戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

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決意

  

 夜。

 

 21:20

 

 トクと新たな約束を交わしてから、八時間後。

 

 夜食を終え、ハクに謝罪し、チハを心配させた罰として、何故か四人全員の言うことを一つだけ聞くと言う約束を取り付けられた後。

私は個室のベッドの上で、のんびり送られてきた書類を眺めていた。

何でも先程届いたもので、中央本部から相楽基地まで送られて来たものだ。

トクが幾つかの書類と一緒に、届けてくれた。

 

 私はどうも、戦闘終了から約19時間眠り続けていた様で、その間に陸上懴車撃破成功の一報が、作戦報告書の前に伝えられていたらしい。

結果、こうして私の手元には、厚さ、内容共に薄っぺらい紙が握られている。

記載されているのは、薄っぺらい賞賛の言葉。

それと、私、笹津正臣を少佐に昇進させる旨の内容。

小さな封筒の中には、一緒に階級章も同封されていた。

 

「……少佐、ね」

 

 大方、前線の欠陥品部隊だとしても、尉官に将軍をやらせるのは拙かったのだろう。

仮に戦果を上げれなかったとしても、何か適当に理由をつけて昇進させようとしていたに違いない。

賞賛が書かれた部分から、そことなく読み取れた。

 

「23歳、少佐か……」

 

 恐らく、軍の中でもずば抜けて早い昇進だろう。

士官学校を卒業し、中尉の肩書きをぶら下げ、この相楽基地に着任すると同時、大尉に階級が上がった。

それが、今回の戦闘で少佐に格上げである。

しかし、軍の中でも20代で佐官と言うのは、少ないが居ない事も無い。

と言うのも、深海棲艦や陸上懴車との戦闘で、多くの軍人が死んでポストに空きが出たからだ。

死んで、空いては埋め、死んで、空いては埋め。

そんな事を繰り返している内に、軍の階級は全体的に若年化した。

当たり前と言えば、当たり前だろう。

 

 ライトに少佐の階級章をかざしながら、何となくぼんやりとソレを眺めた。

確かに、昇進は私の望む所。

権力を得て、戦力増強に務める為には、必要な肩書きだ。

 

 しかし、今、私が居る場所は中央では無い。

 

 旧北海道、前線の最中だ。

 

「……そう言えば、アイツ等については」

 

 頭の中に思い浮かぶのは、自分の昇進の事などでは無く。

四人の戦車達の姿。

彼女達の、待遇改善だ。

 

 今回の件で、中央はこの相楽基地の評価を見直した筈だ。

軽戦車二体、中戦車一体、重戦車一体、計四体の陸上懴車撃破だ。

決して少ない戦果では無い。

 

 もし、彼女達が評価されて、待遇が改善されれば、もっと良い装備を用意してやれる。

主砲や装甲は勿論、この基地全体の改善だって夢では無い。

 

 私は、トクの持ってきた書類を全てベッドの上に広げて、漁り出す。

一枚一枚捲って確認し、中央から出された書類を探した。

しかし、昇進を伝える書類以外、中央から送られてきた書類は無かった。

もしかして同封されているのかと中身を再度確認するが、無い。

入っていたのは、薄っぺらい賞賛と昇進を告げる紙、それに少佐の階級章のみ。

 

 そして、薄っぺらい賞賛の言葉を眺めて、理解した。

 

 あぁ、成る程、コレ全部、私の『策のお陰』とされているのか、と。

つまりは、そう。

私こと、知略に長けた笹津少佐が、欠陥品の戦車を利用して、尚四体の陸上懴車を撃破したと。

そういう風にしたいと言う事なのだろう。

欠陥品である戦車が頑張ったのではなく、指揮した将軍の私が凄い。

作戦の内容、それについては是非を問わず。

例えどの様な戦果であれ、過程であれ、結果は一緒。

故に、作戦報告書の到着を待たず、この紙を送り届けた。

評価を見直す必要が無いから。

 

 彼女達が、評価される事は無い。

 

