戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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狂気の始まり

 

 

 

ー 旧福島 伊達基地 

笹津将臣大佐 MIA(Missing In Action)判定 から3時間後

 

 

 白い牢獄。

簡素な椅子が規則正しく並び、武骨な鉄製の扉があるだけの殺風景な部屋。

それ以外には事務処理用のデスクと天井にぶら下がる電球、たったそれだけ。

元々は空き部屋だったと聞く、あまり掃除の行き届いていない古い部屋には所々埃が積もっていた。

仄かに薄暗いオレンジ色が部屋を照らしている。

その下に居るのは、私を入れて五人。

正確に言うならば一人と四体か。

だがその表情は一様に暗く、ここ数時間同じ様子しか見せて居ない。

 

 今の私の心境を表現するのならば「最悪」の一言で事足りた。

この状況以上に事態が悪化する事は無い、故に最も悪い。

 

 旧北海道前線基地のひとつ、相楽基地から撤退して来た四体の戦車。

確かハク、チハ、トク、ホリと呼ばれていた。

先の戦闘で負傷したのか内三体はそれぞれ欠損を抱えており、受け入れ先であった伊達基地の将軍も僅かに顔を顰めていた。

敵陸上孅車の追撃を受けながらも遅滞防御を繰り返し、計47名の基地人員を無事伊達基地までたどり着かせた。

四体の戦車は損傷が激しく、弾薬が切れなかった事だけが幸いだった。

中破が一、大破が三。

何でもトクと呼ばれる戦車はこれまでの被弾率が一割を切る程の回避率だったらしい、その戦車が被弾する程の激戦。

辿り着いた兵も皆疲弊し、伊達基地に到着した後でも傷が深く助からなかった隊員も居る。

だが、何よりも戦車が撃破されなかった事が最も喜ばしかった。

 

 詳しくは聞いていないが腕は確かとの報告がある。

先の相楽基地撤退戦では十体余りの敵性戦車を撃退したとの事。

内撃破確実が七体、大破撤退が三体。

小隊の戦果としては非常に優れている、こちらも相応の被害は被っているが防衛戦でこれだけ敵戦力を削れたのは僥倖だろう。

司令官である将軍の指揮を無しに奮戦した彼女たちを伊達基地は暖かく迎えた。

補給も満足に受けられない前線基地の現状を後衛基地である伊達基地は知っていた。

故に今まで前線を支えてくれた基地の面子に、伊達基地の人員は協力的だったのだ。

だが彼女たちは伊達基地に収容されてから言葉一つ零さず、何かを待つように粛々と待機室で座していた。

最初はそれを、基地陥落による責任を感じている、或は司令官を守り切れなかった自責の念に駆られているから、何て皆が思っていた。

しかし、それは違った。

 

「笹津将臣少佐、MIA(Missing In Action)です」

 

 伊達基地の通信兵から齎された報告。

それは相楽基地司令官のロストを知らせるものだった。

 

 旧北海道相楽基地をUAVで偵察した所、基地外周から十二キロ離れた場所で輸送車の残骸が発見されたらしい。

大破炎上した痕跡があり、中に居た隊員は砲撃を受けた際に即死したか、或は焼け死んだ。

確認出来た死体の数は三人分。

死体は顔が識別できない程に焼け焦げているか、バラバラになっているか。

しかし輸送車で基地を脱出したと言う事実は相楽基地の隊員によって証言されている為、UAVによる周囲の探索が僅かな時間行われた。

結果、輸送車から一キロ離れた位置に横たわった死体を発見。

右腕を失い、恐らく出血多量によって死亡したと思われる比較的綺麗な死体。

輸送車の二人に加え三人目となる死体だったが、その場所から不自然な血痕が確認された。

上空からでも分かるほどに地面に続く大量の血の跡、だがそれは途中で途切れており行き先は不明。

その後もロストポジションを中心に周囲の探索を行うが、敵偵察機によってUAVが補足され捜査は断念。

笹津将臣少佐はMIA(Missing In Action)となった。

そして旧北海道を中心とした旧岩手、旧秋田の中ほどまで敵は侵攻していた為、仮に生き延びていたとしても救出は困難。

そのMIA(Missing In Action)KIA(Killed in action)に変わるのに然して時間が掛からないと理解するのは容易だった。

 

