紺碧の艦これ-因果戦線-   作:くりむぞー

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ひえー(


第10話 絶望のヴィジョン

 ―――各所で運命の歯車が動き始めた、その明くる日の朝。建御雷は一人非常に目覚めの悪い朝を迎えていた。

 

 

『……には、……ない……の?』

 

『――また、……返す』

 

 来ている服の色など細部は違えど、同じ方法を用いて戦っている少女らの光景が彼女の目の前には広がっていた。

 夢だということは視界がボヤけており、少女達の素顔が鮮明でないことから早くから判明したが、鳴り止まぬ砲撃音や爆発は夢にしては妙に現実めいたものであった。……まるで、これから起こることを物語っているかのように。

 

『――さん、早く――げて!』

 

『たとえ……になってでも、私は……!!』

 

 また一人、また一人と膝をついて倒れ伏し、虚ろな表情で何も言わなくなった艦娘が海中へと沈んで逝く。最低でも空母である艦娘は4隻沈んだことが嫌でも確認出来た。

 そうして、同じ場所から現れるのは、見たこともない深海棲艦の上位種であり、白く血の気のない身体と紅い眼が負の感情を見る者に与えていた。……気づけば、必死に戦っていたはずの艦娘達は消え失せ、建御雷を取り囲むように海面へと立っていた。

 

「なんだ、これは……?」

 

 反射的に身構えようとするが、金縛りにあったかのように思うように身体がピクリとも動かせない。

 ふと違和感を覚えて足元を見てみれば、しがみつかんとする無数の手が海の奥底から生えてきていた。それは瞬時にエスカレートし、腕や背中を掴んで姿勢を崩しにかかった。また、口も冷たい手で無理矢理塞ぎ、彼女は悲鳴を上げることも叶わなくなるまで追い込まれる。

 

(……やめろ、私は……沈みたくなど――ないっ!!)

 

 必死に抵抗の思いを胸に抗う姿勢を見せるも、身体の自由は奪われたまま半身は既に海水に浸かっていた。終いには、首にも手が回され、今度は声が出せないどころか呼吸をすることさえ許されなくなった。

 

(―――ッ!?)

 

 それに追い打ちをかけるように、痛みはやがて受け入れ難い快楽の波となって建御雷へと襲い掛かった。

 

『サァ……ズミナ……イ』

 

(―――嫌だ)

 

『ミナ……ニ……ドデモ……!!』

 

(―――やめろ)

 

 誘惑する甘い声が耳元で囁かれる。身を委ねて堕ちてしまえば楽になるとソレは嘲笑いながら言った。

 そして、端から返答を聞くつもりもなく彼女の頭を乱暴に掴み上げると、今までの抵抗を無に帰す形で黒く闇に染まった海の底へと沈めた。……何処までも何処までも深い水底へと。

 

 

「――――うわあああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――自身の叫び声と共に飛び起きた私は酷く汗ばんだ手で顔を覆い、そこで初めて先程までの出来事が夢であったのだと再認識を果たした。

 

「はぁ、はぁはぁ……」

 

 寝汗が全身から噴き出して流れ、まるで大量の水を被ったかのように衣服は湿っているのを通り越してずぶ濡れ状態であった。下着に至っては肌にピッタリと密着しきっており、身に付けている意味をもはやなくしていた。異臭も漂っていることから一刻も早く脱がなければならないとも思った。

 

「……気持ち悪い」

 

 現実でなかったとはいえ首を絞められた挙句に溺れさせられた感触はまだ残っており、思い出すだけでも胃から何かがこみ上げてきそうな気分となった。

 咄嗟に口を覆うが、その行為さえも鮮明に夢の内容をフラッシュバックさせる要因となっているようで、気持ちの悪さは余計に倍増してしまった。続けて頭痛や軽い痙攣といった症状も発生し、体調不良の真っ盛りの状態となった。

 仕方なく身に付けていた全ての衣服を脱ぎ捨て風呂場へと直行すると、洗うことよりもまず先に出来るだけ熱いシャワーを体中に浴びせかけ、脱力感が拭えない身体に潤いと活気を取り戻させた。

 

「……クソッ、何だってあんな夢を見たんだ」

 

 シャワーに身を任せながら壁に拳を叩きつけ、私は夢でありながらも現実にまで強い影響を残した一時の夢に対して激しく憤りを露わにした。別に願ったわけでもないというのに何故多くの艦娘が沈み、自らもまた沈めさせられる夢など見る羽目になったのか……それに猛烈に腹が立った。

 

「只の偶像の産物であるならいいが、そうでないというのならアレは……」

 

