戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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未熟

 

「トク」

 

 ぼうっとした頭で、その声を聞いた気がした。

ホリの声だ、扉の閉まる音と足音。

トクの足を枕に横たわる私は微睡(まどろみ)の中で耳を澄ませる。

 

「ホリ」

 

 頭上から声がする。

私の頭をゆっくりと撫でるトク。

柔らかい手は私の髪を一本一本梳かすような丁寧な仕草だった。

ゆっくりと、本当にゆっくりとだが意識が覚醒してくる。

 

 ここは何処だ?

 

 そう考えて、風呂場で溺死しかけた事を思い出す。

そしてトクに介抱されたのだと。

また眠ってしまったのか。

そう思うが、先ほどよりはずっと意識がはっきりしていた。

頭の中を覆っていた靄が晴れて、ずっと視野が広くなった。

トクから貰った薬の効果だろうか。

 

 兎に角、起きたからには退かねばならない。

 

 そう思って体を動かそうとしても、泥の中に居るかの様に怠い。

金縛りにでもあった状態に、少々冷汗が流れる。

金縛り、確か脳が覚醒して、体が休息を求めると陥るのだったか。

まさに自分の状態だった。

薬で頭は冴えたのだろう、だが体は未だ休息を必要としていたのだ。

頭だけ冴えても、あまり意味は無い。

 

「トク、狡いですよ」

 

 拗ねる様な口調、自分の体と対話していた私の意識は自然とそちらに向いた。

ホリが居るのだろう、だが目は閉じているので視界に彼女は映らない。

 

「何が狡いの?」

 

 トクの声がすぐ近くから聞こえる。

狡いとは一体何のことなのか、私は動けない体で会話を聞いていた。

 

「成果、掠め取りました」

 

 成果?

頭に疑問符を浮かべるが、トクは意味を理解しているのか「ふふっ」と笑った。

何か、自分の与(あずか)り知らぬ話のようだ。

それから、私の頬にトクの手が触れた。

 

「少しでも目を離した貴方が悪いわ」

 

 そう言って何か、額に暖かいものが触れた。

何をしているのだろうか。

同時に、サラサラとした感触が鼻先を擽(くすぐ)る。 

少しして、「チュッ」と言うリップ音が響いた。

流石に、理解する。

 

「……狡いです」

 

「羨ましいの間違いじゃなくて?」

 

 苦々しい声と、どこか勝ち誇った様な上擦った声。

嫌な静寂が部屋を支配し、ふとため息が一つ。

真上から聞こえてきた音ではない、恐らくホリだ。

 

「私にも……キス、させて下さい」

 

「嫌よ、減るもの」

 

 トクがそういうと、少しだけ拗ねた声でホリが言った。

 

「……やっぱり狡いです」

 

 唇ではないから、安心なさい。

そういうトクは一体どういうつもりなのか。

彼女なりの愛情表現なのだろうかと考える。

単純な好意ならば受け取っておこうと、私は深く考えることをやめた。

 

「やっぱり、少佐の寝顔は飽きないわね」

 

 トクが艶めかしい声で、そんな事を言う。

少し逡巡する様な空気、それから一拍置いてホリの声が聞こえた。

 

「………羨ましい」

 

 呟く程の、小さな声量だった。

 

「私の目が見えればと何度も思いました、最近では落ち着いて来たと思っていたのですけど……将臣さんと出会ってからは少し、またそう思い始めました」

 

 彼女たちの修理等は全て妖精さん達が行う。

いや、恐らくと言う但し書きではあるが。

私達には認識出来ない存在が、彼女たちが休息している内に行うのだ。

寝ている間に傷が治る、それは「戦車だから」と済ませられる事ではない。

艦娘は入渠と言う風呂で修理を行っていた、しかし海軍時代の入渠システムは形骸化し、その残骸が残っているだけの現代ではすでに高速修復剤や人間の手で修理する術は失われている。

欠損を治すことは、例え艦娘、戦車であっても不可能だった。

 

「隊の足を引っ張り、碌に砲撃を当てる事も出来ない、日常生活も一人ではままならない、そんな目の見えない自分が嫌いでした」

 

 それは、ホリから打ち明けられる負の感情。

初めて、彼女の裏を見たような気がした。

思えば、私は彼女に何か過去を振り切れる様な事を言っただろうかと考える。

彼女たちは前将軍に不当な扱いを受けていた。

自分はその扱いを、容認出来なかった。

 

 それ以外は?