 私は無言で昇進の紙を破り捨て、ゴミ箱に投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大尉……起きてる?」

 

 夜中、明かりの落ちた部屋の中で蹲っていると、ふと、扉が軋む音が聞こえ、それからハクの声が聞こえて来た。

こんな夜更けに、一体何の用か。

備え付けられた時計を月明かりを頼りに見れば、もう一時を回っていた。

既に皆、寝静まっている頃だろう。

 

「…こんな夜更けに、どうした?」

 

 私が上体を起こしてそう問うと、「ご、ごめんなさい…」とハクらしき影が頭を下げて、それから申し訳なさそうに、扉に体を半分隠しながら言った。

 

「……た、大尉に、お願いが、あって…」

 

「……お願い?」

 

 言いながら扉の影にどんどん隠れていくハクは、恥ずかしそうにしている。

 

「……明日の朝では、駄目なのか?」

 

 何も、夜中に頼みに来なくても良いだろう。

言外に、そういう意味を含ん疑問だったが、彼女はフルフルと首を横に振った。

 

「…今じゃないと、駄目、なんです」

 

 今でなければならないお願い。

何だと考える頭の中で、ふと、彼女達のお願いを一つ叶えると、四人に今日約束したのを思い出した。

であるならば、断る理由は無い。

私は目元を指で擦ると、「良いよ、おいで」とハクに手招きをした。

すると、ハクはおずおずと、しかし嬉しそうに、小走りで私の所にやって来る。 

私のすぐ傍まで来たハクは、服の裾を掴みながら、震えて言った。

 

「ぁ、あ、あの……そ、添い寝…」

 

「…添い寝?」

 

 彼女はそこまで言うと、息を吸い込んでから、俯いたまま、呟く様に言った。

 

「そ、添い寝を、お願いしに、来ました……」

 

 そう言って、恐る恐る彼女は私を上目遣いに見る。

月光に照らされた彼女の頬は、真っ赤で、唇は僅かに震えていた。

きっと、かなり勇気を振り絞ったに違いない。

その目は、少しだけ潤んでいる。

 

「そうか、添い寝か……」

 

 そう言いながら、私はじっとハクを見つめる。

私の脳裏にはトクの姿が、ハクに重なる様にして映し出されていた。

彼女もまた、甘える相手が今まで居なくて、その反動なのだろうか……と。

トクですら、そうなのだから、こんな小さな彼女が、そうで無い筈が無いと。

私は勝手に決めつけた。

 

 元より、断るつもりも無かった私は「いいよ」とお願いを承諾し、彼女分のスペースをベッドに作って、布団を捲り上げた。

そのままポンポンと、空いたスペースを叩く。

 

「ほら、夜は冷えるだろう? 早く入った方が良い」

 

 そう言うと、彼女は最初は恥ずかしそうに、けど表情はとても嬉しそうに、私の胸に抱きつく様にして、布団の中に入り込んできた。

そして寝巻き姿の私をきつく抱きしめ、胸に額をぐりぐりと押し付ける。

満足すると、こんどは首元に鼻を埋めた。

 

「…すぅ……はぁ……笹津大尉の匂いは、落ち着きます」

 

 彼女の吐息が寝巻きの隙間に入り込む。

なんだそりゃ、と思いつつも、彼女の髪を撫でた。

腕を回し、彼女を包む様にして抱き締める。

ハクは、そんな温もりを満面の笑みで享受していた。

 

「えへっ……大尉、私、幸せです」

 

 そう言って、ハクは笑う。

 

「そうか」

 

 無邪気に笑って、私に抱きつく彼女は、どこまでも純真だ。

純真で、だから私は間違いを訂正した。

 

「ハク、今度から私は、大尉では無くなったんだ」

 

「えっ?」

 

 ハクが驚いた様に、胸元から私を見上げる。

その顔を見ながら、私は努めて温厚に、口を開いた。

 

「中央本部から書状が届いてね、昇進した、少佐だそうだ」

 