 だからだろうか。

報告を聞いた四体の戦車が、先ほどまでずっと強張った表情だったのが、さっと。

青色を通り越して白く、幽鬼の様な表情で固まってしまったのは。

 

 その後の彼女らは、見ている者全てに悪寒を抱かせるような、そんな状態だった。

 

「将臣さん、将臣さん、将臣さん、どうして居なくなってしまったんですか、私がいけない子だからですか、すみません力が無くて役立たずで、でも将臣さんが居てくれないと私何も出来ないんです、お願いです戻って来て下さい、もうわがまま言いませんから、ご褒美下さいとか言いませんから、添い寝もナデナデも要りません、将臣さんの傍に置いてくれとも言いません、将臣さんが望むなら何でもします、私何度でも戦いますから、補給が無くても修理出来なくても構いません、囮でも何でも、だからお願いします見捨てないで、私を置いていかないで、お願いします将臣さんお願いします将臣さんお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします」

 

 部屋の片隅で膝を抱え、ぶつぶつと濁った瞳のまま呟くハクと呼ばれる戦車。

お願いしますと狂った様に口にする彼女は小さい体も相まって非常に危うく見える。

そしてそれは何もハクだけでは無い。

 

「……………」

 

 チハと呼ばれた戦車は、事務処理用のデスクの上でじっと地図を睨めつけていた。

それはボロボロに擦り切れた日本地図、その上を充血した目でじっと見つめ続けている。

何を考えているのか、それは分からない。

だが一心不乱に地図を眺め、時折ぐっと唇を噛む様子は鬼気迫る何かがあり誰も近付けずに居る。

旧北海道と旧福島の上を何度も指でなぞっては顔を顰める。

それを既に何時間も繰り返していた。

 

 私は監視者としてこの場に居る、笹津将臣少佐のMIA(Missing In Action)を聞いてからおかしくなった彼女たちを見張る為に。

敵性勢力は依然旧岩手、旧秋田から足を進めてはいないが、もし進軍して来た場合この伊達基地も戦列に加わる事になるだろう。

その時に彼女たちの力が必要なのだ。

故に、この四体をこの部屋に留める。

陸上孅車が動き出すという報告が上がるまで。

それが私に通達された任務。

だが、それを達成できるかは正直怪しい。

ちらりとハクとチハの二人から視線を横に流せば、ホリとトクと呼ばれる戦車が目に入る。

ホリと呼ばれる大型の戦車は、背を壁に預けて俯いたまま。

もう一人のトクはぼうっと天井を見上げて、何事かを呟く。

だがそれは余りにも小さく、聞き取れない。

 

 チハとハクが『動』とするならば、この二人は『静』

何か狂気に呑まれた様に動く相手も不気味だが、身動ぎもせずにじっとしていると言うのも不気味だ。

総じて言うのならば皆が皆、狂っている。

そうとしか言えないのが現状だった。

故に最悪。

それにこの戦車達に戦えと今言った所で、戦闘に臨んで貰えるとは微塵も思えなかった。

その状態をどうにかしろと武藤中佐に言われたのがほんの一時間前。

中佐殿も中々無理を仰ると皮肉るものの、事態は好転しない。

取り敢えず一番小柄なハクならば子どもに接する様に話せばどうにかなるだろうか、なんて淡い希望を持ちつつ近付く。

膝を抱えてブツブツと呟き続ける存在に接近するのは非常に躊躇われるが、私とて腐っても軍人。

なけなしの精神力を振り絞りつつ、「あの」と声を掛ける。

しかし其処から先はどうすれば良いのかと僅かに悩みつつ、ネガティブな言葉は投げかけない方が良いと無難な判断。

ここは正攻法で「元気を出して下さい、そんな様子では貴方達の司令が浮かばれません」と口にした。

 

 途端、先ほどまでブツブツと呟いていた口が止まる。

そしてゆっくりと、緩慢な動作で持ち上がる頭。

その濁った瞳が私を捉え、思わず背けたくなる顔を何とか気合いで留めた。

目の下には泣き腫らした痕、病人の様に青白い顔色、戦車は頑丈さが取り柄とも言うが司令官の死でこれほどまでに衰弱するか。

余程『笹津将臣』と呼ばれる男は彼女たちに好かれていたのだろう。

 

