戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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IFストーリーの続きとなります。
本編、市街地戦で主人公が敗北したら‥‥。



IFストーリー 「本土決戦 陸上孅車side」

 

俺が俺である証明は要らない、俺には彼女達さえ居れば良い。

 

 

 

 

「敵最終防衛ライン崩壊、中央から順に戦車部隊は後退して行くわ」

 

 火点を潰され、迫撃砲の光に怯えながら後退していく戦車の群れ。

中央が温存していた虎の子の戦車、その数三十。

恐らく何れかこうなる事を予測していたのだろう、敵の本丸は予想以上の粘りを見せた。

対空砲やトーチカの数は今まで相手にしてきたどの基地よりも多く、しぶとい。

重戦車を中心とした強固な部隊と合わさり、それなりに俺達の仲間を苦戦させた。

 

 だが、所詮は消える前の蝋燭に過ぎない。 

幾ら基地の防衛設備を充実させようと、空も海も抑えられた人類に勝ち目は無い。

それらを潰し、破壊し、蹂躙する。

動かぬ的など、物量の前では何の意味も無い。

そして、俺達には決して負けぬ理由がある。

 

「右翼に展開していた敵戦車部隊の壊滅に成功、イ号以下四名、本丸の襲撃を開始するとの事です」

 

 隣に居たク号が俺に仲間の動きを伝える。

現在ア号以下四名、陸上孅車第一部隊は敵の本丸に強襲を仕掛けていた。

左翼から奇襲を仕掛け、敵の最終防衛ラインを食い破り、仲間と共に懐へとなだれ込む。

最終防衛ラインは要塞の外周付近に設けられ、それを食い破った今、四方を包囲され本丸に侵入を許した人類は攻勢に出る事は出来ない。

勝敗は決まった。

 

「右翼陸上打撃部隊の損害は」

 

「小破が三、中破が一です」

 

「中破した者は一時海岸に後退、補給と手当を受けろと通達してくれ」

 

「分かりました」

 

 機器を用いず全ての戦車とコミュニケーションを取れる陸上孅車は、指示を出して受けるまでのタイムラグが存在しない。

故に、リアルタイムで俺の指示に従い、作戦を変更、実行できる。

それは人類にとっては脅威そのものだ。

 

 今までは、指示を出す存在が居なかった為、殆ど意味を成さない力ではあったが。

 

 此処には、俺が居る。

 

「通達、敵は遅滞防御を捨て機動防御に移行する筈だ」

 

 防衛線を捨てた敵戦車部隊は要塞の奥深くへと後退する。

そこは既に本丸の中腹、背後には二重の防御壁に囲まれた司令部。

敵は此処で最後の抵抗を試みるだろう。

建物が多く乱立する要塞内部は敵の庭、死角を突いた奇襲や設備を利用したトラップも無いとは言い切れない。

時間稼ぎにはもってこいだ。

負けはしないが、損害は被る。

その間に、人間は遠くに逃げると言う算段に違いない。

故に俺達はわざと要塞外周に陣取り、半包囲網を構築した。

 

「付き合う必要はない、これだけ纏まってくれたのだ、タ号、やれるな?」

 

 俺がそう問えば、背後に待機していたタ号が頷く。

そして少しの間目を閉じると、スッとその瞼を開いた。

 

「‥‥海岸に待機している重砲部隊の砲撃準備完了、指示を受け次第砲撃可能」

 

 一瞬で交信を行ったタ号の言葉に、俺はうっすらと笑みを浮かべた。

 

「素晴らしい、では最後は精々派手に散って貰おう」

 

 そう言って、手に持った刀を掲げる。

隣に居る大型の戦車、ア号が「ふふっ」と笑い声を上げると同時、その刃が振り下ろされた。

 

 

「やれ」

 

 

 背後から撃ち鳴らされる砲撃音。

かなり後方に待機していたと言うのに、その爆音はすぐ傍から鳴った様に聞こえた。

そして一拍置いて、空から白い尾を引いた光が飛来する。

それは半円を描いて空を横断し、やがて敵の要塞深く食い込み、着弾した。

 

