紺碧の艦これ-因果戦線-   作:くりむぞー

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※タイトル通りです




第15話 建御雷の受難な一日

 

 

「……どうして貴様という奴は、自制が効かないんだアホ」

 

「ううっ、いってぇ~……」

 

 高野総長と富嶽提督との会談から夜が明け、日本武尊の案内を受けて電車を乗り継ぎ、最終的に客別にコンパートメント席が設けられた年季を感じさせる列車へと乗り込んだ私達は、日がほぼ沈んだ頃になって目的地である北の大地へと足を踏み入れていた。

 本土と比べまだ涼し気な風が吹いており、夏の間はさぞかし快適だろうなと思いつつも、横目に後ろを見ればそんなものは途端に頭の中から吹き飛んでしまう。

 何故ならば、本来私を先導して前を堂々と歩いているはずの日本武尊という名の変態は、昼食を簡単に済ませた後に昼寝をしていたスーツ姿の私へとちょっかいを出し、胸元を開けさせただけでなく股の方にも手を伸ばしていたのである。違和感に気づいて途中で目覚めたからまだ良かったものの、これで室蘭へ到着するまで気付かず続けられていたと思うと怖くてゾッとしてしまった。

 

「だって、そこにエロい身体があったから……つい」

 

「つい、で何でも許されると思ったら大間違いだ。これでお前が赤の他人だったら警察に突き出すんじゃなく、その場で処していたところだぞ?」

 

「――ほう、性的な意味でか?」

 

「殺すぞ」

 

「……はい、すみません」

 

 行為に及んだ理由が、性欲を持て余していたからという下らない言い訳をした日本武尊をギロリと睨み萎縮させると、顎を使って荷物を全て持たせ前を歩かせる。

 膨れっ面な様子が見受けられたが、果たして反省しているのだろうか……否、何も反省していないに違いない。多分、日頃から同じようなことを繰り返し誰かに行っているはずである。 

 冷静に分析してみると、妙にテクニシャンであったし手馴れているというか何というか全体的に優しかった印象があった。まるで、今にも壊れてしまいそうなものをそっと取り扱うかのように……というか、何故に私に対してこんなにも積極的なのだろうか。

 私自身、堅物で周りから見たら面倒臭いこと極まりない存在であるのになんで―――

 

「――何というか、手のかかる女ほど魅力的に見えるんだよ」

 

「そうかそうか、魅力的に見えるのか~……って、んん!?」

 

 口に出して話してなどいないというのに、問いかけに対する返事が聞こえたような気がする。

 ……いや待て、そんなはずはない。きっと幻聴で疲れているんだろう。……絶対そうだ、そうでなければおかしい。気のせいに決まっている。

 

「ところがどっこい、気のせいじゃないんだよなぁ……」

 

 日本武尊に似た声がまたしても返されるが、そんな馬鹿なことがあり得るものか。

 しかし、現実は非情であり、俯いて歩を進めていた私の顔のすぐ横には、前を歩いていたはずの変態戦艦の穢れのない笑顔が移動していた。

 

 

「――おまえの あたまのなか ぜんぶ おみとおし」

 

「いやぁああああああああああああああっっっ!!?」

 

 

 恐ろしい呪文が悪魔によって囁かれたその瞬間、背筋に冷たい物が急激に走る。

 気がつけば私は、我を忘れて駆け出していた。知らない道ばかりであるというのに、こういう時に限って何処へ進めばいいのかが鮮明にわかってしまう。

 さながら、私はストーカーに追われるキャリアウーマンのようであった。背後を見れば、暗い夜道に光る2つの瞳があり獲物に喰らいつかんとする獣そのものが迫っていた。

 

「……ダッシュ!!!」

 

「こんなところで加速するなボケエエエ!!!」

 

 同じ所を行ったり来たりして何とか撒こうと試みるが、速力が段違いすぎてわざわざ持たせた荷物がハンデにすらならない。つまり、持久力が切れたら最後であり、私は衣服をひん剥かれてあられもない姿にされてしまうだろう。

 

「そんなこと……しねぇって!」

 

「胸に誓って言えるか、その台詞―――」

 

「――あ、ごめん無理だわ。今なら勢い余ってお前に向かって急速潜航しちゃうかもしれねえわ」

 

「だろうな!」

 

 明らかに息切れを起こしかけているような息継ぎではない、興奮状態を思わせる呼吸の繰り返しが聞こえていた。

 どう考えても正気ではないことは確かだった。……こうなれば、電話BOXでも見つけて閉じこもるか? ……全然駄目だ、奴の事だから無理矢理にでも抉じ開けてくるかもしくは電話BOXごと持ち上げてくるだろう。民家に逃げこむことはNGであるので、目指すべき逃げ場所は自然と限られる。

