紺碧の艦これ-因果戦線-   作:くりむぞー

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伏線回収のために第6話の一部修正。



第16話 航路に至る者

 ――日本武尊とビスマルクⅡ世によってされるがままになってしまった建御雷はその夜、起きている状態に近い中で改めて今世の在り方について一人黙々と考えていた。

 

(今世は言わば、深海棲艦というウイルスによって病に冒された身体そのもの……艦娘は病に伏した体の健康を取り戻すために投与された治療薬。……だが、ウイルスは治療薬の成分に対する抵抗を持っているか)

 

 世界を要治療が必要な患者にたとえ、回復に向かうには治療薬という名の艦娘の改良が求められるとの認識を持った彼女は、月虹艦隊による効果的な治療薬の研究開発の重要であることを再認識する。

 その上で、ウイルスの感染経路及び発生源を突き止め、根絶していかなければならないという思いを強めると、建御雷は長い闘病生活になるであろうこの先の道筋を立てる。

 

(……深海棲艦は今世を蹂躙するように動き回っている。艦娘によってその動きは多少なりとも妨害できるだろうが、何処かで流れを断ち切る大手術を施さければならないか)

 

 流れを断ち切るということは即ち、悪意に満ちた思惑を完全に阻止することであり、深海棲艦に都合の悪い戦いの終わり方をむかえさせることを意味していた。……また、それを行うタイミングこそが、長期化する戦いを決着に向かわせるためのターニングポイントになるだろうと言えた。

 

(奴らはきっと、この第三次深海大戦をこれまでの戦い同様に勝てるものだと思い込んでいる。上手く行けば、その慢心に付け込むことで大打撃を与えつつ勝利をもぎ取ることが出来るだろう)

 

 いかに正攻法をとろうと、単純な陽動を行おうとも勝てる見込みは残念ながら少ない。ならば、陽動に陽動を重ね裏の裏をかき相手の油断を誘う以外に方法はない。

 例えば、大規模作戦によって戦力が本土に殆ど残っていないと誤認させて敢えて強襲を促し、逆に一網打尽にするといった奇策を場合によっては実行に移さねばならないだろう。

 

(『水切作戦』ではハワイの確保に加えてウェーク島……今世で言うピーコック島もしくはW島の確保も平行して行うが、問題はその後か)

 

 無事作戦が成功しさえすれば、リーガン大統領支援により物資的に日本は回復に向かうだろう。周辺諸国についても、日本を中継することで結び付きが生まれ貿易も可能になり、連携した関係が構築可能となる。

 ただし、いくら鎖国状態が解除されることになるとはいえ、深海棲艦が再び鎖国状態にさせようとも限らないのが現実だ。したがって作戦後は、復活した国家間の連携を強固なものとするための、防衛戦に近い戦いに移行すると思われた。

 

(……南西海域が落ち着き次第、今度は北と西の両方面の警戒に主になる。しかし、作戦範囲を広げれば広げるだけ深海棲艦の各方面の主力部隊と交戦することになるな)

 

 位置的にアリューシャン列島やマダガスカル島に該当するカスガダマには尋常では無いほどの敵戦力が集中していることだろう。そうなれば、日本海軍だけの力では攻略は容易ではあるまい。勿論、月虹艦隊も参加し支援を行うことは決まっていたが、あと1つ策を練らなければ確実な攻略は成立しない。

 

(物資輸送に併せて、作戦への参加を促す事ができればいいが……艦娘が有無をまずは確かめねば)

 

 ソビエト……ではないロシア海軍、前世では同盟国であり後世では敵同士であったドイツ、イタリアの動向も気になるところではある。ビスマルクⅡ世というドイツ艦が今世に転生してきていることを考慮すれば、少なくともドイツに艦娘が存在する可能性は高く、コンタクトをとってみる価値は十分あった。

 

(リーガン大統領によれば、現在ドイツとイタリアにはヒトラーとムッソリーニに容姿だけが似たイトラー、ムッツリーニなる人物いるそうだが、聞き耳を持ってくれるかどうかが肝心だな)

 

 建御雷は距離的に見て、いずれは潜水艦隊による西方海域への遠征を、北方海域には日本武尊指揮下の室蘭駐留部隊の一部隊を派遣させるべきだとした。その間、本隊であるトラック島と紺碧島の月虹艦隊は各方面に向けた支援に徹しながら、南方海域への大々的な進出に向けた事前準備に取りかかることになる。

