戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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思惑

 

 酷く、体が痛んだ。

 

 私が意識を取り戻したとき、瞼の下はオレンジに染まり切っていた。

轟々と鳴る音と、何か強烈な衝撃が私を揺さぶる。

振動は腹まで響き、心臓が一際強く脈を打った。

 

 一体、何事だ。

 

 私は酷く混乱した。

今の今まで、何をしていたかと考え。

そうだ、チハとハクを遠征に送り出したばかりだと思い出す。

それから、執務室で書類作業を……。

 

 そこまで考えて、爆音が鳴り響き、振動が体を揺らす。

 

 何か良くない事が起きている。

体が、何かに急かされるように動いた。

指先がぴくりと動き、体が反応する事に安堵を覚える。

それから、耳鳴りが遠のき、周囲から聞こえる音が炎の燃え盛る音だと気付いた。

異常さが、身に染みる。

何が起きている、それを確かめる為に、ゆっくりと瞼を開いた。

 

 部屋が燃えていた。

 

 一式の家具、ベッドや木製デスク、場所は私の個室。

そこに、炎の手が回っていた。

床に転がる形で、私は横たわっている。

何が起きた、火事? 敵襲なのか?

起き上がろうとして、ぬるりと、自分の手が何かに触れる。

視線を下げ、手に付着したモノを確認した。

 

 血だ。

 

 誰の?

 

 私の。

 

 脇腹を、ぱっくり。

やられている、出血多量だ。

だが、幸いに痛みは無かった。

脳内麻薬が中和しているのか、何だか分からないが、好都合。

私は傷口に手をやりながら、恐る恐る立ち上がる。

動いた途端、血が滲んで将官服に広がった。

これは、もう洗っても落ちないな……なんて、頭の片隅で思う。

同時に、一体何にやられたのか。

 

 爆音が、また鳴り響く。

 

 足元から感じる振動で、理解した。

砲撃されている。

この相楽基地が。

 

「ぐ…っ…………はっ……!?」

 

 叫ぼうとして、声が出ない事に気付いた。

まさか、喉もやられたのかと手をやるが、血は付着しない。

だが、間抜けな呼吸音だけが聞こえるだけで、声が発せられる事は無かった。

皆は無事か。

声が上げられないなら、直接この足で確認する。

よたよたと、炎を避けながら壁伝いに歩いた。

それから、炎に包まれる前に部屋を脱出する。

執務室も、似たように炎で埋め尽くされていた。

 

「っ……!」

 

 執務室の扉は、すでに炎に呑まれていた。

これでは、普通に出る事は叶わない。

悠長にしていれば、火達磨だ。

 

 私は、部屋の扉に強く蹴りを入れた。

炎に焼かれ、脆くなった扉は大きく軋む。

だが、同時に腹の傷も開く。

 

 一発、二発、三発。

 

 扉を蹴り破り、破片が其処ら中に転がる。

ゆっくりと扉が倒れ、道が開いた。

廊下が視界に広がり、すでに大きく砲撃で破損している。

既に、基地は壊滅的な打撃を受けている様だ。

 

 部隊を、部隊を集めなくては。

 

 廊下に転がる様にして出ると、そのまま外へと向かう。

瓦礫を避けながら、砂利の地面を行く。

断続的な砲撃は、基地の彼方此方へと着弾し、所々から悲鳴が上がった。

濃厚な血と硝煙の臭いが鼻を突く。

まさしく、戦場だ。

この相楽基地は、戦場となったのだ。

足が、自然と早足となった。

 

 そして、その途中、地面に転がる誰かを見つけた。

基地の誰かが、死んだか。

この状況で全員助かるとは思っていない。

故に、相応の覚悟を決め、その人物の元へと急いだ。

固唾を飲んで、心に鍵を掛ける。

取り乱さない様に。

冷静さを失わないように。

 

 私とて軍人だ。

親しい友を、過去に無くした事だってある。

この基地の人間が死んでも、将軍としての立場を見失わない自信があった。

 

 

 

 

 だが、その事実は あまりにも重く。

 

 

 

 

「……………ぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チ………ハ………?」

 

 

 

 

 

 

 ボロボロの装甲。

砲身が折れ曲がった主砲。

そして、流れる夥しい量の血。

 

