「哨戒任務、ですか」
「そうだ」
翌日、私は朝食後に四人を集めて作戦会議を行っていた。
執務室の隣にある作戦会議室。
顔を突き合わせた四人は、どこか不安げな表情をしていた。
どこか落ち着きなく、そわそわしている。
それもそうだろう、何せ私の指揮する初の戦闘なのだから。
ただ、トクだけが何か思いつめた様に俯いたままで、そこだけ気になった。
しかし、今回の任務は私にとっても初の実戦である。
故に、今は作戦説明に集中した。
「……私が此処に着任して今日で三日目だ、少し早すぎる出撃だが、私は君達ならば可能だと思っている」
彼女達の反応を待たず、「作戦を説明しよう」、そう言ってそれぞれに作成した資料を配布した。
幸いにして、昨日宮田少将から地形の詳細な情報が送られてきた。
機嫌を損ねていなくて良かったと、心から安堵する。
「作戦開始は本日15:00、場所はD4地区、旧札幌だ」
紙面上に書かれた地図、そこには廃墟が書き出されていた。
「札幌は前線の中心から外れた位置、敵の展開は小規模なモノと推測される、勿論哨戒任務と言う事で敵と接触しない可能性もあるがな」
市街地戦。
元々戦力に於いて劣っている我々の隊にとっては戦いやすい事この上ない。
下手に開けた場所で撃ち合っては、正面から撃破されて終わりだ。
だが、市街地では連立する建物が障害となって彼女達を守ってくれる。
「進行ルートについては資料十二頁を見てくれ、作戦は………」
「以上だ、何か質問は?」
私がそう言い終わると、彼女、ホリが恐る恐ると言った風に手を上げた。
そして、一言零す。
「笹津、大尉………本気ですか?」
その言葉に、大きく頷いて返す。
「本気も本気だ、これが現状の戦力で最も生還率の高い作戦だと確信している」
「しかし……」
ホリが何か言いたげに口を開くが、「これは、決定事項だ」と言うと、項垂れた後に「はい」と小さな声で呟いた。
しかし、まだ納得がいかないと、ハクが席を立ち上がって叫ぶ。
「さ、笹津大尉、だ、駄目、ダメです、危険ですよ!」
その体は震え、自分が何をしているのかを十二分に理解した上で発言しているのだろう。
きっと、上官に逆らう事など、今まで一度もした事も無いに違いない。
顔は真っ青で、声は小刻みに震えていた。
殴られるかも、怒鳴られるかも、罵倒されるかも、それでも彼女は私に対して物申した。
それを真正面から見つめ、首を振る。
「ハク、理解しろ、これが現状最もベストな作戦なのだ」
「で、でも……」
彼女は尚も食い下がる。
それを、隣に座っていたチハが、袖を引っ張って制した。
「ハク……」
「チハ、ちゃん…」
そして、何かを堪えるように唇を噛んだあと、ゆっくりと席に腰を下ろした。
「……では、本日13:00に相楽基地を出る、各自それまでに換装を完了し、戦闘準備を整えておけ…以上、解散だ」
それだけ言って、私は作戦会議室を後にした。
背後に強い視線を感じるが、敢えて無視する。
扉を閉め、廊下に出た後、吐息を一つ零す。
我ながら、何とも無茶をすると。
「…………だが、現状これがベストなんだ」
自分に言い聞かせるように、そう零した。
結局、自分には、彼女達を道具の様に見る事など、出来る筈が無かったのだ。
執務室を通り過ぎて、一階へと降りる。
その後、昇降口へと入り外に出た。
少し歩いた所に、古びた格納庫がある。
鉄で出来た扉は錆びていて、雨風に晒された外壁は蔦が伸び放題だ。
この風景だけ切り抜けば、廃墟に見えなくもない。
何故こんなになるまで放置されていたのかと言えば、単に使用する機会が滅多に無いから。
コレが使われるのは、前線で戦車が全滅した時か、或いはトチ狂った人間を黙らせる時だけだ。
予め、格納庫の管理を行っていた兵より鍵を借りてきていた。
錆びた鍵穴に差し込み、やけに滑りの悪い鍵を開錠し、扉を押し開ける。
開いた隙間から日光が差し込み、室内を僅かに照らした。
そこに並ぶのは、旧世代の武器。
「……久しいな」
