後衛の基地に配属された、四人の戦車。
それは、虎の子、若しくは最悪の場合の保険、または切り札、そう思うだろうか。
この基地に着任する事をつい先日知ったばかりの私は、此処についての知識を持ち合わせていない。
それこそ、後衛かどうかも分からなかった様な有様だ。
それ故に、ちっとも考えてすらいなかった。
微塵も思わなかった。
「……………」
目の前に並んだ『戦車』を眺める。
一番右に立っているのは、ハク。
華奢で、おかっぱな黒髪短髪な戦車、確か八九式戦車だったか。
その隣に立つのが、先程名前を聞いたトクちゃん、特三式内火艇。
ハクより十センチ以上は背が高く、百七十前後だろう。
メガネを掛けて、少しクールな印象を受ける、そのまま見れば、知的美人、と言った所だろう。
足があれば、だが。
トクちゃんと言われる戦車は、右足が無かった。
右足の太ももから先、ばっさりと、義足の様なものを付けて、立っている。
先端は包帯に包まれ、直立不動で立つ様は、軍人そのものだが、それが逆に痛々しかった。
そして、その隣。
九七式中戦車、チハ。
ツインテールに中程度の背丈、強気そうに見えるつり目は彼女に良く似合っている。
だが、彼女も又、『欠損』を抱えていた。
腕が無い。
片腕、左腕だけが無かった。
長袖の中身が無いために、左腕の袖だけが縛られ、何ともアンバランスに見える。
心なしか、僅かに重心も傾いてる様に見えた。
最後に、一番左端。
試製五式砲戦車、ホリ。
この中では、恐らく一番背が高く、大きな印象を受ける。
身長は百八十程度で、私と同じ位の背丈、黒く、長い黒髪が特徴の女性。
顔立ちもすっとしていて、凛とした印象を受けた。
だが、その目に巻かれた包帯が邪魔をする。
彼女は目が見えていなかった。
それも片方では無い、両目だ。
両目に包帯を巻くその姿は、正に負傷兵そのものだった。
成る程、と思う。
確かに、と思う。
最前線では無い基地に、戦車が四人。
先程は十分では無いと言ったが、内陸から攻め込まれない限りは、或いは前線が破られない限りは、安全だろう。
故に四人で不足、では無く、十分過ぎる、が正解だろう。
つまりは、そう。
この基地に正確に言うならば『戦力と言える存在は居ない』
きっと、そういう事なのだ。
欠陥品の集う場所。
彼女たちを『モノ』として扱うのなら、そう言うべきだろう。
「あ、えっと、その、さ、笹津、大尉……?」
ハクが、恐る恐ると言った風に口を開く。
残りの三人は、口を固く閉ざしたまま、何も言わない。
それぞれ私が驚愕している内に、挨拶を済ませ、順番的に考えれば、次は私だった。
私は、震えていた。
それが、怒りによるものなのか、それとも無知だった自分に対する羞恥なのか、はたまた、知った上で自分を此処に寄越した軍に対する理不尽さ故か。
拳を痛い程に握り締めて、唇を噛んで、軍帽を深く被った。
あんまりだ。
そう思った。
見れば、ハクを含んだ、四人の戦車達の表情は皆蒼白になっていた。
きっと、私が怒りに震え、その矛先が自分たちに向けられるのだと、戦々恐々としているに違いない。
そう考えれば、あの、ハクの様子も納得の行くものだった。
成る程、確かに、自分がこんな境遇の将軍になぞ任命されたら、それは副官に当たり散らしたくもなるだろう。
知っていからこそ、そういう態度が取れるのだ。
それを今まで、きっとハクは、味わってきたのだろう。
部屋の時と言い、自分に話しかけて来る時の様子と言い、つまりは、そういうことだ。
私と言う存在に怯えていたのだ。
いつ殴られるのか、いつ怒鳴られるのか、内心不安に塗れていたに違いない。
……そして、何故、ハクが副官なのか。
ハクは正直、副官に向いているタイプでは無いだろう。
客観的にも、本人に聞いても、そうに違いない。
しかし、目の前の光景を見れば、成る程と納得する。
唯一、ハクだけが五体満足なのだから。
五体満足だから、見苦しくない。
そういう事なのではないか?
馬鹿らしくて、笑いたくなる。
震える私に、何度かハクは話しかけようと、何か声を掛けようと、何度も口を開きかける。
だがそれも、何度か繰り返す内に、段々と弱々しくなり。
ハクが諦めた様に、唇を戦慄(わなな)かせて、項垂れるように、震えながら肩を落とした。
それを見たトクとチハも。
そしてホリは何となく、肌でその空気を感じとったのだろう。
彼女もゆっくりと、顔を伏せた。
それが、私に対する、諦めの感情だと言わんばかりに。
「っ!」
舐めるなよ!
そう叫びたかった。
叫びたかったが、我慢した。
喉奥に張り付いた唸りを、腹に引っ込めて、まるごと蓋をした。
今は叫ぶべき時では無い。
私の目的は何だ。
ここで怒鳴り散らし、関係を最悪の状態からスタートする事か?
違うだろう、もっと出来る事はある筈だ。
震える拳をそのままに、熱を吐き出す。
そう、落ち着けと言い聞かせた。
ここから這い上がるのだと。
それには、彼女たちの協力が必要不可欠なのだと。
欠損していようが、なんだろうが、戦車に変わりはないのだ。
通常兵器よりかは、何倍も役立つ。
それに、そこまで非情になれる程、笹津将臣と言う人間は、腐ってなどいなかった。
「私は………笹津、将臣大尉だ」
ゆっくりと、絞り出すような声でそう言った。
それから、肺の空気を抜き出して、一緒に怒気も抜き出す。
努めて、冷静に、そして優しげに。
「呼び名は将軍でなければ好きにして良い、俺はお前たちを呼び捨てにするが……構わないな?」
そう言うと、最初にハクが、それから一拍遅れて皆が顔を上げた。
その表情は、一律、信じられない、或いは驚愕に染まった表情だった。
それが、私に対するどういう感情を生んだかは定かではない。
だが少なくとも、怒鳴り散らすよりかは、良い感情を産んだことは確かだった。
少し間を置いて、ハクが錆びたロボットの様に「は、はい」と頷いた。
それに続いて「えぇ」「…ん」「はい」と返事が帰ってくる。
それを聞いて、私は溜息を一つ。
気分を入れ替えて、今後の事に意識を切り替えた。
執務室 退出後 にて
「………」
「………」
「………」
「………」
「…………ねぇ」
「……ん?」
「今度は、さ……大丈夫、かな?」
「………」
「何が…とは、聞かないわよ」
「………うん」
「……そうやって、期待して……」
「勝手に期待した結果、裏切られて」
「辛い思いをするのは……もう、嫌よ」
「………」
「………うん」
「………」