戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

47 / 51
幻視の切り札は何処へ行く

 白い廊下を歩く。

所々血と臓物が付着した壁に触れながら、割れた電灯が点滅する廊下を歩く。

地面に横たわる死体は頭が無かったり、四肢を失って居たり、腹から臓物を垂れ流したりしていた。

慣れない義足での移動は最初こそ戸惑ったものの自分の思う通りに動く義足は感覚の無い足と言った状態で、長時間血を止めてしまった後の四肢に似ていた。

 

 陸上孅車の襲撃だろうか?

 

 一番最初に思い当たった事は人類の天敵種である陸上孅車の襲撃。

恐らく此処は軍の負傷兵収容施設か何かで、自分は此処で治療を受けていた。

そこに陸上孅車による襲撃。

何故建物ごと破壊しないのかは分からないが、乗り込んでい来ている辺り自分も見つかれば死ぬだろう。

それは火を見るよりも明らかだった。

 

 最後の記憶が正しければ、自分は基地で陸上孅車の砲撃を受けた筈だ。

その後の記憶はあやふやで、良く思い出せない。

何か話を聞いていた様な気もするし、海を見て居た気もする。

きっと走馬灯か、或はそれに準ずる何かだろう。

腕や足が吹き飛んだ程だ、生死の境を彷徨っていても不思議はない。

問題は後方に位置する筈の施設が陸上孅車の襲撃を受けていると言う事実。

見れば倒れている人間は皆此処の職員と思わしき人達で、一人も兵士や銃を持った職員を見かけて居ない。

つまり此処に戦える人間は居ないのだ。

そこまで敵の侵入を許してしまったのか、まさか中央が堕ちた?

ならばハクは、トクは、チハは、ホリは……?

 

 嫌な想像を頭を振って追い出し、壁伝いに歩いて行く。

途中、曲がり角の向こうから金属同士の擦れる音が聞こえてきた。

人間が歩く音では無い。

音の響くこの場所で甲高いその音は良く聞こえた。

逃げるにしても歩くのが精一杯の俺に逃げ切れる自信は無い、周囲を見渡せばドアが半開きの部屋。

俺は一も無くドアに体を滑り込ませ、壁に体を張り付けて外の様子を伺う。

点滅する電灯に照らさながら現れたのは予想通り陸上孅車だった。

青白い肌に真っ白な髪、光の角度で表情は見えないが赤い双眼が暗闇に光を残している。

そして主砲の大きさから見て軽戦車。

片手に白衣を来た男の頭を掴み、引き摺っていた。

 

 やはり、此処の襲撃は陸上孅車によるものだ。

 

 予想は確信へ。

陸上孅車は俺の潜む部屋の前を素通りすると、そのまま廊下を真っ直ぐ進んでいった。

一瞬奇襲と言う言葉が頭を過るが、その考えを一蹴。

人間が陸上孅車を傷つける事は出来ない。

それは自分が一番良く知っている。

 

「‥‥は‥‥‥っ‥ふっ‥‥」

 

 僅かに早鐘を打つ心臓に冷たい鉄の手を当てる。

衣類に付着した血がぐちゃりと肌を湿らせ、音が全く聞こえるまで息を殺して待った。

ズルズルと重いモノを引き摺る音、そして金属同士が擦れ合う音。

それがずっと遠くなるまで待ち、恐る恐る部屋から周囲を覗き込む。

血に染まった足跡、それが点々と奥まで続いている。

その反対方向に向けて俺は歩き出す、先程陸上孅車が現れた廊下の方角を注意深く観察し、そっと頭だけを出す。

人の死体がまばらに点在し血が海を作り出していた。

自分が生き残ったのは正に幸運だろう、少し間違えば廊下を彩る死体の一人になっていた。

 

