戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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番外編②

突然だが、戦車の力について世間は正しく認識していない。

単にとんでもなく力があるとか、怪力だとか。

そんな大雑把な認識は広まっているが、具体的な数字等を知っている人はほんの一握りだ。

事実、この基地内でも戦車の力を正確に知っている者は極僅かだろう。

前線で戦う兵士でこれなのだ。

世間一般で言う「戦車の怪力」がどの程度のものなのか、そんなのは眉唾物だ。

 

 九七式中戦車、通称「チハ」を例に挙げよう。

 

 当時の記録によると重量は14.7t、排気量は21,720cc、170馬力、最大速度は38㎞/hだ。

彼女達の戦闘能力は当時の記録と同程度となる。

火砲や装甲などを換装した状態で全力疾走した場合など、その最大速度等は全て同じなのだ。

勿論、人間形態を取った彼女達の重量がそのままなら、地面に穴が空いている事だろう。

約15tの重さが、あの小さな足の裏に集中する何て考えたら末恐ろしい。

私など上に圧し掛かられただけで死ぬ自信がある。

だが、実際に彼女達を計測機に乗せればその重量が表示される。

彼女達の重量は我々人間とは比べ物にならない程重いのだ。

 

 しかし、彼女達は普通に生活をし、ベッドの上で安らかに眠る事も出来る。

宿舎の安物ベッドが15tの重量に耐えられるのか? 答えは否だ。

では、彼女達専用に作り上げられた頑丈なベッドなのか? それも否。

 

 私は彼女達を抱き上げる事も出来るし、圧し掛かられても死ぬ事は無い。

つまりは彼女達が実際に15tと言う重さを誇っているのか、と聞かれれば疑問符を浮かべる他無い。

どういう事か、それは私達にも分からないのだ。

何らかの条件で軽量化が起きているのか、或は他の要因があるのか。

彼女達は実際に何十tもの重量を持つが、それは私達の腕でも持ち上げられてしまう。

意味が分からない。

最初に彼女達の計測を行った研究者はそう言ったそうだ。

 

 私としては、幾ら通常兵器の砲撃や爆撃を受けても傷付かない方が意味が分からないと叫びたい。

 

 さて、話が逸れた。

彼女達の怪力の話だ。

 

 原則として、彼女達の力強さはエンジン‥‥この場合は馬力によって左右される。

チハの場合は170馬力となる。

馬力を単位として制定したジェームス・ワットによると、1馬力は735.5 Wであり、簡単な話75kgの重りを一秒で一メートル持ち上げた時の仕事率となる。

別に重量は75kgで無くとも構わない。

37.5kgの重りを一秒で二メートル持ち上げたでも良いし、150kgを一秒で0.5mでも問題無い。

問題は、果たして人間は何馬力かと言う話だ。

 

 仮に、75kgのダンベルを人間が一秒で一メートル持ち上げられるかと聞かれれば、まず普通の人間では無理だ。

鍛えた成人男性であれば可能だろうか? 少なくとも一秒で持ち上げられる筈が無い、つまり不可能。

一般的な人間の馬力は約0.25馬力と言われている。

そう一馬力すらないのが人間なのだ。

ここで本題に戻ろう。

我々人類は0.25馬力、それに対して戦車のチハは幾らだったろうか?

 

 170馬力だ。

 

 単純な話、彼女は私達人間の約680倍の力を持っていると言う事になる。

680倍だ。

敵うとか敵わないとか、そういう次元じゃない。

正しく勝負にならないのだ。

 

 さて、何故この様な思考を私が浮かべているのか。

それは現状、彼女達の力には絶対に敵わない事を実感しているからである。

 

 

「ふふっ‥‥‥あぁ、幸せ」

 

 

 私の上に覆いかぶさるチハ。

ベッドの上に転がる半裸の私。

拘束された腕。

がっちりと掴まれた体は、揺り動かそうにも全く拘束を解く気配が無い。

彼女に拘束され、早数十分。

私の精神は正直な所、限界に迫っていた。

いや、精神だけではない。

肉体的な限界も迫りつつある。

 

