戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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介抱

「っ‥‥はっ」

 

 暑苦しさから、目が覚めた。

一番最初に目に入ったのは、白い天井。

僅かにシミのある天井は、見覚えの無い天井。

湿ったシーツに、寝汗だろうか。

頬を流れる汗を拭って、息を吐き出した。

 

「‥‥此処は」

 

「お目覚めですか」

 

 頭上から声が聞こえる。

天井から更に見上げるように視界をズラせば、反転したトクの顔が見えた。

徐々にぼやけた輪郭がハッキリし、靄の掛かった視界が晴れる。

その顔が、予想以上に近い場所にある事に驚き、思考が一気にクリアとなった。

垂れた髪が、僅かに私の鼻先に触れる。

 

「トク‥‥?」

 

「はい」

 

 鈍った頭の回転数が回復し、現状を理解し始める。

それから、何故こんなに彼女が近くにあるのか。

ふと、枕が異様に暖かい事に気付き、トクの位置から後頭部にある柔らかい感触は、彼女の膝であると分かった。

これは、そう。

所謂、膝枕と言う状況では無いだろうか。

それを理解した途端、頬に熱が籠る。

 

「少佐は入渠場で危うく溺死する所でした、私が訓練を終えて入渠場に行った時には湯に浸かったまま意識を無くしていて‥‥」

 

「‥そうか、それは‥‥すまなかった」

 

 どうやら、あの眠気は相当なモノだったらしい。

湯に浸かりながら眠りこけるなど。

妙に湿ったシーツは、全て風呂上りだからなのだろう。

私は状況を理解すると、起き上がろうと上体を起こした。

 

「すまない、介抱をして貰って‥直ぐに退く」

 

 しかし、起き上がろうとした体は、背後から万力の様な力で引っ張られる事によって阻止された。

そのまま、後ろに倒れ、トクの柔らかい膝の上に後頭部が収まる。

視界に、満面の笑みを浮かべたトクの顔が映った。

 

「あら、貧血ですか少佐? あまり無理をなさらない方が良いのでは?」

 

「え‥いや、今のはトクが」

 

「無理をなさらない方が良いのでは?」

 

「‥‥‥」

 

 首を絞める様に回された腕。

それに抗う術は無い。

これは暗に、もっとこうさせろと言われているのだろうか。

いや、恐らくそうなのだろう。

 

「ふぅ‥」

 

 溜息を一つ。

私の体を案じてなのだ、好意は有り難く受け取るべきだ。

怠惰な体にそう言い訳をして、ゆっくりと彼女の膝に体重を任せた。

重さを感じたのだろう、トクの表情が優しげな柔らかい微笑みに変わる。

 

「入渠場で居眠りなんて‥‥まだ、お休みになっていた方が良いのでは?」

 

 トクの手が私の髪を撫で、湯上りの体に冷たい手が気持ち良かった。

 

「そうも行かない、基地に関する書類仕事もあるし、また何時戦闘が始まるかも分からない、生き残る為にも装備の調達、訓練の質の上昇、資材の調達‥‥やるべき事は山の様にある、それに四人が頑張ってくれているんだ‥‥私だけが休む訳には行かない」

 

「それで少佐が倒れては、意味が無いでしょう」

 

 ご尤も。

 

 だが、理屈では無い感情が私を急かすのだ。

そう言えない私は、「今日は偶々(たまたま)だ」と虚勢を張った。

それを見破ったのだろう。

トクは私の額に指を置いて、まるで叱る様に「嘘吐き」と言った。

 

「今日で何度目の居眠りですか? 体がまだ休養を欲している証拠です」

 

 知っていたのか。

その言葉を寸で飲み込む。

トクは何処か呆れた様な、心配する様な顔で私の瞳を覗き込んだ。

 

「私は心配なんです、少佐がまだ無理をして倒れてしまわないか、背負い込み過ぎる事は良くありません、せめて重荷の半分、私に分けて頂く事は出来ませんか?」

 

 私を真っ直ぐに見つめる瞳。

それを見て、私は熱の籠った息を吐き出す。

 

参った。

そう、彼女には敵わない。

全く、完璧な秘書とでも言えば良いのか。

こちらを吸い込まんと見開かれる瞳は、私を捉えて離さない。

これは、絶対に退かない意思表示。

そういう奴なのだと、私は既にこれまでの生活で知っている。

 

 私は目の前の彼女に、少しだけ、そう、少しだけ愚痴を零しても良いだろうかと。

そう思った。

 

 

 ぽつぽつと、私は語り始める。

 

 今日の居眠りの事。

 

 居眠り自体は、別に何とも無い事。

 

 ただ、その内容が悲惨である事。

 

 何度も仲間を失った事。

 

「砲弾で皆が消し飛んだ、寒気がしたよ、絶望した、そんな光景を見たくないから、私は‥‥」

 

 語る中、ふと彼女の手が私の頬を挟み、口を閉ざす。

見上げれば、彼女の瞳がこちらを見つめていた。

そして一言。

 