 

「ええい、こうなったら……」

 

 奇跡的に秘密基地があるという方向は記憶していたので、偵察機を弓を使わず腕力のみで発艦させると上空から案内するように指示を飛ばす。急なお願いであるにもかかわらず妖精さんは察してくれて、的確にナビゲートを行ってくれた。

 程なくして、日本武尊が指揮する旭日艦隊の面々が集結しているという、ある意味不安な室蘭港へ入るためのゲートが小さく見えてくる。

 

「さらに倍ダッシュだ……!」

 

「――いい加減にしろっ!」

 

 上着に手をかけられそうになったので振り向きざまに脱ぎ捨て、日本武尊の視界を一時的に塞ぐことに成功する。……ずっと走り続けていたこともあり、シャツは汗だくで夜風があたって予想以上に冷たくなっていた。

 身に付けていた下着も浮き出ており、こんな恥ずかしい姿をいつまでも晒しているわけには行かない。

 

「もう少し……あともう少しだ……」

 

 額から出た汗が目に入り視界がぼやける。……再度後ろを見るが、まだ日本武尊は上着を被ったまま走り続けている。完全に不審者であり、私が通報しなくとも一般人に見られたのならば即座に通報されるレベルだった。……あんなのが超戦艦だと? 冗談はよしてくれ。

 

「――うっ!?」

 

 嘆く暇もなく新たな試練が私に襲いかかった。此処に来て走り疲れたせいかバランスが狂ってしまい、左の足首を捻ってしまったのである。

 そのせいで派手にすっ転び、外傷は幸いないもののストッキングといった脆い生地の部分は穴だらけになってしまった。気合と根性で強引に動かし立ち上がろうとするも、思い通りにはまったく行かない。

 

「はぁ…はぁ……やっと追い詰めたぞ」

 

 ……結果、ギリギリの距離で引き離していたはずの日本武尊は追いついてしまい、私は完全に窮地に立たされることとなった。ジリジリと詰め寄る音がカウントダウンの如く耳へと響く。

 

 

 

「これで―――チェックメイトだ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 

 流石の私も万事休すであり、抵抗することはほぼ不可能であった。近くにあった石を投げつけたところで意味は無いことはもはやわかりきっていた。

 だから、深く溜息を付いて自ら透けていて着ている意味のないシャツの上ボタンを外しにかかる。一個また一個と外していく姿に彼女は釘付け状態となっていた。それらしい雰囲気を諦めて漂わせると荷物を地面に律儀に置いて日本武尊は、倒れれば私の全身に覆い被される距離まで近寄った。

 ―――それが、命取りになるとは知らずに。

 

 

「……お前が、な」

 

「――ッ!?」

 

 

 ……それに気づいた時にはもう遅く、私と同じように疲労していたであろう日本武尊は目を見開いた状態で、ゲートのある方向から飛んできた物体による一撃を顔面から受けた。続けて同様の攻撃が飛来し、的確に手足へと直撃していく。

 目を凝らしてみればそれは、トリモチに近いモノであり確実に日本武尊の身動きを封じていた。もういいだろうと言うぐらいにまだまだ攻撃は続き、終わった頃には布団からなかなか出られない学生を思わせる光景が目の前には広がっていた。

 ……そして、危機が去って一息付いたところにロングストレートな金髪の女性が、幾つもの砲身を携えて私に手を差し伸ばしてきた。

 

「大丈夫、怪我はない?」

 

「……左足を少々捻った。支えになるような物が欲しい」

 

「あらら、来るのがちょっと遅かったようね……ごめんなさいね、すぐに気づいてあげられなくて」

 

 艤装を消失させて身軽になった彼女は私の肩に腕を回し、自ら支えになる形で寄り添ってきた。疲れきった私の身体は想像以上に重いだろうに、眉一つ動かす様子を彼女は見せなかった。

 

「別に構わない。SOSが伝わってこうして駆けつけてくれたことに感謝している」

 

 日本武尊は私の思考が読めるようなことを述べていたが、果たして読んだ思考の内容が真実であるかどうかまではわからないと私は踏んでいた。

 そこで、心の底から降参しているような素振りを見せて、その隙に妖精さんを基地内部に侵入させ、誰でもいいので救援を乞うようにお願いしたのだった。アテが外れる可能性が極めて大である賭けであったが、上手く行ったようで何よりである。

 荷物を拾い上げてもらい、砂埃を軽く叩くと私は重ね重ね女性にお礼を言った。ついでに、動かないままでいる変態についても恐る恐る尋ねてみる。

 

「……一つ聞くが、アイツは何時もああなのか?」

 

「残念ながらね……かく言う私も貴女と同じ目にあってるわ」

 