 轟音と閃光。

砂煙とコンクリートが舞い上がり、何人かの戦車が巻き込まれて宙を舞ったのが見えた。

次々と着弾する迫撃砲、砲撃の雨は次々とコンクリートを耕した。

砲撃効果など、確認する必要も無い。

足元に転がって来るコンクリートを踏み砕き、その煌びやかな光景に見惚れていると、ア号が僅かに身じろぎした。

「どうした」と問うと、彼女は俺に問うてくる。

 

「ヲ級空母部隊から通信、艦載機を用いて空爆を敢行す、約三十秒後、注意せよとの事だ」

 

 ア号は俺に向けて「どうする将臣」などと言うが、答えは決まっている。

 

「今までやられて来た鬱憤があるんだろうさ、海には海のね、どうせこれで本土決戦は終わる、最後位好きにさせよう」

 

「君がそういうなら、構わないよ」

 

 そんな言葉が交わされた数十秒後、空から無数の艦載機が飛来して来た。

その数は数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程。

恐らく空母の艦載機を全て発艦させたのだろう、これほど揃うと圧巻の一言。

 

 ここから見れば投下される爆弾は米粒程にしか見えないが、それでも数が揃えば効果は劇的だ。

爆撃が開始され、着弾した瞬間火柱が上がる。

無数の艦載機が投下した爆弾は次々と爆発を起こし、最早更地にする気なのかと思う程に徹底的な爆撃が行われた。

その余波が、かなり距離のある俺達まで届いてくる。

 

「将臣、私の後ろに居て、破片が飛んで来たら危ないわ」

 

 そう言って、俺を庇う様に前に立つハ号。

続いて、ア号とタ号も同じように俺の前に立ち塞がった。

 

「戦車の砲撃ならまだしも‥‥余波程度で怪我をする程、軟じゃないぞ?」

 

 少し、不貞腐れる様にしてそう口にすると、皆一様に頬を緩めて笑った。

中でもア号は、もう見て居るこちらが驚く程にふやけた笑みを見せる。

何が彼女の琴線に触れたのかは分からないが、幸せそうで何よりだ。

 

「なぁ、将臣」

 

 ア号は俺の肩に手を置いて抱きしめると、髪の中に顔を埋める。

そして少し深く呼吸すると、耳元で囁いた。

 

「私達は戦車だけど、君は人間なんだ‥‥‥どうか無理はしないでくれ」

 

 窘める様な声。

俺は彼女のこの声に弱い。

何か、心を揺さぶられると言うか、唐突に泣きたくなると言うか。

何とも表現しがたい、不思議な感覚だった。

 

「‥‥俺だって、戦えるさ」

 

 そう言って、手に握った刀を見せる。

その刀身は鈍い輝きを放ち、妙に手に馴染んだ感触を俺に伝える。

だがア号は、刀を握った俺の手を優しく摩ると静かに刀身を鞘に納めた。

 

「出来れば、君には安全な後方に居て貰いたいのだけど」

 

「それは無理だ」

 

 ア号の言葉に、俺は即座に否定の声を上げる。

彼女達だけを戦わせて、自分は後方で呑気に過ごしているなどと、耐えられない。

戦車と人間、その違いは最早どうしようもない程に広がっているが、例えそうだとしても自分は彼女達と対等でなければならない。

等しく命を掛けなければ、仲間などと呼べないのだ。

少なくとも俺はそう思っていた。

 

「俺はお前達を勝たせる、お前達さえ居れば良い、それが俺の存在理由であり、戦う理由だ」

 

 もとより、俺は戦う為に生まれた。

彼女達を率いて、勝利を齎す為に生まれてきたのだ。

 

「‥‥ふふっ、勇ましい君は、やはり良い」

 

 ア号はそんな俺の啖呵を、蕩けた笑みで見つめる。

そして、「でも」とゆっくりと体を離した。

 

