「流石だな、将臣」
戦闘痕が色濃く残る白銀の世界、砲弾によって大きく凹んだ雪景色の中ホリ達が姿を見せる。後方支援に徹した彼女達に損害は無く俺の方も殆ど無傷と言って良い状態だった、皆が皆砲撃した火砲に熱が籠って蒸気を出している、恐らく損害よりも消費した弾薬の方が大きい筈だ。俺はと言えば義手に僅かなダメージと口の中を少し切った程度、別段支障の出るレベルでは無かった。
「‥‥」
自分のすぐ目の前に倒れ伏す陸上孅車、うつ伏せに倒れ周囲には激しい砲弾の痕と散らばった金属片が露出した地面に突き刺さっている。この陸上孅車が装着していた展開装甲だ、この惨状からどれ程の砲撃が撃ち込まれたから想像出来る。雪原に染み込む青い血は彼女達が自分達の敵である事を示していた、腹部を穿った刺突杭は背中まで喰い破り誰の目から見ても死亡しているのが分かる。うつ伏せに倒れ、ぴくりとも動かないその中戦車を見ていると、何故か胸がざわついた。
「将臣?」
心配げに俺の顔を覗き込み肩へと手を置くホリ、その手は雪の中に潜伏していたからだろう、酷く
― 自分が別の
「‥‥コイツ、どうする?」
タ号の声で我に返った、声にする方に振り向けば足の裏でまだ息のある陸上孅車を蹴っているタ号が見えた。確か『ケニ』と呼ばれていたか、その軽戦車は右腕が丸々欠損しており、息は辛うじてあるが放っておけば直ぐ息を引き取ると直感的に分かった。出血も酷く周囲の雪は軒並み青く染まっている。
「‥‥先の施設に一度帰還すれば助けられるだろう、生憎と戦車用の治療施設は無いが一通りの人間用医療器具や薬品は揃っている、捕虜として確保するのは可能だが」
ホリはそこまで口にして俺を振り返る、その眼は「どうする将臣」と聞いていた、恐らく指揮官である俺の判断に従うと言う事なのだろう。俺は様々な感情を胸に覚えながらも務めて冷静に首を縦に振った、陸上孅車の生け捕りは貴重だ、出来るに越したことは無い。
「決まりだ、その軽戦車は捕虜として扱う、兎に角急ぎ施設に帰還して治療を行おう、その後は各自補給を済ませて移動だ、私と将臣が中央を行く、タ号以外は全て前方警戒、先行してくれ、吹雪は弱まったが視界不良に変わりはない、警戒を怠るな」
ホリの言葉で各自装備を担いで移動を開始し、タ号はケニに応急処置を施す。予め用意していた応急処置セットの中から包帯を取り出してケニの腕に巻きつけた。巻きつけた包帯にじわりと血が滲む、余り長くはもたないだろう。止血用バンドを腕に嵌めるとホリがタ号の元に駆け寄った。
「私が担ごう、タ号は
「‥‥了解」
言うや否やホリは苦も無くケニを持ち上げてしまう、装甲は剥がれて大分重量は軽くなっていると言っても火砲や部分装甲は未だ残っている。それを片手で持ち上げたホリはやはり重戦車。ケニを担いだホリに続き俺も隊列に加わると、自然に肩に担がれたケニへと視線が向いた。ケニはぐったりと動く気配を見せず、その病的なまでに白い肌が相まって雪と同化している様だった。
― っ‥‥来なさいよ、タイガの仇ッ‥‥!
脳内でケニが叫んだ言葉が繰り返される、その憎悪に染まった眼光、地獄の様な執念を感じさせる声、全て覚えている。俺は今の今まで陸上孅車は仲間意識と言うものが薄いとばかり思っていた。仲間が死んでも気にも留めない、連中は全て個で完結しているのだから。組織的な動きをする指揮官に率いられた陸上孅車も存在すると言うが、未だ遭遇した事の無い俺にとっては眉唾物の話だ。故に今回遭遇した陸上孅車に対して俺は何とも言えない感情を抱いていた。
まるで戦友を殺された人間の様に叫び、怒りを露わにする陸上孅車。
― ど‥‥し、て‥‥
俺に縋りつく様にして息絶えた、あの中戦車だって。
あれは一体どんな感情を現していたのだろうか、絶望とか、そう言った最上の不幸を味わった様な酷い表情だった。そして最後に触れた中戦車の手、その表面は確かに暖かかった。
自分の手を眺める、片方は人間として残った生身の腕、そしてもう片方は既に熱を無くした鉄の腕。この腕で
無意識の内に手は拳を作っていた。
もしかしたら俺は、
「将臣?」
はっと俯いていた顔を上げた。
視線の先にはどこか心配げに此方を覗き込むホリの顔、気付けば俺は足を止めていたらしい。
「顔が蒼褪めている、もしやどこか負傷したのか?」
鋭い眼光を飛ばしながら俺の全身をくまなく触るホリ、そんなホリを見ていて俺は自然と苦笑が漏れた。何か、自分は考え過ぎなのだと彼女に喝を入れられた様な気がしたのだ。大丈夫の意味も兼ねてホリの体をそっと押す、それからぐっと親指を立てた。
「‥‥大丈夫なのか?」
それでも尚心配げに問うてくるホリ、中途半端に差し出された手は彼女の感情をありありと伝えていた。大丈夫、大丈夫とホリの肩を叩く。それからホリの横を抜いて前へと歩き出した。背後から慌てて追って来るホリの足音が聞こえて来る、雪を踏み固める音だ。
陸上孅車が例え俺達に近い存在だとして、仮にどうする?
俺にはどうする事も出来ない、それよりも大切な、身近に考える事が沢山ある。
背後を盗み見れば俺を心配げに見つめるホリと視線が重なる、偶然とは言え相楽基地の嘗ての部下と再会出来た。既に俺は将軍の地位に無い、その地位は基地陥落と共に消え去った。けれども守りたいものはまだ、この胸の中に残り続けている。その相手が生きているのならば死力を尽くして今度こそ守ろう。
俺がホリに微笑みかけると、少し戸惑った表情をした後、ホリは柔らかい、困ったような笑みを浮かべた。
ホリはこうして生きている、きっとトクもチハも、ハクだって生きているに違いない。俺は全てを救う力を持っていない、だからせめて手の届く範囲の大切な人を守りたいのだ。
フードを深く被り直し、白い銀世界を歩く。ブッシュの深いこの森ではいつ不意の接敵があるか分からない。一応戦闘前に何度か他の敵勢力が居ないか偵察は行ったが、その存在は確認出来なかった。だが安全とも言い切れないのが戦場の恐怖である、俺はいつでも戦闘が出来る様に義手の弾薬をベルトポーチから引き抜く。
― 将‥お、み‥‥さ
そして不意に、あの中戦車の最後の姿が脳裏に浮かんだ。真っ赤な瞳に白い肌、人間には似つかない美しさを誇る顔の造り、それが悲壮に歪んで涙を零す様子。陸上孅車に見慣れた顔など無い、全員が違う顔をしているのは当たり前、それに俺は何度も同じ陸上孅車と遭遇する戦いはしていないのだから。だから、その顔に既視感などを覚える筈が無い。
けれど脳裏に刻まれた中戦車の顔、その顔に何故だろう。
何故か、チハの顔が重なった。
書いて下さいと言われると、「書かなきゃ!(使命感)」とPCに向かう私。
感想が来たら書いてる訳じゃないのよ、ほんとほんと。
中戦車は死亡しました、代わりに腕の無くなった軽戦車が来ましたね!(意味深)