戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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雪原の襲撃 上

 

 雪が降っている。

 

 施設の外に出ると一面の銀世界が広がっていた。

開け放たれた扉からはひらひらと雪が入り込み、冷気が俺の体を包み込む、積もりに積もった雪は脛まで覆い歩くのも困難な様子。ジャケットを着込んだ俺は白い吐息を吐き出し、空を見上げた。灰色の雲が空を覆っている、雪を見るのは随分と久しい気がした。

「将臣、寒くは無いか」

 声に振り向けば丁度、ホリが施設の入り口に立っていた。

彼女は全身を覆う黒い服を着用しているが、体のラインが見えるそれはとても厚くは見えない。寒くは無いのかと問いたい所だが、寒そうな素振りを見せないホリに聞くのは躊躇われた。大丈夫だと言う意味を込めて頷けば、彼女は「そうか」とだけ答える。

 

 ホリから聞いた情報によれば、今は12月2日

相楽基地から既に2ヶ月近くが経過していた。

それだけの期間を眠り続けていた為だろう、体が妙に気怠く重く感じるのは筋力が低下しているから。あれだけ傷ついていた体は、既に傷跡を残すだけ。先ほどの戦闘で僅かに負傷したものの幾つかの打撲と切り傷だけだった。その程度の傷ならばと施設にあるだけのモノで処置は粗方終わり、頭部の傷も僅かに表面を切っただけらしい。聞けば俺を襲った軽戦車も既に撃破したとの事。

あの後紹介された戦車、確か「タ号」と言ったか。その他にも3体の戦車が今回の救援部隊に参加していた。一つの施設に計5体の戦車というのも中々どうして、もしや中央の鉄壁が敵を退けたのかと聞けばそうでは無いらしい。

 現在人類の防衛線は旧東京を中心に旧埼玉、旧茨城、旧神奈川まで後退したとの事。

更には東京湾に接近する深海棲艦への防衛網も敷いている為、かなりの苦戦を強いられているとの事。相楽基地陥落後は旧福島、旧京都の後衛基地を防衛拠点として粘っていた様だが、つい2週間前にとうとう陥落してしまった。中央も前線基地陥落の報を受けかなりの防衛戦力を二大防衛拠点に注いだらしいが、それも敵の猛攻を前に陥落。

既に現在の防衛拠点である旧三県も危険な状態と聞いている。

二ヶ月も耐えている事を喜ぶべきか、此処まで侵攻を許してしまった事に嘆くべきか。

少なくともこの二ヶ月で日本の勢力図は大きく塗り替わった。

 

 そしてこの基地がある場所は茨城の北部。

つい先程前線基地の一つである水戸基地が陥落、当施設まで敵が侵攻して来たらしい。

 

「将臣、この後の予定だが」

 

 気が付くとホリが直ぐ傍に立っていた。雪を僅かに被った髪、少し考え込んでしまっただろうか。ホリの上に積もった雪を手で払ってやると、どこか気恥ずかしそうな顔をしながら「ありがとう」と微笑んだ。

それから眼を細め、凛々しい顔つきで口を開く。

「展開中の味方から此方に接近する敵影を捉えたとの連絡があった、数は三、軽戦車が二と中戦車が一、恐らく敵の増援だろう、到着予想時刻は今から一時間という所だ」

 その言葉を聞くと同時に、すっと自分の中で戦う為の意識が頭を擡げる。続きを促すようにホリを見てやると手に持っていた地図を俺に突き出した。受け取って眺めれば、彼女の手が恐らく基地であろう周辺、近くにあった山を迂回する様に半円を描く。

「敵は基地後方の山脈を迂回して側面から攻めるつもりだろう、敵が此処を鎮圧されたと知れば最悪基地ごと砲撃しかねん、高低差も考えると此方から打って出た方が良いと思う」

 ホリがそう言って俺を見ると、何となく自分に指示を仰いでいるのだと理解した。確かに高所からの砲撃は脅威であるが、敵の構成は軽戦車を主軸とした機動打撃部隊、救援を急ぐ為だろうが火力で言えば圧倒的に俺達が勝っていた。それに軽戦車は装甲が薄い、足場が悪く障害物の多い山岳地帯で機動力が発揮できない軽戦車など撃破は容易い。稀にその障害物を上手く使って攪乱、機動力を生かした一撃離脱戦を行う戦車も居ると聞いた事があるが、そんな事が出来るのはエースのみだろう。その事を加味して俺は思考し、いつもの様に作戦を頭の中で練り上げる。僅かに強くなる吹雪を見て頭の中で一つ案が浮かんだ。いや、それは作戦とも呼べない、ある意味独断専行と呼べる類のモノだった。

 自分の体を見下ろす、今は服に覆われて居て見えないが機械の腕と足は健在、味方戦車に運んで貰った義手義足用の弾薬は既に装填済みだった。僅かに青の掛かった腕を目前に晒し眺める、この義手は軽戦車の装甲を撃ち抜いた、有用性が証明されたのだ。

 ― 試してみたい

 それは願望だった、自分が彼女達と共に戦えるかどうか。あの無様な市街地戦の再現では無く、正しく背中を預けるに足る戦友と成れるかどうか。指揮官がどうとか、将軍がどうとか、それは捨て置く。これは俺の我儘だ、だがもしこの義手義足が一般的な兵器として多くの人間の手に渡ったのならば。

 その未来を考えて、僅かに胸が熱を持った。

 俺は地図を持ったまま踵を返し施設の中へと戻った。その背後にホリが慌てて追従して来る、恐らく警備の為だろう入り口付近に設けられた窓口にあったボールペンを一本拝借しその地図に書き込む。幸いにして現状戦力としてはこちらが優勢であり、最悪「しくじって」もカバーが入る。試すのならば今を置いて他にない、天候も俺に味方している。段々と強くなる吹雪を前に俺の心臓が強く鼓動を打った。

