目が覚めると、腕の感覚が無かった。
枕にしていたのかと、上体を起こして、伸びをひとつ。
どうやら、いつの間にか寝てしまったらしい。
枕にしていた腕が痺れ、デスクの上には資料が複数、青白い電灯の光に照らされている。
朝早い時間、窓からは柔らかい日差しが差し込んでおり、デスクに取り付けられた電灯を静かに消した。
それから肩を鳴らして、皺のついた資料を閉じる。
結局、一日考えただけでは、分かる筈が無かった。
きっと、先任の将軍もそうだったに違いない。
アプローチの仕方は違えど、何とかして内陸に戻りたい、その為にこうして試行錯誤した筈だ。
私とて考えた。
結局の所、戦果を上げるには戦闘を行うしかない。
しかし、どうにも戦車を道具の様に使うことに、酷い抵抗を覚えたのだ。
それが、妙に人間らしい、彼女たちに同情してとか、そういう理由では無いと思いたい。
結果、強硬作戦を取る事が出来ずにいる。
「……何を恐れているんだ、戦わなければ、内陸復帰など、夢のまた夢」
だが、先任が失敗している作戦に踏み切る事が、どうしても出来ない。
将官や、佐官が失敗している事を、尉官である自分が出来るものか。
そんな不安が胸中を支配していた。
「………ふぅ」
いけない。
思考が悪循環に走っている。
そう思い、鬱憤を全て吐息に混ぜて吐き出す。
それから、朝の新鮮空気を肺一杯に吸い込んだ。
「はぁ…」
脳に酸素を送って、未だ靄のかかる思考に喝を入れる。
それと、執務室の扉が控えめにノックされるのは、同時だった。
「……誰だ?」
こんな朝早い時間に、何の用か。
そう思って声を掛けると、くぐもった声で「トクです」と言う声が聞こえた。
「入れ」
「……失礼します」
そう言って入室して来たのは、外見知的美人なトク。
手には何枚かの綴じられた紙束。
「何の用件だ」と問えば、メガネを指で押し上げながら口を開いた。
「今日の予定を聞きに来ました、私達は何をすれば?」
「………今日は、戦車の実力が見たい、演習…とまでは言わない、訓練を見せて欲しい」
「……了解しました」
私の言葉に即座に反応し、「では、準備を整えておきます」と一礼して去って行った。
その後ろ姿を見ながら、見送りながら、違和感を覚えた。
どこか、酷く動作がゆっくりなのだ。
同時に、まるで義足だとは思えないとも。
わざと動作を遅くして、違和感の無いように見せているのかと思った。
「……演習を見て、今の実力を確認、その後策を練れば問題ない…」
トクが執務室の扉の向こうに消えた後、自分に言い聞かせるようにして口にした。
訓練場
訓練なんて、前線じゃ後衛だけの特権だな。
何て思いながら軍帽を深く被る。
目の前には四人の戦車、ハク、トク、チハ、ホリ、それぞれ直立不動で立っている。
換装は既に済ませ、各々得物を持ち、または纏っていた。
外見は、士官学校でいつか見た『艦娘』とやらに酷似している。
人間サイズでありながら、その火力や装甲は戦車と変わらない。
外見は皆、普通の人間女性と変わらないと言うのに、その中身と外見のギャップが恐ろしくアンバランスに見えた。
「今日は皆の実力を見せて貰いたい、訓練プランは既に練ってある、基本訓練を三つ、後は分野に分けたモノで見させて貰う、各自全力を尽くすように」
「はっ!」
「では、これより訓練を開始する、最初は静止砲撃を見せて貰う、ターゲットはD1を使用、実弾での訓練だ、無駄にするなよ」
そして青空の下で行われる欠陥品の訓練。
一番手はハク、彼女は砲撃指定目標に向けて主砲を向ける。
距離は1,000m、命中する毎に200m距離が伸びる仕組みだ。
