戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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 此処がきっと分岐点


雪原の襲撃 下

 

 太陽が沈み始め、行動開始から約ニ十分経過後。

 ほんの僅かに傾いた斜面に身を張りつかせ、白い外套をすっぽりと被り息を殺す。俺の上には既に雪が積もり目以外は雪で覆われている、ゴーグルを付けた視界は既に白一色で染まり十メートル先を見渡す事さえ難しかった。

 この天候は好都合だ、これでは施設の状態を遠方から確認する事も出来ない、であれば無闇矢鱈(むやみやたら)に砲撃する様な事もしないだろう。それに奇襲戦にはもって来いの環境。視界不良の中吹雪に紛れて奇襲を行えば同士討ちの誘発も出来る、発見も難しい。雪に覆われた傾斜途中に潜む俺は、その瞬間を今か今かと待ち続けた。

予想以上に整えられていく戦場を見ながら興奮を冷ます為にゆっくりと息を吐き出す。冷気が肺を満たし、寒冷地仕様の戦闘服を着こんだと言うのに全身が凍りそうな程冷たい、だが反して心は轟々と闘志を燃やし胸は高鳴るばかりなのだ。

 そして遂にその瞬間はやって来る。

― 周囲に複数の熱源感知….視覚表示

 ホリ達が潜んでいる場所とは反対の方角、つまり俺の前方から計四体分の熱源が感知された。俺の視界に映し出される人型のソレ、ダイヤモンド型の陣形を取りながら慎重に進む戦車の姿に俺は思わず固唾を呑んだ。

 戦いが始まる、そう思った瞬間心臓の鼓動が早鐘を打ち始める。

― 《警告》 心拍数上昇、極度な緊張状態にアリ

五月蠅い、これは緊張なんかじゃない。

 近付いてくる敵影に警告が鳴らされるが、知らぬとばかりに無視を決め込む。段々と戦車が俺達の方へと近付いて来て、その距離が縮まる度に鼓動が早まった。そしてその姿を遂に視認、俺は心臓の音すら止める気でじっと気配を殺す。

 若干灰色の掛かった外套を身に纏い、周囲を警戒しながら歩く四体の戦車。その距離は十メートルを切り、八メートル、五メートルと段々と距離を詰める。今ではその顔すらはっきりと視認出来る、雪に塗れた真っ白な髪に赤い瞳、間違いない陸上孅車だ。そして遂に先頭に立つ中戦車が俺の直ぐ脇を通過し、続いて二メートル程間を空けた軽戦車が通り、最後に殿の軽戦車。その最後の軽戦車が一歩、二歩と離れ一メートル程の距離が生まれた瞬間、俺はゆっくりと立ち上がった。背中に積もった雪が僅かに音を立てて足元に崩れるが、風の吹き荒れる音に掻き消される。

 最初の一発は一撃必殺、絶対に外せない。

 俺は大きく息を吸い込み、軽戦車の背中に向かって義手を向けた。照準を定める腕が僅かに震える、それは恐怖からか緊張からか、或は寒さからか。

― 攻撃動作確認(スタート)…..陸上孅車感知出来ず

 →手動射撃(マニュアル)モード切替…..完了

 ズドンと、腹に響く重低音が鳴り響き足元の雪が舞い上がった。そして甲高い金属音に続き肉を貫く生々しい音、地面に撒き散らされる()()()

 始まった、その事実を何処か呆然と自分は認識した。

「ッ!?」

 前を歩いていた軽戦車二体の反応は凄まじく早かった、胸を貫かれ恐らく即死した軽戦車が地面に転がるより早く反転、俺を視認する。だが俺は撃った反動をそのまま後方へと跳躍し、地面を転がって吹雪に紛れる。一拍遅れて軽戦車の砲撃が俺の元居た場所に炸裂、雪の柱を打ち立てた。