 

(……足がかりとして、ハワイ島攻略後にクリスマス島を此方で独自に落としておくか。飛行場があるとなると陸上施設型の深海棲艦が待ち受けているかもしれんが、なるようにはなるさ)

 

 後日、対地攻撃の経験がある艦娘が豊富な月虹艦隊は、南方海域への攻略については独自の方針に基づいて攻略を行うことを決定した。

 これに対し大本営は、海軍所属の艦娘が現状のままでは多く損失する可能性が捨てきれないとして合意し、南方海域については特例で通常の海軍を月虹艦隊が支援するという連携の体制から、月虹艦隊を海軍が支援する体制に変更するという意向を示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして朝になり、絡みつくようにして建御雷の自由を奪っていた二人を無理矢理引き剥がし、赤いたん瘤が出来るほどに拳を振りかざし終えた建御雷は、総員起こしのラッパの音に耳を傾けながらのた打ち回る日本武尊とビスマルクⅡ世の姿を尻目に予備の服へと着替え、食堂へと誰の案内もなく辿り着いていた。

 そこで軽めの食事をトレイに受け取った彼女は、まだ人が少ないテーブルの一角に聞き覚えのある口調で話す少女らを見つけ声をかけた。

 

「だからの、信長。お主は対空火器の扱いにもう少し力を……」

 

「――すまない、尊氏と……信長であっていたか?」

 

「……ん? お主は―――おお、建御雷ではないか! 早い朝じゃな!」

 

「おはよう……あと、久し振りだ」

 

 席から立ち上がった尊氏との再会の握手に応じた彼女は、二人が居た近くに腰を下ろすとパンを一口食べてから眉間に皺をよせて言った。

 

「――以前二人が言っていた連れの連中だが、とんでもない奴らだったよ」

 

「あー……なるほど。げんなりしているところを見ると相当な被害にあったみたいじゃな」

 

「……昨夜は全然お楽しみじゃなかったというわけか」

 

「――アレを楽しいと思えるのならば私は多分とっくにイカれていて、今頃は連中の同類だよ」

 

 服で隠れてはいるが、今でも体中に生々しい蹂躙の後は残っており、独特の形を持つ斑点模様が彼女の身体に数え切れないほど刻みつけられていた。時折僅かな痛みもあり、今もなお同じ行為をされているのではという錯覚も生まれかけてもいた。

 なるべくありのままを思い出さないように心がけようとする建御雷であったが、そうすればするほどに鮮明に思い出される葛藤に苛まれる。しかも、嫌であるのにもう一度同じ行為をしてもらいたいという、あり得ない願いも葛藤の中には含まれていた。

 

「ところで、二人は一緒ではないのかの?」

 

「……見てわかる通りだ。今頃、痛さのあまり気絶しているか部屋から出られないで混乱しているはずだろうよ」

 

「手加減とかは?」

 

「ふん、しているわけがないだろう?」

 

 平然とコーヒーを口に含んだ後に彼女そう言ってのけた。

 そして、何時迄も日本武尊らの行いのことを考えていては億劫であるので、建御雷は気持ちを切り替えるべく、尊氏と信長に別の話題を振った。

 

「そういえば、旭日艦隊に属していた艦艇はほぼこの基地に揃っていると聞いたがどうなんだ?」

 

「全員が全員いるわけではないがのぉ……まあ、利根を除いた第一遊撃打撃艦隊の第六一巡洋戦隊以外は大体揃っていたはずじゃ」

 

「となると、那智、足柄、羽黒、熊野あたりが未だ行方知れずか。……利根と妙高については海軍で保護したリストの中にいたが……いや待て、利根が『二人』いるだと?」

 

 後世ではクリスマス島攻略戦においてB32フライングデビルからのロケット弾攻撃を回避後、直前にB-17からの投下されていた浮遊機雷に触雷し、畳み掛けるように爆撃を受け戦没したはずであった。

 

「対空巡洋艦の方の利根じゃよ。姉妹艦が総じて居ないことからかなり嘆いておった」

 

「……そうか、そういうことか」

 