「やはり失うのは怖い、怖すぎる、だからどうか死なないでくれ、人は‥‥人間は脆弱なんだ」

 

「‥‥分かっている」  

 

 今まで幾度と無く戦車と戦ってきた俺だからこそ、人間の脆さは理解している。

それがどうしようもない事だと言う事も。

 

「まぁ、過度な心配はしなくて良いわ、だって私が守るもの」

 

 胸に手を当て、ふんと大きく反り返ったハ号は自信満々にそう言い放つ。

 

「‥‥私も、居る」

 

 それに続いてタ号も歩を進めた。

残りのク号とコ号、両者共「任せて下さい」と言わんばかりに頷く。

陸上孅車第一部隊、ア号を部隊長とした五名。

これが今の俺の部隊。

 

 俺の戦友。

 

「全く‥‥頼もしい限りだ」

 

 ア号がどこか呆れる様に、だが嬉しそうな微笑みを浮かべて肩を揺らした。

その微笑みには仲間に対する信頼が、俺に対する明確な好意を読み取れる。

俺はソレに応えなければならない。

 

 彼女達の向ける眼差し。

どこかくすぐったいような心地よさ、麻薬の様な高揚感。

それを俺に齎してくれる、この部隊が好きだ。

陸上孅車が好きだ。

 

 それが俺、笹津将臣なのだ。

 

 最後の艦載機が風を切り、海岸へと引き換えしていく。

苛烈を極めた爆撃は終了し、跡には瓦礫の山と化した敵の本丸だけが残っていた。

灰色が積み重なる光景、戦車だったモノが肉塊と化し地面に横たわる様。

見て居て気持ちの良いモノでは無い。

恐らく今の爆撃で殆どの敵性勢力を無力化した事だろう。

居ても満足に動けない筈だ。

 

 だが、戦争の火種を残す様な事はしない。

徹底的な外敵排除。

それが世界を『平和』にする条件だ。

故に俺は腕を高く掲げ、進軍命令を下す。

ア号が全軍に通達を出せば直ぐに全軍が戦いの幕を下ろすだろう、この長い戦いに終止符を打てるのだ。

 

 幾度も戦い、傷付き、同胞を失った。

 

 今こそ、この戦争を終結させる。

 

 我々の勝利と言う最期で。

 

 

「残党狩りだ‥‥全ては勝利と平和の為に」

 

 

 万感の思いで腕を振り下ろそうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 俺のすぐ目の前に、砲弾が着弾した。

 

 

 

 

 

 いや、正確に言うのならば、俺を庇ったコ号に着弾した。

 

「ぐぅっ‥ッ」

 

 咄嗟に庇ったのだろう、呆然と突っ立っている私の視界にはプレーン装甲で砲撃を受けるコ号の姿が映った。

展開装甲も間に合わず、俺に衝撃や破片が届かない様に全身で砲撃を受け止めていた。

足元に衝撃吸収用のアンカーが展開し、彼女の体が衝撃に揺れる。

 

「コ号ッ!?」

 

 衝撃に膝が折れる、慌ててコ号の体を背後から抱きしめれば大きく損壊したコ号の正面装甲が見えた。

コ号は中戦車であり防御特化では無いが、そうそう軟な装甲を積んでは居ない。

一番堅牢な筈の正面装甲は、見るも無残に粉砕されていた。

中央にぽっかりと空いた穴、そこを中心に黒ずんだ着弾痕。

 

「この火力‥‥重戦車かッ」

 

 ア号が瞬時に俺の前に陣取り分厚い装甲を展開させれば、間髪入れず数発の砲弾が立て続けに着弾した。

破片や爆炎が周囲を埋め尽くし、タ号、ハ号、ク号の三名がそれぞれカバーする様に装甲を展開させる。

全て俺を破片や爆炎から守る為だった。

 

 手元のコ号を見る。

砲撃は直撃したが、まだ生きている。

大破、だけど撃破はされていない。

 

「敵位置は!?」

 