 手を壁に着いて体を支えながら歩く。

乱雑に開け放たれた扉や点滅する電灯、横たわる死体に臓物、崩れた壁の瓦礫。

そんな中を歩いていると、壁に背を預ける様にして死んでいる男の死体を見つけた。

白衣は既に真っ赤に染まり、項垂れた頭からは血が垂れている。

後頭部から弾丸が貫通したのだろう、背後の壁には真っ赤な血が扇状に広がっていた。

俺がその死体に目を向けたのは余りにも死体が綺麗だったからだ。

陸上孅車に殺された人間は四肢や頭部が無くなっているか、或は真っ二つ、散り散りの肉片など最早原型すら無い場合もある。

それに比較してその死体は五体満足、頭部が潰れた様子も無し、随分と形を保っていた。

よく見れば手元に黒光りする何か。

近付いて見るとそれがごく小さな拳銃である事が分かった。

グロッグ17

旧世代の遺物とも言える古びた銃。

だが人を殺す事に置いては性能を遺憾なく発揮し頭部を撃ち抜いていた。

あぁ、コイツは逃げ切れないと悟り、自決したのか。

俺は死体に近付いて銃をそっと取り上げる。

肩を壁に沿わせて体重を預け、両手を使ってマガジンを抜く。

一番上まで連なった弾丸、装弾数は17発。

薬室の一発分を抜いてそれだけ、通常兵器が連中に通用しない事は理解している。

だが俺はその銃を手に持ったまま、ゆっくりと壁に手を着いて歩き始めた。

 

 この銃は自決用。

この男の様に、どうしようも無くなったら自分に銃口を向けよう。

そう決めた。

 

 息を殺して歩き続け、曲がり角を右に折れた所で階段を発見する。

下を覗き込めば敵影無し。

壁に書き込まれた「3」と言う数字が、この階が三階である事を示している。

ゆっくりと階段を一段一段慎重に降り、極力音を立てない様移動する。

未だに慣れない義足は体重を預ける事に不安が残る為、一段降りるのに足を揃え、左足から降りて行った。

踊り場に足を下ろした後、階段の影に隠れながら暫く様子を見る。

階段を下りただけで僅かに息が上がり、自分がどれだけ寝ていたのか少しだけ不安になった。

全体的に筋力が衰えてしまったのかもしれない。

だが泣き言は言って居られない。

様子見を終えて階段を降り始める、そのまま一階へと降りるかどうするか悩んでいると、視界に文字が浮かび上がってきた。

 

ー 《警告》 補給を推奨

 

 コイツの言う補給と言うのは何の事だろうか。

そう思いながらも文字を無視して二階へと辿り着く。

周囲を見渡すと三階と同じく、無残に殺された人間が屍を晒し、所々崩れた壁があるだけだった。

 

 さて、このまま一階へ降りて外へ脱出すべきか。

 

 正直難しい所だ。

軍人である以上、後衛所属の人間をこれ以上殺させない為には此処で戦わなければならない。

だがそれは建前であり、実際の所自分一人が銃を連中に向けた所で何も変わらない。

テロリスト等の人間ならばまだマシだった。

陸上孅車と言う、通常兵器が全く通用しない相手にどう戦えば良いのだ。

自分は人間だ、それ以上でも以下でもない。

僅かな逡巡を経て、自分が此処に居ても何の役にも立てないと判断。

自分の存命を優先する事にした。

そして一階へと続く階段に足を掛けた瞬間、その存在に気付く。

 

「‥‥は‥‥っ‥‥た、大佐‥‥」

 

 声だ。

擦れて小さな声だったが、確かに聞こえた。

声のした方向へと顔を向ければ、両足を潰された男が壁に寄り添うように倒れていた。

だが確かに息はある。

半分閉じ掛けている目は確かに自分を捉えて離さない。

生存者だ。

俺はその場に這い蹲ると、男に向かってゆっくりと近付いた。

拳銃は服と肌の間、紐で縛っている部分に差し込む。

 

「は‥‥はっ‥‥た、大佐、お目覚め、です‥‥か」

 

 男は口から血を零しながら、小さな声で尋ねる。

俺は男の言葉に違和感を覚えていた。

自分の記憶が正しければ階級は少佐だった筈、だが男は大佐と呼ぶ。

その間違いを指摘したい気持ちもあるが、或は重傷で意識が混濁しているのかもしれない。

些細な問題は横に放置し、男の頬を軽く叩く。

白目を剥きかけていた目が、僅かに光を灯した。

 

「大佐、早く‥‥はや、く、脱出を‥‥敵に施設、の、場所が」

 

 俺は頷く、元よりそのつもりだった。

この男も可能なら連れ出したかったが、両足を見る限り出血が酷過ぎる。

その様子は最早血の川とも言って良い程で、階段付近に座り込んでいる為血が階段を伝って踊り場に血溜まりを作っていた。これではもう助からない、止血した所で血を失いすぎた。

それは本人が良く分かっているのだろう、男は最後に抱えていたバインダーから一枚の紙を毟り取った。

 