士官学校時代は腐るほど触った。
だが、それももう数年前の事の様に感じる。
実際、こいつらを使用したのは二年時のみだ。
一番近くに立てかけてあった武器を手に取り、表面に被った埃を払う。
AK-47、カラシニコフ自動小銃。
既に旧世代の遺物となった、古めかしい武器。
深海棲艦に通常兵器が通用しないと分かってから、陸上戦が始まるまでずっと眠って居たのだろう。
並べられたライフルは、全て埃を被り、佇んでいた。
今回は、作戦はこれらが必要となる。
ライフルを元の場所に戻すと、更に奥へと進み、丁重に積み上げられた木箱を下ろして中身を物色した。
そして顔を出すのは、過去戦場で使われてきた肩撃ち式多目的強襲兵器や地雷、携帯爆薬、閃光弾、弾薬等。
それらを必要なだけ掻き集め、隅に放置されていたバックパックに詰め込んだ。
主に地雷や携帯爆薬等は詰め込めるだけ詰め込む。
これら通常兵器で、陸上懴車にダメージを負わせる事は出来ない。
故に、これらは滅多に使用される事はなく、こんな寂れた倉庫で眠っているのだ。
生き残る為、彼女達を勝たせる為、中央に戻れる為なら何だって使ってやる。
それがもう使われない過去の遺物なら、幾ら使っても問題は無いだろう。
バックパックに限界まで詰め入れた後は、必要な分の武器を持てるだけ持って、執務室に戻って着替えをする。
士官服では無く、野戦用の迷彩服、国防色の上衣、カーゴパンツにブーツ。
それらを手早く身につけた後に、ウエストポーチ、ベルト、弾帯を準備して終了。
後は出撃前に、手榴弾や各種弾薬、閃光弾等を仕込めば準備万端となる。
鉄帽をデスクの上に用意して、息抜きに椅子に深く腰掛けた。
武器等は全て部屋の片隅に積み上げる。
時計を見ると、12:00丁度。
どうやら、昼飯に丁度良い時間らしい。
食堂で何か、軽いものでも食べようかと腰を上げた所で、執務室の扉がノックされた。
「……入れ」
「失礼します」
作戦前に、誰だ。
そう思って入室して来た人物に目を向けると、チハだった。
意外だと、少しだけ思った。
上げた腰を再び椅子に下ろして、「どうしたんだ」と問う。
チハはデスクの数歩前に立つと、何度か逡巡した様に目を泳がせ、ぐっと体に力を入れて口を開いた。
「今回の作戦……何故、ですか」
質問が、要領を得ない。
何故と言う言葉に、疑問を返す。
「何故、とは?」
「何故、笹津大尉自ら……戦場に立つのですか、大尉は後方から指揮を…」
「それでは意味が無いと、説明した筈だ」
被せるように、少し冷たく言い放った。
そうすると、チハはさっと顔色を青くし、それでも唇を噛んで耐えた。
きっと、怒っているのだと思ったのだろう。
私は少し慌てて、「別に、怒っている訳では無いのだ」と口にした。
「ホリは目が見えない、それを補助する観測手が必要なのだ」
「……それが、どうして大尉なのですか」
私は困った様に、或いは誤魔化すように笑いながら「お前達は戦える力を持っているからな」と言った。
それを聞いたチハは、ぐっと、自分の服を握り締め、俯いた。
「私はお前達の様に、陸上懴車を撃ち抜ける主砲も、武器も、持っていないんだ」
だから、居なくても戦力に何ら問題が無く、ある程度ロングレンジからの砲撃について知識を持ち、つきっきりでホリにつける存在。
そんな奴は、私以外に居なかった。
チハは俯いたまま口を噤んで、何か堪えるように震えている。
怒っているのか、悲しんでいるのか、困惑しているのか。
俯いたままの彼女の表情は、読み取る事が出来ない。
「……先程からどうしたというのだ、チハ」
沈黙に耐えられず、彼女にそう問うと「………いえ、申し訳ありません…失礼します」と急ぎ礼をし、背を向け去って行った。
呼び止めようと口を開くが、それより前に彼女は執務室を後にする。
結局、扉が閉まる音が辺りに響き、私の声が発せられる事は無かった。
「…一体何だ」
本心からの疑問が、執務室に響いた。
すみません、まだ戦闘始まらなかった…(´・ω・`)