「恐らく残りは……あちら側の艦娘として保護されるのかもしれない」

 

 可能性としては大いに有り得る話であった。だがそうなれば、旭日艦隊は遊撃打撃艦隊を完全な形で編成できないわけであり、現状の戦力は空いた穴の分の負担を強いられることになる。一人一人の実力は申し分ないが、果たしてカバーしきれるものなのか不安は大きい。

 

「まあ、この基地は航空戦艦や航空母艦が多い。航空戦力に関しては問題はない上に、水上打撃艦は日本武尊やツヴァイ、それに――――」

 

「――私達もおります」

 

「!?」

 

 建御雷が振り返った背後には、髪で片目を隠した少女に加えてボーイッシュに髪を切りそろえた少女とやや尖った八重歯が特徴的なおかっぱ頭少女の三人が立っていた。日本武尊らと比べて体つきは小柄ではあるが、風格からは歴戦の勇士であることが窺える。

 さらに、巫女服という着こなし、腹部・胸部へ胸当てや装甲を付けていないことから、消去法で巡洋戦艦クラスの艦娘であることが察せられた。

 

「虎狼型航空巡洋戦艦の長女、『虎狼』です」

 

「同じく虎狼型航空巡洋戦艦の次女、『海虎』っ!!」

 

「三女の『海狼』よ、覚えておきなさい!」

 

 三者三様の挨拶がなされ、建御雷は自身の心配が些か杞憂であったことを理解した。

 虎狼型航空巡洋戦艦は日本武尊に負けず劣らずの戦歴があり、いずれも大戦終盤に至るまで大活躍を見せていた。高杉艦隊に随伴していた際に、海狼だけはドイツ軍の飽和攻撃により戦没してしまったことが悔やまれるが、それでも申し分ない力を有していることには変わりない。

 

「――タケルさんには、後でもう一度厳しく言っておきますから安心してくださいね」

 

「そ、そうか……」

 

 無表情であるにもかかわらず口元だけを微笑むように歪めた虎狼は、そっと彼女に近づき耳元て囁いてみせる。

 言葉のままにそれをとりあえずは受け止めた建御雷であったが、虎狼の目線はずっと彼女のうなじ近くへと注がれており、何らかの思いを渦巻かせているようだった。悪意はないだろうが何処か不気味であったと言えよう。

 

「紅玉艦隊や紺碧艦隊の皆さんはお元気ですか?」

 

「……ああ、元気だ。むしろ、元気すぎて五月蠅いぐらいだ……特に米利蘭土辺りがな」

 

「テンション高い人なんです?」

 

「妹の手音使は落ち着いているんだがな。人の事をタケミーと読んだりと自由奔放さ」

 

 肩をすくめて苦労していることを彼女は周囲へとアピールする。その一方で、紺碧艦隊が比較ができないぐらいに苦労を重ねて任務を請け負っている事が伝えられると、彼女達の現在についてが詳しく語られた。

 

「紺碧艦隊は現在、伊3001と伊601を中心に太平洋の警戒にあたっているが……ある潜水艦が欠けている状態だ」

 

「――もしや、須佐之男さんですか。日本武尊・建御雷・須佐之男と揃い踏みであるならば怖いものなしなのですがね……」

 

「何処にいるか心当たりはないんですか?」

 

「……さっぱりなんだ。呼び寄せることも出来ないし、今世に既に転生しているかもわからない。潜伏していそうな場所は全て洗ったが、手がかりになるようなものは何もなしだ」

 

 最終的な紺碧艦隊の旗艦である伊10001こと須佐之男は、伊3001の核融合炉と電磁推進のデータが活かされた高速潜水航行が可能な超速潜である。日本武尊を最強の戦艦、建御雷を最強の空母と位置づけるのであれば最強の潜水艦とは須佐之男のことを示しており、その名に恥じぬ働きを第二次世界大戦末期から第三次世界大戦末期にかけて見せていた。

 その最も足るのが、第三次世界大戦末期の黒海潜入作戦であり、電磁推進の性能を応用したジャンプと艦底構造を存分に活かし、見事に海面浮上滑走を行って突破に成功していた。

 

「その様子だと、姉妹艦の電光さんもいないようですね……」

 