 満身創痍のチハが、地面に横たわっていた。

 

 まさか、遠征を中断し、帰還したのか。

走り寄ろうとして、失敗し、地面に倒れた。

倒れた際に瓦礫で頭を打ち、血が流れる。

それでも、這う様にして彼女の元へとたどり着く。

指先が、彼女の片腕しかない手に触れた。

 

 

「………っ、はっ………チッ………ハぁ………」

 

 声が出ない。

まるで海の中に居るみたいだ。

呼吸が止まる。

溺れる。

溺れてしまう。

 

「ぁ………しょう……さ……?」

 

 チハが口を開く。

血を垂らしながら、その口を開けた。

彼女の姿は、見るに堪えない。

 

 体中に傷を作り、片足が殆ど、千切れかけていた。

皮一枚繋がっているかどうか。

そして、大きく抉れた腹。

中身が、顔を出している。

血が、止まらない。

 

 もう、言葉が出ない。

何かを口にしたら、狂ってしまう。

それでなくとも、喉が震えない。

まるで言葉を忘れたように、口を馬鹿みたいに開けて、涙を零した。

止まらないのだ。

涙が。

意思を無視して、流れてしまう。

声も無く、泣き叫ぶ。

 

 チハが小さく指を動かし、私の手に、そっと自分の手を重ねる。

それから、俯いたまま、ゆっくりと笑って。

 

「………わた、し……も、死ぬ、の…ね……アンタの、為に……死ぬ、だ、か……ら」

 

 

 

 

 

 

「……わる、く……無い…」

 

 

 

 

 

 そう言って、事切れた。

 

 

 

 彼女の身に纏っていた装甲、武装が。

音を立てて、転がる。

 

 彼女たちの武装は、戦車にしか扱えない武装。

それらは、人間が使おうとしても、扱えない様に出来ている。

 

 

 

 そして、装備が解除される時は……。

 

 

 

「……っあ………ぁ………ぁあぁ………」

 

 涙が。

頬の血と混ざって、流れていく。

ボタボタと。

透明な赤が、地面に点を作る。

 

 自分の顔が、どうなっているか何て、見たくもない。

酷く醜い面に違いない。

血と涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃだ。

視界が、見えない。

曇って。

 

 

 

 爆音が、すぐ傍で弾けた。

 

 

 

 至近弾。

 

 着弾の瞬間、まるで世界が白く染まった様だった。

白い世界の中で、黒い影となったチハが。

細切れになって。

 

 消えた。

 

 砲弾は。

 

 チハを消し飛ばし。

 

 そして、俺をどこかに吹き飛ばした。

 

 

「がっッ」

 

 転がる。

砂利の上を跳ねて、転がる。

忘れていた痛みの到来、その激痛は頬肉を食い千切って耐えた。

口からボタボタと血が垂れる。

腹からも、頭からも。

もう、助からない。

そんな気がした。

 

 胸の中で、ぐるぐるとした感情が喚く。

チハの最後が、瞼の裏に、見える。

フラッシュバック。

その度に心が叫んだ。

それが、怒りなのか、憎しみなのか、悲しみなのか、後悔なのか。

分からない。

自分でも制御出来ない、何か、巨大なうねりが、涙となって流れる。

それが血と混じって、私の顔を汚した。

 

 畜生。

 

 叫ぶ。

声なき声で叫ぶ。

それから、濁った視界が、誰かを捉えた。

 

「ッ……少佐っ!」

 

 血と涙で見えなくなった視界が、輪郭を見せる。

誰かがこちらに、歩いてきている。

砲撃を敢行しながら、回避行動。

スラリとした立ち姿。

そのシルエットが、酷く見知ったもので。

 

「っぁ!?」

 

 

 

 彼女に砲弾が直撃した瞬間、鳥肌が立った。

 

 

 

 直撃した砲弾を、彼女は、辛うじて防いでいた。

砲撃の衝撃で足元が数センチ沈み、地面が割れる。

けど、防げても、彼女の装甲では防ぎきれなかった。

滲んだ視界が、見せる。

 

 胸に、真っ赤な色を咲かせた彼女を。

 

 砲弾の爆風が去った後、彼女はその場に崩れる。

それから、こちらに手を伸ばした後、何事かを口にした。

 

