ホリに貰った朝食のお陰で、大分進みが早かった。
やはり人間、食事が大事なのだと実感する。
時計を見ると、すでに12時を回っていた。
書類を読み終えて伸びをすると、腰と肩がパキポキと鳴る。
それなりに凝ったらしい。
書類を傍にあるテーブルの上に置いて、さて少し休憩しようと決める。
頭に浮かんだのは、四人の戦車の姿。
あの戦闘から、今日で三日目。
一日目は丸々気絶していたので、私の体感的には二日目であるが。
彼女たちにはそれぞれ休暇が与えられている。
そもそも私は怪我の療養で動けないし、戦闘後も休みなく訓練させる程、私も鬼ではない。
彼女達が何をしているのか、少しだけ気になった。
気にはなったが、流石にこちらから会いに行っては、折角の休日も気を使ってしまうだろう。
私は大人しく部屋で過ごす事にする。
「ん…これは」
ふと、部屋に積んであった、トクの持ってきた書類に中に気になるモノが混じってあった。
休もうとしていた体を起こし、それを手にする。
それは中央では無い、恐らく他の前線基地から送られてきたものだろう。
近隣区域の中で、資材調達が可能なエリアが書かれた一覧だった。
前線では、満足に補給も受けられないという状況は常に存在する。
故に、中央の方針は現地調達、足りないのなら現地で補えというものである。
この相楽基地も例に漏れず、足りないのなら現地調達で補う他無い。
先の戦闘で失った砲弾や兵装も少なくない、確かに調達出来るときにしておきたいと言うのは本音だった。
「遠征か…いや、正確には遠征と言うには近すぎるが」
幾つかリスト化されたエリアに目を走らせて、吟味する。
遠の昔に廃棄され、敵勢力、味方にも見放された廃都市。
各種資材が調達可能な港、山脈等々。
流石に海上に出る事は不可能だが、十二分に見返りは期待出来る。
言わば廃品回収。
可能なら発掘等もしたい所だが、戦力的には心許ない。
ただですら戦力的に十分と言えないのに、それに加え護衛等とは望むべくもない。
いつ前線が突破されるかも分からない、いざと言う時に資材が無くては。
私は、彼女達の休暇が終わり次第、遠征任務を頼もうと決めた。
本当なら、人間のみで遠征が出来れば良いのだが…
人間のみで遠征して、仮に陸上懴車と遭遇したら、目も当てられない。
全滅は必須、助かる余地は無い。
「理解してはいたが……」
資材調達にすら難儀する。
これが前線基地と言うものか。
溜息を吐き、書類に視線を落とす。
遠征場所の選定、彼女達の生還率を握るのは私だ。
休憩も忘れ、私は遠征場所に関する書類を読み漁った。
少佐が書類を読みあさっていた頃。
私達は、緊急招集を受け、ハクの部屋に集まっていた。
何故ハクの部屋かと言えば、曲がりなりにも彼女は将軍の副官と言う立ち位置だからだ。
集まったハク、ホリの二人は思い思いの場所に腰を下ろし、最後の一人をじっと待った。
そして、数分の後に全員が揃う。
ガチャリと音を立てて扉が開き、チハが顔を見せた。
「…少し、遅れた、ごめん」
「いえ、構わないわ、始めましょう」
そう私が言うと、チハは扉に背を預けるようにしてもたれ掛かる。
他の二人は神妙そうな顔をして、私を見ていた。
「集まった理由は分かるわよね……他でもない、笹津少佐の事よ」
その言葉に、三人は頷く。
それ以外に集まる様な理由は無かった。
「わ、私は……少佐はもう、信じて良いと思います……というか、私は、信じています」
ハクが、そろそろと手を上げながら口を開いた。
その言葉に、私は「そうね」と被せる。
「そもそも、あそこまでされて、信じない……とは言えないわ」
ホリもその言葉に頷く。
「そうですね……私達の為に、命を掛けてくれた人なんて……」
今までの将軍は皆、私たちを道具、欠陥品として扱っていた。
使えない道具、鉄屑、ゴミ。
そう呼ばれ、戦場で幾度となく酷使され、今日まで生きて来た。