「敵襲! 数は一、詳細不明!」

「ッ!? タイガッ? タイガっ、ちょっとアンタ! 何勝手に死んでるのよッ! 起きなさいよぉっ!」

「っ、ケニ下がってッ!」

  奇襲を受けた部隊は案の定混乱の渦に飲み込まれた様だった、突然やられた仲間に錯乱している者も居る。俺は吹雪に紛れて駆け出し、大きく迂回して部隊の背後を取るべく動き出す。このまま統制が取れずに一人一人片付けられられるのが理想、だが連中も今まで生き残ってきた陸上孅車。そう簡単には行かない。

「二人とも落ち着けっ! 密集陣形、下手に離れるとやられるぞ! 敵が一体とは限らない、注意しろッ!」

 やはりと言うか指揮官は中戦車だったらしい、その一声でバラバラになりかけた戦車が集まる。そして互いに背を預ける様にして周囲を警戒する三体の戦車が視界に映った。対応が早い、上手く行けば二体はやれると思ったが何ともままならない。

「っ‥‥来なさいよ、タイガの仇ッ‥‥!」

 俺は密集した戦車を視界に収めつつ足を止め、その場に伏せる。そして荒い呼吸を繰り返すと冷気で痛む口内をそのままに無線を繋いだ。そして無線機を指で二度叩く、それが合図だった。

 弾着観測は俺の仕事、観測手の合図が伝わりこの地点から百メートル程離れた場所に居るホリ以下四名の戦車による砲撃が開始された。この吹雪の中では弾道もブレ精確な射撃は難しいがそこは彼女達の腕を信じる、大雑把な位置ではあるが凡そは俺が割り出した。後は密集した敵に砲弾を食らわせてやれば良い。大地を耕す火力の権化、内臓が震える爆音を打ち鳴らし赤い閃光が遠くで瞬いた、それを目撃した陸上孅車部隊の判断は早かった。掛け声も無く一瞬で密集陣形を解き、全員が違う方向へと身を投げる。

 瞬間、彼女達の居た場所に砲弾が降り注いだ。直撃弾二、至近弾が三。

 その内の至近弾が直前で身を投げた軽戦車の肩部に着弾し、爆炎を上げる。そして肩から先を無くした軽戦車は血を撒き散らしながら雪の上を転がった。爆炎に呑まれながらもまだ息は有る。

「ケニッ!」

 見ればそれは、先程怒りに呑まれていた軽戦車だった。被弾した軽戦車の元へと駆けるもう一体の軽戦車、これは好機だ。俺は爆風で僅かに走りやすくなった雪原を駆け出す。そして十秒と立たずに接敵、負傷したケニと呼ばれる軽戦車の元で屈む敵に向かって腕を振りかぶった。

「ッ!」

 足音で気付いたのか、背後を振り向いた軽戦車の瞳が腕を振りかぶった俺を映す。振り下ろされた腕を咄嗟に腕部装甲で防ぎ、金属同士の摩擦で火花が散った。腕越しに軽戦車が怒りの表情を浮かべる、だが勿論俺の攻撃がそれだけで済む筈が無く、頭の中で仮想トリガーを引き絞れば手元で爆発、そして腕ごと装甲を貫いた杭が軽戦車を吹き飛ばした。

「うぐぅッ」

 地面を雪塗れになりながら転がる軽戦車、一体何が起きたのかすら理解できまい。攻撃を防いだと思ったら吹き飛ばされた、事実地面に転がったままの軽戦車は自分が何故吹き飛んだのかすら分からない様子だった。血に塗れた腕をぶら下げ上体だけを何とか起こす。破損個所は腕部装甲、負傷箇所は左腕一本と言った所か。義手が空薬莢を排出し、射出口からは蒸気が吹き上がった。

「っ‥‥何、この兵器っ、火砲じゃない‥‥?」

 立ち直る隙は与えない、ホリ達の支援が再度開始され、その標的が中戦車に絞られたのを確認し未だ混乱している軽戦車に肉薄。吹雪の中接近してくる俺の影を目視した軽戦車は肩に装備された主砲を向け一撃。

― 《警告》砲撃感知

そのまま受ければ顔面コースだったが、軽戦車が砲撃する直前に警告(アラート)が鳴った。それに従って横にステップを踏んだ瞬間、元の顔面があった位置に寸分違わず砲弾が通過した。

