戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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終焉の砲火

 何か、嫌な夢を見ていた気がした。

 

 視界は白く染まって体は鉛の様、体を起こそうとする気力も無く横たわったまま。

自分が何を見て、どうしているのかすら分からない。

だが酷く心地よい空間に居る事だけは分かって、そこから抜け出そうとすら思わなかった。 

何かが鼓膜を揺らすが、それが何であるか分からない。

誰かの声。

ピッピッピッと鳴る電子音。

それが唐突に終わる。

 

「死なないで、死んでは駄目、将臣さんッ!」

 

 誰かが叫ぶ声。

それが胸に一抹の焦燥感を生む。

 

「血圧低下しています!」

 

「挿管、急げっ!」

 

 何やら騒がしい。

胸を打っていた何かが、段々と弱くなるのを感じる。

すると、電子音が騒々しく喚いた。

 

アレスト(Arrest)! 心室細動(VF)っ!」

 

「チャージ、早くッ」

 

 誰かが私の胸に冷たいモノを押し当てる。

 

「クリア!」

 

「ショック!」

 

 強烈な衝撃が体を襲う、反動で台がギシリと鳴った。

大きく体が仰け反って、それを他人事の様に感じる。

電子音は未だ鳴り止まない。

近くに居た影が私の胸を強かに打つ、そんなに強くしないでくれ、揺れるじゃないか。

 

「……駄目だ、もう一度ッ!」

 

「チャージ、クリア!」

 

「ショックっ!」

 

 二度目の衝撃、先ほどと同じ様に体が跳ねる。

唐突に胸を打つ何かが再度動き始め、電子音が断続的に鳴り始めた。

暖かいが、何か冷たさの残るソレ。

 

「心拍回復……ですが、蘇生まで時間が掛かりすぎました、依然意識不明、昏睡状態!」

 

「将臣さんッ!」

 

「ハクっ、敵の重戦車が司令部を抜けた、もうこっちに来るッ、迎撃しないと少佐を守れない……っ!」

 

「嫌、駄目、離してっ! 将臣さっ……まさおみぃっ!」

 

 暖かい声が遠くなる、意識の片隅に残る声。

知っているハズなのに頭に浮かばない。

体が怠い、起きる気力が沸かない、視界は相変わらず不明瞭だ。

周囲が段々と騒がしくなり、地震でも起きているのか体が揺れる。

遠くから砲撃音が聞こえた気がした。

 

「陸上孅車が隔離装甲破壊ッ、医療ブロック侵入、戦闘班の足止めはもう持ちませんっ!」

 

「死んでも通すなッ、少佐を何としてでも脱出させろ!」

 

「二番から六番までの班が全滅ッ、技術開発班の一部が応戦、ですが敵は増える一方です!」

 

「重戦車二、中戦車三、軽戦車四……っ、伝令ッ、中央から連絡、神田基地陥落ッ! 増援が更に来ますッ!」

 

「そんなのこんだけ陸上孅車居りゃ分かんだろクソ中央がッ!」

 

「敵がこの基地に集結しています、時間を掛けると拙い……っ」

 

「おい、誰か少佐を担げっ、どっちにしろ此処に居たら死ぬぞッ!」

 

「先行するッ、伍長! ライフルをッ!」

 

 誰かが私の上体を起こして、そのまま肩に担ぐ。

一瞬だけ体に痛みが走ったが、すぐに消えて無くなった。

体に伝わる振動だけが淡々と続いて行く。

 

「一気に駆け抜けるぞ、確か第一倉庫に輸送車があったよな!?」

 

「予備車両か! 装軌車操縦持ってるやつは?」

 

「自分が持ってますッ!」

 

「分かった、兎に角陸上孅車だけは近づけるなよ!」

 

「了解! 出るぞ、タイミング合わせろ! 3、2、1!」

 

 叫び声、怒号、悲鳴、銃声、それらが同時に鼓膜を震わせる。

すぐ近くから閃光が瞬いて、乾いた銃声が連続で鳴り響いた。

 

「行けッ、行けぇッ!」

 

「援護しろっ、少佐を脱出させろッ!」

 

「走れぇッーー!」

 

 轟音、爆音、誰かが倒れる音、銃声、悲鳴、砲撃音、瓦礫が弾ける音。

 

「はぁ、はぁっ、はぁッ!」

 

 隣から聞こえる息遣い、心なしか酷く辛そうだ。

 

「先に行けッ、軍曹、グレネードをッ!」

 

「了解っ、地獄まで一緒しますよ少尉ッ!」

 

 爆音、血飛沫の音、呻き声、鉄臭い匂い、閃光。

 