「……なに、深く気を落とさんでもいいさ。二人なら何処にいようとも上手くやっているはずだ。それに絶対に会えないとまだ決まったわけじゃない」

 

「そうよっ! だから、再会した時に胸を張って向き合えるようにしましょうよ!」

 

 海狼の活気があふれる掛け声に皆が頷くと、一同は再び会えることを祈って直面する課題に取り組んでいく気持ちを新たにした。

 そうして、暫く彼女は他愛もない世間話に花を咲かせていたわけであるが、話が一度一段落するとそこへ、トランクを手に下げた鯨のプリントが施されたエプロンを身に付けた眼鏡の少女が現れる。腰回りにはドライバーやスパナが入ったベルトが装着されており、既に何度も使用された跡があった。

 一体誰かと首を捻る建御雷だったが、旭日艦隊の面々は知った顔であるとして少女を『工鯨』と呼び、彼女の前へと誘った。

 

「建御雷さん、おはよーございます。――私、多目的工作艦の『工鯨』です」

 

「うん、おはよう……それで、その鞄はもしや私宛の荷物か?」

 

「はい、そうです。海軍の方が朝一番に届けてくださいました。勝手ながら中身を確認しましたけれど、身分証と2種類の制服が入っていました」

 

 注目が集まるなか礼を言って受け取った彼女は、平らげた食事のトレイを避けた後にトランクを置いて新調に中身を確認した。工鯨の言う通り、海軍の黒い第1種と白い第2種の制服が折り畳まれてしまわれており、その上にはマニュアルらしき書類と身分証が封筒に入れられていた。

 

「――航空母艦建御雷を『高杉 建美(たかすぎ たけみ)』として、海軍技術少将に任命す……か。これで、横須賀鎮守府に入り込む大義名分が得られたというわけか」

 

「ええっ!? ……た、建御雷さん、横須賀鎮守府に行くんですか!?」

 

「あちら側の艦娘の艤装強化の為にな。……私達とは違い、あちらの艤装は主機関をガスタービンエンジンに換装する以前の……開戦前と何ら変わりないものだからな。このまま付け焼刃的強化を繰り返していては、早いうちに限界が来てしまう」

 

「……では、私達と同等の強化を施すと?」

 

「さぁ、それはわからん。後世と同等のレベルに引き上げることが望ましいが、目安にしかならんかもしれない。扱う艦娘が耐え切れなければ、やむを得ず基準を下げなければいけなくなる」

 

 それを判断する為の査察だと言い切り、建御雷は食堂から一度出ると数分した後にトランクを片手にスーツ姿から早変わりした白い制服で現れた。変装用に伊達メガネを掛けていることにより、厳しげなオーラが彼女から漂い始める。

 

「らしさが出ていて実に羨ましいのぉ~」

 

「安心しろ、いずれカモフラージュ用に階級はそれぞれどうなるかはわからんが、此方にも支給されるそうだ。……もっとも、女性士官ばかりいる基地というのも変な話だがな」

 

「……艦艇が人間の娘になっている時点で今更だ」

 

 信長が発した言葉は、まさしく事実であり皆の笑いを一気に誘った。

 建御雷はトラック島に残してきた本隊とは違った艦娘同士の強固な繋がりを実感すると、同じ目的のために戦っていく誓いを皆の前で行った。

 

 

 ……日本武尊とビスマルクⅡ世については、昼を過ぎた頃にようやく気絶から目覚め、二人してだらしのない格好で発見されることとなり、予告通り虎狼にキツく叱られることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私は一体誰なのだろうと、男が自問したのはこれで何度目であろうか。

 

 入道崎と呼ばれる、秋田県の男鹿半島北西端に位置する岬にて髭を多く生やした男性は、初夏が近づいている予感をさせる日差しを深く被った帽子で遮りながら海を見つめ、自らに同じ質問を課していた。

 しかし、問いに対する答えは一度足りとも男に対してもたらされず、微かな潮風の音だけが耳へと届く。

 男には連れが一人だけおり、まだ義務教育を終えたばかりの背丈の髪を後ろで一纏めにした少女がその傍らに座り込んでいた。

 少女もまた似たような問いを反芻しており、男に従うことだけがある意味やすらぎであった。

 

「……夕陽が綺麗だな」

 

「――そうだね、太郎さん」

 