 そう言うと、彼女は目を輝かせて、「凄いです!」と声を上げた。

それを、「しーっ」と指を口に当てて、制止する。

ハクは慌てて口を閉じ、それから誤魔化す様に「えへへ…」と笑った。

 

「でも、じゃあ、今度からは笹津大尉、じゃなくて、笹津少佐……ですか」

 

「あぁ、まぁ……そうなるな」

 

 ハクの呼び方は、私がこの基地に着任した時から変わって居なくて、思わず「呼びにくいなら、変えて良いんだぞ?」と口にした。

 

「えっと、どういう風に…ですか」

 

 ハクは呼び方の候補を全く考えていなかったのか、困った様に眉を下げる。

 

「最初に会った時も言ったが、笹津さんでも、将臣さんでも……将軍と、余りにアレな呼び名でなければ、別に拘らないさ」

 

「ん~……本当に何でも良いなら…」

 

 ハクは少し考えた後、決めたのだろう、一つ頷いてから私に問うた。

 

「無難に、将臣さん、でも良いですかね?」

 

 それとも、やっぱり名前は馴れ馴れしいですか。

そう言って首を傾げる彼女に、「いや、良いよ、構わない」と頷いた。

そうすると、彼女は嬉しそうにはにかんで、お礼を言った。

 

「……えっと、将臣さん」

 

「ん?」

 

「将臣、さん」

 

「うん」

 

「将臣さん」

 

「はい」

 

「………えへへ」

 

 何が嬉しいのか、ハクは私の胸元に顔を埋め、頬をずりを繰り返した。

すりすりと、その後キツく抱きしめる。

 

「………勝手に、居なくならないで下さいね?」

 

 その言葉の意味は、本当に言葉通りなのだろうか。

私は彼女の髪を撫でながら、「約束だからな」と呟いた。

返事は無く、代わりに首元にハクの温もりを感じる。

 

 

 

 お前達は、正しく評価されなかったんだぞ?

 

 

 

 本当は、そう口にしたい気持ちで、一杯だった。

 

 けど、昇進を伝えた時のハクの瞳が、余りにも輝いていて。

喉の先まで出掛かった言葉は、また腹の底に沈めた。

 

 昇進の辞退も考えた。

中央帰還までの時間は伸びるだろうが、それでも構わないと思ってしまった。

中央に作戦報告書を何度でも送りつけて、正しく評価しろと叫びたかった。

命を掛けたのは、私だけでは無い。

彼女達もまた、等しく戦地に立っていのだ。

そこに優劣などが有る筈が無く。

私一人で出来る事など、ほんの僅かしか無かったのだと。

 

 あんまりだ。

 

 そう初めて思ったのは、この基地に着任して、戦車を見た時。

欠陥品の集まりだと知って。

それを中央から、押し付けられたと言う事実。

余りの仕打ちに、絶望した。

 

 しかし、今は逆の立場でモノを言っている。

彼女達が正しく評価されない。

彼女達は、こんなにも貢献したと言うのに。

あんまりだ、と。

 

「……将臣さん」

 

「…うん?」

 

 私と同じ位の位置に来たハクは、両手を私の首に回し、私を正面からじっと見つめて、華が咲いた笑みで言った。

 

「大好きです」 と。

 

 今度はちゃんと聞こえた。

少し面食らって、でも、何となく暖かい気持ちになれて。

微笑んで、髪をわしゃわしゃと撫でながら、言う。

 

「私も好きだよ」 と。

 

 それが、どういう『好き』かは分からないけど。

 

 今。

 

 精一杯、自分の出来る事をやろう。

 

 そう強く思った。

 

 彼女達に報いる為には、それしかない。

 

 戦果を上げて、私自身で証明するのだ。

 

 

 

 

 

 

 ー  彼女達は、欠陥品などでは無いと。

 

 

 

 

 

 

 私はハクが寝静まるまで

 枕元に置いた、少佐の階級章を、じっと見つめていた。 

 

 






笹津大尉改め、笹津少佐、四人の為に戦う覚悟を決めました(`・ω・´)


ハクが思った以上にヤンデレにならなかった(´・ω・`)

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