ハイスクールD×D 赤腕のイッセー 作:nasigorenn
自分達が居た世界とは違う平行世界だが、それでも変化がそこまで大きくなければ馴染むのも早いというもの。だからなのか、リアス達からしても同じ顔をした同じ存在である一誠が同じ室内に居ても違和感がすっかりとなくなっていた。
「いや、それってどうなんだよッ!」
と、イッセー自身は突っ込みを入れるが、それでも当の本人は堂々と部室のソファで寛いでるのだから、その言葉に重みはまったくない。
一誠と久遠もまた、この奇妙な生活にすっかりと慣れていた。基本は兵藤家でばれないように隠れ、久遠の転送術で部室に行っては適当に寛ぐ。
することがないので暇で仕方ないというのが一誠の弁だが、そもそもが簡単な慰安旅行のようなものなのだからたまには良いだろと久遠が説得する。
それに仕方ないと頷きこの生活を送っているわけだ。
そんな彼等だが、オカルト研究部の部員達と親しくしているというわけではない。
話しかけられれば答えるし、用件があれば此方から話しかけはする。だが、それ以上に踏み込むことはしない。プライベートには関わらないという程のことではないが、それでも関わろうとする気はあまり感じられない。それは仕方ない事とも言える。何故なら二人は『客人』なのだから。本来この場にいない人物に関わったところで何かがあるわけではない。あまり親しくしても意味がないのだ。
だからこそ、踏み込まない。
と、行儀良く言ってみるが、その本音は面倒だからだ。
久遠は仕事に役立たないから、一誠は元の性格からして人と親しくするのが苦手だから。だからこそ、関わらない。総じて答えは面倒の一言に尽きるというわけだ。
少し前にリアスから、
「出来ればその強さの秘訣を一つでもイッセーに教えて上げてくれないかしら」
とお願いされ、面倒臭いが衣食住を提供して貰っていることもあって仕方ないと一誠はイッセーに少し教えることに。
その際に教えたのは身体に掛かる負荷の倍化だが、それを行ったイッセーは一誠の四分の1以下の負荷で倒れたためにまったく意味が無かった。
その時の一誠の目は、本当に同じ存在なのかと疑うくらい白い目だ。とてもじゃないが、この程度でくたばっていては話にならないと。
それ以降、一誠がイッセーに教えることはない。力の差があるのも考え様だと、久遠は苦笑していたが。
まぁ、そんなわけで微妙な距離感を醸しつつ、この日も過ごしているわけだ。
今日も部室で寛ぐ一誠と久遠。久遠は朱乃から貰った紅茶を飲んで寛ぎ、一誠はソファで欠伸を欠きながら横になっている。
そんな二人の様子をイッセーは見て『なんだかなぁ』と思うが、それ以上に気になることがあって落ち着かない。
それというもの、ここ最近に起きたことが原因だ。
それはアーシア絡みの出来事。彼女が教会を追い出された原因である神器を使用して治療した悪魔が彼女の前に現れたのだ。
その名はディオドラ・アスタロト。リアスと同じ元72柱の貴族『アスタロト家』の時期当主である。また、このアスタロト家はリアスの兄、サーゼクス・ルシファーと同じ魔王『アジュカ・ベルゼブブ』を輩出した名家でもある。
そんな大貴族がアーシアに何の用かと思えば、何と求婚してきたのだ。
そのことに当人であるアーシアは勿論、その場にいたイッセーも驚いた。特にイッセーからすれば妹のように守るべき存在だと思っているアーシアに突然のこの話。兄貴分からすれば、そんな急なことを言い出す奴に大切なアーシアは渡せないと憤った。
このことをリアスに報告すると、彼女は苦笑しながらそれに対応した。ただのお坊ちゃんが恩人に会って気が逸っただけだと。
しかし、それでもイッセーの気持ちは落ち着かない。何がと言われれば困るのだが、どうにも不安が拭えないのだ。
だからなのか、今もこうして気が気では無い。アーシアと迫る体育祭に向かって二人三脚の練習を一緒に励むが、その事が頭を過ぎって集中出来ない。
