戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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真実

「ア号」

 

 自分を呼ぶ声にその場で振り向く。

長い白髪をその場で靡かせ見てやれば、長い廊下の先には同じく短めの白髪と赤い眼光を宿した同胞。

比較的小柄な軽戦車であるタ号が佇んでいた。

その身は血で汚れており、大分施設の人間を殺害した事が分かる。

 

「タ号か」

 

「笹津将臣将軍、確保したって」

 

 あぁ、と答えながら周囲の様子を伺う。

笹津将臣には彼が起きてからの状況を伝え、彼自身が今を受け入れ落ち着けるまでの時間と周囲を索敵し安全を確保する時間が欲しい旨を伝えてある。

最初こそ反対されたものの、そう簡単にやれはしないと言う私の言葉を信じ、先程の部屋で待機して貰っていた。

それなりにはホリと言う戦車は信頼されていたのだろう、或は目が見えていると言う部分が大きかったのか。

 

「既に通達してあると思うが、各孅車は戦闘行為を中断、周囲の警戒に当たり人間を近づけない様にしろ」

 

「‥‥何故、此処を離れない?」

 

「それは‥‥」

 

 僅かな困惑の表情。

タ号も思っている事だろう、標的を確保したのなら早急に本丸へと帰還すべきだと。

それは私とて同じこと、だが予想外の事態と言うモノは存外簡単に起きてしまう。

私は一度息を大きく吸い込んで、吐き出す。

さて何から話したものかと思考し、タ号を見据え、それから周囲に笹津将臣の姿が見えない事を確認。

頭の中で物事を順序立てる、嘘の様な本当の話。

 

「実は」

 

 そうして始まる十分前の回想。

私が目標を確保するまでの話をタ号に向けて、ゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笹津将臣を捜索しつつ施設内の人間を殺害して回って既に一時間余り。

上階に上がっていった同胞からも将軍らしき人物を発見したと言う情報は回って来ていなかった。

もしや既に脱出したか、或はダミーの情報を掴まされたのかと僅かな焦燥感を抱き始めた頃。

廊下の角を曲がった先に、全身血だらけになりながら立ち上がる人間を見つけた。

ソイツの着ていた服が他と違う事、そして人間の手足とは違う鉄の四肢を着装していた事により直感的に悟った。

私は直接見て居ないが雰囲気で分かる、対峙した孅車が口にした言葉。

ソイツを見ると胸がざわつく。

 

「‥‥将軍か?」

 

 その言葉に、素早く反応する男。

顔を確認した私は確信する、コイツが相楽基地の司令官だと。

報告にあった通り重症だった痕が見え、顔も伝えられた情報通りだった。

 

「‥‥笹津将臣」

 

 見つけたからには確保しなればならない。

そう思い、一息で駆け抜けられるよう意識を集中する。

目の前の笹津将臣と言えば、何処か衝撃を受けた様子で固まっている。

重戦車に発見されたと言う絶望的な状況に体が動かないか。

それならば確保も容易いだろう、そう思考した次の瞬間。

 

 何と向こうが此方に向かって走り出した。

 

 行先は私、思わず驚き今度は私が硬直してしまう。

人間が陸上孅車に向かって走り出すとは、自殺行為に他ならない。

若しや何か新手の兵器を持っているのかと警戒。

何時でも正面装甲で受け止められる様構えた瞬間、笹津将臣は私に抱擁してきた。

 

「っ、えっ、何……?」

 

「っは……ぅ……っ」

 

 驚いた。

驚愕は二度目、私に抱き着いてきた笹津将臣は強い力で離さないとばかりに抱き締めてくる。

その腕からは暖かさを感じ、ぽたりぽたりと、暖かい何かが肩に落ちる。

最初に抱いたのは困惑、一体何なんだと言う理解不能な状況に対する言葉。

だが頭の片隅で私を抱きしめる男の力強さに感心する。

人間を力強いと感じたのは初めてだった。

 

「……泣いて、いるのか?」

 

 人間は悲しみを感じると涙を流す、と言う話を聞いた事がある。

私達には無い機能ではあるが、となれば目の前の笹津将臣は悲しんでいるのだろうか。

私はどうすれば良いのか分からず、ただ突っ立っているまま。

確保する筈の目標が自ら敵である私の元へと来て、抱擁をかます。

しかも攻撃する素振りは見えない。

一体どういう事だと思って居れば、段々と今の状況が恥ずかしく思えてきた。

 

「………ぅ」 

 

 離れようと思えば何時でも離れられた。

人間の力など、私達陸上孅車と比べれば赤子も同然なのだ。

このまま突き飛ばして確保してしまえば、それで終わり。

施設から撤収出来て目標も確保できる、気絶させてしまえば運ぶのも容易。

だから行動に移すべきだ、それは分かり切っている。

だと言うのに何だろうこの心地よさは。

暖かく、手放したくないと思ってしまう微熱。

笹津将臣から送られてくるそれは私の冷たい体を温め、体の芯まで熱してしまいそうな暖かさだった。

吐き出す息も、心なしか熱が籠っている。

動け、動きたくない、動け、動きたくない。

二つの違う感情が鬩ぎ合っていると、笹津将臣は唐突に身を放してしまう。

 

「あっ‥‥」

 

 ほっとする反面、体は正直だ。

離れてしまった熱に何処か物足りないと求めてしまう。

思わず笹津将臣の熱を求めて手を伸ばしそうになるが、それを瞬時に隠して何とか表情を取り繕った。

そして冷静な脳が私を責める、一体何をしているんだお前は、と。

 