「ここ、に‥‥弾が‥‥装填は、OSに、従っ‥‥て」

 

 手渡された紙は施設の見取り図の様なもので、二階の階段付近。

ここの直ぐ傍の部屋にマジックで丸が付けて合った。

その隣には「装着状態での試射は実弾を用いる事、保管場所は二階倉庫とする 試射時刻16:30」とボールペンで走り書きされていた。

恐らく緊急時用に保管されている銃器だろう、そう当たりを付ける。

ライフルや爆発物があれば心強い、連中の足止めも望めるだろう。

俺は了解の意を伝えようとして、項垂れた男に気付く。

目は光を失い既に息は無かった。

首に手を添えて脈を取るが反応は無い。

開きっぱなしの目をそっと閉じ、そのまま立ち上がる。

資料に書かれていた部屋は直ぐ傍にあった。

壁伝いに歩き角を一つ曲がった場所、そこも例外なくドアが開け放たれ男が一人転がっていた。

頭を砕かれて即死、デスクに乗り上げる様にして死んでいる男の脇を通り、無造作に積まれた小型コンテナに近付く。

これだろうか、手元の地図を見ればこの部屋で間違いない。

だが周囲には立てかけられた銃器も、ましてや防弾装備の影も形も無い。

唯一部屋の角で鎮座するコンテナ。

緑色に塗装されたコンテナは取り扱い注意のテープが貼られており、施錠はされておらず力を籠めれば簡単に蓋は開いた。

コンテナの中には丁寧に積み重ねられた細長い箱、開けて中身を確認すれば50口径ライフル弾より少し細めの筒状の何か。

それが三本セットで包まれていた。

てっきり中に銃器や弾薬、爆発物が入っているものだと思っていた俺は、少しばかり困惑する。

これは何だろうか、そう疑問に思っていれば視界に文字が浮かび上がった。

 

ー 弾薬確認 装填システム起動

 

 →左腕部義手兵装確認(サイバネティック・アーム) ATH-01

 

 →装填開始....外装展開

 

 

 筒状の何かを掴んでいた義手が、唐突に動き出した。

 

「っ!?」

 

 無論、俺が動かそうとしている訳では無い。

スムーズな動作で筒を指の間で挟み、腕の甲部分が割れ中から三本の半円パイプの様なモノが現れる。

それはミサイル発射台を連想させる様な形をしていて、指が器用にそのパイプの上に筒を乗せるとそのままパイプは内部へと消えた。

ガチンと何かをロックする音、それから割れていた義手の外装が閉じられ筒は完全に中へと埋まる。

 

 →装填確認.....OK

 

 →内臓型射突杭(パイルバンカー).....Enola Gay(エノラ・ゲイ)起動

 

 義手が手を開き、その中央に僅かな穴が開く。

まさか先ほどの筒が弾薬なのか、あの男が言っていた弾薬と言うのは従来の銃器では無くこの義手の弾薬。

じっと見つめていると、視界に流れる文字が変化する。

 

ー 右脚部義足兵装確認(サイバネティック・レッグ) ATL-02

 

 →装填開始....外装展開

 

 義足の外側外装が独りでに展開し、やはり中から半円パイプが現れる。

その数は六本、先ほどよりも多い。

だがじっとしていても其処から先に進む様子がない。

何だと思ってみていれば、視界に走る文字が俺に不調を訴えて来た。

 

 →右脚部義足兵装確認(サイバネティック・レッグ) ATL-02

 

 →装填システム確認出来ず...システムチェック

 

 →装填プログラムが見つかりません

 

 →自動装填(オート)から手動装填(マニュアル)に切り替えます

 

 →ガイド表示

 

 俺の視界にあった義足パイプにマーカーが表示される。

マーカーの円から伸びる様に文字が表示され、弾薬装填の四文字が赤く自己主張していた。

装填を急かされているのだと理解した時、俺はコンテナの中にある箱を無造作に掴み中身をデスクにぶちまける。

そして一本一本足のパイプに詰めると、六本目を指すと同時にアイコンが消失。

そのまま外装がばくんと閉じて、『装填完了』の文字が躍った。

 

ー 武装装弾状況

 

 →義手兵装.......Max

 

 →義足兵装.......Max

 

 →自動照準修正...ON

 

 →任意動作モード

 

 目の前に現れる文字の数々、そし最後に表示された文字は

 