「‥‥‥前方敵本丸内部、司令塔の上に二体」

 

 タ号が僅かな装甲の隙間から敵の位置を確認し、その位置を俺に示した。

 

「その横にも居るわ! 瓦礫の中に紛れてる戦車っ! 数は一っ!」

 

 次いでハ号が声を上げ、潜伏する戦車の存在を露にした。

思わず舌打ちが漏れる。

 

「将臣さんッ、ゲート付近にも戦車が一体っ」

 

 計四体の戦車。

それらが一斉に砲撃をしてくる。

 

 俺は一瞬コ号に目をやって、それから直ぐに叫んだ。

 

「タ号、支援要請! 砲兵部隊に敵本丸への支援砲撃ッ!」

 

 すぐさまタ号から支援要請が飛ぶが、彼女は数秒の後に首を横に振る。

 

「駄目、さっきので全弾消費した‥‥補給完了まで三分、いや二分、支援攻撃は不可能」

 

 支援砲撃は不可能。

思わず呻くが、無いものねだりは出来ない。

 

「他の部隊は?」

 

「右翼、左翼共に敵の本丸に侵入、戦闘状態ですっ」

 

「現戦力で対応するしかない‥‥」

 

 俺は僅かな逡巡の後、覚悟を決めた。

 

「ア号を残し、三名は散開して敵の的を絞らせない様機動防御に移れ、ア号はコ号を死守、海岸沿いに展開しているどの部隊でも良い、コ号を担いで後退出来る奴を呼んでくれ!」

 

「分かった!」

 

 ア号が叫び、救援要請は受理された。

そして、タ号、ハ号、ク号が俺に不安げな表情を見せる。

それは暗に装甲の展開をやめて俺が無事かどうか心配しているのだ。

俺はその視線に対して、頷いて返す。

それと同時、腰に差していた刀に手を添えた。

 

「‥‥俺は人間だけど、お前達と同じ存在だ‥‥そう易々とは死なないよ」

 

 その言葉に彼女達は少しの不安を残しながらも、各々顔つきを変えて飛び出していく。

カバーしていた彼女達のスペースが空き、ア号ひとりで支える鉄の壁は少しだけ小さく見えたが、恐怖も焦りも全てゴミ箱に投げ入れて叫んだ。

十分距離は取った、皆は散開し、断続的な砲撃音がア号の支える装甲の向こう側から鳴り響く。

後は、俺次第だ。

 

「タ号、ハ号、ク号、支援頼むッ!」

 

 そう叫んで、俺はア号の装甲を飛び出した。

 

「将臣っ!?」

 

 すぐ真横を走る去る瞬間、ア号の驚く顔が鮮明に映る。

俺はソレに対して笑みで答えた。

 

「将臣さん、何をっ」

 

 左右に展開しながら砲撃を行っていたク号が悲鳴に近い声を上げる。

だが、こうでもしなければア号の装甲が耐えられない。

幾ら重戦車と言えども、敵の集中砲火を浴び続けて抜かれない装甲など存在しない。

事実、彼女の支える装甲板はべこべこに凹み、真っ黒に黒ずんでいた。

恐らく後数発も持たないだろう。

もし抜かれれば、彼女はプレーン装甲で受け止めようとするだろう。

あの分厚い重戦車の持つ展開装甲を撃ち抜く砲撃を‥‥だ。

 

 それだけは駄目だ。

 

 ア号もコ号も、死なせはしない。

 

「抜刀準備」

 

 走りながら腰の刀を握りしめ、僅かに鯉口を切る。

俺が彼女達の仲間になった時に手にしたという、陸の黒い制服に似合う軍刀。

名も無い刀。

 

 見た目は古臭い軍刀 - だが内実は白兵戦専用の対戦車武装。

 

 彼女達、陸上孅車が生み出した『戦車を斬る為』の武器。

人間ではあるが、同時に彼女達と同じ陸上孅車の色も受け継いだ俺が扱う唯一無二の力。

防護用の手袋の上から、鞘を思い切り握りしめる。

そして轟音の後に俺に向かって砲弾が飛んできた。

恐らく俺の背後に居るア号に向けて放たれた砲撃。

 

