どうしてこうなった。
入った部屋の、何とも言えない女子の匂いが私の思考を僅かに乱す。
此処は、トクの個室。
戦車に宛てがわれた、正しく彼女の『城』だ。
私が部屋に入室後、後から入った彼女が扉を潜る。
それから後ろ手に扉を閉めると、ガチャリという音が耳に届いた。
その音に、私はゆっくりと振り返る。
今、明らかに施錠した音が聞こえた。
「……何で、鍵を閉めるんだ」
「何の事ですか?」
私がそう問うと、彼女は穏やかな表情をしたまま、首を傾げた。
「…いや、だから」
私が続けて問おうとして、しかし、一歩進んだ彼女が首を傾げながら、再度言った。
「何の事ですか?」
「………何でもないです」
いや、もう諦めよう。
別に、迫力に負けたからとか、そういう訳では無い。
ここは既に彼女の城。
閉鎖された戦車達の宿舎、その個室の一つ。
本来であれば、私がこんな場所に赴く理由が無い。
故に全くの未知の領域であり、ある種神聖な……とまでは言わないが、全く予想のつかない世界。
元々二人ひと部屋を想定しているのだが、それぞれが別々の部屋に居るために、殆ど個室と言って差し支えない。
左半分に見える私物、その中でやけにファンシーなぬいぐるみが一つ。
思わず彷徨わせた視線で、それを凝視してしまったが、背後から強烈な視線を感じて慌てて逸らした。
それよりも、こんなところを他の連中に見られたら……。
そう思うとぞっとする。
ある程度信頼は勝ち得ていると思うが、獣(けだもの)と罵られ、蔑まされたら数日は立ち直れない。
そんな自信が私にはあった。
「トク、それで、一体何の用だ…」
恐る恐ると言った風に問いかければ、彼女は扉を離れて私との距離を詰める。
圧力に押されるように、思わず一歩、二歩と下がってしまった。
「大尉、言ったでしょう?」
トクがゆっくりと顔を上げて微笑む。
その表情は穏やかな印象を私に与えるが、その実、瞳はハクと全く同じ、真っ黒く染まった闇だった。
「足をもぎ取る為です」
これは、もしかしたら、ハクよりも鬼門だったかもしれない。
私は本格的に後悔し始めた。
本気ですか。
そう問いかけられたら、何れ程良いだろうか。
あの瞳は、本気だ。
本気かどうか疑うよりも、正気かどうか疑う方が先決かもしれない。
そう考え始めた時、彼女は砲弾を避ける時の様な、滑らかな動きで私の背後を捉えた。
「っぉ!?」
負傷していたと言う点も合わさって、簡単に背後を取られてしまう。
それで無くとも、彼女の動きは意識の外を突く。
警戒も何もしていなかった私は、素早く腕を後ろに回された。
片手で両手を抑えられ、もう片方の左腕が首に絡みつく。
一瞬の内の拘束。
彼女は私の肩に顎を乗せると、耳元で囁くように言った。
「ふふッ……捕まえた」
ぞくりと、背筋が粟立った。
まるで蛇だ。
狩猟者の様な威圧。
いつもと違う、官能的とも言える艶のある声が、トクから聞こえた。
彼女のいつもの行動からかけ離れた行為のギャップ。
私には分からないが、それらが私を酷く、何か妙な気分にさせた。
「ト、トク…何を……ッ」
必死に抵抗し、拘束を逃れようとする私を、トクは簡単に押さえつける。
それもそうだろう、そもそもこれは人間対人間の力比べでは無い。
戦車と人間。
どちらが非力かなど、火を見るより明らかだ。
トクは私をキツく抱き寄せ、その指で口元をなぞった。
「ねぇ、大尉、私は本気なんです……本気で、貴方の足を、両足を、もぎ取ってしまえたらと……そう思っているんです」
「ッ!?」
コイツは、一体何を言っているんだ。
本気でそう思った。
正常な人間の両足をもぎ取る、切断するなど、狂人のする事だ。
トクの手がゆっくりと私の足まで降りてきて、その表面を優しく撫でた。
「片足を失ったら、大尉は私と『お揃い』で……それで、両足を失ったら、一人で歩く事も出来ません、大尉には、常に隣に誰かが必要となるんです」
「それが私」、そうトクは耳元で囁いた。
「朝起きる時も、ご飯の時も、歯磨きの時も、トイレの時も、お風呂の時も、寝る時も、全部全部、隣に私が居るんです、大尉のやりたい事は全部私がします、必要な事なら、何でも……」
「それで、大尉は私を頼ってくれて、甘えてくれて、そこには私と大尉だけがいれば良くて……とても素晴らしい、幸福な世界」
ねぇ、そんな世界………素晴らしいと、思いませんか?
