結局、ハク以外の三人にもこってり絞られる事になる。
ホリには散々「心配しました…心配しました」と繰り返され、一時間頭を撫で続けるハメになり。
トクには「怪我人は怪我人らしくベッドで大人しく寝ていて下さい、片足もぎ取りますよ?」と脅され。
チハには「何、まだ心配掛け足りないの? 私を不安にさせて楽しい? ねぇ」と詰め寄られた。
三者三様、皆が皆私を責めた。
そして最後は、皆同じく「見捨てられたかと思った…」そう口にした。
必死に窘め、謝罪し、ハクと同じ事を繰り返した。
約束をし、絶対に見捨てないと誓った。
それが、ほんの数時間前。
私は一人、執務室の奥、将軍の個室に設置されたベッドに横になりながら考えた。
それ程に、私は薄情な人間に見えるのだろうか……と。
皆の態度は、作戦前よりも随分軟化した様に思える。
ある程度口調も崩れ、共に戦場に立ったからだろうか、上官と部下と言うよりは、戦友や仲間と言う言葉の方がしっくりくる。
仲間だと先に口にしたのは私なので、特に異存はない。
寧ろ、今の方が心地良く感じた。
故に、何故そんなに見捨てられたのかと思ったと口にされるのか、イマイチ理解出来なかった。
これでも、命を張る程度には皆の事を大切に思っている。
それが妙に人間らしい彼女達に同情したからだとか、何だとか、そんな理由はもう、どうでも良くなってきた。
妙に人間らしいとか、そういう問題では無くて。
彼女達も、生きている。
それを実感した。
そんなのは、此処に着任した瞬間から分かっていた。
悪意に晒され、傷つけられた彼女達。
タダの道具なら、そんな事で怯える事も、恐怖する事も無いのだから。
中央に戻りたい気持ちは、勿論ある。
こんな所で死にたくないと言う気持ちも。
だが、何故私が、と言う気持ちは、完全に消えていた。
コンコン、と。
個室の扉がノックされた。
「誰だ?」と声を掛けると、「トクです」と声が上がる。
入室を許可すると、紙束を持ったトクが部屋に入ってきた。
「大尉、作戦報告書の確認をお願いします」
そう言って上体を起こした私に、紙束を突き出してくる。
私は、それをしげしげと見つめた。
「もしかして……書いておいてくれたのか…?」
「……はい」
どうやら、私が寝ている間に仕上げていたらしい。
受け取って中身に目を通せば、必要な事は全て書き上げられていた。
「…あぁ、問題ない、このまま上に提出して貰って構わない内容だ」
「では、そのように」
「頼む……トクは事務も出来るのか」
そう言えば、このトクは資材の管理等も一切任されているのだったか。
初日にハクがそんな事を言っていた気がする。
「……元々、将軍が不在の期間も、多かったですから」
「……あぁ、そうか」
成る程、自然に身につけたスキルらしい。
彼女に書類を返し、提出する様に頼んだ。
一礼して去っていく彼女の後ろ姿に、口を開く。
「トク、ありがとう」
そう言うと、彼女は少しだけ驚いたように目を見開いて。
「…いえ」
照れくさそうに微笑んだ。
そして、扉の向こうに消えていく。
それを見送った私は、枕に勢い良く背を預けて息を吐き出す。
報告書の件が頭からすっかり消えていた、自己嫌悪の為だ。
全く何をやっているのかと。
色々と上層部に掛け合わないとなぁ、と考えていると、またもや誰かが部屋の扉をノックした。
もしや、何か訂正点でもあって、トクが戻って来たのかと思い「どうぞ」と声を掛けると、トクでは無く、チハが現れた。
「どうした、チハ」
「………別に、また独りで抜け出していないか、確認しに来ただけ」
そう言ってチハは、私を上から見下すように目を細めた。
そう言えば、作戦前と後で一番変わったのは、このチハだろう。
前までの敬語はなりを潜め、素のままの態度で接する様になった。
恐らく、これが彼女なりの好意的態度なのだろう。
別に形に拘るタイプでも無い私は、その変化を喜々として受け入れた。
