戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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風呂

 

体調が芳しく無い。

いや、正確に言うならば体の調子は悪くないのだ。

怪我が完治していないとは言え、普段の行動を何ら痛みを伴う事なく出来る様になった。

故に、体の調子は悪く無いと言える。

悪くないと言えるのだが。

 

「‥‥あぁ‥くそっ‥」

 

 私らしくもない、悪態を吐く。

寝汗で濡れた額を拭って、荒々しい息を沈めた。

 

 今日で四度目だ。

 

 執務中に居眠りをしてしまい、ホリに起こされるという行動が今日だけで四度続いている。

明らかに異常。

それに、居眠り中に見る夢が全て『悪夢』というのが、精神的な負担に拍車を掛けていた。

人類が根絶やしにされる、父が殺される、基地が壊滅する、皆が目の前で撃破される、親友が戦死する、etc、etc‥‥。

まるで数日徹夜した様な倦怠感。

体の調子は悪くないのだが、如何せん精神的な負担が酷い。

もしかして、自分が感じていないだけで体も相当拙い状態なのだろうか。

そう思ってしまう。

 

「‥‥将臣さん、大丈夫ですか?」

 

 書類の散らばった執務室の中に、コトリと紅茶が置かれる。

香ばしい匂いを放つそれを見て、視線を上げる。

そこには心配そうな顔をした、ホリが佇んでいた。

私が寝落ちを行う度にホリに起こされ、その度に眠気覚ましの紅茶を飲んでいた。

だと言うのに、この体たらく。

 

「すまないホリ‥‥今日は迷惑を掛けてばかりだ」

 

 今日は書類作業の半分も進んでいない。

未だ減らぬ紙の束に、一層精神が圧迫される。

まったく情けない。

その情けなさに、弱弱しい声が出た。

ホリはふわりと、優しげに微笑む。

 

「いえ、将臣さんは復帰したばかりですから、まだ本調子では無いんです

怪我も完治していませんから、きっと体が休息を求めているんですよ」

 

 だから、無理をしてはいけません。

そう言って紅茶を勧める彼女に、頭が上がらない。

ホリに気を遣わせて、自分は呑気に居眠りを繰り返す。

そんな状況を繰り返し何度目だ、流石に自己嫌悪に陥っていた。

このままではいけない。

 

「‥‥いや、すまない、紅茶は後で頂くよ」

 

 そう言って席を立つ。

突っ伏す様に寝ていた為か、肩と腰が少し痛んだ。

 

「将臣さん、どちらへ?」

 

 デスクを横切って、執務室の扉に手を掛けると背後からホリの問う声が聞こえてきた。

 

「流石に今の状態は酷い、少し目覚ましに行ってくる」

 

 そう言って執務室を出る。

背後から呼び止められた様な気がしたが、朦朧とした思考には届かなかった。

さて、今のままでは流石に拙い。

私は眠気を払うべく、ふらふらと行動を開始した。

 

 

 

 

 ふらふらと、私は基地を歩く。

目指す場所は基地の入渠場、要するに風呂である。

本来は船がドッグに入る事を表す言葉であるが、戦車である彼女たちの傷は基本、この風呂で治癒される。

故に今でも海の時代と変わらず、戦車だと言うのに「入渠」と言う言葉が使われている。

どういう原理かは知らないが、この風呂は妖精さんが沸かしているらしい。

なのでいつでも入り放題、戦時中だと言うのに有り難い話である。

どうやって資材を確保しているのか、何故風呂で戦車の傷が癒えるのか。

私達に、それを知る術はない。

 

 入渠場までの道のりを歩いていると、大きな砲撃音が私の耳に届いた。

眠気に朦朧とする耳でも、流石にこの爆音が聞き逃さない。

音のする方向へと目をやると、遥か向こうの演習場に、見慣れたシルエットが見えた。

 

「‥‥トク?」

 

 演習場の一角、砲撃訓練を行っているのか、かなり遠く離れた位置に的が見える。

それに向かってトクは断続的に砲撃を行い、砲撃音を轟かせていた。

私はその姿をじっと見つめる。

トクの構えた火砲が火を噴き、反動がトクの体を揺らす、衝撃が足元に伝わり、遅れて爆音が聞こえる。

心なしか、トクの使っている火砲が何時もの倍近く、大きく見えた。

ホリの主砲とも並ぶ様な、大口径の火砲。

トクが砲撃を行うたびに、足元の砂利が跳ね上がっている。

反動もかなりのものだろう、砲撃をする度にトクの体が大きく揺れていた。

あれでは、1,000の距離でも命中はしないだろう。

 

 いや、そもそもアレは、私の見間違いではないのか。

 

 トクの体に見合わない、大きな火砲。

彼女の使っている主砲は、もっと小さなものだ。

きっと目の錯覚に違いない。

相当、弱っているようだ。

私は踵を返して、トクに背を向ける。

訓練中に話しかけるなど無粋な行為は慎みたいし、何よりこんな状況で話しても、恐らく会話が噛みあわない。

そうなる自信がある。

私はこめかみ辺りを解しながら、入渠場へと向かった。

 

 

 