 少女が呟きに同意し男の下の名前を呼ぶが、実のところこの名前は確かなものではなく仮初めの名であった。というのも太郎と呼ばれた男は、深海棲艦に支配された海で溺れとある海岸沿いの砂浜に辿り着く前までの記憶を失っており、朧気ながら記憶に残っている名前を呼び名として用いていた。

 少女については太郎が溺れているところを無我夢中で助けた人物であるのだが、何故助けようと思ったのかわからない上にどうして近くを自身が彷徨っていたのか理解していなかった。また、同様に名前を失っており、『いろは』と彼に対しては名乗っていた。

 本当の名前を証明するものは何もなく、二人の残されたのは潜在的な特技だけであった。太郎は絵の才能がずば抜けており、いろはは水の中でもゴーグルなしに泳げ、物を鮮明に見渡すことが出来ていた。

 今回入道崎を訪れたのは、岬からの夕陽が美しいという噂を聞き、是非ともスケッチをしてみたくなったからであった。そのついでではあるが、彼らは絵を通して記憶を取り戻すという試みを実施していた。

 

「……どう? 何か思い出せそうな感じがする?」

 

「やはり、何とも言えないな……直感に従って描き進めてはいるが、いつも『何か』が足りないと感じてしまう」

 

 その『何か』こそが記憶の扉を開く手がかりになるのではと思う二人だが、カモメや海洋生物、何の変哲も無い岩、今は出港することも出来ない漁船や軍艦などをいくら描こうともしっくりこなかった。場所が悪いのか想像力が足りないのか思い悩むが、結局は考える前と同じ結果に行き着いてしまう。

 

「画廊も数ヶ所覗いてみたが、インスピレーションを感じさせる作品には出会えなかった……次こそはと思うがこの近くに画廊は……」

 

「あることにはあるみたいだけれど、どんな作品があるのかについては情報が乏しいみたい」

 

 情報を得るための唯一のツールとして資金を用いて購入したスマホを操るいろはは、自身達が描くだけでは得られないヒントを求めるために開催される画廊を定期的に探していた。

 されど、このご時世で開かれる画廊は多いとはいえず、出展される絵も深海棲艦がいる海の絵は皆描きたがらないのか、見当違いのものばかりであった。

 

「『海』が関係していることだけは覚えているのに、どうしてその先に行き着けないんだろうな……」

 

「大事なことだからこそ頭の中に大切にしまわれちゃってるんだと思うわ。けど、きっといつかはわかる時が来るはずよ」

 

「……だと、いいんだがなぁ。本当に、私は『何を』忘れてしまったんだ」

 

 悔しそうに嘆く太郎は、それから無言になって風景画を何枚も満足がいくまで描き殴り続けた。途中、休憩を挟みいろはが作った夕食のおにぎりに手を付けるも、感想すら述べる余裕が無いまま彼は作業に没頭し続けた。

 時は流れ、気がつけば夕陽はとっくに沈んでおり、月が太陽の代わりに空を照らすように光を放出していた。その頃になると流石の太郎も筆を止めており、呆然と佇むようにして海の向こうを見つめていた。いろはもそれに倣い、無言でただ遠い彼方を見つめた。

 

「……戻るか」

 

「――そう、だね」

 

 一頻り考えぬいた末に今日の作業は終えることにした太郎は、いろはに合図し広げていた道具を片付け始める。いろははもう少しこの場に留まっていてもいいと思っていたが、太郎が自分に気を使ったことを察すると素直にそれに従った。そうして、荷物をまとめた二人は名残惜し見ながらも岬に対して背を向けた。 ……そんな矢先の事だった、謎の声が突き抜けるようにして両者の耳に届いたのは。

 

 

 

『―――岬を見て、◯◯◯◯』

 

「「!?」」

 

 

 

 初めは気のせいであると、太郎といろはは互いに認識していた。

 だがしかし、見合わせた顔から幻聴でないことを把握すると、警戒心を露わにし進めていた歩を停止し立ち止まってみせた。――そこへ新たな声が響き、今度は二人の気を確実に惹くキーワードを述べる。

 

 

 

『二人が忘れてしまったもの――――全部思い出させてあげる』

 

「なん……だと……」

 

『だから、岬を見て』

 

 

 