 →戦闘準備完了(コンバット・オープン)

 

 これではまるで、戦えと言われている様なものだ。

足止めを目的とした銃器を確保しに来ただけで、自分から怪物に向かっていく気は無い。

此処を逃げ出す事が目的、撃破は二の次。

誰に対する言い訳でも無く、淡々とした事実を頭で繰り返す。

視界に流れる文字からこの義手、義足に何らかの武装が備わっているのは理解していた。

だがそれが実際どの様なものなのか、それをまだ俺は知らない。

そしてソレが人間の扱う通常兵器である以上陸上孅車に効果を齎さない事も。

 

 俺はそのまま部屋を後にしようとし、幾つか弾薬を持って行くか逡巡したが服装から断念。

一階を目指し階段方向へと足を進める。

壁に手を着いて少しずつ移動、無論その間も警戒を怠らない。

先ほどの場所へと戻って来た俺は小さく息を吐き出し、いざ踊場へ足を進めようとした所で。

 

「くそっ、この、このぉッ!」

 

 軽い発砲音。

拳銃が火を噴き、その弾丸が弾かれる甲高い音を聞いた。

思わず体が硬直しその方向へと顔を向ける。

見れば三十メートル程先の曲がり角から、防弾ベストを来た男が角の向こう側へと発砲しながら逃走している。

その逃走経路は私の居る場所へと続いていた。

男は弾倉が空になったのだろう、腕を振るいながら空になった弾倉を排出し新しい弾倉をポケットから取り出す。

そして顔を上げた所で、壁に寄り掛かりながら自分を見る俺に気付いた。

 

「っ、大佐ッ!?」

 

 その顔が驚愕に染まる。

そして俺の姿を見て僅かな困惑、明らかに足の回転が落ちた。

そうこうしている内に角の向こう側から轟音、火花を散らしながら影が飛び出してくる。

小柄なその影は、先ほど見たあの軽戦車。

赤い眼光が尾を引いて男と俺を捉える、ぞっと背中に悪寒が走った。

思わず差し込んでいた拳銃に手を掛け、安全装置(セーフティ)を外す。

俺の方を見ていた男は背後に出現した軽戦車を見て、意を決したように銃を構える。

カチンと遊底(スライド)が鳴った。

 

「大佐ッ、お早く! 自分が足止めしますッ!」

 

 そう叫んで二発、タンッという軽い音が鳴り響き軽戦車の眼球目掛けて弾丸が飛ぶ。

通常兵器では陸上孅車にダメージを負わせられない。

だが傷を負わないというだけで、衝撃はあるし視覚や聴覚等に対する間接攻撃は意味を成す。

故に目を攻撃された陸上孅車は僅かな間視界が塞がれる。

 

 人間で言えば、目にゴミが入った状態とでも言おうか。

無視も出来るが不快、その程度だ。

銃撃を浴びてその程度だというのも悲しくなるが。

 

 男の行動に思わず良心が足を留めるが、この一秒が惜しいと俺は走り出す。

さぞ不格好に違いない。

未だ義足に慣れない俺は半ば倒れる様な形で走る。

 

 銃声に混じって金属の擦れる音、分泌されたアドレナリンが戦場独特の匂いを俺に届け、周囲の時間が僅かにズレる。

脳の処理速度が上がり、陸上孅車の行動がスローに見えた。

恐らく男が眼球を狙う事は分かっていたのだろう、軽戦車は腕で目を守りながら突進、男へと肉薄した。

受け止めんとばかりに足を広げ、射撃を続ける男。

だが現実は無情であり、人間とは桁の違う重量に人間の体は蹂躙された。

腕を一薙ぎ、たったそれだけで男の体が宙を舞う。

右側にあった壁に激突し、血反吐を吐く男。

僅かに罅が入った壁がその威力を物語っている。

重力に落下して重々しい音を立てると同時、軽戦車は速度を緩めず前進。

そして軽戦車の狙いは男では無く、俺だった。

 

 コイツ……!