 飛んできた、と認識した瞬間には砲弾がすぐ近くまで迫った。

人間ならば認識する前に死んでしまう刹那の思考。

半ば人間を辞めた事によって生まれた、この反射速度。

刀の鞘に備え付けられたトリガーに掛かった指が、ぐっと引き金を引いた。

 

 瞬間、火薬が炸裂する。

火薬の詰まっていた薬莢が排出され、火花が保護手袋の表面に散る。

そして打ち出された刀が握った腕に導かれ、正しく神速で砲弾を正面から捉えた。

砲弾と刀、普通なら前者が後者を粉砕して終わる。

だが、この刀は『斬れないモノを斬る為に存在する』

 

 戦車と比べれば、砲弾など紙に等しい。

 

 俺の左右を、何か途轍もなく素早い物体が通り過ぎ、遥か後方で着弾した。

両断した砲弾。

それが左右に分かれて地面に埋まる。

 

 俺は振りぬいた勢いをそのままに、走りながら一回転。

そして流れる様な動作で納刀する。

額に流れる冷汗は、空気がそのまま無かった事にした。

 

「将臣っ、ちょっと、どういう事!?」

 

 ハ号の怒声が耳元の無線から聞こえる。

風がうるさくて良く聞こえなかったが、怒っている事だけは分かった。

 

「いや、なに、少々、囮に‥‥な」

 

 次の砲撃が来ても反応が出来る様に、納刀した状態で刀の柄を握る。

だが、正直先程の芸当はもう一度出来るか怪しかった。

さっきのは奇跡と言っても良い。

砲弾を両断するなど、人間を多少強化した程度の俺では難しい。

だがやらねばならない。

背後には守るべき仲間が居るのだ。  

 

「~~っ! 何でいつもそうッ‥‥待ってなさいッ!」

 

 そう言って通信が切れる。

走りながら左右を素早く確認すれば、タ号、ハ号、ク号が俺と同じように敵に向かって突撃していた。

思わずア号の方も確認したくなったが、流石に背後を振り返る事は出来ないので、無事な事を祈る。

前方から轟音が鳴り響き、思わずトリガーに掛かった指に力が籠った瞬間、タ号とハ号の近くから爆発が起こった。

どうやら相手は標的を変えたらしい。

安否が気になったが、二人とも上手く装甲で流した様だ。

 

「将臣っ、コ号は砲兵部隊が海岸沿いまで後退させた、私も今から突撃するッ!」

 

 耳元から怒声、いや焦燥を含んだ叫びだろうか。

恐らくア号だろう、通信の後に背後から凄まじい速度で迫る何かの音が聞こえてくる。

あぁ、これは、少々どころか、かなり小言を言われるのだろうな。

 

 一番最初に本丸へと辿り着いたのは俺だった。

人間を半ば辞める事によって得られた筋力、百メートル六秒の脚力。

戦車に比べれば鈍いが、火事場の馬鹿力とスタート時の差で僅かに俺が早かった。

 

「斬り込むッ!」

 

 ゲート付近に陣取っていた戦車、恐らく中戦車と思われる一体。

ソイツは身の丈に合わない巨大な火砲を俺に向けるが、何故か砲弾を放つ事は無かった。

間合いを詰め、残り数歩と言う所でトリガーを引き絞る。

一足飛びで急激に接近し、鞘から火薬が炸裂、薬莢が排出され刀身が弾き出された。

瞬く間の攻防。

首を狙って薙ぎ払われた一撃、しかしそれは紙一重で避けられた。

仰け反る様にして傾いた上半身、刃は僅かに前髪を数本薙いだだけに終わる。

とんでもない反射速度、だが戦車ならば不思議はない。

避けらる事は折り込み済み、この刀の居合は必殺では無いのだ。

 