「早いっ」

 再度火砲が此方に向けられるが、問題無い。それよりも早く俺の義手が火を噴き、杭をその肩口へと撃ち込んだ。反動で僅かに足が止まるが敵の攻め手も止まった、放たれた砲撃は明後日の方向へと飛び五十メートル程離れた傾斜に着弾した。対して俺の放った杭は確実に戦意を削ぐ、流石にゼロ距離から放った時と比べれば威力は落ちていたが杭はその体の八割を軽戦車の肉に埋めていた。

「痛っ‥‥ッ、まだっ」

 痛みに涙を浮かべ、しかし尚諦めない。だがその隙は十歩程の距離を埋めるには致命的で、軽戦車が顔を上げた時に映った光景は俺が顔面に向かって蹴りを放つ寸前。戦車の人外染みた反射速度で持って無事な腕を防御に回すが、それが悪手である事を既に彼女は知っている。だからこそ素早く顔を逸らそうとするが、間に合わない。

 強烈な反動と共に足裏から放たれたゼロ距離刺突、杭が爆音と共に装甲を貫き顔面を粉砕する。腕のソレと比べて威力の高い一撃は戦車の頭を吹き飛ばし、頭部の無くなった体は勢いに負けて数メートル後方に転がった。力なく横たわる軽戦車、それを確認し息を吐き出す。同時に鼓膜を叩くのは戦車の砲撃、中戦車が残り一体、素早く周囲を確認しても中戦車の姿は見えない。未だ吹雪は止まず攻撃した際の音と光のみが頼りとなる現状、この場で足を止めるのは致命的であった。故に俺は一も無く駆け出し吹雪の中に紛れる、相変わらずホリ達の砲撃は俺を避けて降り注ぐが目標に着弾した様子は無い。

 ― 弾薬確認 装填システム起動

 →左腕部義手兵装確認(サイバネティック・アーム) ATH-01

 →装填開始....外装展開

 今の内に空になった義手の装填を済ませる、ベルトポーチから弾薬を取り出し義手で掴めば後は勝手に弾薬が装填され表示はMaxへ。展開された外装が再び閉じられるのを確認し、一拍遅れて近くで砲撃音が鳴り響く。その距離は二十メートル程だろうか、白くノイズの様に視界を乱す吹雪の中で戦車砲は強くその存在を誇示していた。

 俺は素早く目標を捕捉すると、対象に向かって走り出す。そして射撃体勢から回避運動に移ろうとする中戦車を目視し、走る勢いそのままに飛び蹴りを繰り出した。直前で気付いた中戦車はこれを肩部の展開装甲で受ける、そして爆音と閃光。展開装甲表面に着弾した杭はその装甲に穴を空けつつ中戦車の肩に先端を食いこませた。

「ッ! これはっ」

 中戦車が持つ中で最も厚い展開装甲を撃ち抜き、尚且つ肉体まで攻撃を届かせる火力に驚愕する。だが一瞬で頭を切り替えた中戦車は俺に向かって意趣返しのつもりか蹴りを繰り出した。側面から弧を描く様な回し蹴り、無論それは人間の俺と比べ物にならない程速く、鋭い。飛び蹴りを繰り出し、尚且つ砲撃の反動で宙に浮いたままの俺に防ぐ術は無く、義手で頭部横に即席の防御壁を張るが強烈な打撃音と共に視界がぐるんと回った。

 中戦車の怪力に俺の体は宙で一回転、そのまま地面に叩き付けられ雪塗れになりながらバウンド。俺が認識できたのは一瞬で、鋭い蹴りが義手に当たった瞬間視界が回っていた。

― 左腕部義手確認(サイバネティック・アーム)

→損害報告….外装甲一部破損

→稼働状況….行動に支障無し

 地面に何度も叩き付けられ痛みに体が悲鳴を上げるがこの程度でやられる程軟では無い、義手を間に挟んだ為直撃はしなかったし不安定な宙である事が幸いした、もし地面に足を着いてその場で踏ん張って居たら頭ごと吹き飛ばされていたかもしれない。衝撃をそのまま横に逃す事が出来たからこそ、何とか生き残れた。