しかし、笹津少佐の『欠陥品』と言う言葉には、優しさがある。
「……私も、アイツの事は、信じている」
私たちを見捨て無いと。
チハの言葉には、言外ににそういう意味が含まれていた。
「………まぁ、今更、信頼しているかどうか何て、議論するつもりは無いわ」
私は肩を竦めてそう言う。
「皆、気持ちは同じだと思っているもの、信頼もそうだけど……この胸の奥にある感情も……ね」
そう言うと、皆が皆、自分の胸に手を当てる。
大小関係なく、皆が同じ想いに心当たりがあった。
少佐の前に立つと感じる、奇妙な疼き、或いは、衝動。
「……私、この気持ちが、良く分からないんです」
ハクが、そう口にした。
他全員の視線が、彼女に集まる。
「将臣さんの近くに居ると、どうしようも無く、不安になって、胸がきゅってなって、苦しくて、分からないけど、触れていたくて、一緒に居たくて、それで、それで……何処にも行かないって、証が欲しくて」
それは幼さ故か、それとも無知なだけか、愛情と言う感情を理解出来ていないのか。
ハクは胸に渦巻く感情に戸惑っていた。
だが、戸惑いながらも、それらを受け入れていた。
ホリは、ハクの言葉に頷く。
彼女も、その感情を抱いていたから。
ハク以外の全員が同じ。
だが、チハと私は全く違う部分に意識を向けていた。
「将臣、さん…?」
私とチハから、同じ呟きが漏れる。
ファーストネームを呼んだハクは、その事に気付いていないらしい。
それ程に、自然な行為。
一瞬、胸の奥から悪寒のする様な衝動が込上がって来たが、慌ててそれを抑えた。
横目で見たチハも、同じように胸辺りをキツく握っている。
服が皺になると言うのに、構わず。
その表情は、酷く苦しそうなものだった。
「……協定を作りましょう」
ホリが、提案した。
私とチハ、ハクが視線を向けると、微笑んだ彼女の顔を見える。
目の見えない彼女は、穏やかな声で続けた。
「私、皆が好きです、ずっと、一年近く、同じ境遇に立たされて、ずっと皆で頑張ってきたんですから、そう思うのは、自然な事でしょう」
それとも、嫌いですか?
そう問われると、首を横に振る。
彼女達、ハク、ホリ、チハ。
そして私。
この四人で、ずっと過ごして来た。
苦しい環境で、足掻いてきた。
何度も挫けそうになって、何度も全てを捨て去りたくなって。
その度に、他の誰かが手を差し伸べた。
正しく、戦友であり、仲間。
「……私も、皆が好き」
もたれ掛かったチハが、声を上げる。
先程の苦しげな表情はそこに無く、あるのは少しだけ悲しげな表情。
「欠陥品同士の傷の舐め合いだと言われても、私は皆が好きで、ずっと仲間だと思ってる……例え同じ人に、好意を向けていても」
彼女の言葉が、全てを語っていた。
同時に、きっと、皆が理解している。
この胸の奥にある感情。
それはきっと、自分以外の誰かと、少佐が結ばれる事を、許さない。
この関係は、いつまでも続かない。
「だから、協定なの?」
私がホリに問いかけると、ゆっくりと、彼女は頷いて返した。
その表情は、変わらない。
「きっと皆、分かっているでしょう、このままずっと過ごしていれば、いつかきっと、取り返しが付かなくなると」
「………えぇ」
私が返事をすると、ハクが「でも……」と続けた。
ハクに顔を向けると、彼女は泣いていた。
「私、将臣さんが、例えトクちゃんでも、ホリさんでも、チハちゃんでも、一緒になってしまうのは……嫌、で…す」
それは、精一杯の自己主張だったのだろう。
ハクの体は震えていて、瞳からは涙が溢れていた。
嗚咽こそ漏らさないものの、ギリギリであるのは目に見えている。
仲間であると、その仲間を否定する言葉を口にするのは、並大抵の事では無かった筈だ。
それが、ずっと欠陥品として共に過ごしてきた、唯一無二の理解者であるならば、尚更。
「……それは、私も、一緒」
チハが唇を噛んだまま、言った。
「でも私は、皆と袂を分かつのも、嫌だ」