 記憶に焼き付いたヴィジョンは、偶然だと片付けてしまうことが出来ないものであった。だとすれば、何か意味があるのかと考えるのが筋であるが、何せ夢の内容であるのだから手がかりになるものなど自分自身の中にしか存在しない。よって、他人に認めさせられるだけの根拠の無い考察を私は湯船の中で始めた。

 予想としては、この先起きる出来事を予期したものか、もしくは過去の出来事を再現したものである可能性が高いが、仮に前者である場合は相当な問題となる。

 

「私達が介入した結果があの状況を作り出しているとしたら、何が原因でああいったようになるのか……わからないな」

 

 技術提供などを通して支援を行い、海軍側の艦娘の強化を測っている事がもしや意味をなさないのだとしたら、果たして戦いに関わる意味はあるのかということになってくる。

 今までの努力が、これからの準備が全て無駄だというならば、何を求めて生きれば良いのだろうか。

 

「無駄であるはずがない……絶対にそれはあり得ない」

 

 たとえイレギュラーな存在であっても、何かを成すために此処にいると私は信じていた。それに介入していているのならば、夢のヴィジョンを回避するだけの手立ては打っているはずであった。

 では逆に、過去の出来事の再現であるとするならば具体的に何時の出来事の光景であるのだろうか。ヴィジョンをもう一度整理してみるが、空母の艦娘が複数轟沈する戦いなどあっただろうか。

 

「少なくともこちら側の歴史ではあんな悲劇は起こらなかった筈だ……なら、もう一つの歴史の方か」

 

 高野総長から預かったファイルの内容を思い出していくと、該当する戦いはたった一つだけ存在していた。―――その戦いの名は、ミッドウェー海戦と言った。

 

「赤城・加賀・飛龍・蒼龍の4隻の航空母艦を損失した戦いだったか。夢で沈んだ艦娘がこの4隻だとすると……あの光景は」

 

 たかが夢ごときに何を必死になっているのかと言われるかもしれないが、関わりのない戦いが艦娘で置き換えられて夢の中で再現されたことは意味があってのことであると感じていた。そして、単なる記録の再現でないことも薄々ではあるが気づいていた。

 

「……もし、アレが最悪の展開として起こりえるというのなら―――この世界は同じ展開をなぞりかねないかもしれない」

 

 同じ展開とはつまり、彼女達が経験した戦いのその先にある未来……日本各地への大空襲、その後の降伏をこの世界でも辿るということであった。……それ以前に、既になぞり始めている兆しはあった。

 

「―――私達にとってのハワイ攻略作戦は、ある意味彼女達にとっての真珠湾攻撃………いかん、この推測通りなら帝都への空襲は《必ず起きる》っ!!」

 

 思わず風呂の中から立ち上がった私は急いで大浴場から飛び出し、用意していた下着と浴衣に矢継ぎ早に着替え執務室へ戻ろうと階段を駆け抜けた。

 すると、その途中で館内放送が鳴り、米利蘭土の妹である手音使から私個人に向けての緊急連絡が入った。

 

「まさか、な……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個人連絡の内容が本土への空襲であるかもしれないと睨み警戒する建御雷であったが、内容は予想に反して別の意味で緊急なものであった。

 通信相手は大本営の情報部かと思いきや硫黄島に常駐していた伊901らからであり、話し方から比較的落ち着いてはいるが切迫した様子が窺えた。

 

「――どうした、何があった」

 

『確認しますけれど、此方に追加で誰か派遣なんてしてませんよね……?』

 

「ん? ……するなら事前に連絡しているはずだが何だ、誰か近くに居るのか?」

 

『それが………』

 

 伊901の話によれば、硫黄島周辺には2人の艦娘と思しき姿があり、島をここ数時間微動だにせず観察を続けているとのことであった。また、そのうち一人は建御雷の艤装と似通った装備を身に付けており、長銃のようなものを携えているという。

 当然、トラック島・紺碧島に属する月虹艦隊の艦娘達は硫黄島にはそのような艦娘は知りもしないどころか、派遣すらしてもいなかった。海軍側の艦娘の可能性を疑おうにも現状鎮守府には空母の艦娘など存在はしていない。

 

「敵、ではないだろうが味方とも言い切れないな……」

 

『――どうしますか、偵察機を出して様子を見ますか?』

 

「いや、偵察機を出すのは結構だが……通信を送って反応を確かめてくれ」

 

『――わかりました』

 

