。

 

 

 ――封鎖され忘れ去られた航路は、運命に翻弄され続けた者の手によって再び開かれかけていた。

 

 

 




今週は色々仕事が忙しくなりそうなので更新できるかはわかりません。

ま、そう言いつつも書いてしまうんでしょうけど。


次回もお楽しみに

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