食堂は、何というか、思ったよりもキチンとしていた。
ある程度清潔に保たれており、整然と並べられた椅子とテーブル。
普通にどこにでもあるような白い長テーブルに、丸椅子だ。
それに食料の詰められたパックが並べられた窓口に、各種食器。
普通だと、そう思った。
「ここでお食事を頂けます、朝、昼、夜の三度、時間はお分かりですか?」
「あぁ、その辺りの情報は資料を読んだ」
頷きながら、今更私は疑問に思った。
ホリに視線を向けると、彼女は真っ直ぐ前を向いたまま佇む。
目の前のホリは、迷う事無くこの食堂に足を運んだ。
私よりは長い間この基地に居るのだ、施設の場所位は覚えていて当然だろう。
だが、彼女は「目が見えない」のだ。
何故、道中一切の迷いなく進めたのか。
階段で躓く様な事すら無かった、それは一体何故か。
ここまで来て、私の願望とも言っても良い推測が、口から出た。
「ホリ、少し聞きたいのだが」
「………はい」
私が声を掛けると、ホリは体の正面に私を捉えた。
「君は……本当は、目が見えていたり、しないか?」
そう問うと、彼女は一瞬驚いた様な顔をした後、ふっと、悲しそうに眉を下げた。
とても悲しそうに、笑う。
悲しそうな、悲観な微笑み。
中にはどんな感情が渦巻いているのだろうか。
どこか退廃的で、それでもギリギリの所で踏み留まっていて、まだもう少し頑張れる。
そんな事を既に何千回も繰り返したような。
その表情が、ぐっと、私の胸を締めつけた。
「申し訳ありません、笹津大尉、私の目は本当に見えないのです」
本当に申し訳なさそうに、彼女は頭を下げる。
それを見て、私は居た堪れない気分になり、「いや、すまない」と謝罪した。
咄嗟に出た、心からの謝罪だった。
それでも彼女は、何でも無いかのように「いいえ」と言う。
「私が自由に出歩けるのは、この施設内だけです、ここは、まだ目が見えた頃に、数ヶ月過ごしましたから」
目が見えていなくても、何となく、体と記憶が覚えているのです。
そう言って笑う彼女は、どこか力なくて、ぐっと唇を噛んで耐えた。
「………食事にしよう、君も一緒にどうだ」
「……では、ご一緒させて頂きます」
彼女の顔が見れなくて、口をついたのはそんな言葉。
今この時だけは、自分の不用意さを呪った。
席は食堂の端にある二席を使用した。
目の前に並べられた食事を見ながら、思う。
前線だと言うのに、食事も普通だ、と。
パンにスープにサラダ、ついでに栄養機能食品。
ちゃんとした食事だ。
パンを一つ手に取り、口に含む。
パンは思ったよりも硬かったが、柔らかい白パンなど望むべくもない。
味は適当、普通にパンだ。
奥歯ですり潰してから飲み込み、悪くない、そう思った。
「笹津大尉」
正面に座ったホリが、どこか緊張した様な面持ちで声を掛けてきた。
場にそぐわない表情に、こちらが面食らう。
「ど……どう、ですか」
「どう、とは?」
「お口に、合いましたか?」
彼女の質問を理解し、素直に「悪くない」と口にした。
途端、彼女は胸を撫で下ろし、安心した様に息を吐き出す。
恐らくそれは、今までここに来た将軍様とやらが、軒並みこの食事に難癖をつけたからだろう。
怒鳴られたか、食事を投げ捨てたか……或いは、暴力でも振るったのか。
彼女の様子からは、そんな怯えがひしひしと伝わっていた。
そんな連中と、一緒にするな。
そう言えばきっと、彼女達は慌てて否定するだろう。
そんな事、思ってもいないと。
それでも態度では顕著に現れている、それはきっと負の遺産とでも言える、トラウマ的なものなのだ。
それでも自分は違うと伝えたくて、「食えるのであれば、文句は無い」と呟いた。
その言葉に、ホリは曖昧な微笑みを浮かべて返す。
その微笑みが、どうしようも無く歯痒かった。
もそもそと、食事を続ける。
人の居ない食堂と言うのは、かなり寂しい。
元々、少し早めの夕食だったのだろう。
ホリと私以外、誰も居なかった。
食事は据え置きというか、パックを皿に盛り付けただけの、簡素なものだ。
故に、食事係と呼べる存在も無く。
文字通り、二人ぼっち。
食事をする音だけが、響く。
私は、パンを咀嚼しながら目の前のホリを盗み見た。
黙々とパンをちぎって、口に運ぶ彼女。
大柄な割には、わりと細々とした食事の仕方。
そこに、先程の様な怯え、または崩れてしまいそうな、悲壮な表情は無かった。
彼女は、先程の質問をもう引きずっていない様子だった。
その事に、私も人知れず安堵の感情を抱く。
それを悟られないように、パンを口に詰め込んだ。
パンを食べ終わった彼女は、手探りで食事を進めている。
恐らく、椀の形でそれがスープなのか、サラダなのか、判別しているのだろう。
サラダは中央にフォークで寄せると、それを刺したり、掬ったりして食べていた。
彼女としては、毎度の事なのだろうが、初見ではどうも、不安で仕方なかった。
「大丈夫か」
私はそう問う。
そうすると、食事の手を止めて彼女は微笑む。
「慣れていますので」
そうか。
それしか言う言葉は見つからなかった。
会話は途切れる。
そこからは、何とも言えない、静かな食事しか生まれなかった。
結局、終始無言のまま終わった食事は。
「ご馳走様でした」と言う言葉を最後に、お開きとなる。
食堂前で別れながら、ホリは礼をして去って行った。
この後、何処に行くかも聞けなかった。
執務室に足を向けながら。
今度、何か話題を探して来よう。
そう思った。