 指示を受けて硫黄島からは3機の星電改が飛翔し、何処の誰ともわからない艦娘に向かって接近していった。

 暫くして、謎の2人組もまた偵察機の接近に気づき、注意を硫黄島から星電改へと移すと意外にも長銃を持った方の艦娘からコンタクトが開始された。そうして、ようやく二人組の正体が判明することとなる。

 

『星電改から入電ですっ! ――現在、硫黄島沖で停泊中の艦娘は旭日艦隊所属、装甲空母《信長》、防空軽空母《尊氏》とのことですっ!!』

 

「――何だとッ、それは本当か!?」

 

 紺碧艦隊とは対を成す、かの日本武尊が旗艦を勤めていた旭日艦隊に属していた艦艇が現れたことに建御雷は驚きと嬉しさを隠し通すことが出来なかった。

 だが、瞬時に冷静になり、2人が何を目的に硫黄島までやってきたのかを確認するよう促すと、敵意がないことを確認させた上で硫黄島内に招き入れ、直接通信の場に出すように取り計らった。

 

「――こちら、月虹艦隊旗艦兼代表の航空母艦『建御雷』だ。……久し振りと言った方が宜しいか?」

 

『うむ、こうして会話することは初めてじゃが、前世以来の再会で随分と久しいのぉ……ああ、ワシは尊氏じゃ。で、こっちが―――』

 

『……信長だ。宜しく頼む』

 

 古風な喋り方をするのが尊氏、無口な印象を受ける喋り方をするのが信長であると認識すると、彼女は単刀直入に本題を切り出した。

 

「……それで? そちらは何をしに硫黄島までやってきたんだ?」

 

『ああ、それはじゃな……お主達の偵察機が横須賀の鎮守府から飛び立ったのを偶然目撃してな。気になってここまで追跡してきたわけじゃ……して、そちらこそ今何処におるのじゃ?』

 

「トラック島だ。……一応、月虹艦隊に属する面々はほぼトラック島にて待機している。ちなみに、尊氏達がいる硫黄島は鎮守府近海の哨戒の為の前線基地だ」

 

 また、海軍側の艦娘には月虹艦隊は秘匿されており、海軍大本営の中枢……日輪会に属する者達にしか存在は知らされていないことを伝えた。

 加えて、月虹艦隊は立ち位置としてはかつての紺碧艦隊であるが、彼女らの居た世界にいた一部の艦艇を除いた面々によって構成されているとも述べた。

 

『一部の艦艇……鎮守府内におる艦娘らの事じゃな』

 

「そうだ。彼女達とは辿った歴史が異なっている……故に関わることを避けているんだ」

 

『――懸命な判断じゃな。じゃが、そうなるとお主らの方に属することになる艦娘は限られるのではないか?』

 

「お互い様だよそれは……まあ、足りない部分は技術で補って何かしている」

 

 その最もたる結果がトラック島であった。

 次第に会話は弾み、かつての戦いがどうであったかや提督らの自慢話が行われ話に花が咲く。しかし、その裏で腹の探り合いは行われ、双方は友好的なムードから一変し只ならぬ雰囲気となった。

 

「……はっきり言って、この深海棲艦との戦いには何か大きな力が動いている。計り知れない強大な何かがな……」

 

『……影の政府のようなものではない、それ以上のもっと質の悪いものだな』

 

「ああ、作戦を立案していて気づいたが恐らくこの世界は、普通に海軍側の艦娘に戦わせていてはいずれ大きな犠牲を出すだろう。勝利するか敗北するかは別として」

 

『指揮する人間は有能なようじゃが、前線での不測の事態に即応できるかと言われると無理があるの』

 

 不測の事態、それは想定外の敵が現れるといった生易しいもののことを言うのではなかった。

 

「海で言うのならば渦潮、陸で言うのなら砂地獄、空で言うのなら竜巻……一度飲まれてしまえば後戻りはできないことが待ち構えている気がしてならない。確証はないが、そう遠くないうちにこれは証明される」

 

『……その時はどう動くつもりじゃ』

 

「無論、戦うさ。深海棲艦とではなく――――所謂《運命》というやつとな」

 

 出身の世界が違うとはいえ同じ艦娘が悲劇的運命を再び辿ることは建御雷の中で許容はできなかった。従って、持てる力の全てを使ってでも運命に打ち勝とうと心に誓った。

 

「尊氏達が良ければ一緒に戦ってほしいが……嫌か?」

 

『嫌なわけがなかろう。元よりそのつもりじゃった……だが、儂ら以外にも連れがおるのでな、ちとそやつらと戻って話し合わねばならん』

 

「……連れ、か。その連れとやらは今何処に?」

 

