「ッあ!?」
目が覚めた。
何か大切な夢を見ていた気がする。
飛び起きて、ビキリと体が軋み、痛みに思わず声を上げた。
「っ……痛ぇッ………」
痛みに耐えて、それから自分がベッドの上に居るのだと理解した。
服はTシャツに、カーゴパンツ、彼方此方(あちこち)に包帯が巻かれていて、治療が施してある。
包帯にはうっすらと血も滲んでおり、それなりに重症だったのだろう。
自分は一体どうしたのかと、最期の記憶が戦闘終了後、すぐに途切れた事を思い出した。
辺りを見回して、此処が病室である事が分かる。
誰も居ない病室に、一人。
「……生き延びたか」
感慨深く、呟く。
あれから、どうなったのか、ここは相楽基地なのか、他の皆は。
疑問は多々あった。
改めて、自分の体を確認し、傷は上半身に集中しているのだと把握した。
足は、それ程酷くやられなかったらしい。
これなら、動ける。
ベッドに寝たきりと言うのも嫌で、私は行動を開始する。
ゆっくりとベッドを抜け出し、靴を探した。
幸い、ベッドのすぐ横に私のブーツが綺麗に揃えて置いてある。
履こうとして体を丸めると、脇腹に鋭い痛みが走り、思わず「ぐっ」と声を上げる。
どうやら、腹の傷はそれなりに深いらしい。
時間を掛けて、ゆっくりと靴を履いた。
部屋を出ると、僅か三日だが、窓から見覚えのある訓練場が見えた。
廊下の内装も、雰囲気がどことなく相楽基地の様に思える。
「……ここは、相楽基地か」
相楽基地ならば、無理をする事は無い。
自分のホームである事を知り、ひとまず、胸を撫で下ろした。
それから、どうしようと考える。
ふと、窓に目をやると、青空が見えた。
快晴で、爽やかな風と光がグラウンドを照らしている。
その風と、光を浴びたら、何れ程気持ち良いだろう。
考えたら、無性に空が見たくなった。
最近、そうしたゆったりとした時間を過ごした事があっただろうか。
少し位なら許されるだろう。
そう言い訳して、行き先を決めた。
ゆっくりと壁に手をつきながら、歩き出す。
移動は、思ったよりも困難だった。
腹の鈍痛が続き、思わず呻きながら腹に手をやると、Tシャツの腹の部分がやけに濡れていた。
一瞬、傷が開いたかと背筋が凍ったが、違うらしい。
「……汗か?」
湿っぽいような感覚に、そう判断を下す。
それから階段に差し掛かり、一歩一歩登って行った。
医務室は二階にある為、此処を登ると三階。
三階から、更に時間を掛けて屋上まで登った。
錆びた鉄の扉を押し開けると、一気に風が吹き抜けて、ここまで来るのに流れた汗を冷やす。
晴天の空は青く、心地よいものだった。
「…………すぅ……はぁ」
深呼吸すると、体の中に溜まった何かが抜けていく様な気がする。
ゆっくりと歩を進めると、柵の手前に腰を下ろし、背を預けた。
柵はゴツゴツしていて、背を預けるには少々不都合だったが、この際気にしない。
ぼうっと、空を見上げて、ただ時が流れるのを待った。
それから、十分か二十分か。
呆然と空を見上げるだけの時間を過ごしていた私の耳に、誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえた。
そして次の瞬間、凄まじい音が響き渡り、屋上の扉が凹む勢いで開かれた。
そこから顔を出したのは、ハク。
一体何事だと驚きに身を竦ませると、ハクは屋上を血走った目で確認し、私見るや否や、破顔し、泣き出しそうな顔をしながら叫んだ。
「い……たぁ…ッ!!」
ハクは戦場で発揮する様な加速を以て、私の元へと急行する。
その勢いに、まさかこのまま突っ込んでくるのでは無いかと、気が気でない状態で私は慌てる。
だが、それは杞憂に終わり、ハクは私の数cm手前で急停止。
正座する様な姿勢で、私に掴み掛った。
「笹津大尉、笹津大尉、お怪我は!? 傷、痛くないですか、大丈夫ですかッ!? お願いですから無理をしないで下さいッ…!」
まるで懇願するような叫びに、驚きながらも必死で頷いた。
「あ……あぁ、大丈夫、大丈夫だとも、幸い、動けない程でも無いんだ」
そう言って問題ないアピールをするが、ハクは首を横に振って、震えながら私の肩に手を掛けた。
……旧世代の戦車とは言え、相手は戦車、掴んだ手の握力は、想像以上の力で私を締め付けた。