微笑みながら、しかし瞳だけは全く笑わない、どこまでも真剣な眼差しで。
彼女は私に問いかける。
彼女の手が、そっと私の首をなぞった。
私は、純粋に戸惑った。
嫌だと泣き叫ぶ事も、当たり前の様に受け入れる事も出来なかった。
言わば、それが普通の反応という奴なんだと思う。
人間、自分の想定以上の出来事が目の前で起これば、数秒位世界が停止する。
まさに、私はその状態だった。
トクは、私から足を奪いたいと言った。
それは、足を失えば彼女とお揃いになり、また、必ず隣にトクが必要になる状況になるから。
この際、何故トクが隣に立つのかという疑問を隅に置いておけば、まぁ、理解出来なくもない。
あくまで、介護的観点から…だが。
要するに、私と離れたくないと言う事なのだろうか?
そう考えると、まるで答え合わせをするかの様に、トクは独白を始めた。
「大尉、私は貴方が居ないと、不安になります………医務室の時も、個室に行った時もそうです……貴方が居ない、自分の把握出来ない場所に居るのだと思うと…気が、狂いそうになる……」
だから、足を失ってしまえば、もうどこにも行けないでしょう?
これで、一石二鳥です。
とんだ束縛だと思った。
だが不思議な事に、嫌な気はしなかった。
いや、勿論、足を失うなんて御免だが。
その嫌ではないと言う根拠が、『好意』から来ているのか、それとも『信頼』から来ているのか。
私には分からない。
だが、私は上辺だけではなく、正しい意味で、彼女を少しだけ理解した。
「それは……要するに、何処にも行くな、と言っているのか……?」
私が拘束されたままの状態で、そう声を上げると、トクは私の首に唇を這わせながら、首を横に振った。
「それだけでは足り無いんです、全部、全部私がしてあげたい、大尉に頼って欲しいのです、生活の全て……人生の全てを」
それは、無理と言うものだ。
生活の全てを他人に頼るなど、それは老人の仕事である。
しかし、私は無理だと言う言葉を飲み込んで、困ったように笑った。
「しかしなぁ……私は、朝は自分で起きられるし、飯は自分の手で食べる、トイレも勿論ひとりで済ますし、風呂も、寝る時だってひとりだ」
トクには、事務処理の仕事や資材管理で、頼ってばかりだ。
それに、市街戦闘では戦車の一人として、十二分過ぎる程に活躍して貰った。
トクが居なければ、きっと勝利は無かった。
本当に、頼ってばかりだ。
そう言って申し訳無く思う旨を伝えると、トクに強く強く抱きしめられ、「違う」と否定の言葉を送られた。
「大尉、あぁ…大尉、違うのです、私は、もっと、貴方の深い部分で頼られたいのです、言ってしまえば、私無しには生きていけない、それ程に頼りきって欲しいのです」
それは、最早(もはや)頼ると言う次元で無く、依存、と言うのでは無いだろうか。
疑問には思うが、口に出す事は無かった。
堂々巡りだ。
少なくとも、彼女の望みは、今現状、とても叶えられるものでは無い。
日常で最低限必要な事なら、一人でこなせるし、事務処理や戦車としての戦闘行為は違うと言う。
だからこそ、両足を奪うと言う発想にたどり着いたのだと、何となしに理解した。
私は考える。
現状の打開策を。
ヘタをすると、本当に足を持って行かれそうで、結構本気で恐怖していた。
それ程に、彼女の瞳は暗く、濃い。