「ま、だ、死ね…な、い……せめ…て、少佐を……遠、くに……早く、誰、かぁ…っ」

 

 這う様な姿勢でこちらに来る。

その姿。

 

「……と……ク」

 

 呆然と呟いた。

それしか出来なかった。

彼女は這って、私の元までやってくる。

私は既に、指一本動かせずにいた。

 

 その私の手に、彼女の指先が僅かに触れて。

  

  

 

「少………さ…ぁ……」

 

 

 

 

 ガチン、と。

 

 武装が外れた。

 

 

 

「…………っ………………ぁ」

 

 

 おい。

 

 死んだぞ。

 

 また。

 

 死んだ。

 

 

 

 

 

 

 俺の目の前で。

 

 

 

 

 

「……ぁ…………ぁあ……ぁあああああああああぁッ!!」

 

 

 

 もう、無理だった。

 

 取り繕うのも、限界だった。

 

 俺は、私を捨てた。

 

 演じきれなかった。

 

 理性が、壊れた。

 

 

 

 死に体の肉体に鞭打って、トクの武装を胸にかき抱いた。

血を吐き出しながら叫んだ。

もう無理だ。

無理だ。

無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ。

 

 耐えられない。

この孤独感と後悔と悲しみと怒りと憎しみと罪悪感に俺は耐えられない。

死ぬ。

死んでしまう。

死のう。

死ねば楽だ。

 

 トクの武装が、目に入った。

 

 チハの光景が、網膜に映った。

 

 

 

 

 

「将臣さんッ!!」

 

 

 

 

 

 俺を呼ぶ声。

 

 それは、すぐ近くから聞こえてきた。

 

 誰かが駆け寄って来て、すぐ傍で息を飲む気配。

 

「ハク、将臣さんは!?」

 

「ツ………酷い状態です、このままじゃ……」

 

 誰かが、俺を抱き起す。

 

 もう良い。

 

 頼む。

 

 もう、無理だ。

 

 俺には無理だった。

 

 二度目だ。

 

 こんな後悔は。

 

 もうしないって。

 

 守るって。

 

 言ったのに。

 

「…死なせはしません」

 

 ホリの声が聞こえた。

何か、強い意志を感じる声だった。

それから、誰か、別な人に俺は抱きしめられる。

その体は、酷く小さかった。

とても熱い体温が、俺の体を温める。

 

「ハク、将臣さんを連れて、脱出を」

 

「……ホリさんは、どうするんですか……?」

 

 濁った視界が、また、光を取り戻す。

 

 爆炎で覆われる基地。

立ち上る硝煙、淡いオレンジに照らされた立ち姿。

火の粉が散る。

そんな戦場の真っただ中で。

一人、ホリが振り返った。

 

 

 

 その表情は、いつもみたいに。

 少し、困った様な。

 そんな、微笑みだった。

 

 

 

 

「……将臣さん、生きて下さい」

 

 

 

 

 

「っ…ぁ」

 

 心臓が。

鼓動を打ち鳴らした。

 

 

「行ってッ!」

 

 

 ホリが叫ぶ。

それから、耳を劈く様な爆音。

俺は誰か、いや、ハクに抱えられたまま、その場を走り去った。

抱えられた拍子に、トクの装甲が手を離れる。

地面に転がって、甲高い音が鳴り響く。

手を伸ばそうとして。

しかし、体は動かない。

涙が一滴、零れた。

背後から、何度も、何度も何度も、砲撃音が鳴る。

きっと、目が見えないから。

出鱈目に撃って、注意を引こうとか、そんな考えに違いない。

 

 死んだ心が、やめろと叫んだ。

 

 狂った思考が、止まった。

 

 ホリを助けたかった。

 

 ハクに止めろと叫んだ。

 

 でも、言葉にならなかった。

 

「はあッ、はぁッ、将臣、さんっ!」

 

 ハクの鼓動が伝わる。

どんな風に運ばれているのか。

もう目が見えない。

だから、伝わる振動がと音が全てだった。

ハクが鼻を啜る。

それから、震えた声で叫んだ。

 

「生きて……生き延びてッ」

 

「明日も、明後日も、その次もッ…!!」

 

 

 

 

 

「そして、皆でっ……またぁ、みんなでぇえッ!」

 