『日本中を駆け回っておるはずじゃ。……ま、今は合流できんが時が来れば合流させるつもりじゃから安心せい。―――とっておきの連中じゃからな』

 

 あっと驚かせる気が満々の尊氏はそう締め括ると、最後に一言だけ彼女に対し有益な情報を告げた。それはちょうど尊氏達の連れが行っている調査についてであった。

 

『海軍に保護されるかまたは建造され呼び出された艦娘以外にも、日本各地には艦娘が散らばっているようじゃ。大抵は民間人に保護されているらしいがの』

 

「なるほどな……だが、くれぐれも戦いを強制するような真似はよしてくれ。していないとは思うが」

 

『……わかっている』

 

 指摘される以前にその事を徹底していた彼女らは、次回は通信越しではなく面を向かって話そうと約束し開かれていた回線を静かに切った。

 程なくして建御雷もまた通信機から離れると、傍らにいた手音使は恐る恐る駆け寄って言った。

 

「先程の件ですが、確証はないのに証明されるとは一体……」

 

「……始まりは全てハワイから」

 

「えっ?」

 

「なぞっているかもしれないのさ、かつての戦いを……」

 

 珍しく弱気で薄っすらと笑った表情で建御雷は手音使に顔を向け、心中を細々と机に寄りかかりながら告白した。……本当に抗うべき敵は深海棲艦以外の存在、即ち運命という名の『因果』なのかもしれない、と。

 

「大高総理は昔、世界……いや戦争とはシステムだと語っていた。まさにその通りだと思う。AがBのようになるのであれば、CはDのようになると予め設計されている」

 

「ですが、私達の居た世界ではその設計を独自に作り直し、システムが望む結果を覆した……」

 

「それが出来たのはシステムを作り上げるのは所詮人間であり、エラーが出れば人間の手によって修復がなされると気づいたからに他ならない」

 

 しかし、この世界のシステムを管理しているのは人間ではなく深海棲艦であった。つまり、エラーに対する修復の権限は深海棲艦の手に委ねられており、直すも放置するも自由であるのだった。

 

「この状況を知らずに戦うということは、上手いように奴等に誘導されてしまうということだ。此方が望んでいなくともな」

 

「では、これからどのようになされるのですか?」

 

「……やる事自体は変わらないさ。ただ、派手に引っ掻き回す必要性が増した。それだけだ」

 

 ――イレギュラー扱いされるのならば、その名の通りイレギュラーな行動を実行に移し、定められた過酷な運命に反逆する……建御雷は予想される作戦展開について研究することを月虹艦隊全員に要請し、対抗手段を徹底的に模索した。

 後日、その一貫としてトラック島にて訓練を課していた蒼莱16機が、軍縮により閉鎖中であった土浦飛行場及び硫黄島飛行場へと緊急配備されることになり、鎮守府の空への護りが万全になるまでの間の防人(さきもり)役を人知れず担った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海軍側では一方で、順調に鎮守府近海や南西方面の防衛・補給線の構築が実行されつつあった。だが、製油所地帯沿岸を前にして一つの壁に直面しており、そこで快進撃は残念ながら止まっていた。

 何故なら、敵主力と思わしき部隊に戦艦クラスの深海棲艦が確認されたからであった。

 現在のところ鎮守府では、追加で戦列に加わった重巡洋艦古鷹・最上を混じえて攻略作戦に乗り出していたのであるが、火力不足が否めず、主力部隊と邂逅を果たしたところで返り討ちに近いところまで追い込まれ、無視ができない損害を出していた。

 事態を重く見た富嶽提督はこれに対し、目には目を歯には歯をということで日輪会の承認の下、急遽戦艦クラスの艦娘の建造を行うことを決定し、建造ドックへと必要量の資源を投入していた。

 

「重巡洋艦の二人の建造に消費した資源から換算して、戦艦クラスの建造にはかなりの量を喰うな……」

 

「――はい、理論値ではありますけれど、燃料と鋼材は特に多く消費する計算となっています」

 

「……そうか」

 

 大淀の報告を聞き、富嶽は妖精らの反応を窺いながら資源のバランス調整を行うと、鋼材の方をやや多く用いて『鋼材>燃料>ボーキサイト=弾薬』となる形で具体的な数値を入力し建造開始の合図を送る。

 モニターには建造に要する時間が示され、その数値はこれまでの建造時間を大きく上回っていた。

 

 

 ―――建造完了まで、4:00:00。

 

 

 表示された時間が意味するものを知る者はこの時、誰一人として存在はしなかった。

 




須佐之男をどんな出し方するか考えてたら、潜水艦の神が降りてきました(意味深



次回もよろしくお願い致します。

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