春イベがもうすぐですが、勿論オール甲で行くつもりです。
「――ほれ、コレでも飲めよ」
思い詰めたあまり、自ら命を絶とうとした響は海へと落下する直前……突如として現れた謎の黒髪の女性に見かけ通りの荒っぽいやり方で引き上げられ、かすり傷を負いながらも救助されていた。
そうして、半ば強引に手を引かれる形で彼女は防波堤を離れた先にある公園のベンチまで連れてこられた挙句に座らせられ、これまた強引に女性が買ったと思われる缶ジュースを握らさせられていた。
「……あり、がとう」
響は無表情のまま礼を述べてジュースを受け取ったが、すぐに飲むようなことはしなかった。
代わりに、缶ジュースを渡してきた命の恩人である女性に横目で視線を向け、訝しむように彼女は観察を行い様子を窺った。しかし、当の女性はそんな事など構いもせず、清々しい笑顔で炭酸入りの飲料水を一気に飲み干し、次の一本に手を付けようとしていた。
「……どうして」
「――ん?」
「どうして、私を助けたんだい……?」
そこに割り込むように響は質問をぶつける。その眼差しは真剣であり、見る人によっては怒りに満ちているようにも思えた。……何故邪魔をした、あのまま沈んでいたら楽になれたのに、と感じさせる瞳であった。
これに対し、女性は手を止めてもたれるようにベンチに背中を預けると白い息混じりにこう答えた。
「そりゃ、ずっと見ていたからな」
「――えっ?」
予想外の答えに戸惑う響。だが、そんな彼女の反応を他所に女性は懐かしむ横顔を見せ静かに話しだした。
「正確にはお前さんと一緒にいる、あの鳳翔って人をオレは見張ってたんだ」
「鳳翔……さんを? どうして―――」
「何て言うか、アフターサービスってやつかな……」
語られた真実は響達が今の暮らしをしていることと複雑に絡み合ったものであった。……なんと、女性は旅館の女将達に保護される以前に鳳翔と出会っていたのだという。
「彼女は最初、とてもじゃないが人目につくような場所になんて倒れていなくてな……まるで、無人島に打ち上げられたような状態だったのさ」
いくら周辺を見回そうが人の気配は感じられない、そんな場所に流れ着いていた鳳翔を女性は偶然にも発見したわけであるのだが、彼女自身が保護を行うことは残念ながら叶わないことであった。
「助けた頃は彼女一人に構っていられるほど暇じゃなかったからな、仕方なしに顔見知りだった女将達に引き取って貰う形を選んだんだ」
意識のない鳳翔を抱きかかえた女性は文句も言わず旅館の近くまで歩き続け、あたかもそこで発見されたように装ったのだった。それから時間が少し経過すると、女性は余暇を見つけては鳳翔を遠巻きに見守り、後から現れた響達についても気にかけるようになっていった。
「お前さんともう一人と鳳翔さん……3人が同じ事情を抱えてんのはよく知っている」
「……待って、どこまで知っているんだい」
「そうだな――――人と同じ姿をしているが、実は人間じゃないってところまでかな」
「!?」
「そして3人は、ある戦いで生き残った存在なんだろ?」
何もかもお見通しであると彼女は間接的に述べ、驚愕の表情を露わにしつつも警戒する響の頭を優しくあやすかのように撫でた。
「……貴女は、一体何者なんだ」
「――安心しろ。何処の誰かまでは伏せさせてもらうが、お前さん達の紛れも無い同胞さ」
「じゃあ、貴女も……『艦娘』なのか!?」
女性は首を縦に振って頷き肯定すると、先程述べた鳳翔が保護されるまでの経緯を改めて説明し始めた。
「……オレが発見した時、最初に確かめたのは外傷があるかどうかだった。結論から言えば無きに等しかったが、顔を見て気づいたんだ」
鳳翔は負傷して苦しんでいるわけでもないのに、どういうわけか涙を溢して倒れていたのだった。
「あの人は身体じゃなくて中身の……心にダメージを負っているように思えた。……それも並大抵の心の傷じゃない、トラウマにも似た何かだと直感でわかった」
なので、彼女は戦いとは無縁な旅館に鳳翔を預け、心の傷を解消しようと試みたのだった。同時に、どのような背景から心の傷を負ったのかを遠巻きに観察し調査を行ったのである。
そして、明らかとなったのが鳳翔が空母の艦娘であり、終戦まで生き残ったということだった。
「――しっかし、沈んだ艦は身体が傷つき、生き残った艦は心が傷つくとはおかしなもんだと思わねぇか?」