ハクの主砲は改修された18.4口径の九〇式五糎七戦車砲、砲弾重量2.5kg、初速370km/秒で最大射程は4,000m。
確か読み込んだ資料にはそう記されていた。
ハクは足を肩幅に開くと、僅かに前かがみになり腰を落とす。
表情から緊張が読み取れるが、雰囲気は真剣そのもの。
ゆっくりと息を吸い込むと、次の瞬間に爆音が鳴り響いた。
砲撃、反動、着弾。
砲撃の音が空気を揺らし、砲弾は目にも止まらぬ速度で消えていった。
「……命中か」
遠目に見える場所で、砂塵が舞い上がっていた。
双眼鏡を覗き込み、ターゲットを目視する。
どうやら命中はしたらしい、右半分が消し飛ぶように無くなっていた。
「有効弾だ、次、1,200」
「はいっ」
淡々とやることをやっていく。
訓練場に木霊する砲撃音と、ハクが発する金属の擦れる音。
それだけが鼓膜を揺らし、次、次、と指示を飛ばした。
「有効弾確認、次、1,800m」
ハクの結果は、思っていたよりも悪くはない。
だが、それでも平均的な戦車よりも劣る、そう言わざるを得なかった。
改修したとは言え、近代の戦車に劣る性能、戦車を小型化して少女の中に全て凝縮した代償。
成る程、そう言われれば凄いテクノロジーだなとも言えるが。
「………命中せず、誤差修正、右に10」
「ッ!」
ボォンッ、と。
爆音が鳴り響き、足元の砂利が跳ねる。
そして、着弾。
「………命中せず、訓練終了、ハク、これまでだ」
「…っ」
最終記録は3,200m
だが有効弾とするなら2,000後半と言った所だろう。
陸上懴車がどの程度の装甲を持つのか、それにも左右されるだろうが。
「……申し、訳、ありません…笹津、大尉」
ハクが、体を震わせながら謝罪を口にする。
それに私は顔を顰めた、何故謝るのかと。
「…私が想定していた数値よりも、ずっと良い、謝る必要は無い」
「でも、私、全然…っ」
「良いと言った、次、チハ」
ハクが肩を震わせながら、その場を後にする。
その後ろ姿は哀愁漂う姿で、思わず口を開きかけたが、訓練を優先して噤んだ。
代わりに、チハが砲撃位置へとつく。
「……行けます」
砲撃位置についたチハの姿は、資料で見た姿とは違っていた。
九七式中戦車は両腕に主砲を換装しているが、彼女は腕に一つと、そして左肩に一つ。
成る程、彼女なりに火力の底上げを考えているのだろう。
「よし、1,000から順次だ、肩の砲は使用出来るのか?」
「…問題ありません」
彼女は頷き、片膝をついた。
どうやら、それが彼女の砲撃姿勢らしい。
「なら交互に使用しろ、200m毎だが問題は」
「…ありません」
「宜しい、訓練を開始する」
チハの主砲は換装後、九七式五糎七戦車砲と記載されていた。
砲弾重量2.58kg、初速360m/秒、最大射程6,000m。
ハクと比較すれば、最大射程は倍近くある。
問題は……。
「距離1,000mから、砲撃開始」
「ッ!」
爆音が鳴り響き、反動で構えていた腕が跳ね上がった。
チハのツインテールが靡き、砲弾は砲撃指定目標の僅か上を通過する。
「……命中せず、誤差修正、下に1」
腕が片方無いが為に、狙いが定まらない。
反動を殺しきれず、砲弾が僅かに上を行くのだ。
「ふッ!」
二発目。
爆音に続き、砲弾が着弾した。
「有効弾確認、次、1,200m、肩の砲を使用しろ」
そう言うと、チハは片腕を地面につき、肩の火砲を構えた。
砲身が上下し、微調整を行う。
そして、砲撃。
反動が砂利を跳ね上げ、弾丸は真っ直ぐ目標を撃ち抜いた。
「……有効弾確認、次、1,400m」
もう書き溜めが無い……(´・ω・`)