 避けられた勢いをそのままに、その場で回転。

通常納刀する所を、勢いを殺さずに胴体目掛けてもう一度薙いだ。

だがそれも、下から掬い上げる様な打撃に弾かれ、体勢を崩す事になった。

 

「くぅ‥っ」

 

 戦車の力は俺の力を遥かに凌駕する。

刀身がビリビリと揺れ、握力が一気に持っていかれた。

両手を弾かれた状態で二歩程後退する。

そのまま、虚勢を張る様に戦車と対峙するが、俺は内心で勝利を確信した。

俺の役目は囮と時間稼ぎ、他の戦車が本丸に到達すれば役目は終わる。

今の僅かな攻防、時間にして十秒にも満たない。

 

 だが、その十秒が何よりも重要だった。

 

「将臣さんッ!」

 

 ク号の叫び。

そして俺が右に身を投げると同時、砲弾がすぐ近くを通過した。

轟と風を切る音、砲弾は中戦車に着弾し爆発を引き起こす。

俺は地面に這い蹲る様にして身を守り、パラパラと降って来る砂を被った。

 

「ご無事ですか!?」

 

「‥‥あぁ、流石だよク号」

 

 膝立ちになって、肩や髪に積もった砂を払う。

粉塵の舞い上がった視界には中戦車の姿が見えない。

流石にク号の砲撃が直撃したのだ、無事ではあるまい。

立ち上がり納刀、油断なく構えていると粉塵が晴れ中戦車の姿が露になった。

 

 その姿は無傷。

 

 腕に装着された外部装甲。

それだけで砲弾を防いだのだろう、顔面の前に突き出したそれの向こうからギラリと光る眼光が見えた。

凹み黒ずんだソレを徐にパージし、中戦車は用済みとなった装甲を投げ捨てた。

そして口を開く。

 

「やっと逢えた」

 

 それは誰に対しての言葉だったのだろうか。

眼光は俺を照らしていた。

それは、俺に向かって放たれた言葉。

だがこの中戦車に見覚えは無い、嘗て部隊と交戦した生き残りか何かだろうか。

俺に恨みを抱く戦車は多く居る。

目の前の戦車もその一人と考えれば、納得はいった。

 

「将臣さん‥‥」

 

 すぐ横にク号が並ぶ。

そして俺の姿を隠すように前に踏み出し、火砲を中戦車に向けた。

すると中戦車は、まるで親の仇を見る様な顔でク号を睨む。

その瞳の向こう側には途轍もない憎悪が見え隠れしていた。

 

「‥‥‥お前が、お前等が‥」

 

 怨念が籠った声。

中戦車の火砲がク号を捉え、同時に俺は気付いた。

 

 この中戦車、腕が一本足りない。

 

「‥‥人間の飼い犬にしては、随分と野性的ですね、狂犬ですか?」

 

 二人の間で殺気が混じり合い、鈍く光る砲塔がいつ火を噴くか緊張の糸が張り詰める。

そんな中、背後から俺を呼ぶ声。

ハ号とタ号、そして遅れてア号が俺の元に集った。

俺を囲う様にして半円型の陣形を取る。

そして一気に中戦車に向けて火砲を突き出した。

 

「‥‥‥」

 

 中戦車は何も言わない。

ただ、鋭い眼光で陸上孅車を睨みつけるのみ。

 

「チハ」

 

 中戦車の背後、ゲートの向こう側から声が聞こえた。

 

「やっと‥‥見つけたのね」

 

 そして現れたのは、三体の戦車。

それぞれが特徴的で、そして身の丈の合わない火砲を装備した戦車。

 

「ん‥‥やっぱり、皆で考えていた通り」

 

「‥そう」

 

 チハと呼ばれた中戦車は数歩後ずさり、ゲートの向こう側から出てきた戦車と合流し、俺達と対峙した。

 

 これで、向こうの総戦力とこちらの総戦力が対峙した事になる。

向こうは軽戦車が一体、中戦車が二体、重戦車が一体の様だった。

丁度、こちらと同じ編成だ。

向こうの戦車は陸上孅車を憎悪の籠った眼差しで見つめ、そして時折、俺に何か黒く、深淵の様な瞳を向ける。

 