 入渠場に辿り着いた私は、籠に衣服を放り込むと危うい足取りで浴場へと入った。

悪夢で精神を削られたせいか、肉体的にも倦怠感が酷い。

一度水でも浴びて思考の靄を取ろうと、シャワーで水を被ったが、冷たさに体が驚いただけだった。

どうも感覚も鈍っているらしい。

適当に頭やら体やらを洗って、湯に浸かる。

壁に背を預け、肩まで浸かる。

体を包む熱に吐息が漏れるが、どうにも頭までは浸透しない。

湯気の様に思考があやふやになる、湯で思い切り顔を擦るが同じ事だった。

 

「治療の時に服用した薬の副作用‥‥は、無いか‥単純に私が思っているより重傷なのか‥‥?」

 

 怠い体を伸ばし、湯に深く浸かる。

このまま汗を流せば多少はマシになるかと、時間を数え始めた。

だが、いつの間にか意識が朦朧とし、気が付くと数字が飛んでいると言う状態が、何度か繰り返される。

どうやらこの眠気は、私が湯に浸かって居ようとなんだろうとお構いなしに襲ってくる様だ。

 

 負けるものか。

 

 そう思って根気強く数字を数えるが、段々と意識が途切れる間隔が短くなり。

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 かくん、かくんと頭が揺れ。

眠気に負けるかと体を動かそうとし。

しかし、誘惑が私の思考を離さず。

 

 私は心地よい暖かさの中で、意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前線に出ていた部隊が一つ潰された、軽戦車2体に中戦車1体、それに重戦車が1体だ」

 

「ふぅん、で、それが何か問題なの?」

 

「‥‥大きな問題では無いが、重戦車は主力級の一体だった、少し惜しい事をしたと思ってな」

 

「別に、その内また生まれるわよ、重戦車の1体や2体、私達オリジナルが撃破された訳じゃあるまいし」

 

「それもそうだが‥‥撃破した部隊が部隊でな」

 

「何、どういう事よ?」

 

「言ってしまえば、その重戦車は人間に撃破された様なものなんだ」

 

「‥‥人間に?」

 

「あぁ」

 

「冗談でしょ」

 

「いや、本当だ」

 

「‥‥人間が、戦車の真似事を始めたって事?」

 

「‥そうでは無い」

 

「じゃあ、どういう事よ」

 

「人間が囮に、重戦車相手に大立ち回りをした」

 

「‥‥へぇ」

 

「それもたった一人で、人間同士で使う重火器のみを手にな」

 

「随分とまぁ、命知らずな人間ね」

 

「あぁ、だが人間は勝った」

 

「その重戦車、もしかして『欠陥品』だったの?」

 

「いや、前線の主力級と言っただろう、我々オリジナルの下、eliteだ」

 

「‥‥‥」

 

「あり得ない、って顔だな」

 

「‥実際、そうでしょう」

 

「驚くのはそれだけでは無い、欠陥品だったのは向こうだった」

 

「‥‥どういう事?」

 

「向こうの戦力は4体、内3体が欠陥品だ」

 

「片足、片腕、両目、それぞれ機動力、火力、命中力が無い」

 

「‥‥‥それで、敗北したと言うの?」

 

「あぁ、ものの見事に撃破された、通常戦力の4体が」

 

「‥‥‥」

 

「‥中々、興味深いと思わないか」

 

「‥そうね」

 

「欠陥品の部隊を指揮し、自ら戦場を走り、命すら掛ける」

 

「その部隊の指揮官は、余程有能らしい」

 

「詳細は分かっているの?」

 

「内陸の同胞より、幾つかの情報は送られている」

 

「いつの間にそんなの送り込んだのよ」

 

「何、我々も進化しているという事さ」

 

「良く言うわ」

 

「‥‥‥さて、肝心の指揮官の詳細だがね、名前は判明している」

 

「笹津将臣、階級は少佐だ」

 

「‥‥‥‥ささ、つ」

 

「笹津?‥‥まさか」

 

「気付いたか、そう、あの笹津だ」

 

「‥‥‥」

 

「‥‥まさか、ね」

 

「何年越しの響きか、今も変わらず嫌な物だ」

 

「‥‥因縁、と言うべきかしら」

 

「‥あぁ、どうも、我々の間には相当な縁がありそうだ」

 

 

 

 

 

「最後まで足掻いた鎮守府、その提督の息子か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 皆さん、ボンジュール!
英語ですら怪しいのに、フランス語なんて分かる筈の無い私です!(*´▽`*)
フランスパンは美味しい、どこぞのABCストアのおむすびの百倍美味しい。

 活動報告で「暫く更新できません」とかほざいていた私ですが、抑え切れぬヤンデレ愛に恥を忍んで投稿してしまいました‥。
 夜とかベッドに入ると「ヤンデレがこんなシュチュで、えへへ」とか想像してしまうんですもん、不可抗力です。
 暇さえあれば逞しい想像力を働かせる私ですが、如何せん書く時間が無い‥‥。
抑えきれぬ衝動に身を任せ、先生の目を盗んでちょくちょく書いていたりします。
秘密ですよ!(´;ω;`)
と言う訳で、本当に間隔が空きますが、ちょくちょく書いていきます(`・ω・´)b

 一週間に一話! は難しいかもしれません(´・ω・`)

 出来れば一日に2,3話位投稿したいんですけどね‥‥ヤンデレバンザイ。
インターネットもいつでも使える訳では無いので‥‥。

感想を返す事はできませんが、投稿する時に全部見て居るので、変わらず頂けると嬉しです!ヾ(*´∀`*)ノ

 では、皆様、また次話で!
 

 

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