戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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之人

「将軍………将軍? 将軍!」

 

 誰かの声で我に返る。

一番最初に目に入ったのは、自分の両手。

それから、読みかけの書類に、ペン先のインクが滲んでいた。

 

「将軍、どうしたんデス?」

 

 声の方向に視線を向けると、シャーマン。

M4中戦車が私に心配そうな表情を向けていた。

短く切り揃えられた金髪に、緑色の将官服、その肩に描かれた星のマーク。

どれも見覚えのあるもの。

俺は首を横に振って、思考を取り戻す。

どうやら、少し呆けていた様だ。

 

「お疲れデス、ショーグン?」

 

「いや、問題無いさ」

 

 心配そうに覗き込んでくるシャーマンを押し返し、微笑みを浮かべる。

すると、彼女は「無理は良くないデスよ!」と言って、胸を張った。

 

「疲れた時は、このワタシに頼ると良いデス!」

 

「あぁ、十二分に頼っているさ」

 

 書類業務も彼女に押し付けてしまっている。

既に十二分に頼っているのだ。

これ以上怠ける事など出来る筈もない。

 

「それよりも、現状はどうなっている?」

 

 手元にある書類、それは今回の作戦に関するモノ。

俺がそう問うと、彼女は頬を膨らませて「むー、ワタシは将軍が心配デス」と拗ねた様に唇を尖らせた。

それに対して「大丈夫さ」と念を押す。

彼女はそれに納得出来ないと顔に出しながらも、俺の質問には的確に答えた。

 

「問題無いデス、海からの攻撃には全て対処出来ているデス、今はココノとチト、チヌ、テケが出ていマース、敵の砲撃で陸上に多少被害は出ていマスが、許容範囲、こちらの戦車に被害はゼロデス!」

 

「…そうか」

 

 概ね、俺の作戦通りという所だろう。

連中がこの中央第一基地に続く海岸に攻撃をして来たと報告を聞いた時は焦ったが。

中央に近いこの場所には、十二分に戦力が揃っている。

 

「海岸の防衛ラインはそのまま、敵の出方を見よう、もし捌ききれなくなったらケニを投入しろ、囮にして周囲から火力を集める、最悪、お前も投入する」

 

「了解デース!」

 

 俺の指示を聞き、彼女は部屋を出て行く。

恐らく通信で現地の彼女達に作戦を伝え、自分も装備準備をするのだろう。

 

 歯痒いものだ。

本当なら、戦地に直接立って指揮を取りたいものだが。

それは、本部の意向により許されていない。

 

「………くそ」

 

 戦地に送り出すのは俺、命を落とすのは彼女達。

幸い、ここに着任してから、一体の撃破もされていないが。

一人だけ後方でぬくぬくしているというのは、予想以上に精神的負荷を感じるものだった。

 

「将軍」

 

 声が聞こえ、影が落ちてきた。

俯いていた顔を上げる。

そこには、凛とした佇まいの女性が居た。

比較的大柄で、つり上がった目つきに一つに括られた髪。

いつの間に、この執務室に入ってきたのだろうか。

立っていた影は、四式十五糎自走砲、ホロだった。

 

「…ホロか、どうした?」

 

 俺がそう問うと、彼女は「私も戦場に出る」と口にした。

その言葉に、私は眉を顰める。

 

「………理由は?」

 

「戦力が大いに越した事は無いだろう、それに、敵の中には装甲の厚い奴も居ると聞く、私の主砲で撃ち抜いてやろうと思ってな」

 

「……既に四体の戦車が展開している、足りなければ追加で二体出すつもりだ、それに海岸沿いには通常兵器の支援もある………過剰戦力だ」

 

 俺がそう口にすると、つまらんとばかりに彼女は表情を歪め、それから踵を返した。

つられるように、黒髪が靡く。

 

「偶(たま)には私も出撃させてくれ、でないと、ストレスが溜まる」

 

「……考えておく」

 

 彼女はそう言って部屋を退出。

それを見送った後、俺は静かに頭を抱えて溜息を吐き出す。

 

 ここの連中は、戦闘を作業だと思っている節がある。

中央が近いから攻め込む事は無く、常に防衛戦でこちらの陣地で戦う。

効果は無いが、敵の視界を奪ったり、足を止めたり出来る通常兵器はそこら中に設置してあり、数も豊富。

向こうさんは何故か知らないが、戦力を何度かに分けて攻め込んで来る。

故に、こちらも余裕を持って対処していた。

 

 俺は、それが何か、こちらを探っているようで、不気味に思えた。

 

 いつ総力を上げて攻め込まれるか……。

連中の総数は、分かっていないのに。

こちらは弾薬を消費し、向こうは無尽蔵にいる尖兵を数体失う程度。

 

「っち……何回防衛に成功したって、手柄にはならない、それに、勝利に慣れすぎては……」

 

 慢心が敗北を生む。

 

 しかし、それが分かっていながらも、何も出来ない自分に腹が立つ。

ここからのし上がるのは、至難の業に思えた。

 

「………将臣」

 

 俺の唯一無二の親友。

彼の配属は東北だと聞いていたが、今は何をしているだろう。

俺と同じように、海岸沿いの防衛戦に注力しているのだろうか。

東北の海岸沿いの防衛戦は、ある程度苛烈を極めていると聞いている。

流石に、旧北海道の前線程では無いだろうが……。

陸上に上がる前と、上がったあとでは連中の強さが違う。

陸上に上がった連中は、文字通り戦車となり、十全に力を発揮出来る。

俺はまだ陸上で奴らと戦った事は無いが……。

 

「…生きているよな」

 

 彼の無事を祈る。

同時に、胸の奥に湧き上がる想い。

 

 ここから、這い上がるのだ。

 

 這い上がって、海へ。

 

 俺達の海を、取り戻す。

 

 父の栄光を。

 

 海軍の威光を。

 

 もう一度。

 

「……………」

 

 懐から一枚の写真を取り出す。

既に色あせ、何度も見たために、表面の擦り切れた、古びた写真。

それは、十年近く前。

まだ、海軍が深海棲艦と呼ばれる怪物と戦っていた時代。

 

 俺の父、宥厳中将。

 

 将臣の父、玄二中将。

 

 そして、俺と将臣。

 

 その背後に並ぶ、『艦娘』と呼ばれた少女達。

 

 皆、笑顔で写っており、父同士は肩を抱き合い、大口を開けて笑っていた。

俺と将臣も、その足元でポーズを決めている。

 

 それを、微笑ましい様子で見ている艦娘。

長門、大和、赤城、加賀、瑞鶴、夕張、不知火、日向、伊58、伊勢、大井、明石、神通、金剛、比叡、電、雷、文月、吹雪、島風、荒潮、夕立、時雨…………。

 

 俺たちの幼少時代を飾った。

 

 黄金の時代。

 

 彼女達と過ごした時を、俺は忘れない。

 

 将臣も、俺も。

 

 彼女達と泣き、笑い、生きて来た。

 

 

 

 

 最後の戦いで、撃沈されるまで。

 

 

 

 

「俺達は死んでも這い上がる、この陸の上で……そうだよな」

 

 写真を懐に仕舞って、強く拳を握り締める。

この想いを持って、俺は戦う。

何度でも立ち上がり、何度でも挑もう。

 

 全ては、彼女達の死に報いる為に。

 

 




次の投稿は恐らく遅くなりますね……。

今回は番外編的な回でした!

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