最初に感じたのは、強烈な痛みだった。
それを感じた直後に、思わず呻き声を上げて、視界が色を取り戻す。
瞼の裏に、何か強烈な光が見えて、それからゆっくりと収まった。
ボヤけた輪郭が、ホリの形に変わる。
「っあ……ホリ?」
そう口を開くと、喉に張り付いた血が詰まり、堪らず噎(む)せた。
「ゴホッ…ガッ……」
口から吐き出された血の塊は、首元に飛び散って、顔周辺を紅く染める。
呆然とそれを眺めて、あれ、私は何をしていたのだと、考えた。
「た、大尉!?」
ホリがペタペタと顔を触り、その表面に血が付着し始める。
そして、ぬるりとした感触に、ホリが「そんな……これ、血、駄目、大尉」と泣きそうな声で言った。
視界の端で、ハクが血の気の失せた顔で叫んだ。
「笹津大尉、い、今、回収車が着ますから、そしたら、基地に戻って……だからッ」
色んな音と、視界があやふやで、まるで狭い枠越しに世界を見ている様だった。
ぼうっと、視界を脇に逸らすと、倒れ伏した重戦車の死骸。
これは何だと、一瞬思考して、そう言えば作戦が成功したのだと、思い出した。
それから、自分は重戦車の砲撃を受けて、それで……。
あぁ、今ちょっと、気絶していたのかと、理解した。
どうも時間が飛んでいたらしい。
これは、結構拙(まず)いかもなぁ、何て人事の様に思った。
首が動かず、目だけ動かすと、ハクの傍には酷く苛立った様な、しかし同時に不安げな表情を隠しきれていないチハの姿があった。
「っ………何が『お前達には理解出来ないような、崇高で天才的な策』よ、結局……落命覚悟の囮じゃない」
顔を歪ませながらそう言い放つチハに、言う言葉が見つからなくて、笑いながら肯定した。
「ハハッ……悪いね、ゴホッ…下策も、下策、で……」
だが勝った。
彼女達をこんな危険な囮になんて、出来ないから。
仮に私が死んでも、彼女達が撤退出来れば、貴重な…例え欠陥品でも、戦車は生き延びる。
そうすれば、まだ戦える。
矛盾しているな、とは分かっていた。
自分はこんな所では死なない、中央に戻る、約束を果たす。
そう考えて戦いに望んだと言うのに。
死にたくは無い、けど犠牲など払う覚悟が無い。
『考課表通りだな、君は』
『成績優秀・品行方正、だが………』
少将が言った。
あの言葉の続きは、何だったか。
大凡、検討はつくけれども。
それが原因で、この部隊を任せれたと言うのならば。
とんだ皮肉だと思った。
「笹津大尉……? 大尉ッ! 大尉ッ!?」
ハクの悲鳴とも言える声が、遠くに聞こえる。
気付くと、自分は指先一つどころか、瞼すら開けていられない状態にあるのだと分かった。
全身が溶けていくような、血が冷たくなって、全てが遠ざかる。
口を開こうとして、失敗。
吐息が漏れるだけで、声すら出なくなった。
「ト、トク! 前線、前線基地に連絡は出来ないの!?」
ホリの焦燥した声が、耳元で聞こえる。
彼女からは、普段想像もつかない様な声だった。
「………駄目、通じないわ」
「……連中、どうせ貴重な資源を欠陥品なんかに回せないって、連絡を絶ってるんでしょ…ッ」
チハが忌々しげに吐き捨てる。
その声には、大きな憎悪が含まれているのが分かった。
「大尉、お願い、目を開けて……大尉ッ!!」
誰かが私の手を強く取ったのが分かった。
恐らく、この手はホリの手だ。
何となく、覚えていた感触。
それから、逆の手も誰かに握られる。
皆の気配を感じる。
四人が集まっているのは分かる。
けどもう、目も、耳も聞こえない。
大丈夫だ、そう伝えたくて。
それでも口は開かなくて。
声も出なくて。
それで…………。
それで。
「将臣」
「…之人(ゆきと)」
「将臣は、確か東北の連隊だったか?」
「あぁ、之人は関東か……羨ましいよ」
「…下手すれば、逆だったがな」
「ははっ、結局お前が勝ったんだ、IFは無いよ」
「…そうだな」
「………配属先は、どうなるだろうな」
「分からない、だが、そう悪くは無い筈だ」
「……戦況は、未だ膠着状態だと聞いている」
「旧北海道だろう? せめて、陸で止めている内に中央で準備を進めたい」
「…約束、覚えているか」
「……勿論だ」
「…ふふっ、お前の親父さんは果報者だな、こんな息子を持てて」
「随分親父っぽい台詞だな…それじゃ、お前も一緒だろう」
「……お互い、大変だな」
「あぁ、軍人の父を持つと……な」
「……………取り返すぞ、私達の海を」
「……あぁ」
「それまで、死ぬなよ」
「誰に言っているんだ?」
「……相変わらずだな」
「いや何、こういう時位、強がりを言わせてくれ」
「………あぁ」
「…じゃあ、また会おう、将臣」
「之人も……中央でまた、再開しよう」
「ふっ、先に行って待ってるぞ?」
「何、東北から直ぐに戻ってくるさ」