 

 赤い眼光は男越しに俺を捉えていたのだ。

階段手前まで差し掛かっていた俺は、突進して来る軽戦車に対して銃を向ける。

そして()かさず連射。

顔面に狙いを絞って射撃するが、その殆どが腕に弾かれてしまった。

幾つかは目元や頬に着弾するも効果は無し、依然猛スピードで突進してくる。

タッチの差で階段に一歩及ばなかった俺は軽戦車が通過するルートから飛び退く様に背後へと飛ぶ。

階段に身を投げても負傷するのは目に見えていた。

瞬間、目の前を駆け抜ける軽戦車。

眼球が俺を追尾し、視線が交差した。

 

ー 陸上孅車を確認 

 

 →自動照準修正(オートエイム)

 

 →姿勢制御(バランサー)起動

 

 地に足を着いていなかった俺の義足が、急速に動き出し地面にいち早く足を着く。

そのまま俺の体を支える最適な位置取りを行って、通常ならば尻餅を着く所を何とか堪えた。

 

「ふっ…!」

 

 一呼吸。

俺が出来たのはそれだけ、その瞬間に軽戦車は腕の装甲を地面に擦り付けて減速。

再度俺に向かって走り出した。

主砲を使わないのは何故か、一瞬疑問が頭に浮かぶが今は捨て置く。

接近してくる戦車に向かって俺は拳銃を向けようとするが、拳銃を掴んでいた義手が勝手にソレを投げ捨てた。

思わず驚愕し、一瞬頭の中が真っ白になる。

軽い音を立てて廊下を滑っていく拳銃、義手は投げ捨てた拳銃の代わりに手の平を軽戦車に向けた。

義足が僅かに曲がり、まるで衝撃に備える体勢を取る。

そして軽戦車が肉薄、俺のほんの一メートル先まで迫った瞬間。

 

ー 攻撃(fire)

 

 義手が火を噴く。

いや、正確に言うのならば『釘を噴いた』

爆音が手元から鳴り響き黒く細長い何かが閃光と共に射出される。

それは軽戦車の肩部装甲を撃ち抜き、上半分を吹き飛ばした。

思わず、と言った風に驚愕の表情を浮かべる軽戦車。

それはそうだろう、俺も同じ表情を浮かべているに違いない。

いやもっと酷い顔だろう。

衝撃はかなりのもので、さしもの陸上孅車でさえ上体が泳ぐ。

肩部分の装甲を剥ぎ取られた軽戦車は、受けた衝撃をそのままに一度バックステップし距離を取った。

その間に義手が甲高い排出音を鳴らし、空薬莢を廊下に転がす。

奇妙な間。

軽戦車は俺を脅威に値すると判断したのか、じっと赤い瞳で俺の腕を見つめていた。

自分に傷を負わせ得る存在、それは確かに脅威だろう。

俺はと言えば、自分の義手が打ち出した物体の威力に驚きつつも、内心歓喜の念を覚える。

これは凄い、コイツは戦力成り得ると。

戦車に頼らざるを得ない俺達が陸上孅車相手に装甲を吹き飛ばした。

これまで苦汁を舐めさせられて来た自分にとっては正に気分が高揚する出来事だった。

 

 その間は三秒にも満たない。

次の攻防の先手は勿論陸上孅車、俺が背に階段を背負うように迂回すると、急激なステップを踏みつつ肉薄。

距離を詰めるのかと思えば一瞬で後退し、右へ左へ素早くステップを踏む。

成程、狙いを付けさせない気かと理解。

俺は攻撃の仕方を知らないので、コケ脅しに手の平を突き出すだけ。

そして意を決したのか一気に踏み込んでくる軽戦車。

 

ー 攻撃(fire)

 

 それに反応して義手が火を噴き、再度杭が打ち出される。

だがそれを読んでいたか急激な減速で横へと体を反らす。

飛んで来た杭は軽戦車の背後へと着弾し、その壁をぶち抜いた。

 

 拙い。

 

 排出される空薬莢を視界に収めながら思考する。

軽戦車は回避した事で勝利を確信したのか、交差する視線の中で僅かに唇が笑みを象っている。

そして軽戦車が横に飛んだ時に地を離れた足が再度地を踏みしめ。

爆発的な加速を持って俺へと迫る。

それを俺はどうしようもなく見送って。

 

ー 武装変更(switch)

 

 義足が唸りを上げて軽戦車に飛び掛かった。

まるで前蹴りを放つ様な姿勢、いや蹴りを入れたと言って良い。

突き出された義足が突撃してきた軽戦車の胴体にぶち当たり、甲高い金属同士のぶつかる音。

思考する暇も無い。

蹴りを入れた事により軽戦車の勢いが俺に襲い掛かり、体が背後へと押し出される瞬間。

 