だから私は落としどころを考えて、口を開いた。
「……もし、私が戦場で足を失ったら、残りの人生、全部お前にやろう」
そう言うと、耳元で小さく「えっ」と声が上がった。
腰に回っていた手が、きゅっと、小さく私を締め付ける。
「だから、戦闘で足を欠損したら、お前に頼りきりの生活を送ってやる、だから、ここでヤるのは勘弁して欲しい」
私がそう、再度口を開くと、背中から「ほ、本当ですかッ!?」と言う、とても元気な返事が聞こえた。
同時に、私を抱きしめる力が、一層強まる。
ギリギリと、腕が私の内臓を圧迫した。
どうやら彼女達の遺伝は、握力だけでは無かったらしい。
怪我の相乗効果もあり、痛みが全身に訴えかけていた。
これは、結構、マズイ。
「うぐッ……あ、あぁ、本当だッ……」
「約束してくれますか? 見捨てないと言って頂けた時の様に、私と共に歩むと!?」
まるで、泣き叫ぶ様に、懇願する様に。
普段のトクからは想像もつかないような声で、彼女は叫んだ。
必死さが、体全体から伝わるような、そんな声だ。
「や、約束する、約束するからッ!」
そう言ってもがいていると、感極まった様にトクは私を開放し、そのまま正面に回って抱き締めた。
今度は、抱擁とでも言い換えれば良いのか、自分のものだと自己主張する様な抱きしめ方では無く、愛くしむ様な抱擁だった。
首元に顔を埋め、熱っぽい吐息を皮膚に浴びせながら、「あぁ、大尉、大尉っ…好きです、愛しております」と口にする。
万力の様な力から開放された私は、その反動で肺一杯の空気を吐き出す。
その呼吸音に被さって、トクの言葉を聞き逃してしまった。
故に、「あぁ、凄く喜んでいるなぁ」と荒い息の中で、まるで他人事の様にトクを見ていた。
しかし、彼女達は本当に心配性だなと心の底から思う。
見捨てないと約束した。
その上、トクとは、万が一だけれども、足が欠損したらずっと傍に居ると言う約束までしてしまった。
首に唇を擦り付けながら、私の名を呼ぶトク。
何となく頭を撫でながら、「甘える相手が今まで居なくて、その反動だろうか……?」と真剣に考えていた。
ともあれ、私は彼女の戦友であり、仲間であり、上官である。
まぁ、それくらいの約束なら、しても良いだろうと言う、信頼と好意はあった。
それともう一つ。
彼女の約束は、果たせないだろうと言う、予想があったから。
もし、足が欠損する様な負傷を負ったのなら、出血多量か、その場から動けずに陸上懴車に殺されるのが関の山だと、高を括っていた。
だから、彼女の思い通りにはならないと。
その時は、そう思っていた。
し、シリアス(戦闘とか)とヤンデレ(ドロドロ)の割合が、わ、分からない!
余りにもヤンデレヤンデレしすぎると、まるで戦争なんて嘘みたいに感じちゃう!(;゚Д゚)
お前らイチャイチャし過ぎだそんな事やったる間に前線ガーってなりそう…(´・ω・`)oh...
最悪ヤンデレパワーで頑張って!(お
ハク「見捨てないでッ!大尉の言う事、何でも聞く、何でもするからッ!!」
チハ「貴方は全部、私のモノ、髪の毛一本、血の一滴だろうと、誰にも渡さない」
トク「貴方の全てを管理したい、頼られたい、傍に居たい、貴方の望みが全てなの」
ホリ「全部、全部、溶け合って、全て、貴方と一つになれたら良いのに」