「というと、組み敷かれたりディープキスを強要されたり胸を揉みしだかれたり?」

 

「……うん」

 

 やはり思った通り、私以外にも被害者は存在していたようであった。しかも、顔立ちからして外人さん……外国の艦娘である可能性がある女性にも日本武尊は手を出していたということである。

 話を聞いていくうちに私などまだ序の口であり、常日頃からセクハラは続けられ、ほぼ毎日一緒にお風呂に入ったり寝ることを強要されているらしいことがわかった。また、この場にいる以外にも被害者は存在しており、現在進行形で悩みの種であるそうだった。

 

「何だか、貴女とは仲良くなれそうな気がする……」

 

「……私もよ。相談があったら何でも言って頂戴ね」

 

「建御雷だ、よろしく頼む」

 

「ビスマルクⅡ世よ。……前世では敵同士だったけれど、よろしく頼むわね」

 

 初対面であるにも関わらず奇妙な友情が芽生えることとなった私達は、互いの名を深く噛みしめるようにして覚えあった。……ビスマルクⅡ世と言えば、日本武尊と砲撃戦を繰り広げたかの国の戦艦であったと記憶しているが何故に日本の地にいるのだろうか? 

 ……まあ、奴が連れてきたことは大体予想がつくが、詳細を尋ねるのも面倒臭いというか失礼なので気にしないこととする。

 

「で、このトリモチみたいのは何だ?」

 

「見かけ通りのトリモチよ。一応は侵入者確保用というか基地防衛用に開発したのだけれど、初めての使用が基地の指揮艦だなんて滑稽だわ」

 

「ははは……そいつは最悪だな。だが、このトリモチ弾だが使いようによっては深海棲艦の捕獲にも転用できるんじゃないか?」

 

 もしそれが可能であるのならば、これまで困難であった深海棲艦の正体の究明に大いに役立つだろうと思われた。

 

「一応その辺を考慮には入れているの。けれど、捕獲後の運搬の問題や隔離施設の問題、基地の全体的なセキュリティ設備の徹底とかまだまだ山積みなのよ。耐久性にも問題があるし……それらを片付けてから出ないと実戦投入は無理ね」

 

「そうか……」

 

 改良と生産には時間が掛かるということであるので、これまで通りにプランを推し進めるほかないようだった。別に不満というわけではないが、戦争は出来ればこれ以上長引かせたくはなかった。

 長引けば長引くだけ苦しい思いを人類や艦娘、そして深海棲艦もするだけなのである。

 

「……さて、暗い所で立ち話も何だし、早く基地の中に入りましょ」

 

「――アイツはどうする?」

 

「放っておけばそのうち起き上がってくるでしょうよ。構う必要はないわ」

 

 哀れ、日本武尊。この基地のトップである存在であるのにもかかわらずボロ雑巾のように扱われるなんて……と一瞬同情しかけたが、元はといえば彼女自身が悪いのである。

 普通に接して案内さえしてくればこんな事にはならなかったものを、一体何処で間違ってしまったのであろうか。……いや、そもそも最初っから間違っていたな。考えるまでもないじゃないか。

 

「……そこで暫く反省してろ」

 

 蔑んだ視線をビスマルクⅡ世と揃って向けた後、基地内へようやく入れた私は作業中の仲間達から温かい声をかけられながら、地中施設の奥へとゆっくり足を進めて行った。

 ――ちなみに、日本武尊は1時間程してからトリモチを付着させたまま自力で起き上がってきて、足首の手当を受けつつ談笑していた私達によって再び縄で縛られて拘束されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 些かトラブルはあったものの、無事(?)に元旭日艦隊に属していた艦娘らが集まる室蘭地中基地へと辿り着いた建御雷は、日本武尊の補佐を務めているドイツの戦艦の艦娘であるビスマルクⅡ世を相手に互いが知り得た情報を取り交わしていた。

 基本的には日本武尊に神楽坂の料亭で述べた内容と同一であり、やはり全ての引き鉄となった出来事についてが一時的に焦点となった。しかしながら、互いに深海棲艦の発生に繋がるような出来事に思い当たる節がなかったことから問題は仕方なく先送りにされ、議題は室蘭駐留部隊の方針についての話となった。

 

「海軍所属の艦娘用の艤装や装備の生産については了解したわ。問題なく行えると思うし、既に行っている試みにも方向性は合致していると思う」

 

「……試み?」

 

「装備に互換性を持たせようとしているのよ。貴女のような航空母艦は装備が航空機だから飛行甲板に着艦できさえすれば互換性なんて気にしなくても済むでしょ? でも、私やそこに転がっているタケルはワケが違う」

 