それは、皆の総意。
私も、ホリも、ハクもきっと思っている事だ。
きっと、我が儘な事なのだろう。
仲間も失わず、意中の人を手に入れたい……などと。
「………こういっては、何ですが」
ホリは、努めて穏やかに、それでも少しだけ悲しそうな顔で口を開いた。
「我慢しましょう、他の人と、例え結ばれる結果になっても」
それは、どれほどの葛藤の末にたどり着いた答えなのだろう。
どんな気持ちでその言葉を放ったのか。
私には理解出来た。
同時に、チハにも。
ハクでさえ、どれ程の重みがある言葉か、感情で理解した。
理解して、許容できないと、胸の感情が叫んだ。
大粒の涙が溢れ、口を一文字に固く結ぶ。
私も、理解した。
しかし、理解しても納得は出来ない。
それが少佐の事なら。
「私だって、本当は独り占めしたいんですよ?」
ホリが茶化すように、そう言って悲しそうに笑った。
「……それは、私も同じ」
「わ、私も、です…っ」
「………えぇ、私も…よ」
皆が皆、そう答える。
今でも、胸の中で嫉妬、独占欲が渦巻いているのだ。
それを抑えるのに、文字通り死力を尽くしている。
協定を結んでも、きっと何時かは破綻する。
それは、単なる延命処置に他ならない。
……だけど。
「何もせずに、終わるのは嫌ね」
私がそう口にすると、ハクとチハの二人が視線を向けた。
息を吸い込んで、覚悟を決める。
「いいわ、私は……協定を結ぶ」
そう言うと、ホリは優しく微笑んだ。
そして協定の内容を、ゆっくりと話す。
協定は、言わば自分以外の三人が将軍にアプローチを掛けていても、見て見ぬふりをする、というもの。
この感情を持つ私達にとっては、正しく自傷行為に近い。
「………キツイけど、私は、良い」
チハも、内容を聞いて頷く。
だが、その表情は苦渋の決断をした時の様に、優れない色をしている。
当たり前と言えば、当たり前だけども。
「………私も……私も、我慢……します」
ハクが涙を零しながら、そう言った。
「……そう、良かった………御免なさいね」
ホリは、皆の誓いを聞き届けると、申し訳なさそうに言った。
「謝らないで」と私は口にする。
そもそも、これはホリだけの問題では無いのだから。
「寧ろ、こういう協定を作ってくれて、感謝しているわ」
これは本音だった。
何もせず、ただバラバラになっていく皆を見るのは、嫌だった。
仮初とは言え、これで仲間を、戦友を裏切らずに済む。
仲間の好意を知りながら、少佐に近付く事に、罪悪感を抱かなくて済むのだ。
「……その内、皆で……ピクニックでもしよう」
チハが、俯きながら、そう言った。
「基地からは出れないけれど、こういう時間、無かったから」
その言葉に、ハクが嗚咽に体を震わせながら、頷く。
ホリも「そうですね…」と微笑んだ。
私も、悪くないと思う。
「えへへ……じゃ、じゃあ、私、ぐすっ……お弁当、作ります!」
涙を袖で拭いて、無理をした様に笑ってハクが言う。
その言葉に「ハク、貴方料理出来たんですか?」とホリが問う。
返す言葉は「お、おにぎりなら……何とか」
私も、米を握るだけなら何とかなる。
それは果たして、料理と言うのか。
「私も…手伝う」
チハがそう言って、笑う。
ホリも、そして私も。
結局、皆で作る事になった。
こういう機会は、今まで一度も無かった。
ある意味、新鮮で、少佐が来なければ無かった事。
私達には、趣味などと言う、崇高な物は無かったけれど。
少しだけ休暇が楽しみになる、そんな時間だった。
そうして時は、過ぎていく。
あぁ、ようやく投稿できた!
でも明日も学校!その次も!(´;ω;`)
隕石よ!学校にピンポイントで降ってきてッ!
冗談はさておき、今回は四人がメインの話でした!
少佐?空気だよ!(`・ω・´)
ヤンデレだけど、仲間の事もちゃんと想う、良い子達です!
………まぁ、愛が更に深まれば…その限りでは……。
次の更新はいつかなぁ(・ω・`)