「そうか、生憎医者に止められていてね、今は出歩けそうにない」
「……そう」
なら良い、そう言って彼女は私のベッドに腰掛けた。
ギシリとベッドが軋み、距離が近付く。
「……どうした、別に私は何処にも行かないぞ?」
「…心配だから、見張る」
それは私を見張るという事か。
出歩けないと言っているのに、信用が無いなと笑いつつ、何となく胸に暖かい気持ちが湧き上がった。
ベッドの傍にあった蜜柑を一つ手に取り、「食べるか?」と差し出す。
先程、整備員の一人からお見舞いとして貰ったモノだ。
何でも、実家が農家だったらしく、国に徴収される前に幾つか取り残しておいたそうだ。
上官で、しかも立場上将軍という地位の私にそんな話をするなと叱ったが、悪い気はしなかった。
彼女達を支えてきた、この基地の整備員達。
今回の戦闘で、信頼を勝ち取った様だった。
「……頂くわ」
そう言って、蜜柑を受け取るチハ。
皮を剥く様子を眺めながら、彼女達もこうしていれば、ただの女の子なのにな…なんて思った。
あんな無骨な装甲と、主砲さえ身につけていなければ、戦車だなんて分からない。
街行く少女達と一緒なのだ。
年相応に学び、こんな時代だから、気軽に街でショッピング、なんて事はもう出来ないだろうけど。
少なくとも、前線で硝煙と血の匂いを撒き散らす存在には見えない。
「…何?」
じっと見つめていたからか、彼女は少しだけ頬を赤くして、私を見た。
「あぁ、いや、何でもない」
「そう」
そっぽを向くように、蜜柑の皮をゴミ箱へ捨てる。
それから、実を一つ摘んで私に突きつけた。
「………? 何だ」
「…………食べて」
一瞬彼女の行動の意味が理解出来なかったが、俗に言う「あ~ん」がしたいと言う事が分かった。
そんな恥ずかしい事出来るか、と断る事も出来たが、これが彼女からの善意であるならば無碍に断るのも心苦しい。
と言う言い訳を自分の中に展開しつつ、素直に口を開いた。
そこに差し込まれる指。
ご丁寧にも蜜柑の実を舌の上に置いてくれた。
「………」
「………」
だが、問題はそこからだった。
指を抜かない。
チハは、私の口に指を差し込んだまま、全く抜く気配が無かった。
上唇と下唇で指を挟んだまま、一秒、二秒。
私は困惑した。
「えっ、何がしたいんだ」と。
口を開き、蜜柑を口に入れる、そこまでは良い、私が知っている「あ~ん」だ。
だが、彼女が指を抜かないのは、何か意図があっての事なのだろうか。
困惑し、何とか疑問をぶつけようと喉を鳴らす。
「ひは、ひったい、なんは、ほへは(チハ、一体何だこれは)」
疑問をぶつけだが、彼女はそれを聞いていなかった。
口の吐息が彼女の指を湿らせ、目の前の彼女は見間違いでなければ、ゾクリと、肩を震わせた。
「ひは?(チハ?)」
再度名を呼ぶが、彼女はどこか、頬を赤くして、気のせいだろうか……吐息も荒くなっていた。
口の中に突っ込まれた指が、つっと、私の舌をなぞる。
「んッ!?」
驚き、思わず口を閉じた私だったが、彼女は強引に指を入れた来た。
まるで生き物の様に舌を撫で、歯を擦り、唾液を掻き混ぜる。
二本の指が暴れまわり、私の舌を摘み、表面を擦り合わせる様に動いた。
そして十秒か二十秒か、荒い吐息を隠しもせず、チハは満足するまで私の口の中を指で蹂躙した。
ゆっくりと指が指し抜かれ、私は漸く開放される。
実を咀嚼し、飲み込むと、私はチハに困惑した表情を見せた。
「……一体何だ、チハ、何がしたかった」
「別に……………ただ」
彼女はベッドから立ち上がり、私に背を向けながら、口に突っ込んでいた指を自分の唇に擦り付けていた。
「…何でもない」
それだけ言って、彼女は部屋を後にする。
まるで嵐、呆然と、困惑顔でそれを見送るしか無かった私は、結局何がしたかったのか、何の意味があったのか。
それに頭を悩ませた。
ハクとホリとチハとトク
皆さん誰がお好きですか~?(`・ω・´)
今回はチハの回でした。