 ミシミシと音を立てる私の体、骨と筋肉が鬩ぎ合い圧縮されようとしている。

内部から徐々に破壊されている感覚。

そして段々と荒くなる呼吸、白くなっていく視界。

 

 早い話がチハの抱き着きによって体が悲鳴を上げていた。

 

 彼女とて私が人間であると理解している筈だが。

今回はいつもより抱きしめる力が強い。

それは私を逃さないと言う意思表示なのか、それとも単に無意識の内に成している事なのか。 

 

 そもそも、なぜこんな事になってしまったのか。

酸素の足りない脳は現実逃避の為の題目を私に与え、思考する。

 

 

 最初、手錠を掛けられた時、私は確かに硬直してしまった。

人間予想外の事に直面すると、一瞬だが頭が真っ白になってしまうものだ。

私も例に漏れず僅かな時間アホ面を晒してしまった訳だが。

しかし私とて腐っても軍人、訓練校時代に叩きこまれた技を肉体は覚えていた。

 

 手錠を嵌める、それは相手を拘束する動作だ。

それが私に危機感を抱かせた。

警鐘を鳴らした第六感を信じ、チハから逃れる為に先手を取った。

密室に手錠、そして妖しく嗤う部下が一名。

これで危機を感じない方がどうかしている。

私は一瞬でチハの腕を取ると、足を外側に払って重心を後ろに逸らした。

転倒させ、そのまま関節を決める為だ。

勿論怪我はさせない様に直接的な打撃は避ける、戦車が人間の格闘術程度で怪我をする筈が無いがこれは心情的な問題だ。

 

 私の目論見通り、腕を取られ足を払われたチハは重力に従って床に転がる。

そしてうつ伏せになったチハの腕を曲げれば拘束が完了する、戦車の怪力は脅威になる為、全体重を体に掛けて全力で関節を曲げた。

 しかし、私が予想した抵抗はされなかった。

組み敷かれたチハは、どこかキョトンとした表情で私を見上げる。

毒素を抜かれる様な表情だ、私はチハの背中に膝を乗せたまま彼女を見降ろした。

 

「‥‥一体何を?」

 

「それはこちらの台詞だぞ、チハ」

 

 いきなり手錠を嵌めるなど、一体何を考えているのか。

そう問えば、チハは当たり前のように「アンタをこの部屋に監禁する為だけど‥‥?」と回答した。

その表情には一切の躊躇いも、そして後悔の色も見えなかった。

まるで正しい事をしている様に、当たり前を口にする。

 

「‥‥‥本気か?」

 

「本気、アンタが今外に出ればホリやトク、ハクに捕まる‥‥そしたら、結婚しちゃうんでしょ?」

 

「いや、私は結婚など‥‥」

 

 チハの言葉に反論しようと口を開くが、チハが続きを口にする事で遮られてしまった。

 

「‥‥だから、盗られる前に私が既成事実を作る」

 

「‥‥は?」

 

 最初、チハの言葉が上手く変換出来なかった。

きせいじじつ、きせいじじつ‥‥‥既成事実!?

そう正しく意味を理解した瞬間、私は自分の体が浮き上がった感覚を覚える。

そして、腹筋だけで自分の体を持ち上げたチハを視界に捉えた瞬間、何か途轍もない力で宙に放り投げられた。

 

「う‥ぉっ!?」

 

 半回転。

そして狙ったのか、着地地点はチハのベッド

どうやって投げられたのかも分からないまま、私はベッドの上に転がった。

そして勿論、手錠で繋がったチハも一緒だ。

私の上に着地し、ギシリと大きな音が鳴る。

スプリングが悲鳴を上げて、僅かに舞った埃が窓から差し込む光に映った。

跨れた私はこの体勢は拙いと体を持ち上げるが、チハの腕が胸を押さえつけ上体すら起こせなかった。

 

「ぐっ‥‥チハッ」

 

 胸を圧迫され、くぐもった声で名を呼ぶと、チハはどこか恍惚としたような表情をした。

頬を赤く染めて唇をそっと舐める。

 

