朝が来た。
私はいつの間にか眠っていたらしい。
窓から聞こえる雀の鳴き声に、意識が眠りの沼から引き上げられた。
視界がぼやけ、僅かな布団の隙間から入ってくる朝の冷気が冷たい。
思わず身震いし、ふと自分の隣に暖かい何かがあるのに気付く。
それは私の胸元に顔を押し付け、そのまま寝息を立てていた。
そう言えば、昨日はハクが来たのだった。
暖かい彼女の体温を感じながら、頭をゆっくり撫でる。
すると、僅かに体を震わせて、一層強く私に抱きついた。
布団をかけ直し、時計に目を向ける。
朝の五時半。
起床時間まで、残り三十分。
時間的には、丁度良い時間だ。
穏やかな寝息を立てている彼女を起こすのは忍びない。
だが流石にお願いとは言え女の子、まぁ戦車ではあるが、と添い寝をしていたと知られては、色々面倒になる。
故に、早めに自室へと戻すのが利口だろう。
私は少し申し訳無く思いながら、ハクの肩を揺すった。
「ハク、起きろ、もうすぐ起床時間だ」
すると、ハクは「んぅ…」と眠そうな声を上げながら、私に一層強く抱きついた。
「ハク、ハク、起きてくれ……早く部屋に戻らないと、三人に怪しまれるだろう?」
「ん………大尉?」
大尉?
私はふと、彼女の言葉に疑問を覚えた。
そして同時に、彼女の髪を見て思う。
布団に髪が隠れていたが、布団から頭を出した彼女の髪は、長い。
ハクは、こんなに髪が長かったか?
「……ハク?」
いや、違う。
私は、自分の事を抱きしめている腕が、一本しか無い事に気付いた。
私の腕の間から顔を出したのは、ツインテールを解いたチハだった。
肩まで下がった白いTシャツ、大きめなサイズで、恐らくそれが寝巻き代わりなのだろう。
いつもとは違う、どこか気の抜けたチハ。
思わぬ人物の登場に、時間が止まる。
私が呆然と彼女を見つめると、チハは眠そうに目を擦っていた。
それから時計に顔を向けて、私に視線を戻す。
「まだ三十分ある……大丈夫」
いや、大丈夫では無い。
いそいそと布団の中に体を入れ、私の胸に再度顔を埋めようとしているチハを止め、「待て」と声を掛けた。
「……何か、問題でも?」
彼女は眠そうな目をしながら、きょとんとした表情で私を見上げた。
「問題しか無い、何故チハがここにいる」
「…添い寝、していたから」
いや、私が添い寝をしていたのはハクだった。
夢では無いと断言出来る。
昇進の件で様々な気持ちを抱いたのを、覚えている。
流石にそこまで耄碌していない。
「私の記憶によると、添い寝していたのはハクだ、ハクはどうした?」
「……自室に居る」
「何?」
私は疑問の声を上げた。
一体どういう事だと。
私が困惑した表情でいると、チハは私に抱きつきながら、口を開いた。
「夜、アンタの所に来たら、ハクが居たから、部屋に送った、その後添い寝しただけ」
その言葉を聞いて理解する。
つまりは私とハクが寝静まった後に来て、ハクだけ部屋に送り届け、私と添い寝をした。
そういう事なのだろう。
「……何故、そんな面倒な事をするんだ」
そう言っている間に、チハはぐいぐいと顔を胸に押し付ける。
力が強い彼女がすると、少しだけ痛かった。
「チハ、あまり力を入れるな……少し痛い」
そう言って髪を撫でると、彼女は私を見上げながら、言った。
「でも、こうしないと……匂い取れない」
「…匂い?」
私は自分の腕を嗅ぐが、特に何の匂いもしなかった。
自分では分からないのか? と思いながら「臭うか?」と問うと、「少しだけ」と返事が返ってくる。
これは、朝飯前にシャワーでも浴びた方が良いかもしれない。
「アンタの匂いは、好きよ……けど、擦り付けられた匂いは、好きじゃないの」
彼女が何を言っているのは分からない。
だが、彼女が本気で言っているのは分かった。
故に、胸に何度も顔を埋めるチハに対し何か言える事は無かった。
「しかし、これがお前のお願いだったのか? ハクと同じで」
そう問うと、チハは埋めていた私の胸から顔を上げて、「お願い?」と聞き返した。
「一人一つ、お願いを叶えるって約束、しただろう?」
そう言うと、彼女は「あぁ…」と、今思い出したような声を上げた。
まさか、忘れていたのだろうかと、内心呆れる。
元はと言えば、彼女が言い出した事だと言うのに。
「そうね、でも今回のは無効よ……だって、先にハクが居たもの」
チハはあっけからんとそう答える。
「いや、しかし、結局部屋に運んで………」
「何か問題でも?」
彼女が顔をずいっと近付けて、下から私を見つめる。
その目が少しだけ色を濁らせたのを見て、「……いや」と思わず答えてしまった。
それに対し、チハは酷く満足そうに頷く。
「そう……良かったわ」
それから、また胸元、首筋、それぞれに自分の頬や額を埋めて、擦り付ける。
存外、彼女も甘えたい性分なのだろうか。
兎に角、彼女が満足するまで、私が動ける事は無かった。
「ねぇ」
チハが首筋に顔を埋めながら、口を開く。
吐息が掛かって、少しだけ痒かった。
私は、さてハクには何と言われるのだろう、そこから経由してトクやホリにも知られるのだろうかと、気が気がでは無かった。
彼女達からお願いとは言え、年頃……まぁ何度も言うが、戦車だが……な女の子、しかも二人と添い寝。
ケダモノと罵られ、軽蔑されたら嫌だなぁと本気で考えていた。
「どうしたら、私はアンタを手に入れられるの?」
故に、彼女の言葉を上の空で聞いてしまった。
「欠陥品として捨てられて、初めて欲しいと思った唯一なの………」
「それ以外はいらない、何も望まない……だから」
首元に何度も唇を落とされて、漸(ようや)く思考から戻った。
そして、思わず「えっ」と声を上げてしまう。
他の三人に何を言われるのかを想定していたら、言葉が右から左に流れてしまった。
今、チハは何と言ったのか。
全く分からない。
分からないが、彼女が何か大切な事を言ったのは、雰囲気で分かった。
故に、聞き返すと言う選択肢は無い。
私は誤魔化すように、うんうん、と頷いた。
取り敢えず、「うん」と言う言葉で返事が出来る話だった事を信じて。
次の瞬間、チハは私に覆い被さっていた。
驚く事も出来ずに、彼女に密着され、見つめられていた。
チハの瞳は僅かに潤み、頬を上気させていた。
「……それは良い、って事…なの?」
え、何が?
と聞き返す事は出来ず、場の流れで取り敢えず頷く。
そうすると彼女は、ゆっくりと私の胸に顔を埋めて、静かに。
「……そう」
とだけ言った。
その言葉は、やけに嬉しそうで、上擦った声だった。
心なしか、耳も赤くなっている様に思える。
結局彼女が私の上から退ける気配は無く。
勿論、起床時間は過ぎた。
朝飯は抜きだった。
ヤンデレって難しい(´;ω;`)
分かっては居たけど……深いのデス。
下手に気持ちを押し付けるだけじゃ駄目だし、相手の事を考えながら、尚且つ自分の欲求を満たしたいと言う葛藤……。
書くのが難しい(´・ω・`)