「………将臣さんが、浮かばれない?」

 

 たどたどしくも私の言葉に返事が来る。

その事に手応えを感じた私は、ありもしない元気を顔に張り付けて「えぇ」と頷いた。

 

「貴方がその様子では、勇敢にも戦場に立ち戦った将軍が報われません、彼の死に報いる為にも今は……」

 

「何を言っているんですか」

 

 途中、私の言葉を遮る様にハクが言う。

さも当然の様に、まるで何か不思議な事を聞いたと言わんばかりに。

首を傾げ、瞳孔の開いた瞳で私を見つめ。

 

「将臣さんは死んでいませんよ?」

 

 当たり前の様にそう言った。

 

「一体何を」

 

 笹津将臣少佐は死んでいる。

いや、仮に生きていたとしても捜索は打ち切られ、敵の勢力下にある場所で生き残れる確率は少ない。

ただでさえ重傷を負っていたと言うのだ。

殆どゼロと言って良い。

それが分からない筈がない。

 

 若しや、まだそれが認められないのかと。

幼い心は親しい人の死を受け入れられないのかもしれない、そう思い、幼子に言い聞かせるように私は言う。

 

「……良いですか、もう笹津将臣将軍はKIA、つまり死亡判定が出ているんです、生きていても旧北海道は敵に」

 

「将臣さんは生きていますよ、何を言っているんですか」

 

 それで、今は私に愛想を尽かせて出て行っちゃったんです。

そう淀みなく口にする彼女は、まるで確信しているとばかりに頷く。

 

「そうです、そう……私が不甲斐ないから、私が弱いから、だから将臣さんは居なくなっちゃったんです」

 

 何度も、何度も頷いて彼女は繰り返し口を開く。

まるで壊れた人形の様に、見つめる私の背筋にピリッとした寒さが走る。

それからゆっくりとこちらを覗き込むと、開き切った瞳の向こう側に闇があった。

 

 あの、貴方にも考えて欲しいんですけど。

 

 

「どしたら将臣さん、帰ってきますか?」

 

 

「っ……!」

 

 それは一種の警告だったと思う。

脳が理解するのを拒絶するかの様に、全身にひやりとした感覚が走る。

それでいて正面を向いてた顔は、耐えられないと横に逸れた。

見ていられない。

きっとその瞳を見続ければ、或は自分も何処か狂ってしまうのでは無いのか。

いや、きっと狂ってしまうだろう。

そう思える確信があった。

 

 そもそも前提が間違っていた。

重傷を負っていたとか、敵の勢力下だとか、KIA判定だとか。

きっと今の彼女には全て関係ないのだ。

言葉の節々からそれが感じられる、そう、それはつまり。

 

ー 笹津将臣という人間が、死ぬ筈が無い。

 

 良く耳を澄ませば、トクと呼ばれる戦車が呟く声が聞こえる。

それは笹津将臣が死んだという絶望を呪う言葉では無く。

 

「少佐は撤退中に襲撃にあった、私が護衛につかなかったからだ、無理にでも輸送車に搭乗するべきだった、私のミスだ、今少佐は何処に居るのだろう、基地周辺十キロ範囲で輸送車が撃破されたのだからそう遠くは無い筈、海岸沿い、或はどこかに身を隠しているのかしら、もう基地撤退から72時間も経過してるし、きっとお腹を空かせているわ、伊達基地の補給品から一杯食料を持っていきましょう、それに傷の手当ても、でもどうやって相楽基地周辺に行けば良いのかしら、制海権を取られているからボートは使えないし、やっぱり地下トンネルを利用するのが一番、でも撤退戦で一度使ってしまったし敵もトンネルの存在には薄々気付いているわよね、最悪防衛線を敷かれているかもしれない、そうなると陸路だけど偵察機が問題ね、迂回して山岳ルートを通りましょう、足は別に私達なら必要無いでしょうし、少佐にはベルトキットを着けて私が背負いましょう、負傷していたら体温も低下するでしょうし肌で温められて一石二鳥だわ、後は少佐の衣類、それから水も持って行って、少佐がお気に入りだった紅茶も持って行ったら喜んでくれるかしら?」