ー 攻撃(fire)

 

 体と一直線に伸びた足から、閃光と爆音。

それと軽戦車の体が大きく弾け飛び、水平に吹き飛ぶ。

反動で俺も背後に吹き飛ばされ、堕ちていく視界から軽戦車が向こう側へと消えた。

 

 そうだ、腕だけじゃない。

足にも弾薬は入れていたじゃないか。

その事実に気付いた瞬間、背中と頭部に衝撃が訪れ。

 

 

 

 

 

 痛い。

もし声が出ていれば呻き声を上げていただろう。

一瞬意識が飛んでいたのかもしれない。

僅かに揺れる視界の先は階段、どうやら自分は一階に落下した様だった。

全身を強く打ったのか酷く痛む。

視界が一瞬暗転しかけるが、何とか気力で持ち堪えた。

幸いにして痛みが意識の覚醒を促している。

後頭部からはジクジクとした痛みが断続的に響き、右手で触れればヌルリとした感触。

出血していた。

通りで痛む訳だ。

 

「…ふっ……っ、ふぅ…」

 

 痛みに呼吸を乱しながらも、何とか立ち上がる。

ふらつく体は休息を求めているが、義足が上手い具合に体重を支えてくれていた。

視界が白黒に染まり、色が消える。

貧血だろうか、目を細めれば段々と景色は戻って来る。

頭を打ったせいだろう、兎に角此処を離れなければならない。

あの軽戦車がまだ動ければ、自分を追ってくるだろう。

迎撃する手段、俺は自分の手足を眺めて思考を断念。

例え戦える手段があっても、体が持たない。

既に膝は笑い、腕など持ち上げる事すら億劫だった。

早急に此処を離れなければ。

 

 痛みに悲鳴を上げる体に鞭打って、ゆっくりと移動を開始した所で。

 

「……将軍か?」

 

 声がした。

とても聞き覚えのある、暖かい声。

思わず振り返り、その姿を視界に収める。

自分と同じ位、いやもう少し大きいだろうか。

身長百八十から百九十の間程、換装した重戦車の主砲。

黒く長い髪、そして包帯で覆われている筈の目は今はしっかりと開かれていて。

 

「……!?」

 

 息が詰まった。

歓喜、後悔、安堵、強い様々な感情が渦巻く。

 

「……笹津将臣」

 

 ホリの声で俺の名を呼ぶ。

いや、彼女はホリだろう。

外見は全く同じ、もはや差異など存在しない。

唯一その目は包帯を巻いておらず、綺麗な青色の瞳を覗かせているが。

 

 だが、何故彼女が此処に居るのだろうか。

冷静な頭の一部分が疑問を叫ぶ。

此処は陸上孅車の襲撃を受けている、防衛部隊として派遣された?

自分がどれだけ寝ていたかも分からない状況、だが何故目が治って……。

 

そこで俺は一つの予想に辿り着いた。

 

 俺が視線を向けたのは、自分の腕や足。

青白く光る偽の四肢。

人間である自分が欠損した部位を補完した、であるならば。

 

 

 

ー 彼女達もまた、此処で欠損を補完したのではないか?

 

 

 

 あり得る話だった。

何故かは知らないが、自分の義手、義足は陸上孅車に通用する。

元々コレは欠損した戦車に接続する為に作られたものではないのか?

憶測は目の前のホリを見る事で確信へ、そして俺は自分の体がボロボロであるにも関わらず、ホリへ向かって駆けだした。

 

「ッ!?」

 

 一瞬、目の前のホリが面食らったように硬直し身構えるが、俺の正面からの抱擁を避けるような事は無かった。

 

「っ、えっ、何……?」

 

「っは……ぅ……っ」

 

 良かった。

自分の心境を表すならばこの一言だろう。

相楽基地の事は覚えている、そして自分が主砲を受け負傷した事も。

そして彼女達が気掛かりだった。

あえて考える事はしなかったが、もしあの基地と共に消えてしまっていたら、戦死してしまっていたら。

自分は一生後悔していただろう。

また大切な存在を失う所だった。

もうあんな思いはしたくない、失いたくない。

 

 良かった、本当に良かった。

その思いは瞳から溢れる涙で表現される、ぽたりぽたりと、滴がホリの肩にシミを作っていく。

 

「……泣いて、いるのか?」

 