 笹津将臣は私の前に立つと、徐に喉を見せる様に顔を持ち上げ、そして指差した。

 

「‥‥? 一体、どういう」

 

 最初は意味が分からずに首を傾げてしまうが、その傷跡を見て何となく理解する。

縦に残った傷跡、恐らくは相楽基地の戦闘で負傷したものだろう。

自分の表情が強張るのが分かる。

 

「声が、出せないのか?」

 

 そう問えば、笹津将臣は力強く頷き、だが同時に柔らかい微笑みも見せた。

まるで心配するなと言っている表情は穏やかなモノで。

思わず私の胸も安らぎかける。

いや、ダメだ。

呑まれるな。

自分でも分からない感情に振り回される。

一人で葛藤していれば、笹津将臣が身振りでぶりで私に何かを伝えようとした。

だが生憎と何を言いたいのかが伝わらず、疑問符を浮かべてしまう。

すると突然私の手を取り、笹津将臣は走り出した。

驚きに体が硬直するが、彼が私を連れて入ったのは会議室と思われる一室。

そこに身を隠しそっと扉を閉める。

 

「……何故、この様な場所へ?」

 

 そう私が問えば、彼は徐に周囲を見渡すと壁に掛かっていた白いボードらしきものに近付いた。

そしてペンを手に取るとキュッキュと文字を書き始める。

確かニホンゴと言う文字だったか。

 

『あんな場所で接敵したら拙いだろう』

 

 えっと、確か。

その文字の意味を理解するのに数秒を用し、この時ばかりはハ号に読みを習っていて良かったと思った。

 

「……敵って」

 

 そして意味を理解すると同時に呆れてしまう。

私達の敵は人間であり、その人間が私達に傷をつける事は出来無い。

それは彼とて理解している筈だ。

此処に戦車は存在しない、その情報は既に入手してある。

私の雰囲気で察したのか、笹津将臣は先程より少しだけ乱暴な手つきで文字を書きだす。

 

 そして書き出された文字を見て、私は一つの仮説に辿り着く事となる。

 

『陸上孅車は恐ろしく強い、それは知っているだろう』

 

 陸上孅車。

何故そこで私達の名前が出てくるのだろうか。

疑問を抱くと同時、何かが胸に引っかかる。

そう、私達はどこか認識がズレていないだろうか?

私の考える敵と笹津将臣の考える敵が違う。

どうして?

 

 そして私は、唐突に理解する。

まさか、そう、これはまさかの話ではあるが。

目の前の男、笹津将臣は私の敵が陸上孅車だと思っている。

それはつまり、笹津将臣にとって私は敵では無い。

 

ー 自分達側の戦車だと思い込んでいるという事。

 

 それは一体何故?

 

 脳が急速に回転を始め、何とか今の笹津将臣の状況を理解しようとし始める。

確かに敵に突然抱擁する様な事は普通しないだろう。

自爆等なら兎も角、目の前の男にそういった装備や心構えは見られない。

ならば味方ならばどうだ。

そう、彼は自分を味方の戦車だと思い込んでいて。

敵と言うのは陸上孅車、そして自分は救援部隊か何かの戦車だと思われている。

何て推測ならばどうだろう。

 

 考え込んでいた為、思わず黙り込んでしまった。

それを何処か心配そうに眺める笹津将臣。

私は顔を上げ、幾分か柔らかい笑みを作る事に成功する。

 

「……そうだな、気を付けよう」

 

 そう言いながらも、内心で歓喜する。

何と都合の良い状況だろうか。

説得も調教も薬物投与も必要ない。

上手く騙せれば‥‥。

何故そうなっただとか、原因は何だとか、そんなのは関係無い。

事実こそ全て、この状況を最大限生かすのだ。

 

『ホリ、今の状況を教えてくれないか』

 

 その文字で全てが決まった。

 

 ホリ、それは彼の戦車部隊の一体。

重戦車で大柄な盲目の戦車。

彼は自分に向かってその名を使った、つまりそれは自分を『ホリ』だと思っている事。

自分の部隊の戦車、成程ならば抱擁の意味も理解出来る。

生死不明だった部下、或は戦友、その再開。

自分でも笑みが深くなるのが理解出来た。

 

 そして語られるのは笹津将臣と言う男が今に至るまでの状況。

ご丁寧にも、此処は覚えている、覚えて居ないと言う区切りをつけて。

これならば容易い。

容易く『嘘』を吹き込む事が出来よう。

 

「笹津将臣……いや、将臣、貴方の状態は分かった」

 

 事情を聞き終わった後、私は努めて何でもない様な表情を作りつつ口を開く。

彼を騙せるよう、さも凛々しい顔つきで語る。

 

「今から話そう、相楽基地陥落から今までの事を」

 

 そうして語るは、陸上孅車(私達)に都合の良い作り話(フィクション)

 

 




 本当はもっと後にしたかったのですが‥‥。
ホリの性格何で変えた!? と言われそうだったので早めにネタばらしを‥。

 日に連続投稿は久々です(´・ω・`)
ホリはホリでは無く、陸上孅車のア号です。
IFとは若干言葉遣い等が異なりますが、まぁIFはIFと言う事で‥‥。
ア号の事をホリだと思った人はどれ位いるのだろうか、というか口調が違う時点で違和感バリバリ‥‥。(´;ω;`)
ヤンデレの神様私に文才を下さい。

 さてヤンデレほいほいの後遺症ですが。
声が出なくなった事ではありません、それは今の状況を作る為だけのものなので。
後遺症は前々話鏡のシーンと今回の話で大体分かると思います。(多分

 ではまた次の話で‥。

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