 

 死んだなんて微塵も考えていない、生きている前提で考えている。

良く考えれば事務処理用のデスクに噛り付くチハも、少佐を救う手立てを頭の中で考えているのかもしれない。

俯くホリは分からないが、総じて彼女達には共通しているモノがある。

自分の将軍が生きている、そう『思い込んでいる』

 

 正気じゃない。

既に少佐が消息を絶って三日、今の時刻を加味するならば80時間近くが経過している。

戦車の主砲、その至近弾を食らって重傷。

その傷で基地を撤退した将軍が襲撃に遭遇し、消息不明。

加えて消息を絶ってから80時間の経過、生きているとは思えない。

生き残り、命辛々撤退してきた前線基地の友軍からも、将軍を保護したと言う話は聞かない。

そもそも相楽基地周辺を撤退ルートにした部隊は居ないと聞く。

つまりは笹津将臣と言う人間の生存確率は限りなく絶望的なのだ。

それを理解出来ない筈が無い。

頭で理解していて、心で理解出来ないというのならばまだ分かる。

だが。

この四体は、頭でも生きていると思っている。 

その上でこう口にするのだ。

 

 私は無言でハクから距離を取る。

そして、この部屋の唯一の扉の前に陣取り、扉に背を預ける。

それから誰とも目を合わせない様に俯き、目を閉じた。

 

 私とて腐っても軍人。

 

 彼女達を此処に留める努力をしよう。

 

 だが、しかし。

 

「狂人の相手は、手に余る……っ」

 

 せめても抵抗に、私は脳内で中佐に蹴りを入れた。   

 

 

 

 

 

 将臣さんは私が悪い子だからきっと居なくなっちゃったんだ、だから私が良い子になればきっと帰って来てくれるよね……我が儘言わないで、もっともっと、将臣さんの為に、将臣さんだけに尽くそう、そうすればきっと……ッ!

 

 

 少佐、将臣は私の、私だけの、私だけのモノ……私が弱いから、将臣が他の戦車()に傷つけられる、私以外の匂いが付くのは不快、不愉快、不条理………待っていて少佐、ううん、将臣……今、私が守ってあげる。

 

 

 きっと少佐、今頃心細くなっている筈です、私が居なくてはきっと困っています、だから早くご飯と衣類、それに医療キットも届けて、それで私の体で温めてあげないと……少佐は私が居ないと駄目なんです、私が管理してあげないと……。

 

 

 将臣さん、将臣さん、辛いですよね悲しいですよね怖いですよね、あぁ今すぐ逢って慰めたい、私で包んであげたい、どうして将臣さんは私の前に居ないのだろう、そんなのおかしいですよ、私達はずっと一緒の筈なのに、そうあるべきなのに、だから逢いに行きます、もう少しだけ待っていて下さい。

 

 

 

 




書き始めてから気付いた事。
ヤンデレは好きな対象、或はその浮気相手に対してヤンデレを発揮する。
とても書き辛いシチュエーションでした……(´;ω;`)

 今まで遠慮してきた皆が一斉に動き出します。
それぞれの欲望を満たす為に……因みに今回はヤンデレ成分四十パーセントです。

 将臣と会ったらきっと九十パーセント(白目

 今回がヤンデレドロドロと言ったな!あれは嘘だ!

 ごめんなさいもっとヤンデレヤンデレしたかったのにどう書けば良いかわかりません許してください何でもしますから。

 本編でヤンデレするには大佐を呼んでくるしかない、いや、ホントに。
尚大佐を傷つけたeliteに対して思っている事↓




 将臣さんを傷つけたあの重戦車……あの戦車だけは、絶対に………殺します。

 
 あの重戦車、eliteとか言ってた奴、アイツが少佐に傷を付けた、もう二度と触れさせない、次会ったら確実に……潰す。


 敵の中でもeliteって言っていたあの重戦車、アレさえ居なければ少佐は……二度目は無いわ、あの重戦車だけは許さない。


 将臣さん、将臣さん、将臣さんを傷つけたのはアノ戦車、殺してから将臣さんに逢いに行きたい、そしたら褒めてくれますよね。


※ 今回、本編で笹津将臣《少佐》なのはまだ二階級特進が知らされていないからです。

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