「……確かに、そう思う」
「だろう? ……だけども、お前さんは自分から身も心も傷つこうとしていた。だからオレは止めたんだよ」
「……でも私は僚艦を守れなかったどころか、その後の悲劇を阻止することさえ出来なかったんだ」
響の日本海軍としての最後の一撃の標的であった存在は妨害を易々とかわし、悪魔の兵器を投下することで大勢の命をいとも簡単に葬り去ったのであった。
その事実が蠍の毒のようにじわじわと彼女を蝕み、罪の意識をより一層駆りたてる。
「……結局、私達は何の為に戦ったんだろう」
何が正しくて何が間違っていたのか、行き着く答えを求めて響は弱々しく呟いた。そんな彼女の様子を見て、女性は音もなく立ち上がりこう言うのだった。
「そいつは自分で考えろ……誰かに言われた事が必ず正しいとは限らねぇ」
「――えっ?」
「……言葉のままの意味だ。それに、答えは自分で探し続けてこそ見つかるもんだ。―――自分だけのたった1つの『答え』がな。恐らく、噂の海軍に属してる連中は『答え』を求めようとして戦っている筈だぜ?」
命を粗末にするくらいならば、同じようにもっともがいて見せろ……女性はそう響に強く言い聞かせた。
「――私も記事に載っていた子達のように再び海へ出て戦えと?」
「そいつはお前さん自身が決めろ……誰かに言われて事を成すんじゃなく、自分で決めて事を成せばいい。今の生活を続けたいのなら、もう二度と過去は振り返らない方が身の為だ」
言いたいことを言い切ったとばかりに、彼女は飲み干したジュース缶を放物線を描くように選べる飲み物の種類が少ない自動販売機横のゴミ入れに見事に投げ入れると、響に背を向けたまま歩き出し離れていった。
「……待って!」
急いで反応し呼び止める響であったが、女性は振り返ることがないままどんどんと先を行き、公園の出口へと直行していった。
そこへタイミングを見計らったかのように一台のバイクが現れ、女性の前にまた一人ライダースーツにヘルメット姿の女性が現れた。バイクに乗った女性はヘルメットを響と話していた女性に投げて寄越すと、二言三言小声で話し合い後ろに乗るように促した。
「……貴女は、どう思っているんだあの戦争を!?」
出口まで追い付いてきた響は、最後の質問として女性自身が第二次世界大戦をどう考えているのかを投げかけた。すると、女性は星空を仰ぎ見つつ返答をヘルメットを被ってから漏らした。
「はっきり言えば、勝者も敗者もどちらも正しいとは言えない戦いだった」
「……その根拠は?」
「スポーツで例えれば、日本は熱狂的なファン(国民)と報道(メディア)によって選手という名の軍人に勝つことを強制し、選手もまたその過激な熱狂ぶりに飲まれて退場覚悟の危険なプレイをしていった。一方で、連合国側は選手同士と戦わせるだけでなく、その後ろで応援していたファンをスタジアムの観客席から強制的に排除し相手チームの士気を低下させた。――さて、どちらが正しいんだろうな?」
「それは……」
「……ついでを教えておくが、戦争ってものは憎しみや怒りによって直接引き起こされるものなんかじゃない。あくまで原因の中の一つであって、本当の戦争を引き起こすトリガーは別に存在している。――ま、そいつは自分で調べるんだな」
ライダースーツの女性の後ろに座り、落ちないよう身体を固定すると女性は最後に一言だけ響に声をかけた。
「どうしても過去が割り切れないのなら、正義か悪かなんざ考えず戦争全体を研究しろ。さすれば、答えは見えてくるはずさ」
それだけ言うと二人組の女性らはバイクに跨って公園から遠ざかり、少女だけがぽつりと取り残される形となった。
だが、この束の間の出会いは間違いなく少女の運命に影響を与え、廻り始めていた小さな歯車同士の中により大きな歯車を組み込むことになる。
「――アレでよかったの、タケル?」
「んん……何がだ?」
ある程度離れた場所まで来た所で、走行中のバイクを運転している女性が相乗りをしている――『タケル』と呼ばれた女性に向かって先程までの響との会話について質問を飛ばした。
「あの子……この世界の日本海軍に保護されている子達と同郷の子でしょう?」
「だから何だって言うんだよ」
「……いえ、アドバイスをしていたようだけど、解決し終わった様子じゃなかったから」
結論を響自身の判断に任せたことを心配したのか、ライダースーツの女性は前方を見ながらも頭の片隅では既に遠く離れてしまった後方を気にかけていた。