「私は生きて居ます」

 

 そう答えた。

 

「それは‥‥見れば分かるさ」

 

「えぇ、お陰様で、少佐が私達を生かしてくれたのです」

 

 あの絶望的な状況から。

捨て身の様な作戦で。

少佐は勝利を掴み取った。

 

「貴方が私達を生還させた、貴方が私達を救ってくれた、貴方が私達に勝利を齎した」

 

 だから、そんな悪夢に魘される必要はない。

そう言って彼女は笑う。

トクの表情は、とても晴れやかで。

どんな悩みでも取るに足らないと、そう言っている様でもあった。

 

「私達を死なせはしない、そう言ったのは少佐ですよ?」

 

「‥‥あぁ、そうだったな」

 

 私は力なく笑う。

夢の中でも殺されるのは不本意だ、彼女の微笑みはそう言っている様に見えた。

 

「戦闘での疲労と負傷が重なって、少しネガティブになっているのでしょう」

 

 心配そうな声色でそう言う彼女、一拍置いて何かを取り出す音が私の耳に届いた。

トクが取り出したのは小さな小瓶。

その中に入った、一粒の錠剤だった。

 

「私も偶に飲むのですが、精神安定剤の様なモノです、落ち着いて悪夢を見る事も無くなるでしょう」

 

 小瓶を開けて一粒、錠剤を取り出した彼女は、私の前に掲げながらそう言う。

 

「‥‥戦車用の錠剤が、私にも効くのか?」

 

 そう聞くと、トクは笑って「これは、元々人間用の薬品です」と言った。

 

「戦車用の錠剤は強すぎて合いませんでした、元々は戦闘後に服用して気分の高揚を鎮めるモノですが‥‥はい、少佐も一つ」

 

 トクが摘まんだ錠剤を私の手に落とす。

それをしげしげと見つめていると彼女はもう一粒取り出し、私の目の前でそれを飲み込んだ。

それからこちらを見て、「ほら」と言わんばかりに視線を送る。

私はその視線に促され、一息に錠剤を飲み込んだ。

 

「ふふっ、それでもう悪夢を見る事はありませんよ」

 

トクの顔を見上げながら、息を吐き出す。

 

「ふぅ‥‥そうか、効き目に期待するよ」

 

「はい、効果は保証します」

 

 まぁ、飲まないよりはマシ程度だと思っておこう。

私がそう考えていると、頭上からトクの楽しげな声が聞こえてくる。

 

「折角です少佐、休憩がてら少しお話しませんか?」

 

「別に構わないが‥‥あまり遅くなるとホリが心配する」

 

「その時は素直に入渠場で溺死しかけたと言えば問題ありません」

 

 得意げに微笑みながらそういうトクに、「そっちの方が問題だろう‥‥」と私は答える。

少し疲れる会話を後に、彼女は意気揚々と話し始めた。

随分珍しく、上機嫌の様に見えるトクの話に水を差す事は躊躇われ、私は彼女の膝を堪能しながら船を漕ぐ。

それを見ながら、トクは語る。

まるで子守唄の様だ。

時たま問われる「少佐、起きて居ますか?」と言う言葉に相槌を返し、私は瞼を瞑る。

随分、良い気持ちだった。

 

 もう、薬の効果が出ているのだろうか?

そう思ったが、その思考も泥の中に沈んだ。

 

 目を瞑り、彼女の声に耳を傾ける私には。

 

 見下ろす彼女の口元が、歪に三日月を描いている事に。

 

 終ぞ気付く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「少佐、愛しています」

 

 

 

 

 

 

 

 




続きが読みたいと感想を頂いたので書き上げました(`・ω・´)b
番外編だけでは申し訳無いですもんね!
皆さんお待ちかね、本編の続きです!ヾ(*´∀`*)ノ

少佐が水没した後の話ですね。
 
紅茶に魔法の粉を入れて、衰弱を狙うホリを出し抜き、早くも少佐を奪取すべく先手を打ったトク!
いやはや、少佐の身を案じて精神安定剤を上げるなんてヤサシイナデスネ!
さてはて、精神安定剤とは言いますが、「あれぇ? 錠剤の中身間違えちゃったぁ!」なんて塩と砂糖を間違えるみたいに、中身は別物でした、なんて事も。

 (*´▽`*)ま、無いか。

それとホリも随分大人しいですよね!
少佐が目を覚ますまで、結構時間あると思いますし。
不審に思ったホリが少佐を探して基地を徘徊してもおかしくは無いですね‥。
偶然通りかかった部屋、その部屋の中から少佐とトクの声が聞こえる。
その内容を盗み聞ぎし、トクが何かを少佐に服用させた事を知る。
錠剤の効果を知るホリは‥‥‥。

 (*´▽`*)ま、無いか。


 ヤンデレへの愛が止まらない。
けれど書く時間が無い。

誰か数学教えて下さい。<(_ _)>

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