 俺の抱擁を棒立ちで受けるホリ。

そのどこか不遜な言葉遣いは、基地に居たホリとは程遠いものだが、何故か安心できる暖かさを持っていた。

彼女と同じだ、本質は何処も変わらない。

 

 彼女達が無事だった事も喜ばしい。

だがそれよりも、彼女達が完全になった、欠損を補完出来た事が何よりも喜ばしかった。

コンプレックス、トラウマ、そういった負の象徴でしか無かった欠損の補完。

それが叶ったのだ。

これ程嬉しい事も無いだろう。

 

「………ぅ」

 

 ホリは大人しく抱擁を受け続けている。

だがどこか居心地の悪そうな、視線を泳がせては熱い吐息を吐き出していた。

そこで俺は我に返る。

そうだ、此処は戦場なのだ。

無事を喜び合うのは、生き残ってからでなければならない。

俺はホリから体をそっと離す。

すると、どこかホッとしたような、しかしもの欲しそうな表情をするホリ。

そのホリの目の前で、俺は自分の喉を曝け出して指さした。

 

「……? 一体、どういう」

 

 ホリが首を傾げると同時、はっと表情を強張らせる。

縦に残った傷跡、そこから察せられる障害。

 

「声が、出せないのか?」

 

 俺はそれに対し強く頷き、だが気にするなと柔らかく微笑む。

不思議なものでホリと合流した俺は、どこか心に余裕が出来ていた。

痛みも大分和らいだ、そして何より今は体の底から湧き出る力強い何かを感じる。

現在の状況などをホリに聞きたいが、廊下の中央で棒立ちなど敵に撃って下さいと言っている様なモノだ。

 

 身振り手振りで行く先を指さし、彼女の手を取る。

突然の行動にホリの表情が驚きに染まったが、振りほどかれる事は無かった。

そのままホリを連れて近くの部屋へ、そして扉を静かに閉める。

 

「……何故、この様な場所へ?」

 

 ホリがやや強張った表情で問うてくるが、俺は答える声を持たない。

仕方なく周囲を見渡すと、恐らく会議室なのだろう。

壁にホワイトボードが掛かり黒いペンも置いてあった。

徐にそれを手に取ってホワイトボードに文字を書く。

静謐な空間にキュッキュとホワイトボードに書き込む音だけが響く。

 

『あんな場所で接敵したら拙いだろう』

 

「……敵って」

 

 何とも言えない表情をするホリ。

陸上孅車の恐ろしさは自分が一番身に染みている、いや、或は目が見える事でホリは自信を取り戻した。

悪く言えば慢心しているのかもしれない。

俺はその事を指摘するべく、ホワイトボードに書き加える。

ホリはそれを黙って見ていた。

 

『陸上孅車は恐ろしく強い、それは知っているだろう』

 

 そう書くと、ホリは唇を結んで黙り込んでしまった。

更には俯き、沈黙を貫く。

或は反省しているのかもしれない。

垂れた髪で表情を見えないが、肩が震えていた。

三十秒程だろうか、少しだけ心配して怒らせてしまっただろうかと思い始めたとき、ホリがふと顔を上げた。

てっきり不機嫌そうな顔か、或は怒りに歪んだ顔を見る事になると思っていたが。

しかし再度顔を上げたホリが見せた表情はどこか柔らかいモノだった。

 

「……そうだな、気を付けよう」

 

 そう言って微笑むホリ。

俺はその事に胸を撫でおろしつつ、ホワイトボードにペンを走らせる。

今、一番知りたい事。

それを文字にして表現する。

 

『ホリ、今の状況を教えてくれないか』

 

 そして書き殴るのは自分が先ほど覚醒したばかりである事。

此処が何処かも分からない。

相楽基地が堕ちた後の記憶が曖昧である事。

それらを綴る内に、ホリは真剣な表情で考え込んでいた。

一通り自分の状況を説明し終えると、ホリは頷き口を開く。

 

「笹津将臣……いや、将臣、貴方の状態は分かった」

 

 名前を言い直し、凛々しい表情で答えるホリ。

その表情は相楽基地に居た頃とは別人の様。

恐らく目が見えるかどうかだろう、目力と言うのはここまで印象を変えるのかと思った。

 

「今から話そう、相楽基地陥落から今までの事を」

 

 




 今回の話はかなり力を込めました。
もう文字数でそれが分かる筈……私はもう燃え尽きそうです…。



 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。