「大丈夫だよ。あの子はきっと気づいて前へと進めるはず……たとえオレ達と道を違えたとしてもな」
「強い子、なのね……」
「――もっとも、死のうとして突っ走っていたけどな。はっはっはっ」
「……そこは笑うところじゃないでしょ」
笑い声を上げる『タケル』を咎め、彼女は少しばかりお仕置きと称してジグザグにバイクを走らせる。しかし、大して効果はなく、むしろ荒っぽい運転に対して興奮させてしまうのであった。
「ふぅ~……ところで、『例の件』は進展は?」
「『例の件』……ああ、鎮守府への偵察の件ね。さっきだけども、2人から連絡があったわ」
タケルは現在は別行動なものの、普段は行動を共にしている他2名の艦娘の動きについて彼女に詳しい状況を問うた。
予定では深海棲艦の打倒に乗り出し、加速度的に成果を上げつつある横須賀鎮守府の様子を探っているはずなのであるが、なかなかに目立った変化というより様子は見られず、これまでの間は彼女達の頭を悩ませていた。
……が、今回連絡があったということは変化が生じたということであり、新情報が聞けるということにほかならなかった。
「鎮守府に出入りをしている航空機があったそうよ……それも、水上偵察機」
「海軍内に航空機を運用できる艦娘は、今のところいなかったはずだが……」
「……でも、現に確認されたということは内部ではなく外部にいるということ。追跡しているようだから気づかれて撒かれない限りは、出処が判明するのにそう時間は要さないと思う」
「前線基地でも作ってそこに所属している艦娘を駐留させているのは……数的にあり得ないもんなぁ」
彼女らは、横須賀鎮守府内の戦力が未だ心許ないことを熟知していた。故に、正式な形で海軍に属してるわけではない、これから所属予定の艦娘とやり取りを行っている可能性を強く疑った。
「南に向かって飛んでいったと最後に聞いたけれど、南下した先はまだ手が付けられていない海域のはずなのよね」
「純粋に偵察を出したのだとしても無謀が過ぎる……だとすると、何かがいるのは間違いなさそうだな」
その後の報告次第では自らも確認に向かう必要があることを理解し、2人は次の連絡を待つため拠点を置いている場所へと足を早めた。
※
時同じくして、トラック島泊地における月虹艦隊はというと、6月の梅雨入り前に実行に移す予定であるハワイ方面における深海棲艦の掃討作戦の準備を行っていた。
既に偵察自体は完了しており、フラグシップ個体の数が少ない代わりにエリート個体を中心として布陣は構成されている事が判明していた。また、その場を指揮しているであろう存在として日本海軍が『泊地棲鬼』と呼称している……太もも部分から下にかけてアンバランスな巨人のような腕によって支えている、通常の深海棲艦とは一線を画している上位種が確認されていた。
艦種は砲身が見えることから戦艦だと暫定付けられたが、空母ヲ級らが飛ばしているような航空機を操っている姿が目撃されたことから、戦艦と空母の特徴を合わせ持った――ポートワインで撮影に成功した新種のような融合型の深海棲艦であるとの認識が強まりつつあった。
「――メリー、夜間飛行訓練の報告を」
「んー、7割がた完了しているようデス。あともう一寸デスカね~」
「防空電探の設置状況は?」
「もう完了済みでばっちぐーデース!」
着々と進み行く泊地の整備により、トラック島は本格的な前線基地としての機能を紺碧島と同じように有していた。
特に目を引くのは、島を包囲するかのように海中深くの海底に敷設された聴音ソナーやケーブルであった。これにより、潜水艦クラスの深海棲艦がトラック島周辺に現れた場合でも直ちに感知され殲滅が可能となった。
また地上ではというと、建御雷が米利蘭土が尋ねた防空電探が地上のあちらこちらに置かれ、深海棲艦の反攻に早期警戒体制を敷けるよう工夫がなされていた。
木零戦及び仙空による常時警戒網も敷かれており、トラック島は『防御こそ最大の攻撃』であると体現していた。
「ンー……けれどもどうして、ハワイを攻めるともう決定しているんデスカ?」
「……早急過ぎると言いたいわけか。確かにそうだが―――」
建御雷もまたハワイ方面の攻略は時期尚早だと考えており、前提として行う予定である沖ノ島海域攻略後は北方と西方海域の攻略にかかるべきだとしていた。