「あぁ…大尉、お願いです……お願いですからッ、無理……しないで………ッ!」
痛い、痛い、痛い。
ミシミシと肩が鳴り、冗談じゃ無いレベルで悲鳴を上げかけた。
横目で見れば、僅かに指が食い込んでいる。
どういう握力をしているのか、それより、泣きそうな…いや、殆ど泣いている状態でハクは私に迫っていた。
一体何を心配しているのか分からなくて、誤魔化し半分で、ホリにした様に頭に手を置いた。
それから、多少荒々しい感じになったが、撫でる。
「わ、私は……だ、大丈夫だ」
何に対して大丈夫なのか、私にも分からない。
きっと顔中脂汗に塗れていたに違いない。
それでも必死の微笑みを浮かべながら頭を撫でると、「あっ…」とハクが言葉を零し、肩から手を離した。
俯いていた顔を上げ、私の顔を見る。
その瞳は充血していて、頬には涙の跡がくっきりと残っていた。
それから、じわりと、また瞳が潤んで、私の腹部に顔を押し付ける。
突然の事に体が固まったが、そのまま顔を埋められ、どうして良いか分からず、その背を撫でた。
「………笹津大尉が、ベッドに居なくて……わ、私……た、大尉に……見捨て…見捨てられたかと…ッ」
くぐもったハクの声が耳に届く。
どんな発想だと思ったが、口には出さず「すまない」と謝罪の言葉だけを零した。
何故見捨てたなどと思ったのかは分からないが、どうやら不安だったらしい。
背を撫でながら、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと口を開いた。
「私は……お前たちを、仲間だと思っている……絶対に死なせないし、見捨てない」
私がそう言うと、ハクは顔を埋めた状態から、私を上目遣いに見つめ、「えへへ」と笑った。
「……作戦の時も、無線で聞きました」
その言葉に衝撃を受けたのは、私だ。
そう言えば、ホリにもこの言葉は伝えた。
まさか、無線が開いていたとは……思わず羞恥に、頬が赤くなったのが分かった。
それを隠すように、ハクの髪を撫でた。
「大尉、お願いします、約束して下さい、一つだけで良いんです、お願いします」
ハクは譫言(うわごと)の様にそう呟き、下から私を見つめた。
「何だ?」と問えば、彼女はぎゅっと私の服を握って、まるで逃がさないと言う様に、背にも手を回して、私をきつく抱きしめた。
そして、その小さな口を開く。
「私を…私を見捨てないって、絶対に見捨てないって約束して下さい」
それは一体、どういう意味の約束だろうか。
その真意を探るように考えていると、彼女は身を乗り出すように体を密着させ、私の瞳を覗き込んだ。
必然的に、私も彼女の瞳を直視する事になる。
黒く、ただ、黒く。
まるで全てを飲み込む様な色をした、瞳だった。
目の前に居るのは、小柄で、女の子で、それで居て味方だと分かっているのに。
ぞっとした。
「……それ以上は望みません、お願いします、笹津大尉の言う事、何でも聞きます、何でもしますから…だから……お願いします、大尉、私と約束して下さい……お願いします……ッ」
それは、私に向かって言っているのか。
恐らく、そうなのだろう。
だが、呟く様に口にする様は、どこか病的で、それで居て機械の様に感じた。
「お願いします」
そのフレーズを延々と繰り返し発する彼女は、壊れた人形の様だ。
私は、その恐怖を掻き消す為に、無理やり笑って、「馬鹿だな」と口にした。
それが強がりなのか、それとも本心からの言葉だったのかは分からない。
兎も角、口から出た言葉が私を救った。
「私は誰も見捨てないと、先程言ったばかりだ、無論、ハク、お前も………絶対に見捨てない、約束しよう」
そう言うと、彼女の呟きの様な言葉はピタリと止み。
どこまでも沈む黒色の瞳は、うっすらと光を取り戻した。
「た、大尉……約束、ですよ? 嘘は駄目、ですよ?」
「嘘は吐かない、約束だ、私は君を見捨てない」
そう言って小指を立てると、ハクはじっとその指を見た後に、震える小指を絡ませた。
子供騙しでも何でも、約束と言う行為に形を付けるならば、これだろう。
そして指を切った後に、ハクは満面の笑みで笑って言った。
「約束です…大尉ッ」
よっしゃ、次回からはヤンデレ祭りや!(嘘
したいけど、どうしよう、シュチュエーションが思い浮かばへん(´・ω・`)
感想お待ちしております(`・∀・´)ノ