 声の主は姿を表さないまま、二人が記憶を失っていることを把握していると伝えると、最初と同じ指示を太郎といろはに再度飛ばした。少なくとも敵意は感じず、危害を与えるつもりはないというニュアンスは届いたが、それでも両者は振り向く決心がつかなかった。

 

「……どうする? このまま逃げるかそれとも要求に従って振り返るか」

 

「わ、私怖い……」

 

「くっ……仕方がない、私が先に振り返るから何かあったらすぐに逃げるんだ、いいな!」

 

「(……コクリ)」

 

 怯えるいろはに配慮し太郎は自分が先に岬を見ると叫ぶと、ジリジリと足を動かして回れ右をする態勢を作った。そこで心の中で自身に合図をし、一瞬だけ見たらいろはを連れて逃げられるよう準備をした。

 

 

「(……いち、にの―――――さん!!!)」

 

 

 三の時だけ声に出し、太郎は意を決して振り返ってみせる。……正直、振り返った瞬間死ぬのではないという恐怖が彼の中にはあったが、瞳に映った光景をまじまじと見て驚愕をする。

 

「な、に……ッ!?」

 

 ――見ろと言われた岬の向こうにはなんと、白く大きな帆を張った巨大なヨットが海上に浮かんでおり、眩い光の粒子を辺りに散らしていた。その影響か周囲は小さな物陰に至るまで影を作り出していた。

 それだけでなく、絵を描いていた時は発生していなかったはずである荒波が生まれており、ヨットの船体には何度も水飛沫が叩きつけられていた。

 間を置いていろはも振り返ると、岬の先にはぶつかるのではないかというギリギリの距離までヨットが接近しており、船の底部分を嘘か真か海から離していた。

 思わず立ち竦んでしまう彼女であったが、あることに気づいてハッとなった。……そう、太郎がいなくなっていたのだった。

 

「――太郎さんっ!?」

 

 キョロキョロと辺りを見回してみると案外早く彼の行方は判明した。……なんと、光と共に浮遊するヨット前で苦しげに頭を抱えて蹲っていたのである。

 急いで障害物を乗り越えて駆け寄ったいろはは彼の体を揺するが、仰向けになった彼は焦点が合っていなかった。

 

「――う、あああ、アアアアアッ!!!!!」

 

「ねぇ! ……しっかりしてよ太郎さん! 太郎さん!!」

 

 必死に呼びかけるも瞳は虚ろであり、今にも意識を失いそうになっている。救急車を呼ぼうにも場所が場所な上に、急患を受け入れてくれる病院を彼女は把握していなかった。

 落ち着いていればスマホで調べることも出来たが、そんなことはいろはの頭からはさっぱり抜け落ちており、そもそもスマホ自体が眼中になどなかった。

 

 

 

『……大丈夫、自分をしっかり受け入れて』

 

 

 

 再び声が聞こえ、何かを受け入れろと声が掛かる。すると、太郎に寄り添っていたいろはまでもが頭を抱えて苦しみだし、彼女もまた焦点が合わないまま地面へ倒れ込んだ。同時に奇妙なヴィジョンが流れ込む感覚を覚え、太郎が何に苦しんでいるのかをいろはは理解する。

 

 

『――敵さん発艦準備の真っ只中だ、全艦魚雷戦準備ッ!!』

 

『艦長、敵陣形内に潜り込むぞっ!』

 

『これを待っていたんだ! 前部全発射管発射ッ!!』

 

「なに…これ……」

 

 

 切り取られたかのような映像群が次々と再生される。そのどれもに海軍服を着た男達が映っており、登場する人物は皆共通していた。なかでも中心人物に該当するであろう男は何処となく太郎に似ており、数多の戦いにて鋭い直感を発揮し戦い抜いていた。

 そこで、いろはは惹かれるようにして映像に写った一隻に注目する。

 

「――イ、ひゃくろくじゅうはち?」

 

 どのような艦であるのかを指し示す文字を読み上げた彼女は、今度は誰かが外から記録したような映像ではなく実際に艦と一体化している目線で謎の記録を追体験する。さらに、自分ではない存在だとはっきり認識できる存在の手を借りて、ようやく頭の中に広がる海の底まで沈んでいた『本当の記憶』へ手を差し伸ばした。