 数メートル吹き飛ばされた所で勢いは止まり、雪原の上で呻く。中戦車が此方に主砲を向けたのが見えたが、間隙を縫う様に頭上から砲弾が降り注いだ。俺の放った一撃で場所を特定したのだろう、数発の砲弾が至近弾となって中戦車の外部装甲を次々に剥がしていった。爆炎が弾ける毎に中戦車の体が右に左にと揺れる。

「くっ、このくらいッ!」

 爆炎と閃光に呑まれながらも膝を屈するには値しない、重戦車の砲撃も混じっていると言うのに全て身に受けて尚両足は地面を掴んで離さなかった。俺は口から唾と共に血を吐き出し拭う、脳を揺らされたが特に酷い傷を負う事は無かった。地面が柔らかい雪で助かった、若干の打撲と口の中を切っただけ、戦車の攻撃を受けてこれだけなら僥倖。

 僅かに震える足を手で叩き駆け出す、目標は勿論中戦車。ホリ達の支援によって全身の装甲が大きく破損している、膝こそ着きはしていないが損傷を受けて居ない筈が無いのは明らかだった。

「まだ来るの!?」

 俺を視認し砲塔が僅かに歪んだ主砲を向ける、見れば中戦車の足元には夥しい量の血液が撒き散らされ、先の砲撃は確実に致命傷を与えた事を物語っていた。中戦車も血塗れだ、俺は主砲が発射されるよりも早くその場でハイキックを繰り出す、そして足裏が中戦車を向いた瞬間トリガー。杭が射出され反動がほんの少し俺を背後に押し出す、射出された杭は中戦車の右足に着弾し思わずと言った風にカクンと膝が折れた瞬間、主砲が火を噴いた。砲弾は俺の側頭部をスレスレで通過し背後に着弾、大量の雪が頭上から降ってくるのを確認しつつ中戦車に肉薄した。雪の中から出現した俺に対し、中戦車が立ち上がって拳を振るう。顔面を狙って繰り出されたそれを掻い潜り、腹部に向かって義手を突き出す。それを横合いから中戦車の手が掴むが、もう遅い。

― 連続攻撃開始(フルオート)

 手元で閃光が三度瞬く、強烈な反動で体が押し出されそうになるが意地で堪えた。遅れて火薬が炸裂する音が鼓膜を揺らし、中戦車の体が三度揺れた。腹部に着弾した三本の杭、それは装甲を突き破り腹筋を引き裂き内臓を抉り脊椎を貫いた。義手が急速冷却を開始し、全体から蒸気が立ち昇る。空薬莢が三つ排出され雪の中に次々と埋もれた。

「ごぼっ‥‥が‥ッ」

口から大量の血を吐き出し、中戦車の体が俺の方へと倒れてくる。そして膝を着き、ずるりと倒れる戦車が俺の胸元を掴み、それから錆びた機械の様な動作で俺を見上げた。

「ど‥‥し、て‥‥」

 その表情は何と言えば良いのだろうか。

 絶望、恐怖、後悔、困惑、それらが一緒くたに混ざり合ったような表情。

「将‥お、み‥‥さ」

一筋の涙が血に紛れて流れ、ゆっくりとその体が雪原の上に横たわった。

「‥‥‥」

 俺は何も答えない、いや答えられない。

 死んだ戦車に向かって謝る気も無かったし、可哀想だとかそう言った感情を抱く事も無かった。コイツらは俺の仲間を沢山殺したのだろう、そして俺もまたコイツらを殺しただけ。いつもはそう割り切るのだけれども、何故だろう。

 

 今日に限っては何か、自分は取り返しのつかない過ちを犯している様な、そんな気がした。

 

 




 中戦車死亡のお知らせ

 次の投稿は何時かわかりません‥‥気長にお待ちください


PS.何とUAが80,000を超えました(゚Д゚;)
  細々と続けているこの作品が多くの人の目に留まって嬉しいやら恥ずかしいやら‥‥
  これからも宜しくお願いします。ヾ(*´∀`*)ノ


PSのPS:Twitter再開しました! 宜しければどうぞ!
『@solalial01』→トクサン@ヤンデレ大好き

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