「将臣、どうした?」

 背後から僅かに訝しんだ表情で問うてくるホリに地図を渡す、其処には三か所丸で囲まれた森林部分に『潜伏のち奇襲』の文字が躍っていた。

「潜伏‥‥」

 僅かに顔を顰めたホリは内容を吟味する為か、目を閉じてじっと考える。その少し後、目を見開いたホリは「編成は此方で決めてよいのか?」と問うて来た。彼女の持つ地図、その敵が接近してくる予測進路に最も近い円、そこに重、中と書き足した。

「前方に火力を集中、囮か?」

 その言葉に俺は頷く、もし反撃を受けても重戦車と中戦車の装甲ならば真正面から受け止める事も出来よう。注意すべきは中戦車の砲撃だが、装甲の薄い部分に直撃さえしなければ問題無い。

「分かった、それでこの『将』という字は一体‥‥?」

 一応は納得を見せたホリだが、地図の丸前方に書かれた将と言う字に戸惑っている様だった。それもそうだろう、其処だけは何も書き足されておらず一文字だけとなっている、これで意味を察せと言うのも酷だろう。

 故に俺は自身を指差し、その後義手を見せて殴るふりをした。つまりは、そう、囮兼遊撃である。その動作の意味を察す事は出来なかったホリだが、地図の将をあっちこっちに動かすと言う意図でぐねぐねの線を描くとその顔が陰りを見せた。

「自由に動く‥‥遊撃、そういう事か?」

 俺がその言葉に頷くと、顔を顰めて「危険だ」と反対した。そう言えば市街地戦でも戦場に立つ事を反対されたな、なんて今のホリと過去を重ねてしまう。

「将臣、貴方は人間で、それも指揮官だ、それが戦場に立つなどと‥‥」

 そう言って怒りの表情を見せるホリに俺は申し訳無く思うも、自分の我儘を貫き通す。彼女の持つ地図の端に「無茶はしない」とだけ書き足し、じっとホリの瞳を見つめた。これは本当ならば不要な役、自らの身を危険に晒すだけの愚策である。数も火力も此方が上、俺が無理して戦場に立つ意味など無いし、失敗すればそれこそ目も当てられない。だが成功すればア号やタ号、味方が被る被害を無くす事も出来よう。最悪は将臣という個人の死、だがそれは結局後方に居ても同じ事だ。

 見つめ合った時間は十秒にも満たない、最初に根負けしたのはホリの方だった。「武器は一体どうするんだ」と口にしつつ大きなため息を一つ。

「陸上孅車に通常兵器は通用しない、それは知っている筈だろう?」

 出来の悪い生徒を見る様な目で俺を見るホリ、それに対して俺は待ってましたとばかりに笑みを見せ、それから腕を捲った。青の掛かった義手をホリに翳して笑みを見せる。対して目の前の彼女は首を傾げるばかり、俺はホリの手を掴むと吹雪が吹き荒れる外へと飛び出した。

「ま、将臣?」

 困惑を隠さず叫ぶホリの手を引き、建物から少しばかり離れた場所に来る。既に(くるぶし)まで埋まる程積もった雪、それから適当な樹を見繕うとホリの手を離す。

太さも大きさも申し分ない、その樹に向けてゆっくりと腕を突き出した。

― 攻撃動作確認(スタート)…..陸上孅車感知出来ず

 →手動射撃(マニュアル)モード切替…..完了

 それに反応してか、一気に視界が文字で覆われる。それらの文字を流し読みし、攻撃動作が整った事を理解した瞬間頭の中にトリガーが現れる。正確に言うならば攻撃の引き金を見つけたと言うべきか、どうすれば義手が杭を射出するのかが分かった。兎も角俺は仮想のトリガーをゆっくり引き絞り、足に渾身の力を込めた。

 瞬間、爆発する左腕。

 閃光が瞬き足元にあった雪が吹き飛ぶ、手の平から蒸気が吹き上がり二十メートル程離れた樹に射出された杭は着弾、破砕音を撒き散らし樹は中程からバリバリと音を立てて折れ曲がった。貫通した杭は樹の向こう側の地面へと突き刺さり、周りの雪を吹き飛ばしたのだろう地面は露出している。一拍遅れて樹が地面に叩き付けられる音、戦車砲に迫る威力の攻撃にホリは思わずと言った風に固まり、その表情を困惑に染めた。振り返りどうだと言わんばかりの得意顔。それに対しホリはおろおろするばかり。

「え、っと‥‥将臣、これは」

 理解が及ばないホリに畳みかける俺、今しがた薬莢を排出した腕を叩きつつ、ホリを指差す。そしてその動作を何度か繰り返すと意味を理解したのか、「戦車にも通用する‥‥?」と半ば確信が持てない声色のまま問うてきた。その言葉に俺は喜々として頷く。だが彼女は未だ信じられないのか、困惑した表情のままだった。

 兎も角、これで決定だ。

 そう言わんばかりに施設へと戻る俺、その背後に未だ困惑の中に居るホリが「ま、将臣、待ってくれ!」と言って追い縋る。

 結局、俺の我儘はタ号以下数名の戦車の賛同によって可決される事になった。彼女達の弁によれば「俺の戦力」とやらを知りたいらしい。相楽基地のみで無く他の基地の戦車にも俺の名は知られている様だった、嬉しいような恥ずかしいような微妙な気分だ。

 また、先の樹を薙倒した攻撃を敵襲と勘違いしたタ号とひと悶着あったが、それは割愛する。

 

 





 次の投稿は今日か明日の夜です。
少し書き方を変更しました。

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