戦車これくしょん~欠陥品の少女達~   作:トクサン

11 / 51
食事

 

 

 

 食堂は、何というか、思ったよりもキチンとしていた。

ある程度清潔に保たれており、整然と並べられた椅子とテーブル。

普通にどこにでもあるような白い長テーブルに、丸椅子だ。

それに食料の詰められたパックが並べられた窓口に、各種食器。

 

 普通だと、そう思った。

 

「ここでお食事を頂けます、朝、昼、夜の三度、時間はお分かりですか?」

 

「あぁ、その辺りの情報は資料を読んだ」

 

 頷きながら、今更私は疑問に思った。

ホリに視線を向けると、彼女は真っ直ぐ前を向いたまま佇む。

目の前のホリは、迷う事無くこの食堂に足を運んだ。

私よりは長い間この基地に居るのだ、施設の場所位は覚えていて当然だろう。

だが、彼女は「目が見えない」のだ。 

何故、道中一切の迷いなく進めたのか。

階段で躓く様な事すら無かった、それは一体何故か。

 

 ここまで来て、私の願望とも言っても良い推測が、口から出た。

 

「ホリ、少し聞きたいのだが」

 

「………はい」

 

 私が声を掛けると、ホリは体の正面に私を捉えた。

 

「君は……本当は、目が見えていたり、しないか?」

 

 そう問うと、彼女は一瞬驚いた様な顔をした後、ふっと、悲しそうに眉を下げた。

 

 とても悲しそうに、笑う。

 

 悲しそうな、悲観な微笑み。

中にはどんな感情が渦巻いているのだろうか。

どこか退廃的で、それでもギリギリの所で踏み留まっていて、まだもう少し頑張れる。

そんな事を既に何千回も繰り返したような。

 

 その表情が、ぐっと、私の胸を締めつけた。

 

「申し訳ありません、笹津大尉、私の目は本当に見えないのです」

 

 本当に申し訳なさそうに、彼女は頭を下げる。

それを見て、私は居た堪れない気分になり、「いや、すまない」と謝罪した。

咄嗟に出た、心からの謝罪だった。

それでも彼女は、何でも無いかのように「いいえ」と言う。

 

「私が自由に出歩けるのは、この施設内だけです、ここは、まだ目が見えた頃に、数ヶ月過ごしましたから」

 

 目が見えていなくても、何となく、体と記憶が覚えているのです。

そう言って笑う彼女は、どこか力なくて、ぐっと唇を噛んで耐えた。

 

「………食事にしよう、君も一緒にどうだ」

 

「……では、ご一緒させて頂きます」

 

 彼女の顔が見れなくて、口をついたのはそんな言葉。

今この時だけは、自分の不用意さを呪った。

 

 

 

 

 席は食堂の端にある二席を使用した。

目の前に並べられた食事を見ながら、思う。

 

 前線だと言うのに、食事も普通だ、と。

 

 パンにスープにサラダ、ついでに栄養機能食品。

ちゃんとした食事だ。

パンを一つ手に取り、口に含む。

パンは思ったよりも硬かったが、柔らかい白パンなど望むべくもない。

味は適当、普通にパンだ。

奥歯ですり潰してから飲み込み、悪くない、そう思った。

 

「笹津大尉」

 

 正面に座ったホリが、どこか緊張した様な面持ちで声を掛けてきた。

場にそぐわない表情に、こちらが面食らう。

 

「ど……どう、ですか」

 

「どう、とは?」

 

「お口に、合いましたか?」

 

 彼女の質問を理解し、素直に「悪くない」と口にした。

途端、彼女は胸を撫で下ろし、安心した様に息を吐き出す。

恐らくそれは、今までここに来た将軍様とやらが、軒並みこの食事に難癖をつけたからだろう。

怒鳴られたか、食事を投げ捨てたか……或いは、暴力でも振るったのか。

彼女の様子からは、そんな怯えがひしひしと伝わっていた。

 

 そんな連中と、一緒にするな。

 

 そう言えばきっと、彼女達は慌てて否定するだろう。

そんな事、思ってもいないと。

それでも態度では顕著に現れている、それはきっと負の遺産とでも言える、トラウマ的なものなのだ。

 

 それでも自分は違うと伝えたくて、「食えるのであれば、文句は無い」と呟いた。

その言葉に、ホリは曖昧な微笑みを浮かべて返す。

 

 その微笑みが、どうしようも無く歯痒かった。

 

 

 

 もそもそと、食事を続ける。

人の居ない食堂と言うのは、かなり寂しい。

元々、少し早めの夕食だったのだろう。

ホリと私以外、誰も居なかった。

 

 食事は据え置きというか、パックを皿に盛り付けただけの、簡素なものだ。

故に、食事係と呼べる存在も無く。

文字通り、二人ぼっち。

食事をする音だけが、響く。

 

 私は、パンを咀嚼しながら目の前のホリを盗み見た。

黙々とパンをちぎって、口に運ぶ彼女。

大柄な割には、わりと細々とした食事の仕方。

そこに、先程の様な怯え、または崩れてしまいそうな、悲壮な表情は無かった。

 

 彼女は、先程の質問をもう引きずっていない様子だった。

その事に、私も人知れず安堵の感情を抱く。

それを悟られないように、パンを口に詰め込んだ。

パンを食べ終わった彼女は、手探りで食事を進めている。

恐らく、椀の形でそれがスープなのか、サラダなのか、判別しているのだろう。

サラダは中央にフォークで寄せると、それを刺したり、掬ったりして食べていた。

彼女としては、毎度の事なのだろうが、初見ではどうも、不安で仕方なかった。

 

「大丈夫か」

 

 私はそう問う。

そうすると、食事の手を止めて彼女は微笑む。

 

「慣れていますので」

 

 そうか。

 

 それしか言う言葉は見つからなかった。

 

 会話は途切れる。

 

 そこからは、何とも言えない、静かな食事しか生まれなかった。

 

 

 結局、終始無言のまま終わった食事は。

「ご馳走様でした」と言う言葉を最後に、お開きとなる。

 

 食堂前で別れながら、ホリは礼をして去って行った。

 

 この後、何処に行くかも聞けなかった。

 

 執務室に足を向けながら。

 

 今度、何か話題を探して来よう。

 

 そう思った。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。