チハの行動で頭を悩ませている私の元に、またもやノックが聞こえて来た。
今日は何だって客の多い日だ。
そう思いながら「どうぞ」と声を掛けると、「失礼します」と扉が開く。
扉から顔を出したのはホリだった。
彼女は恐る恐ると言った風に部屋に入ると、キョロキョロと顔を動かした。
その動作に、彼女はこの部屋にあまり踏み入った事が無いのだと悟る。
「ホリ、こっちだ」
「あ…大尉」
声を掛けると、ホリが私の位置に気付いたのだろう。
おっかなびっくりと言った風に私の元へと歩いてきた。
「…この個室には、入った事は無かったのか?」
彼女の様子を見る限り、どうやらそう見て取れる。
そう聞くと、少し恥ずかしそうにホリは頷いた。
「お恥ずかしながら……将軍の個室には、入る機会が無かったので」
まぁ、普通はそうかと納得した。
取り敢えず立ったままも悪いので、適当にベッドに座らせる。
彼女が恐る恐ると言った風に腰を下ろしたのを確認し、「いや、今日は千客万来だ」と話し始めた。
「先程、トクとチハも来たんだ」
「……お二人も来てたんですか」
少しだけ驚く彼女に、私は「あぁ」と頷きながら、「トクは報告書の件で、チハは見舞いみたいなモノ、かな」と口にした。
「そうですか…私が一番乗りだと思ったんですけど……皆さん、お早いのですね」
「ん…何だ、まだ撫でられ足りなかったか?」
冗談半分にそう聞くと、彼女は一瞬呆けた様な顔をして、それから照れくさそうに笑いながら、「……はい」と小さく頷いた。
まさか肯定されるとは。
少し驚いて、面食らう。
つい先程、と言う訳でも無いが、一時間撫で続けたばかりだと言うのに。
撫でられるのが好きなんだろうか?
割と本気でそう思った。
まぁ、先に疑問をぶつけたのは私なので、撫でる位ならお安い御用なのだが。
「で、ですが大尉……その、撫でられるのも……とても、とても良いのですが…」
とても の部分を強調して口にするホリ。
彼女は私が今正に撫でようと手を上げた所で、制止を口にした。
その後恥ずかしそうに俯きながら、幾分が逡巡した後、彼女は口を開いた。
「て……手を繋いで貰っても、良い、ですか?」
手を繋ぐ。
何だか良く分からないが、彼女はそれがお望みらしい。
もじもじと、少し恥ずかしそうにする彼女の手は、私のすぐ傍まで来ていた。
撫でるのも、手を繋ぐのも、問題は無い。
「別に良いぞ」と返事をしてから、ベッドの上にあった彼女の手をそっと取った。
触れたホリの手がぴくりと反応し、そのまま私の指に絡む様にして力が込められる。
所謂(いわゆる)、恋人繋ぎと言う奴。
ホリの方を見ると、華が咲くような、とても良い笑顔をしていた。
「…すみません、大尉、我が儘を言って……でも、大尉と手を繋いでいると、とても安心出来るのです…」
そう言って、ホリは私の手を両手で包み、愛おしそうに頬に寄せた。
いや、愛おしそうかどうかは、私の目の錯覚かもしれない。
故に、深くは考えない事とする。
「これ位だったら、いつでも出来るからな」
そう言って、私の手を握り、頬を寄せる彼女を、どことなく照れくさい感情を抱いたまま眺めた。
そして、彼女を眺めていると、ふと、一つ良い考えが思い浮かんだ。
先程のチハの行動を、ホリに相談してみてはどうだろう……と。
もしかしたら、チハの行動も、ホリならばその意図が分かるかもしれない。
私の知らない戦車の儀式みたいなモノかもしれないし、若しくは彼女の様な若い世代の人達の間で流行している願掛けとか。
少なくとも、自分よりも付き合いが長く、尚且つ付き合いの深いホリならば、何か汲み取れるモノがあるのでは無いかと考えた。
故に私は、口を開いた。
「…すまないホリ、一つ、聞いて欲しい話があるんだが」
「はい、何でしょうか?」
ホリは私の手をしっかりと握り、もう片方の手で撫でながら、私の言葉に耳を傾けた。
「先程、チハが来たと言っただろう、その時の事なんだが…………」
そうして私は話し出す。
チハがこの部屋に来た時の事を。
詳細に。
それはもう、細かく。
チハが私を見張ると言う理由で部屋に滞在した事。
それから蜜柑を食べるかと聞いた事。
彼女が「あ~ん」なるものを仕掛けてきた事。
私の知る「あ~ん」と、彼女のした「あ~ん」には違いがあった事。
彼女の「あ~ん」は指を口に突っ込み、掻き混ぜる事だった事………等等。
事の委細を、私の主観を交ぜながら詳細に話した。
……そして、話していく内に、何故か彼女の、握っている私の手に込められる力が増していた。
段々と。
「………と、という訳なのだが…ど、どうだろう?」
私は吃(ども)っていた。
何故なら、目の前に居るホリが、何処となく怒っている様に感じたから。
何故怒っているのだと思ったのかと聞かれれば、もっとも根拠となるのは第六感、つまり勘だ。
若(も)しくは、今まさに、握り潰さんと力の込められているこの手の握力が理由かもしれない。
目が見えないが故に、彼女が怒っているのかを表情で判断するのは難しい。
綺麗な形の眉はいつも通りで、口元は微笑んでいるからだ。
だが、その微笑みは何というか、今までのお淑やかと言うか、穏やかと言うか、そういう微笑みでは無く、威圧する様な雰囲気がにじみ出ている微笑みだった。
ギリギリと私の手が握り締められる。