 良く分からないが、何故か背筋がぞっとした。

 

 そして連中を見て居ると、一体を除いてある事柄が共通している事に気付く。

戦車の中では異質な雰囲気、それはそうだろう。

連中は、各々がどこかしらに欠損を抱いていた。

 

 腕、足、目。

 

 唯一五体満足の軽戦車を除いて、皆が皆どこかしらを失っている。

重戦車は目を、中戦車は足を、チハと呼ばれた戦車は腕を。

若しかしたら、軽戦車も見えないだけで欠陥を抱えているのかもしれない。

ア号もそれに気付いたのだろう、険しい目つきのままで言い放った。

 

「‥‥欠陥を抱えて、尚も人間の為に戦うか‥‥理解出来んな」

 

 それを聞いた目の見えない重戦車が、ふっと笑う。

その笑みが、何か頭の中で引っかかった。

 

「人間の為‥‥? 違いますよ、私達は人間『なんか』の為には戦っていません」

 

「‥‥何?」

 

 予想していなかった回答に、ア号の眉がつり上がる。

重戦車は目が見えて居ないと言うのに、まるで見えて居る様な動作で俺を正面に捉えた。

 

「‥‥全ては、愛する人の為です」

 

 

 

「ねぇ、将臣さん?」

 

 

 

 突然、頭に激痛が走った。

 

「ぐ‥ぉぉっ!?」

 

 思わず膝を着き、刀を取り落としてしまう程度には激痛だった。

まるで銃器か何かで思い切り頭部を打たれた様な痛み。

頭の中で、ぐるぐると何かが回る。

 

 何だ、何かの攻撃か?

俺は敵の攻撃を食らったのか?

 

崩れ落ちて這い蹲ると、周囲の陸上孅車が一気に悲鳴を上げた。

 

「将臣ッ!?」

 

「将臣さん!?」

 

 ア号とク号が悲鳴を上げる。

 

「どうしたのっ!?」

 

「っ‥しっかりして‥!」

 

 ハ号とタ号の声が、随分遠くから聞こえた様に感じた。

激痛に思考が纏まらない。

何か、脳の奥底を小人が蹂躙している様だった。

不快感と激痛、平衡感覚を失った体がアスファルトの上に横たわる。

 

「‥‥やっぱり、そうだったんですね」

 

 軽戦車が小さな声で呟く。

だが俺の耳には鮮明な声として届いた。

 

「貴方たちが、大尉‥‥将臣さんを‥‥私達から、私から‥‥奪った」

 

 戦車の火砲が一気に、陸上孅車を捉えた。

膨大な負の感情が、爆発する様に充満。

そして、各々が憎悪の限り叫ぶ。

 

「私の大尉を‥‥将臣さんを返してっッ!!」

 

「この時をずっと待っていました‥‥大尉を取り戻す時を、奪った陸上孅車を殺す時をっッ!」

 

「‥‥将臣は悪く無い、悪いのは奪ったアンタ等‥‥髪の毛一本、この世に残れると思わないで‥‥っッ!」

 

「覚悟して下さい‥‥この一年の憎悪、何よりも重いですから」

 

 火砲を向けられた陸上孅車もまた、俺を傷つけられた事で憤慨する。

各々が叫び、怒りを露にした。

 

「貴様等ッ‥‥将臣を傷つけるとは、余程死にたいらしい‥っッ!」

 

「この人の隣に立つ意味‥‥教えてあげる」

 

「将臣に手を出した事、後悔しながら死ねっッ!」

 

「‥‥‥一回じゃ済まない‥‥何度でも殺してあげる‥ッ‥!」

 

 俺が止めるよりも早く、それぞれの火砲が火を噴き轟音が周囲に響き渡る。

砲弾が装甲に弾かれ、着弾し、爆発し、周囲が粉塵に呑まれる。

何故かは分からないが敵の戦車は俺を傷つけようとしない。

俺を中心に散開した戦車達は、それぞれの相手と砲撃戦を繰り広げた。

 