 要するに、本来装備していなかったセンチ口径の主砲を問題なく扱えるようにする実験が室蘭では現在行われているということである。この実験が成功すれば、例えば本来35.6cm連装砲を装備していた艦が艤装の調整次第では、上位である41cm連装砲などを装備できるようになるかもしれないということであった。

 

「砲弾についても主砲の大きさに合わせて各種取り揃えるつもりだから、いずれはZ弾を私が使うことも出来るかもしれないわね」

 

「……複雑じゃないのか、かつて自身に大打撃を与えた艦の兵器を使うなんて」

 

「確かにそう思うところはあるけれど、過ぎたことにくよくよしても仕方がないじゃない。……昨日の敵は今日の味方、私達的に言えば前世の敵は今世の味方ってやつよ」

 

 昔のことを気にしている様子も見せずビスマルクⅡ世は笑って言うと、縛られたまま呑気に眠ってしまっている日本武尊を見やった。

 その視線からは怒りといった感情は一切見受けられず、まるで想い人に向ける眼差しのようであった。それを見て建御雷は一人ぼやく。

 

「――まったく、コイツは公私を使い分けられればまだまともなのになぁ」

 

「いえ……プライベートな部分は見ての通りはっちゃけているけれど、公の場では割としっかりしてるわよタケルは」

 

「……ええー、本当か?」

 

「ホントよホント。そうでなきゃ、皆彼女に付いて来てはいないし、今頃貴女の方へ集まってるわよ」

 

「確かに言えてるが……」

 

 話を聞いた建御雷は、昨日と今日で理解した気になっていた日本武尊という艦娘の考えていることがわからなくなっていた。

 もしかするとプライベートと称する部分はあくまで道化であり、本性は全体に向ける顔に秘められているのかもしれないとさえ彼女は考えた。思い返せばそのような素振りは垣間見えていた。

 妄想が広がり、至って真面目な顔を見せる日本武尊の姿が頭の中で描かれる。

 

 

 

『オレは何を言われようが、ずっと建御雷の傍にいてやるよ』

 

「~~~っ!!?」

 

 

 

 茹で蛸のように顔は真っ赤に変化し、建御雷は恥ずかしい気持ちで一杯となってしまい急いで顔を俯き隠した。……しかし、ビスマルクⅡ世をそれを決して見逃さず、わざと甘ったるい声を出して彼女に囁く。

 

「――わかったでしょ、タケルが惹かれる理由が」

 

「ふ、ふん……全然わからないなっ!!」

 

「惚けちゃって、嘘をついても無駄よ~?」

 

「――って、脚を絡めてくるな。……う、動きが気持ち悪い!」

 

 いいように弄ばれた建御雷は、ビスマルクⅡ世が日本武尊から受けたことについて強制的に聞かされ、彼女の気が済むまでの間ずっと悶々とする羽目となってしまった。

 暫くして何とか解放されたが、テーブルに上半身をダラリと力なく倒れ伏させており、少女は痙攣を起こして悶々と震えていた。

 

「同志だと思ったら、とんでもない女狐だった……哀しい」

 

「――女ってもんはそういう生き物だ、諦めろ」

 

「……オマエが言うな、このレズビアン型戦艦」

 

 目を離していた隙にちゃっかり拘束を解いていた日本武尊からのツッコミに、建御雷は気力なく言葉を返した。そうして、彼女は糸が切れたように瞳を閉じると可愛らしく息を立てて無言となった。

 

「あれま、寝ちまったのか?」

 

「……疲れて動けないだけだよ、もう」

 

「なんでい、心配させやがって……驚かせるなよ」

 

「で、本音は?」

 

「――寝静まった頃を見計らって寝室へと運び込んで、風呂に入ってないのをいいコトに丸裸にして蒸しタオルで拭いてやろうと考えていました、まる」

 

「どうせ、それにまだ続きがあるんだろう……わかってるよ」

 

 だらしなく手を動かし、ぺちぺちと机を叩いた建御雷はそうはさせまいとして、意識を保ったまま運ぶように二人に促した。……勿論、そのまま寝室へと直行ではなく風呂場を目指すように注意をしたわけであるが、二人が素直に従うはずもなく目だけが怪しげに輝いていた。

 結局、彼女の災難は終わることがなく、到着した直後に抵抗する事もできずに浴槽に投げ入れられ、日本武尊とビスマルクⅡ世の二人がかりで襲われた挙句に川の字……というより、上矢印のような形になって暑苦しい夜を迎える事となった。

 

 

 

 

「――はっ、タケミーのピンチ!?」

 

「……何を言っているの、米利蘭土」

 

 トラック島で直感的に建御雷の身体的な危機を感じ取った米利蘭土であったが、特に何も行動をすることが出来ずに一日を終えた。




ということで、建御雷の災難回でした。

次回は逆にシリアスになると思います。

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