戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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空腹の産物

 私は朝からベッドの上でぼけっとしていた。

手元には戦闘で使用した砲弾や資材の詳細が書かれた書類。

それをベッドの上で読んでいたのだが、どうにも集中出来ずに今に至る。

理由は分かっている。

腹が減っているのだ。

 

 おかしい。

私は確か、怪我人の筈なのに。

 

 そう言って抗議したが、トクの「女の子を個室に連れ込んで……何をしていたので?」と言う言葉に全面降伏した。

弱みを握られた人間は弱い。

特に女性関係は。

 

 懸念していたハクは、思った程怒った様子を見せなかった。

起きたら自分の部屋で、最初は驚き、焦った様だが、チハの仕業だと言う事が分かると、膨れっ面になったまま私に「お願いの回数追加」を希望してきた。

つまりは、あの添い寝は無効と言う事らしい。

不可抗力とは言え、チハの事もあるので、私はそれを承諾した。

するとハクは途端に上機嫌になって、快く今回の事を許してくれた。

まぁ、お願い一つで機嫌を直せるのならば、安いものだと思っておこう。

 

 トクは少しだけ寒々しい視線を私に送り、朝の集合に遅れたと言う理由で朝食を奪われた。

………最近、私の将軍としての立場が弱くなって来ているのは、気のせいではない筈だ。

威厳とか色々、戦闘前に置いてきてしまった様な気がする。

 

 事の発端であるチハは、我関せずとばかりに佇み、特に何の発言もしなかった。

解せない。

 

 尚、ホリは皆の話を聞きながら、一人ニコニコと微笑んでいた。

 

 ぼうっとしていた意識を、頭をふって覚醒させる。

仕事はしなければ、終わらない。 

渋々と書類に再度目を落として読み始めるが、やはりと言うか、何と言うか。

ぐぅ、と腹が鳴って、その度に空腹を意識させられる。

読み進められると言えば進められるが、辛いものは辛い。

もういっその事、トクの目を盗んで食堂に行き、食べ物をかっぱらって来ようかと考え始めた時。

コンコン、とノックの音が聞こえた。

 

 誰だと思いながら「どうぞ」と声を上げると、「失礼します」と、ホリの声が聞こえた。

扉から姿を現したのは、やはりホリ。

「どうしたんだ?」と問うと、ホリは小さく微笑んで手に持っていたモノを胸元まで上げた。

 

 それは、配膳板に乗せられた朝食。

 

 彼女は微笑みながら、「少佐、朝ごはんまだですよね?」と言った。

私はちょっと泣きそうになった。

 

 私が少佐に昇進した事は、朝の内に皆に伝えた。

軒並み、皆は私の昇進を喜んでくれて、賞賛の言葉を送られた。

それを私は、何となく苦い思いで聞いていた。

 

 ホリは配膳板をどこに置けば良いのか、私に聞き、私は適当に部屋にあった小さなテーブルをベッドの横まで引き寄せ、その上に置く様にと頼んだ。

彼女は朝食をテーブルの上に置くと、私のベッドに腰掛ける。

朝食の内容は、サンドにポタージュ、それとポテトサラダ。

香ばしく、暖かい湯気を出す食事は、非常に食欲を刺激した。

 

「冷めない内にどうぞ……それと、怪我の具合は如何ですか?」

 

「あぁ、順調に回復している」

 

 朝食のサンドを口に含み、咀嚼してから答えると、ホリは「そうですか」と微笑む。

実際、軍医の見立てでも後数日で歩き回って良いと言われた。

かなり回復力が高いと驚かれたが、まぁ若さゆえの力と言う事で納得しておこう。

実際問題、早く動ける様になるに越した事は無い。

私達にはやる事が山ほどあるのだ。

戦闘も、今回限りでは無いのだから。

 

 もぐもぐと口を動かしていると、ホリは黙って私に顔を向けたまま佇んでいた。

目が見えていないのは分かっているのだが、何となく恥ずかしくて、「どうしたんだ?」と問う。

するとホリは、少しだけ眉を下げて。

 

「この目が見えたら、少佐の顔が見えるのになぁ…と思っていました」

 

 そう正直に答えた。

それに、私はどう答えるべきか、少しだけ口を閉ざす。

実際、彼女の目を元に戻す事は、私には出来ない。

心無い慰めなど、彼女は望んで居ないと分かっていて、何と言うべきか全く分からなかった。

口を噤んで、なんと声を掛けるべきか悩んでいると、「でも」と、ホリは言葉の続きを口にした。

 

「私は、少佐の手の温もりが好きですし、目が見えないからこそ、少佐の温もりに気付たから、良いんです」

 

 私は今で、十分に幸せですよ。

そう言って笑うホリを眺めながら私は、ぎゅっと胸を締め付けられた。

何かしてやりたいと思った。

私の視界に、ホリの行儀よく膝の上に置かれている手が見える。

片方の手で、ホリの手を静かに取った。

 

「しょ、少佐?」

 

 昨日みたいに、恋人繋ぎをして、そのまま逆の手で朝食を食べる。

最初、ホリは少し戸惑った様に頬を赤くして、わたわたと忙しなかったが。

少しすると、微笑みを浮かべたまま、優しく私の手を撫でた。

 

「………ありがとうございます」

 

 そう呟くホリに、朝食を頬張ったまま「……ん」とだけ返す。

別に気恥ずかしくて、ちゃんと返事を返さなかっただけでは無い。 

それだけは言っておこう。

 

「…皆には言い忘れていたが、私の事は別に、何と呼んでも良い、将軍と、奇抜なもので無ければな」

 

 私が少しだけぶっきらぼうにそう言うと、ホリは少しだけ驚いた顔をした後、嬉しそうにはにかんで、「では、笹津さん、でどうでしょう?」と聞いてきた。

 

「ホリが良いなら、良いさ」

 

 そう答えると、ホリはちょっとだけ眉を下げた。

それから少しだけ俯いて、頬を赤くする。

どうしたんだと思っていると、ホリがおずおずと口を開いた。

 

「…本当は、将臣さん、と呼びたいです」

 

「………好きにすると良い」

 

 何故か恥ずかしくて、口から少しだけ高い声が出た。

誤魔化す様にサンドを頬張ると、「……はい」とホリが微笑んだ。

それから、ありがとうございます、と。

 

 ホリが帰ってからの書類仕事には、少しだけ力が入った。 

 

 





明日から、更新が止まるかもしれません。

……何故なら、明日から地獄が続くからです…。

その名は、学校ッ!(´;ω;`)


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