だが、想定される損耗具合を鑑みた場合、どうしてもハワイを優先して攻略しなければならなかった。
「艦娘によって深海棲艦が撃破可能とはいえ、艦娘の為に回す資源は無限にある訳ではない。遠征によって一定量は賄えるだろうが、そう遠くない時期に配給が間に合わない事態が発生してしまうはずだ」
「……では、ハワイを攻略するということは、ソレはつまり……」
「米国とコンタクトを取り、交易の再開をするのが目的だ」
深海棲艦によって鎖国状態にあるとはいえ、米国は広大な大地と大量の物資というランド・パワーによって制海権を奪われてもなお健在であった。
その米国が制海権を一部でも取り戻したとなれば、周辺国に与える影響は非常に大きい。
「高野総長と以前会った時に話し合ったが、他国のバックアップなしに日本が深海棲艦に対抗し続けるのはたとえ我々のフォローがあろうとも不可能だ。早期に打開する必要がある」
距離的には中国かロシアにコンタクトを取るのがセオリーであるが、敵もわかっていて部隊を配置しているのか、余程の運の持ち主でなければ抜けられない包囲網が両国近海に敷かれていた。
対照的に、太平洋は海の面積が尋常ではない所以もあって深海棲艦の完全なる支配には堕ちておらず、部隊の数は多いと言えど配置は疎らであった。
「……急がば回れ、とよく言うだろう? 米国からハワイに掛けては我々が輸送船を護衛し、ハワイから日本に掛けては日本海軍の艦娘が護衛を行うとすれば補給線を築くことは可能だ」
「問題は、米国が協力してくれるかどうかデスケド……」
「見込みはあるし、そこは政府の対応に任せるさ。……まあ、我々がその時送り迎えの護衛を引き受けることは明白だがな」
海軍の艦娘に配慮し、米国まで大使を送り届ける任を月虹艦隊が引き受けることにした建御雷は、苦笑を浮かべると未来の話から時系列を戻してハワイ諸島奪還までの作戦要旨について簡単に米利蘭土へ解説を行った。
「はっきり言えば、我々月虹艦隊をもってすればハワイの占拠自体は容易く、2週間以内には手に入れられるはずだろう。……が、敢えて日本海軍の動きに合わせる」
その大きな理由には二つの事が挙げられた。
まず、月虹艦隊が独自に攻略を行った場合、海軍側の艦娘はいつの間にか解放されている拠点を経由して物資を得ることになるが、これでは沖ノ島海域攻略以前に何故艦娘の手も借りず基地が機能しているのかという疑問を抱かせることに繋がってしまう。これは月虹艦隊の存在が露呈することにもなりかない為、避けるべき事であった。
次に、ハワイに貯蔵されているはずである莫大な燃料等の存在があった。調査により、推定450万バレルの石油が入った貯油施設は比較的無傷の状態で残されており、深海棲艦がわざわざ丁寧に取り出して使っていない限りは使用可能であるとされていた。
日本海軍としては、喉から手が出るほどに手に入れたい代物であり、今後の攻略作戦を円滑に進めるためにも確保は絶対であった。
「流れとしては、日本海軍所属の艦娘が攻略部隊の主力として突入することになり、月虹艦隊は陽動を仕掛けつつ露払いを行う。……主力部隊が攻略に成功するようお膳立てした暁には海軍の特潜隊と連携し、内部の制圧に移るぞ」
「つまり、主力が実は陽動で、陽動である私たちが主力というわけデスカ」
「そういう事になる。しかし、あちらの艦娘が作戦までにどれだけ練度を上げているかによって進行が左右される。その判断の基準が、沖ノ島海域の攻略というわけだ」
紺碧艦隊によって数が減らされているとは言えど、それでも強力な敵部隊の布陣が沖ノ島の海域には未だに存在しているのである。
これを撃破出来ないことには、大規模攻略作戦の成功など夢のまた夢と言えよう。
「――まあ、成功するように手は回そう」
技術提供予定の装備リストを眺め、建御雷は主力部隊に選抜されるであろう艦娘が一体誰になるのか、それに合わせて何を提供すれば良いのか思考を張り巡らさせた。
そして――――
「あの水上機……」
「――間違いないようじゃの。あれは……」
―――闇夜に紛れて月虹艦隊へと迫り来る、謎の二人組の存在の影が静かに揺らめく太平洋上にあった。
鎮守府が危機的状況にさらされた時、颯爽とマクロスFのライオンのBGMを引っさげて登場する蒼莱とか多分強い(確信
つよい(大事なことなので二回言いました
次回もよろしくお願い致します。