そんなイッセーの様子を二人は見る。
別に心配でも何でも無い。ただの暇潰しだ。
真剣に考えてるイッセーに比べ、話を聞いた久遠と一誠は少し笑いながらその事について話し合う。
「へぇ~、まさかアーシアちゃんが治したのがあの元72柱の大貴族とはねぇ」
「そんなに大層なもんなのか?」
「まぁね。あまり仕事とは関係ねぇけど、それでも知っといて損のない情報だ」
久遠は知っているレベルで話し、一誠は興味なさそうに流す。
精々アーシアに関わったことがある程度。その程度の認識であった。
そんな興味なさそうな一誠に久遠はからかいをかける。
「まさかここでアーシアちゃんが追い出された原因が見つかるとは思わなかったわけだけどよ、お前さんはそれを知ってどうする?」
久遠の問いかけに一誠は少し呆れながら答える。
「どうもなにもしねぇよ。もう過ぎた話を今更ほじくり返してどうする? 何もかわらねぇんだからよ。だから何だって話だろ」
そう一誠が答えると、久遠はつまらなさそうに返した。
「何だ、つまんねぇの。まぁ、お前ならそうなるか。今更お礼参りとかはしねぇ主義だもんな」
「分かってんなら言うなよ。あっちでアイツに近づいたってオレは特に言う気はねぇ。だけどよ……アイツに何かしようってんなら、その時は潰すだけだ」
その時に漏れ出した僅かな殺気を感じ取り、久遠はニンマリと一誠に笑いかけた。まるで得物を見つけた猫のような笑みだ。
「まったく愛されてるねぇ~、アーシアちゃんは。本当、向こうのディオドラは可哀想で仕方ない。何せこんなおっかないお兄ちゃんが目を光らせているんだからなぁ」
「うるせぇよ、久遠。からかうんじゃねぇ」
そんなやり取りをする二人。傍から見れば高校生同士のからかい合いだが、圧倒的な力を持つ一誠の言葉にリアス達は恐怖を感じ冷や汗を掻く。この人物の言葉は冗談でも冗談では済まないからだ。
そんな事を思いつつ誰もがこの問題を楽観視していた。
リアスはディオドラの一時的なものだと判断したし、アーシアは元よりイッセー以外の異性は眼中にない。
一誠と久遠は元から関わる気がないのでスルー。朱乃や祐斗やゼノヴィアやギャスパーはリアスがそうだと決めたのなら、異論は無いらしい。
ただ一人、イッセーだけが不安を感じていた。
そして三日後、その不安は的中することになった。
それまでのことを簡潔に言えば、ディオドラは思っていた以上に本気だったということ。
贈られてくる手紙にプレゼント、ディナーの招待権などアーシアに数多くの貢ぎ物が送られてきたのだ。
それを見て不気味がり怯えるアーシア。イッセーはそんなアーシアを見てディオドラに怒りを燃やし、リアスも流石にどうかと思うと苦笑し手紙や贈り物を処理していく。
それで済めばよかったのだが、それだけではなかった。
その日、部室に集まったリアス達と一誠と久遠。元から二人は関わる気がないので特に気にした様子はないが、リアス達は少し気を張っていた。
それというのも、彼女達にとって重要であるレーティングゲームの対戦相手が決まったからだ。
何でも、次世代を担う若手悪魔達によるトーナメント戦を夏休み中にやる予定だったのだが、ロキの襲来のせいで遅れてずれこんだらしい。
その対戦相手というのが………。
「相手はディオドラ・アスタロトよ」
とのこと。
そのことに思うところあってやる気を見せるイッセー。嫌がるアーシアに迷惑を掛けているディオドラをぶっ飛ばせると内心で闘志を燃やす。
そんなわけで体育祭での二人三脚の練習をしつつ、レーティングゲームへの意気込むわけだが、その日の放課後にそれは来た。
部室内に突如展開される転移魔法陣。その紋章を見たリアスは誰が来たのかを即座に言い当てる。
「あの紋章……アスタロト……」
彼女の言った通り、その魔法陣から姿を現したのはディオドラ・アスタロト本人である。
軽く挨拶をしたディオドラは一誠と久遠の方に目を向け、少しだけ驚いた様子を見せる。