「急げ、早くッ、こっちだ!」

 

「っ! 少佐の出血が酷い、急げ長くは持たないぞ!」

 

「分かってるッ! 乗せろ、早くッ!」

 

 金属を叩く音、金切声、跳弾の音、銃声。

 

「来やがったッ! 出せっ、俺は足止めする! 少佐を頼むッ!」

 

「中尉っ! あぁクソッ!」

 

「ハッチ開け、無線で全隊員に伝えろッ! 今から出る輸送車を死んでも基地の外に出せってッ!」

 

「了解ッ!」

 

「中央に救援要請! 手を動かせ!」

 

 体が何かに締め付けらえる感覚、小刻みな振動が体の下から感じられる。

何度かの衝撃の後、それは急激に加速した。

若干の浮遊感、慣れた感覚、車だろうかと頭の片隅で思考する。

見上げる視界、白く染まった世界の中で見えた灰色。

黒の混じった煙が、天高く聳え立っていた。

 

「こちら相楽基地、中央、聞こえますか!?」

 

 

「相楽基地陥落! 繰り返す、相楽基地陥落ッ!」

 

 

 

 

 

「堕ちろォッ!」

 

 獣の様な叫びを上げて主砲を放つ、その砲弾は陸上孅車の展開した装甲に着弾し爆炎を膨らませた。

それで倒せると思わず、続いて二射、三射と重ねる。

爆音が周囲に鳴り響き、閃光が視界を真っ白に染めていく。

だが砲撃音は私の所だけでなく、今や基地中から鳴り響いていた。

相楽基地に入り込んだ陸上孅車がそこら中で戦闘を行っているのだ、現在戦闘班と私達四体の戦車で抗戦しているが長くは持たないだろう。

そんな事は誰も分かっていたし、戦車である私達も理解していた。

だが、撤退は出来ない。

それは私達の背後に彼が居るから。

 

 七発目の砲弾が着弾し、熱を持った砲身が蒸気を発すると同時、爆炎が晴れて視界が明瞭になる。

其処には装甲を撃ち抜かれ無残にも粉々になった中戦車の姿。

私が仕留めた陸上孅車はコレで三体目だった。

単独の戦果であるならば大金星だ。

 

「はぁッ…はぁ……」

 

 だが無論、無傷とはいかない。

今や私の体は傷だらけで、腕に装備した展開装甲は無様に拉げボロボロになってしまっている。

何度も砲撃を防ぎ、反らした結果あと数度展開すれば鉄屑と成り果てるだろうと言う所まで消耗している。

そして正直、私の体力も限界に近い。

肩に装着した主砲も酷使した結果か、僅かに砲口が熱で歪んでいる気がする。

弾数も予備があるとは言え、十全とは言い難かった。

だがそれを精神力で持たせ、無理矢理体に力を入れる。

戦闘班が幾ら善戦した所で陸上孅車は倒せない、精々足を止めるのが精一杯。

だから私達戦車が戦わなければならないのだ。

 

「トク!」

 

 自分を呼ぶ声。

一瞬主砲が反応するが、立ち姿を見て仲間だと認識する。

 

「チハ……」

 

 自分に向かって駆けてくる戦友、その一人。

腕と肩に装備した主砲から蒸気を上げ、歪んだ装甲と穴だらけの装備を晒しながら走る。

そして私の傍まで来ると徐に口を開いた。

 

「少佐が輸送車で脱出する、突破口を開きたい」

 

「ッ! 少佐が……?」

 

 私が最後に少佐を見たのは、砲撃が鳴り響いた後、慌てて正面ゲートに駆け付けた時だ。

 

 持ち場を離れるのは拙いと分かっていたが、背後から鳴り響く破砕音は無視出来なかった。

そして速射砲の砲撃音が鳴り、爆音が連続して響き。

私が駆けつけた時、少佐は既に敵重戦車に捕らえられていた。

既にその体はボロボロで、夥しい量の出血をして。

自信満々に見せていたその装甲服は布きれと言って良い程にボロボロで。

私は頭が真っ白になった。

 

 それからの事を、良く覚えていない。

 