「っ‥‥そんな切なそうに呼ばないで‥‥腰にクルじゃない‥」

 

 押さえつけた腕をそのままに、チハは口を使って器用に私の服を裂いた。

歯で服を噛み、勢い良く首を捩じる。

士官服は普通の衣服より丈夫とは言え所詮は布だ。

硬貨を紙のように捩じ切る戦車の前では何の障害にも為らない。

士官服に下着のTシャツ、その下には素肌。

容易く服を裂かれた私は、チハの目の前で肌を晒した。

服を裂かれた私は、あぁ、予備の士官服を用意しなくては、追加の士官服を補給班に頼みたいが何と言い訳すれば良いだろう、何て見当違いな事を考えていた。

 

「はぁ‥‥すぅ」

 

 顔を赤くしたまま、チハは胸を押さえていた腕を退けて圧し掛かって来る。

そして私の首筋に何度かキスをすると、深く息を吸い込んだ。

 

「‥‥良い匂いがする」

 

 そう言った彼女の吐息が耳をくすぐる。

密着したチハからは、何とも言えない良い匂いがした。

そして柔らかい体は戦車とは思えない弾力を私に感じさせる。

‥‥そう言えばこの基地に来てからと言うものの、女を抱いていない事に気付いた。

私とて未だ23歳、まだ枯れてなど居ないし戦場に出る以上心的ストレスは人並みに感じている。

訓練校時代は週末、月に一、二回程は致していたが。

そんな事を考えていたからだろうか、ふと下半身に熱を感じた。

 

「っ‥‥チハ、今すぐ退けっ、上官命令だ」

 

 一瞬、邪な考えを浮かべた思考に喝を入れ、彼女の肩を掴んで引き離そうとした。

だが、彼女は一向に離れない。

僅かに私を抱きしめる力を強くした彼女は、どこか拗ねる様な口調で言う。

 

「‥‥結婚してくれるなら」

 

「だからっ、結婚はしないと言ってっ‥‥!」

 

「じゃあ無理」

 

 至極簡単な受け答えで、一際強く抱き締められる。

ミシリと筋肉と骨が悲鳴を上げ、思わず呻いた。  

 

「ぐっ‥‥」

 

 離せ、離れない、結婚する、しない。

馬鹿の一つ覚えの様に繰り返される問答、どちらも相手の要求を呑む気は無いし、譲る気も無い。

私としては結構な時間粘った気もしたが、保ったのは十分程度。

 

 結局、先に精根尽き果てた私がチハのされるがままになるまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

 そして現在に至る。 

 

「ふふっ」

 

 上機嫌に私の首筋や胸に顔を埋め、深く呼吸を繰り返してはキスをする。

そして意味も無く私の肌に手を這わせ、丹念に撫でて行くのだ。

その手つきはどこかいやらしく、愛撫の様にも感じる。

極めつけは、離さないと言わんばかりの抱き着き。

これをされると意識が飛びそうだった。

 

 ミチリと体が悲鳴を上げる。

 

 もはや抵抗する気力すらない私は、一人思考の海に逃れる。

何故こんなにも彼女達は結婚したがるのか。 

何か私の知らない圧力でも働いているのか。

ただの被害妄想かもしれないが、私は本気で何か裏があると思っていた。

 

「さて‥‥」

 

 私の首筋に顔を埋めて居たチハが僅かに顔を離す。

彼女がキスの雨を降らせた首や胸には無数の鬱血の痕が見られる。

言ってしまえばキスマークだ。

まるで自分のモノだと言わんばかりに刻まれた証は、無性に羞恥心を掻き立てた。

 

「ねぇ」

 

 不意に、彼女が私の瞳を覗き込む。

爛々と光る瞳に僅かな充血、そして仄かな色気のある目つきが私を捉えた。

思わず顔を逸らしてしまい、彼女が顎を掴んで強制的に正面を向かせられる。

視線が交わって、お互いの吐息が掛かる距離。

そして彼女の口から出た言葉に、私は言葉を失った。

 