 

 彼女たちはそれぞれの理由から欠損を抱えている。

必要とされるか、否か、それが彼女たちの根幹。

そして同時に思い出す、この基地に来たばかりの時、顔を青白くしていた彼女たちを。

 

「自分のこの目が憎らしい、失った光を取り戻したい、その為に精一杯の努力をしました、けれど将軍は私を欠陥品と言う………いっその事、戦死すれば楽なのかとすら思いましたよ」

 

 四肢に力が籠った。

死んだ肉体に喝が入る、筋肉が筋張って意識が一気に浮上した。

精神を支配するのは、焦燥。

意思が何だ、肉体が何だ、疲労が何だ。

ここで何も言わず横になるだけが、ここに居る理由か。

違うだろう。

ここで何も言わなければ、彼女はきっと傷つく。

 

 そんな事は無い。

 

 それはホリが傷つく事ではない。

 

 そう言ってやりたかった。

 

 是が非でも起き上がれ、何が何でも口を開け。

 

 ピクリと、僅かに指先が動いたと同時、トクがそっと私の口を塞いだ。

それはとても静かな動作で、ホリには気付かれていないだろう。

私はその動作に一瞬驚きを覚え、疑問に思った。

 

 トク?

 

 結局、私が声を上げる前にホリは「でも」と続きを口にした。

 

「将臣さんと出会ってから変わりました、私は将臣さんの手の温もりが好き、目が見えないからこそ、その温もりに気付けました」

 

 初めて、自分の目が見えない事を嬉しいと感じたんです。

 

 そう言う、彼女の表情は見えない。

うっすらと瞼を押し上げると、僅かに強い蛍光灯の光が飛び込んでくる。

白くぼやけて見える世界、それをそっとズラせばほほ笑んでいるホリの顔が見えた。

相も変わらず、目に巻かれた包帯が負傷兵の様に彼女を映す。

だがその笑みは、とても凛とした、強い女性のソレに見えた。

 

 視線を戻すと、トクと視線が交わる。

彼女は少しだけ笑って、指先を唇に当てた。

「静かに」のジェスチャー。

 

「でも今は、目の見えるトクさんが羨ましいです」

 

 茶化す様にそう言うホリは、恥ずかしそうに俯きながら「私は多分、生涯将臣さんの顔を見る事は叶いませんから」と言った。

それをトクは、悲しそうな、しかし同時に嬉しそうな顔で見つめていた。

そしてホリに向かって口を開く、「私も、貴方が羨ましい」と。

 

 トクが手を添えたのは、自分の右足。

義足となった金属の塊。

私の後頭部は彼女の膝枕によって支えられている。

だが、一つ寝返りをうてば彼女の冷たい金属面に触れる事だろう。

太ももから下全て、関節含め義足なのだ。

片方からは人の温もりを感じる、だがもう片方は。

 

「私は、少佐の温もりを半分しか感じる事が出来ない」

 

 そう言って、悲しそうに微笑んだ。

 

「こんな欠損を持ってから、持っているからこそ、きっと私たちは誰よりも必死にならなくてはならないの」

 

 トクの手が私の髪を撫でる。

それからゆっくりと頬に下りてきて、そのまま首筋へ。

それは愛撫と言うべきか、背筋がゾクリとする様に熱のこもった手つきだった。

真上にある、トクの瞳を見つめる。

どこか暗い深淵の様な色、だがその奥では炎の様な強い意志が揺らいでいた。

決して消えない、強い意志が。

 

「そうでしょう、ホリ?」

 

 私を覗き込んでいた顔を上げ、ホリに問いかける。

 

「……そうですね、トク」

 

 それに対し、彼女はゆっくりと頷いた。

 

 

 自分は、何が出来るのだろうか。

 

 トクとホリのやり取りを聞いていた私は自分に問う。

彼女達が必要だ、他でもない彼女達が。

それは今までで十二分に伝えてきた筈だった。

しかしそれは、戦車としての彼女達。

 

 その欠損について、私は深く考えて来なかった。

同時に、触れても来なかったのだ。

一人一人が抱える強い心の傷に。

それは本来、自分が取り除くべき傷。

この笹津将臣が癒すべき傷だった。

 

 それを改めて気付かされる。

きっと、他の皆もそうなのだろう。

何かしら、思うことがある筈だ。

それに気付かなかった。

 

 自分の未熟を悟り、誰にも気付かれない様、少しだけ強く息を吐き出す。

自分への怒りや情けなさ、後悔なども一息に吐き出して。

 

 もっと、彼女達を知ろう。

もっと、もっと。

自分は、知らなければならない。

 

 そう、固く誓った。

 

 

 

 これは、達子基地陥落を知らせる報が届く一時間前の出来事。

 

 

 




 意識だけはっきりして、体が動かない薬……一体何に使う気だったのでしょうかね?(意味深

 ほら、昔少佐とくんずほぐれつな展開とか云々とか言っていた気が…これホリ来なかったら絶対性的な意味でトクに美味しく食べられ(ry
 若しくはトクが何らかの形で退場して、ホリに食べられ(ry
 

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