戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

23 / 51
遠い日

 

 

 最初に感じたのは、強烈な痛みだった。

それを感じた直後に、思わず呻き声を上げて、視界が色を取り戻す。

瞼の裏に、何か強烈な光が見えて、それからゆっくりと収まった。

ボヤけた輪郭が、ホリの形に変わる。

 

「っあ……ホリ?」

 

 そう口を開くと、喉に張り付いた血が詰まり、堪らず噎(む)せた。

 

「ゴホッ…ガッ……」

 

 口から吐き出された血の塊は、首元に飛び散って、顔周辺を紅く染める。

呆然とそれを眺めて、あれ、私は何をしていたのだと、考えた。

 

「た、大尉!?」

 

 ホリがペタペタと顔を触り、その表面に血が付着し始める。

そして、ぬるりとした感触に、ホリが「そんな……これ、血、駄目、大尉」と泣きそうな声で言った。

視界の端で、ハクが血の気の失せた顔で叫んだ。

 

「笹津大尉、い、今、回収車が着ますから、そしたら、基地に戻って……だからッ」

 

 色んな音と、視界があやふやで、まるで狭い枠越しに世界を見ている様だった。

ぼうっと、視界を脇に逸らすと、倒れ伏した重戦車の死骸。

これは何だと、一瞬思考して、そう言えば作戦が成功したのだと、思い出した。

それから、自分は重戦車の砲撃を受けて、それで……。

 

 あぁ、今ちょっと、気絶していたのかと、理解した。

どうも時間が飛んでいたらしい。

これは、結構拙(まず)いかもなぁ、何て人事の様に思った。

首が動かず、目だけ動かすと、ハクの傍には酷く苛立った様な、しかし同時に不安げな表情を隠しきれていないチハの姿があった。

 

「っ………何が『お前達には理解出来ないような、崇高で天才的な策』よ、結局……落命覚悟の囮じゃない」

 

 顔を歪ませながらそう言い放つチハに、言う言葉が見つからなくて、笑いながら肯定した。

 

「ハハッ……悪いね、ゴホッ…下策も、下策、で……」

 

 だが勝った。

彼女達をこんな危険な囮になんて、出来ないから。

仮に私が死んでも、彼女達が撤退出来れば、貴重な…例え欠陥品でも、戦車は生き延びる。

そうすれば、まだ戦える。

 

 矛盾しているな、とは分かっていた。

自分はこんな所では死なない、中央に戻る、約束を果たす。

そう考えて戦いに望んだと言うのに。

 

 死にたくは無い、けど犠牲など払う覚悟が無い。

 

 

 

 

 

 『考課表通りだな、君は』

 

『成績優秀・品行方正、だが………』

 

 

 

 

 

 少将が言った。

あの言葉の続きは、何だったか。

大凡、検討はつくけれども。

それが原因で、この部隊を任せれたと言うのならば。

 

 とんだ皮肉だと思った。

 

「笹津大尉……? 大尉ッ! 大尉ッ!?」

 

 ハクの悲鳴とも言える声が、遠くに聞こえる。

気付くと、自分は指先一つどころか、瞼すら開けていられない状態にあるのだと分かった。

全身が溶けていくような、血が冷たくなって、全てが遠ざかる。

口を開こうとして、失敗。

吐息が漏れるだけで、声すら出なくなった。

 

「ト、トク! 前線、前線基地に連絡は出来ないの!?」

 

 ホリの焦燥した声が、耳元で聞こえる。

彼女からは、普段想像もつかない様な声だった。 

 

「………駄目、通じないわ」

 

「……連中、どうせ貴重な資源を欠陥品なんかに回せないって、連絡を絶ってるんでしょ…ッ」

 

 チハが忌々しげに吐き捨てる。

その声には、大きな憎悪が含まれているのが分かった。

 

「大尉、お願い、目を開けて……大尉ッ!!」

 

 誰かが私の手を強く取ったのが分かった。

恐らく、この手はホリの手だ。

何となく、覚えていた感触。

それから、逆の手も誰かに握られる。

皆の気配を感じる。

四人が集まっているのは分かる。

けどもう、目も、耳も聞こえない。

 

 大丈夫だ、そう伝えたくて。

 

 それでも口は開かなくて。

 

 声も出なくて。

 

 それで…………。

 

 

    それで。

 

 

 

 

 

「将臣」

 

「…之人(ゆきと)」

 

「将臣は、確か東北の連隊だったか?」

 

「あぁ、之人は関東か……羨ましいよ」

 

「…下手すれば、逆だったがな」

 

「ははっ、結局お前が勝ったんだ、IFは無いよ」

 

「…そうだな」

 

「………配属先は、どうなるだろうな」

 

「分からない、だが、そう悪くは無い筈だ」

 

「……戦況は、未だ膠着状態だと聞いている」

 

「旧北海道だろう? せめて、陸で止めている内に中央で準備を進めたい」

 

「…約束、覚えているか」

 

「……勿論だ」

 

「…ふふっ、お前の親父さんは果報者だな、こんな息子を持てて」

 

「随分親父っぽい台詞だな…それじゃ、お前も一緒だろう」

 

「……お互い、大変だな」

 

「あぁ、軍人の父を持つと……な」

 

「……………取り返すぞ、私達の海を」

 

「……あぁ」

 

「それまで、死ぬなよ」

 

「誰に言っているんだ?」

 

「……相変わらずだな」

 

「いや何、こういう時位、強がりを言わせてくれ」

 

「………あぁ」

 

「…じゃあ、また会おう、将臣」

 

「之人も……中央でまた、再開しよう」

 

「ふっ、先に行って待ってるぞ?」

 

「何、東北から直ぐに戻ってくるさ」

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。