「アンタ、初めて?」

 

 初めて。

 

 一体何が。

 

「‥‥‥‥その、こういう事」

 

 そう言ってチハが手を這わせた場所。

それは下半身、もっと言えば左右の足の間にある部分。

そこで無節操にもそそり立ってしまったモノ。

服の上から触れられた瞬間、思わず腰が引けた。

 

「わっ」

 

 身を捩った瞬間、チハの足に当たってしまう。

そしてチハはそれを見て、何故か嬉しそうに笑った。

 

「‥‥アンタ、私に興奮してるんだ」

 

「っ‥‥」

 

 この基地に来てから発散してないからとか、色々溜まっているからとか、いい訳なら幾らでも出てくる。

だがチハの様な女性に迫られて、興奮しない男は不能だろう。

勿論それを口にする様な事はしないが。

 

「それで‥‥初めてなの?」

 

 チハが私を覗き込んだまま問うてくる。

その質問の内容に少しだけ頬を赤らめた私は、何とかチハの視線から逃れようとするが、私の顔を固定する彼女の手から逃れる事は出来ない。

「答えて」と催促され、私の脳は幾度と無く回転する。

 

 返答するならば初めてでは無い。

だが、何故だろう。

 

 正直に答えれば、死ぬ気がした。

 

 いや、それは確信に近い。

彼女の覗き込む瞳はどこか色香を放っているものの、奥底では暗く鈍い光が蠢いている。

まるでその質問は「初めて以外許さない」と、言外に語っている気がするのだ。

これは気のせいだろうか。

いや、私の第六感、シックスセンスが今までに無い程警鐘を鳴らしている。

此処で正直に話せば命は無いと。

明確な死の匂い、あの戦場にも匹敵する濃厚な死の気配を感じた。

 

「あ、あぁ‥‥」

 

 固唾を呑み込み、私がそう答えると、チハはまるで真偽を確かめる様に私の瞳を見つめた。

じっとりと額に汗が滲み、視界一杯にチハの顔が映る。

瞳孔の開いたチハの瞳、それに今まで感じた事の無い恐怖を感じた。

感情が抜け落ちた様な顔、ぴくりとも動かない目。

自分の顔から段々と血の気が失せていくのが分かる、そして何十分にも感じられたチハとの対峙は不意に終わりを告げた。

ふと、チハが口を開こうとした瞬間。

 

 コンコン、と部屋のドアがノックされた。

 

「チハさん、いらっしゃいますか?」

 

 ドアの向こうから聞こえてくる声、それはホリのものだった。

目の前にあったチハの顔が遠ざかる。

私は思わず安堵の息を吐いていた。

 

「‥‥どうしたの、ホリ」

 

「あぁ良かった、少し聞きたい事があるのですが‥‥」

 

 そして一拍置いた後、ドアの向こうから少しだけ低くなったホリの声が響いた。

 

「将臣さんを知りませんか?」

 

 ハッキリとした声だった。

その声は確かにチハの耳に届き、チハは一瞬答えに詰まる。

そして、何故か少しだけ後悔の滲んだ表情をした後、「‥‥知らない」とだけ答えた。

 

 訪れる静寂。

 

「そうですか‥‥」

 

 ぽつりと、ホリは呟いて。

次の瞬間。

 

 ドアが弾け飛んだ。

 

「ッ‥‥!?」

 

 弾け飛んだ金属製のドアが音を立てて床を滑る。

壁にぶつかって止まったドアは、中心がべっこりと凹んでいた。

一体どれ程の力が加わったのか。

私に覆いかぶさる様にして身を屈めたチハは、部屋の入り口に目を向けた。

そしてゆったりとした足取りで部屋に入ってきたホリは、見えない目でこちらを見た。

緩慢な動作は、相手の恐怖心を煽る。

 

「将臣さん、居ないんですよね? ‥‥‥じゃあ、何でだろう」

 

 

 

「此処から、将臣さんの匂いがします」

 

 




少佐は協定の事を知りません!

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