 

 

 

 

 最後は、声にすらなっていなかった。

 

 完全に、掻き消されていた。

涙と。

そして。

 

 

 背後に着弾した、爆音に。

 

 

 

 

 

 

「…将臣、さん? どこ、ですか……もう、何も、見えない……聞こえないん、です」

 

 

 

 

 

 

 

 ホリの声が聞こえた気がした。

 

 走るハクの息遣い。

 

 それが乱れて。

 

 砲撃音が鳴る。

 

 そして。

 

 オレンジ色が、視界一杯に広がって。

 

 最後に見た光景はー

 

 

 

「将臣さんッ!」

 

 

 ハクが、俺を、庇っ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「将臣さん!」

 

 はっ、と。

意識が戻った。

 

「………あ……れ」

 

 勢いよく体を起こした自分の目に飛び込んできたのは、執務室。

そのデスク越しに見える風景。

手元に転がったペン、皺のついた書類、飲みかけの紅茶、目の前に居るホリ。

良く見る光景。

いつもの、光景。

 

「……ホリ?」

 

 目の前の彼女に、そう呼びかける。

すると彼女は、首を傾げながら「はい」と答える。

 

「居眠りをなさっていた様ですが……お疲れですか?」

 

 そう問われ、額に手を当てる。

酷く、汗を掻いていた。

 

「居眠り…そうか、俺、いや、私は……」

 

今のは、夢?

そう、夢だったのか。

 

「うなされていたので……何か、悪い夢を?」

 

「……いや、まぁ、少し、な」

 

 我ながら、出来の悪い夢だと思う。

額や首の汗を拭ってから、喉の渇きを覚えた。

手元の紅茶を一気に飲み干し、一息入れる。

それから、頭を振って「すまない」とホリに言った。

 

「執務中に居眠りなんて、指揮官失格だな」

 

「いえ、疲れは誰だって溜まります、それに将臣さんは復帰したばかりですから」

 

 無理はしないで下さい、ホリはそう言って空のカップを手に取った。

 

「お代わりを入れてきますね、少し、休憩にしましょう」

 

「……あぁ、すまない」

 

 そう言って、執務室を出て行くホリの後ろ姿を見送る。

姿が見えなくなってから、椅子に深く背を預けた。

天井に向かって息を吐き出す。

体から、熱が抜けていく。

胸を占める感情は、安堵。

 

 皆が撃破される夢など。

 

 酷い夢を見た。

 

 これほど精神に悪い夢も、早々無いだろう。

 

「……もう二度と御免だ」

 

 そう呟いて、私は体の力を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……可愛い人」

 

 

 

 

 

 

 

 






※以下妄想垂れ流し


 悪夢を見てしまう魔法の粉を紅茶にかき混ぜて魘(うな)される少佐を何時間の見続けて「可愛い人」と思う様なホリさん、それを何度も繰り返して精神的に疲労した瞬間、聖母の様に自分が手を差し伸べる事によって精神的に自分に依存させようだなんて彼女は考えていませんよ?

 それを看破したトクがいち早く異変を察知し、ホリより早く夜の少佐の部屋に忍び込んで「何か悩みでもあるのでは?」とお姉さんぷりを発揮し悩みを少しだけ聞き出して溢れる包容力で全てを包んで抜け駆けだなんて考えてませんよ?
それでも悩みを明かさない少佐は紳士の鏡。

 ホリは献身的に少佐に尽くし、衰弱するのを今か今かと狙ってなどいませんよ?
トクは横からそれを掻っ攫おうとか思っていませんよ?

 遠征から帰ってきたハクとチハが何やら不穏な空気と、弱々しい少佐を見て一体何があったのだと奔走したりはしませんし、少佐を心配したチハが膝枕してくれるなんてイベントは存在しませんよ?
 ハクはハクで、少佐はお疲れなのだから自分に何か出来ないだろうかと、手料理を作ってみたりお風呂に突入して背中を流してくれたりなんて無いです。
それでも、遠征のご褒美という理由づけ(言い訳)をして応じる少佐はハラショー!





 何だろう。
妄想は幾らでもあふれ出るのに、それを書く時間がありません……(´・ω・`)

 アーガッコウタノシイナアー(棒)

 

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