 その重戦車に向かって主砲を放ち、ホリと共に死にもの狂いで少佐を救った。

少佐をすぐ傍に寝かせ、立ちはだかる陸上孅車。

重戦車は馬鹿みたいに厚い装甲、化け物みたいな主砲を担いでいた。

一発貰えば中戦車の自分、いや例え重戦車のホリだろうと撃破するであろう火力。

正面から挑むのは自殺行為としか思えない相手。

だが退くという思考は、自分にもホリにも無かった。

避けて、反らして、砲撃して、何度地面を転がっても立ち上がり、他の全てを放って挑んだ。

途中、相楽基地に到着したホリとハクの装甲車が背後から猛スピードで重戦車に突撃。

重戦車が態勢を崩した瞬間に零距離砲撃を敢行し、吹き飛んだ拍子に少佐を掠め取る。

それで自分が傷つくとか、少佐に当たってしまったらとか、全く考え無しだった。

一秒でも早く重戦車の傍から少佐を離したかった。

 

 手の中にある少佐の命は酷く弱々しく、医療ブロックに向かって走る時は恐ろしかった。

いつ手の中にある命が消えてしまうか。

泣き喚きながら走り、医療ブロックに到着した時のメディックの顔。

それが絶望的で、縋るように少佐に泣き叫んだ。

それから半ば叩き出されるように医療ブロックを後にし、少佐を傷つけた陸上孅車を殺して回る。

胸に燻るのは怒り、悲しみ、憎しみ、後悔、色々な感情がごちゃ混ぜになっている。

それは今も変わらない。

 

「少佐は、少佐は無事なの!?」

 

 普段の自分からは想像も出来ない程、焦りを含んだ声色。

思わずチハの肩を掴んで揺さぶってしまう。

それでも彼女は努めて冷静に、「えぇ、無事」と答えてくれた。

 

「でも出血が酷い、多分内臓もやられてる、急がないと危ない」

 

「っ、じゃあ急いで少佐を……!」

 

「分かってる、ハクとホリが正門で陸上孅車の目を集めてるから、今の内に」

 

「えぇ!」

 

 チハと共に裏門近くにある第一倉庫に向かう。

この周辺には予備の車両や弾薬、備品が保管されており少佐も予備車両の一台で基地を脱出するらしい。

私とチハが倉庫出入り口に着いた時、既に戦闘班が脱出路を確保する為に奮闘していた。

目視出来る限り、軽戦車が二体、中戦車が一体。

私達に気付いた軽戦車が一体、戦闘班に向けていた主砲をこちらに向ける。

だがそうはさせまいと、近くに居た戦闘班隊員がライフルを投げ捨て戦車に組み付いた。

突然の行動に軽戦車の照準がズレる。

そして私たちの事を人間が持ち上げられる様に、それは陸上孅車にも適応される。

 

「早くッ、早く撃てぇッ!」

 

 首に抱き着くように、兵士は手で陸上孅車の視界を覆いながら叫ぶ。

逡巡、だがその時間は一秒にも満たない。

隣に居たチハが主砲を構え、容赦なく砲撃、狙いは顔面。

装甲も何も無い軽戦車は唸りを上げる砲弾を真正面から受け入れ、首から上が消失する。

同時に密着していた兵士は衝撃に宙を舞って、地面に強く打ち付けられた。

肉を打つ音が響き、装備が騒々しく金切り声を上げる。

 

 そしてその兵士が起き上がる事は無く、ゆっくりと血が流れだした。

 

「トク!」

 

 チハの声で目が覚める。

僅かに硬直した体に喝を入れ、心に燻った罪悪感を塗り消す。

優先順位を間違えてはいけない。

私は狙いを定めていた主砲を別の目標にスライドさせ、間髪入れず砲撃した。

だが、こちらに気付いた軽戦車と中戦車は戦闘班には目もくれず装甲を展開、そこから覗くように瞳をギラリと光らせる。

砲弾は展開した装甲の上に着弾し、凹みと表面を焦がすだけ。

だが私の主砲は重戦車にこそ劣るものの、それなりの火力を誇る。

中戦車に飛来した砲弾は大きな爆音を鳴り響かせ、その展開装甲の右半分を食い破った。

相手も負けじと主砲を撃ち、軽戦車の放ったそれを腕に装備した展開装甲で反らす。

火花が散ってバキリと手元から嫌な音が鳴り響く、展開装甲の展開部位が悲鳴を上げ、装甲板が甲高い音と共に地面に落下した。

チハは紙一重で中戦車の砲撃を躱し、肉薄する。

 

「グレネード!」

 

 戦闘班の隊員が障害物越しに手榴弾を投げ入れ、小さな爆発が巻き起こる。

それから一拍置いて「RPG!」と言う叫び、肩にRPG-7を担いだ隊員が中戦車に向けて発射。

白い噴射煙と共に炎を噴き出して弾頭が着弾。

爆炎が中戦車を覆った。

 

「行けぇッ!」

 

 そして六人の隊員が土嚢を乗り越え、走り出す。

 