何だろうか、彼女達戦車は何か不満があると、無条件で手に力が入るようになっているのだろうか。
その圧倒的な握力で。
だとしたら拙(まず)い。
やめて下さい死んでしまいます。
「羨ましい」
ボソリと、目の前のホリが何事かを呟いた。
だが、今まさに私の手が限界の淵に立たされていた状態で、それを聞き取る事は叶わなかった。
私は必死で怒りの矛先を逸らそうと、口を開いた。
「なぁホリ、何でも良いんだ、けど、さ、何か心当たりとか、ないかなぁ……って」
脂汗を滲ませながら、そう問えば、彼女は何か心当たりでもあったのか、ハッとした表情をして、きゅっと唇を引き締めた。
同時に、先程から握り潰さんと手を圧迫していた力が、消える。
助かった……素直にそう思った。
「た、大尉、私、思いつき……いえ、思い出しました」
ホリが、少しだけ上擦った声で、そう言った。
それがチハの行動で、思い当たる事だったのか、今では手の圧力から開放された事の方が嬉しいが、私は彼女の言葉を待った。
……何故だか、頬を赤くして彼女は言う。
「わ、私も詳しい事を知っている訳では無いのですが……何でも、負傷した兵の回復祈願に、あった様な気がします…」
それがチハの行動の真意なのだろうか。
負傷兵の回復祈願。
「……負傷した兵士の口に指を入れて、掻き混ぜたり、舌を摘(つま)んだりするのか……」
「は、はい…」
降りかかる沈黙。
どうやら、私の知らない新たな願掛けだったらしい。
それにしては、随分と、うん。
何と言うか、こう………斬新だな。
そう思っていると、彼女は願掛け内容について捲し立てた。
「な、何でも、その負傷兵の中にある厄災や不幸などの負の要素を、口から巻き取り、擦り落とし、最後に払うと言う意味があるそうです! 私もあまり、知らないのですがね!」
彼女は早口でそう言い放ち、私に詰め寄った。
ホリの勢いに呑まれ、説明に対しては「お、おぉ、そうなのか」としか返事が返せない。
「そうです」と断言する彼女の表情は、僅かに赤らんでいるが、真剣なように見えた。
「ホリがそう言うのなら、そうなのだろうな……」
「はい……」
それっきり、二人の間に妙な沈黙が降りるのだが、ホリの体は私にジリジリと詰め寄っていた。
「た……大尉」
目の前のホリが、喉を鳴らして、口を開く。
「な、何だ」
そう問うと、彼女は小さく、呟く様な声で言った。
「……わ…わた、私も……願掛け…を……したい、です」
その言葉を耳にして、つまりは、そう、チハと同じ事がしたいのかと、そう理解した。
「回復祈願……か」
「……は、い」
恥ずかしい。
そう思うのは彼女だけではあるまい。
だが、回復祈願を無碍に断る理由もない。
純粋な行為であればこそ、チハの時も受け入れたのだ。
私は羞恥を捨て、単純に願掛けなのだと自分に言い聞かせた。
「わ、分かった」
そう言って私が口を小さく開くのと、彼女の手が私の顔に触れるのは同時だった。
ホリの両手が、優しく私の顔を挟み、それからゆっくりと形をなぞって行く。
それから、私の唇に指が掛かった。
「っ……はぁ」
ホリが吐息を漏らす。
私の吐息も、彼女の指を湿らせる。
口の形をなぞり、唇に触れ、指の腹が表面を擦る。
それから、ゆっくりと、ホリの細い指が私の口に入った。
「……た、大尉、舌を……舌を出して、下さい」
ん、と頷きながら、舌をゆっくりと動かす。
ホリの指先に触れ、ぴくりと、指先が震えた。
それが、恐る恐ると言った風に、舌の上をなぞる。
それから、下も。
普段触れない場所に、思わず過敏に反応し、体が震えた。
私の吐息が漏れる。
ホリの吐息も、気付かぬ内に、荒くなっていた。
彼女の指が舌を擦り上げ、爪で軽く引っ掻く。
それから、熱の篭った様な声で、ホリが私に懇願した。
「大尉、一度で良いんです、お願いします、少しだけ……少しだけ、目を瞑ってください……少しだけ」
彼女はそう言って、私に願った。
私はその言葉に頷いて返し、ゆっくりと目を閉じる。
それから、数秒もしない内に、誰かの吐息を感じて。
「はむッ」と言う、くぐもった声が聞こえた。
続いて、指先ではない、柔らかい何かに舌が挟まれる感触。
驚いた。
そして、吸い込まれるような、強く引っ張られる様な感覚が続いて私を襲う。
思わず声を上げそうになり、次の瞬間には唾液が吸い上げられた。
舌は、数秒としない内に開放される。
同時に、閉じていた目も開ける。
そこには、口の端から唾液を零した、ホリが居た。
それを拭いもせず、ホリは小さく、蚊の鳴くような声で呟く。
「私だけの」 と。
それが何を意味するかは私には分からない。
それから彼女は、そのまま唾液を舐め取り、小さく笑いながら言った。
「……願掛けです」
私は何も言えず、呆然としたまま「……そ、そうか」と呟くのが精一杯だった。
あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!(;・∀・)
俺はヤンデレを書こうとしていたんだ、そしたらいつの間にかちょっとえっちい感じになった嫉妬ヒロインが出来上がっていたんだッ!!
何を言っているか分からないかもしれな(ry
キャラが一人歩きし始めた……。
もう駄目かも分かんね…(゚∀゚)アヒャヒャ