 

 

 

 

「――そうだ、私の名は『伊168』……伊号潜水艦だッ!」

 

 

 

 

 やっとのことで己を自覚するところまで到達した彼女は、伏していた膝に力を入れて起き上がる。

 横に視線を向ければ、隣に倒れていた太郎もまた先程までの苦しむ姿が嘘であるかのようにスッキリとした表情を見せ、自力で立ち上がろうと懸命に体を動かしていた。

 

「……思い、出したんですね。司令官」

 

「あ、ああ……どうやらそのようだ、伊168」

 

 いろは改め伊168と呼ばれた少女はすぐに太郎に駆け寄り、その身を助け起こす手伝いをした。その甲斐あってか、何とか自力で立ち上がることが出来た彼は伊168と共に記憶を取り戻すきっかけとなった光のヨットへと近づく。

 ――その時、ヨットからは光る透明な板によって形成された階段が伸び、二人がいるすぐ目の前まで到達をした。……そして、身構える彼らを余所に謎の声の主がついに姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は―――――千鶴ッ!!?」

 

『……ぶっぶー不正解よ、お・と・う・さ・ん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い半袖のセーラ服へと身を包んだ少女がリズムを刻みながら階段を降り、悪戯っ気溢れる笑みを二人に対して向けた。

 太郎は彼女の正体に心当たりがあるようであったが、その答えを口に出した瞬間に間違っていると舌を出して告げられた。……しかし、ヨットが形状を変えてヒントとばかりに別の形の変化した時、感の鋭い太郎は伊168を一瞬見た後に本当の正体を把握しきると、少女と太郎にしか聞こえない声量で答えを告げた。

 

 

「千鶴ではないのならお前は――――か」

 

『ピンポーン、大・大・大正解よ! 優勝賞品プレゼント決定で~っす!』

 

 

 見事に正体を突き止められた少女は喜びを派手に体現するが、対する太郎の眼差しは真剣そのものでありまるで笑ってなどいなかった。早く要件を言えと無言でアピールする面持ちはまさしく軍人の顔であり画家の顔などでは決してない。

 

『……そんなに怖い顔しないでよ、お父さん』

 

「――御託はいい。用がないのなら私は彼女と帰るぞ」

 

『駄目駄目、彼女には彼女にしか出来ないお願いをするんだから。……お父さんとは別行動確定なのっ!』

 

「何っ……?」

 

 少女はどうしてもこの場を持って太郎と伊168を別行動にしなければならない理由があるようで、恋人のように腕を絡めて引っ張ると階段に太郎の足を無理矢理乗せた。途端に階段はエスカレーターを思わせる動きを見せて船体へ近づいていった。

 

「ま、待て! 私は一緒に行くとは一言も言ってはいないぞっ!!」

 

『ごめんなさい、残念ながら拒否権はないの。……でないと、この世界は何時まで経っても戦いを終わらせることが出来ないわ』

 

「どういう意味だ!?」

 

『付いて来ればわかるわ。……ああ、伊168さんにもこれだけは伝えておかないと』

 

「!?」

 

 太郎にくっついたままポンと手を叩いた少女は、話に一人置いて行かれている伊168に対し矢継ぎ早に伝言を残した。

 

 

 

『――紺碧島へ向かいなさい。彼女達が待っている』

 

「彼女達ってまさか……」

 

『自分でそれは確かめて。……大丈夫よ、私達はいずれこっちに帰ってくるから』

 

 

 それだけ言うと少女は完全に階段を消失させ、岬から宙に浮かぶ艦艇を離すと共に海上に船底を丁寧に密接させた。

 そこから徐々に船体を海中へと潜ませていくと太郎を内部に押し込んで避難させ、手を振りながら別れの言葉を口にした。

 

 

『――過去という運命に抗って、未来へ進みなさい。さすればその先に必ず救いはあるわ』

 

 

 ……そう言い残し、巨大な光の艦艇は水平線上の向こうへと出航して行った。




――ぱっぱっぱーぱっぱっぱー(紺碧の艦隊EDのアレ

気づいた方もいると思いますが、タイトルはオマージュです。
あと、リーガン提督以外に転生者はいないと言ったな、アレは半分嘘だ(ズドンッ

次回もお楽しみに

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