「彼等が噂に聞いた平行世界の……」
その反応にリアス達は普通に対応する。別に彼等のことは極秘と言うほどでは無いし、ロキ関連での報告の際には必ず名が乗るのだから知られていても可笑しくない。
だから二人のことは気にせず、リアスはディオドラを対面の席に座らせて用件を聞くことにした。
そしてその用件とは……。
「担当直入に言います。ビショップのトレードをお願いしにきました」
それを聞いて身を震わせるアーシア。そんなアーシアをイッセーは励ますように手を繋いで上げる。そしてその申し出を聞いたリアスは、表情こそ笑みを浮かべているが、その漏れ出す怒気は彼女の眷属達を振るわせた。
勿論、その申し出を彼女は断った。
彼女にとって眷属は家族同然。アーシアを実の妹のように可愛がっている。だからこそ、求婚した女性をトレードで手に入れようとするディオドラを彼女は許せなかったのだ。
申し出を拒否されたディオドラは仕方ないと苦笑し、今日はもう帰ること伝える。
しかし、帰る前に彼はアーシアに近づき、彼女の足下に跪く。
「僕達の再会は運命だ………」
そうアーシアに語りながら彼女の手を取ろうとするディオドラ。このまま行けばその手の甲にキスをされるだろう。
それを見て焦るイッセーは止めに入ろうとした。
だが………そんな彼よりも先にディオドラの腕を掴んだ者がいた。
「おいおい、同意もねぇのに勝手に相手そういうことするのをこの国じゃなんていうのか知ってるか………セクハラって言うんだよ」
「っ!?」
ディオドラの腕を掴んだのは、それまで話に参加せずにソファで横になっていた一誠だった。
いきなり動いた一誠に驚くリアス達。
そして一誠に捕まれたディオドラは嫌悪感を顕わにし、その手を振り解こうとした。
その時に言おうとした台詞が、
『放してくれないか。薄汚いドラゴンの、それも人間如きが僕に触れるのはちょっとね』
だった。しかし、その台詞は出ない。
捕まれた腕は悪魔の力を持ってしても全く動かず、握られた腕からは逆にミシミシと骨が軋み上げる感触と共に激痛が走っていく。
そして一誠はディオドラに向かって獣染みた凶悪な笑みを浮かべた。
「テメェからはキナ臭ぇ匂いがぷんぷんとして来やがる。アーシアが狙いなのは確かだろうが、本当の狙いは何なんだ、あぁ?」
「っ!? は、はなっ………」
そう言われ、一誠は突き放すようにディオドラの腕を放したが、その前に完璧にディオドラの腕の骨を握りしめて折った。
「っっっっっっがぁっぁぁあぁあああぁアアアアアアアアアアアアア!!」
激痛のあまり腕を押さえて藻掻き苦しむディオドラに一誠は狂気染みた笑みを向ける。それはまるで猫がネズミを狩って遊んでいるときに浮かべる顔だ。ただし、一誠の場合は猫どころかキマイラだが。
「別にそこまで口出しする気はなかったんだがなぁ。如何せん、アイツと同じ面が困ってるところを見るってのはどうにもしまりがわりぃんだよ。それもテメェみてぇな『キナ臭い』野郎なら尚更なぁ。これ以上こいつ等にちょっかいかけんのは止めろ」
軽い口調なのにその言葉は全体に響き渡るくらいに重い。
その言葉と一誠の笑みを直に見たディオドラは顔を青ざめさせると、急いでその場から離れるべく転移していった。
そして静かになった部室内で一誠は周りを見渡すと、ソファまで歩きまた横になった。
「寝る……」
そう言ってごろっとする一誠。周りはそんな彼について行けず唖然とし、久遠はニヤニヤしながら一誠に話しかけた。
「いや~。『お兄ちゃん』は世界が変わっても大変だねぇ」
「うるせぇぞ、久遠。次言ったらそのニヤケ面に一発ぶちかます」
そう答えると、一誠は寝息を立て始めた。
これがディオドラがアーシアを奪おうとしてしてはいけない失敗を犯した最初の一歩だろう。彼はこの後、消滅すると共に思い知らされることになる。
世の中魔王や無限や夢幻よりも手を出してはならないものがあるということに。