 だが二度目は無いとばかりに、中戦車が肩に装備した主砲を一発。

火を噴いた火砲は走る隊員の足元に命中し、二人の隊員が宙を舞った。

だが、吹き飛ぶ仲間にも目をくれず、隊員達は陸上孅車に飛び掛かる。

 

「香夏子の仇だっ、地獄まで一緒に来てもらうぜ化け物ォッ!!」

 

 内軽戦車に取り付いた一人がスイッチの様なモノを掲げる。

見ればその隊員は体の彼方此方にボックスC4爆弾を差し込んでいた。

それを見た、軽戦車に組み付くもう一人の隊員が嗤う。

恐怖に引きつる顔を、必死に誤魔化すような、無理やり鼓舞する様な酷い顔だ。

それでも口から吐き出す声に力は籠る。

 

「曹長、三島曹長ォ! ようやく念願叶いましたなぁッ! お供しますッ、どこまでもぉッ!」

 

「北村上等兵! 向こうで酒でも奢ってやるッ!」

 

 軽戦車の前後を挟むように組み付き、軽戦車が前に組み付いた隊員に拳を振るう。

それが頬を直撃し、ぐりんと、首が一周。

首の骨が折れた、そのままあり得ない角度で垂れ下がる首。

だがそれでも隊員が軽戦車を離す事は無かった。

そして背に組み付いた隊員がスイッチを握り締め、爆破。

重戦車の砲撃に近い爆音が鳴り響き、赤い色が飛び散る。

それが軽戦車に降りかかり、臓物が顔に付着し飛び散った脳髄が目を塞いだ。

 

 砲撃音が鳴り響き、軽戦車の顔面が弾け飛ぶ。

私の砲弾は狙いを外さず、軽戦車を一撃の元に葬り去った。

 

 そして中戦車は次々と組みかかる戦闘班を振りほどく中、背後からチハに砲撃され、後頭部を撃ち抜かれる。

中戦車の拳を受けた隊員が地面を転がり、屍を晒す。

 

 計九人

 

 人間を九人犠牲にして、軽戦車二、中戦車一を撃破した。

上出来だ。

上出来過ぎる。

 

「少佐が出ます! 注意をッ!」

 

 恐らく技術班だろう、戦闘班の着込んだ防爆スーツより大分薄手のボディアーマーを装備した兵士が叫ぶ。

それから数秒後、第一倉庫のゲートが開かれ中から一両の輸送車が飛び出して来た。

少佐を乗せた車両だ、同時に中から数体の陸上孅車が姿を見せる。

 

「行かせるかッ……!」

 

 チハが叫び、陸上孅車に向かって走り出す。

私も主砲を構え、間髪入れた砲撃を入れた。

砲撃は一番前に突出していた重戦車に直撃するが、片腕を捥ぎ取るだけに留まる。

陸上孅車が戦車の存在に気付き、一斉に主砲を向け、砲弾が殺到する。

それらを躱し、反らし、お返しとばかりに砲撃。

腕の装甲が遂に全壊し破片となって砕けるが、構わない。

 

 僅かに視線を反らし、走り去る輸送車を目で追う。

そして心の中で懇願した。

どうか無事で居て下さい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― 十月二日午後五時二十三分

 

 中央に相楽基地陥落の知らせが届く。

北海道前線に存在した三つの基地は僅か一日足らずで陥落し、続く後続の三田基地、矢次基地も多数の陸上孅車の攻撃を受けて壊滅した。

 

 そして最悪は続く。

 

 旧北海道戦線崩壊の報に続き、旧九州戦線崩壊。

その二日後、旧四国陥落の知らせが中央に届いた。

事実上の全前線基地陥落。

 

 中央は三方向同時防衛を余儀なくされる。

 

 

 

― そして、十月五日

 

 旧福島 伊達基地まで撤退したハク、トク、チハ、ホリが聞いた知らせ。

 

 

 それは MIA(作戦行動、戦闘中行方不明)となった笹津将臣少佐の存在だった。

 

 







 という訳で少佐DEAD END と相成りました!
 
 今作はこの話を持って完結となります!

 ご愛読ありがとうございました!






























 冗談です、ごめんなさい、まだ続きます。m(__)m

 いや、全くもってどうしてこうなった。
少佐死にかけてるよ、もうボロボロだよ。
というか今回、戦車よりも一般兵士の描写が多くてホントもうどうしてこうなった。

 なんかもう行き当たりばったりですみません、許してください、何でもしますから。

 ヤンデレ、ヤンデレを書きたいんだ私は
こう血沸き肉躍るヤンデレヤンデレした話を……

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