 平衡感覚を失い、生きているのか死んでいるのかすら分からない世界の中で、何か、何か大切な事を忘れて居る気がした。

それは俺を構成する何かの一つで。

大切にしていた筈の何かで。

絶対に失いたくないと、絶対に守ると決めた筈の何か。

 

 チハ。

 

 この名前を聞く度に、何かが俺の頭を叩く。

思い出せと言わんばかりに。

 

 チハ‥‥?

 

 一体それは何か。

 

「将臣っ、起きてくれッ‥‥くっ、展開中の部隊で手の空いている者は今すぐ来いッ! 将臣を守れッ!」

 

「もう‥‥これ以上、離れるのは嫌なのッ!! 大尉ッ!」

 

 陸上孅車の皆と同じくらい大切な。

尊くて、暖かい。

大切な‥‥。

 

 大切?

 

 俺は彼女達を自分の存在意義だと言った。

だとすれば、それは、俺自身に形替わるような重要な事だったのだろうか。

分からない。

思い出せない。

 

 それがどうしようもなく、もどかしい。

 

「うぁ‥‥ぐっ‥‥あぁ‥‥」

 

 頭が、痛い。

 

「将臣さん、今、助けますッ!」

 

 軽戦車が俺目掛けて駆け出す。

だが、それを拒むようにア号が横から体当たりした。

重戦車の重量に大きく弾かれる軽戦車、だが地面を二度転がった後、何事も無かった様に立ち上がった。

その瞳は爛々と輝いている。

 

「邪魔を‥‥しないでぇッ!!」

 

 その矮躯には不釣り合いな、中戦車用の火砲。

それが火を噴き、ア号の展開装甲に着弾する。

凡そ軽戦車が誇る火力では無い。

至近距離での砲撃も合わさって、僅かにア号の姿勢が揺らぐ。

だが、重戦車のア号にとっては致命的な一撃では無かった。

爆炎を切って、ア号が軽戦車の前に躍り出る。

 

「小兵がッ、私を墜すならば倍の火力を持ってこいッ!」

 

 腕に装着した展開装甲をそのままに、まるで鈍器の如く振り回す。

受ければ軽戦車など容易に潰せるそれを、素早い動きで掻い潜る。

そして業を煮やしたア号が、砲撃を何度も受けボロボロになった展開装甲を投げ捨て、素手で軽戦車に挑みかかった。

振り上げた拳を、軽戦車が両腕で受け止める。

衝撃に足元のアスファルトが罅割れ、二人の視線が交差した。

 

「っ、思い出したッ! お前等、相楽基地のっ‥‥欠陥品部隊ッ!!」

 

 欠陥品?

 

 その一言に、頭の中で何かが外れた。

 

 

 

「…え、と、その、笹津大尉、あの、朝ごはん…」

 

「笹津大尉は、どうして、戦場に立とうと思ったのですか……?」

 

「……それが、どうして大尉なのですか」

 

「任せて下さい、大尉」

 

 

 

 遠い記憶の向こう側に感じる、誰かの声。

いや、誰かなんて、分かり切っている。

この声、温もり、心地よさ。

そう、彼女達は。

 

 目の前の軽戦車に視線が行く。

濁った世界では無い、さっぱりとした視界が広がる。

そしてその顔、姿を見て。

何故か。

何故か涙が流れて。

その名は、すんなりと声に出た。

 

「ハク‥‥?」

 

 

 

END 





一万文字超えたよやったね!
大体一話3000文字ですから‥‥約三話分。
分割して投稿しようかなぁ、とか思っていたのですが何か分けると負けた気がして‥。
何かこう、ヤンデレ愛的に‥‥。

 本編の方はちょっと停滞しそうです‥‥楽しみにしている皆さま、申し訳無い!

 番外編はサクッと書きますので!少々お待ちを!


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