ハイスクールD×D 赤腕のイッセー 作:nasigorenn
そして結構評判が悪いこの話です。
事の始まりを話すのなら、それはあの冥界を壮絶とさせた二人の『ケンカ』から二週間が過ぎた後の事から語るべきであろう。
あの激戦で結局引き分けということになり、重傷を負った二人は各自で治療してもらっていた。
一誠はアーシアの御蔭で一週間後には身体は治ったが、流石に体力の消耗が激しかったため、動けるようになるのに三日ほど掛かった。対してヴァーリは堕天使陣営にアーシアほどの治癒能力者がいないため未だ治療中であるが、三週間ほどで動ける動けるようになるらしい。
それでもまだマシな方だ。何せ二人があの戦いで負った重傷はそれこそ、死んで当たり前、もし生き残っても一生を病院のベットで満足に身体を動かすことさえ出来ずに生きていくはめになる程の損傷だったのだから。
本来ならば死んでいるのが当たり前の大怪我を負ってこの程度で済んでいるのは、偏に一誠もヴァーリも限界を超えているからだろう。
早く動けるようになった一誠は勝負の結果に悔しみ、より再戦への闘志を燃やす。あの時、それこそ自身の最強を持ってぶつかった。だが、それでも結果は引き分け。
確かにそれは悔しいが、同時にもっと勝ちたいという渇望がわき上がる。自身の限界など関係無い。闘志は燃え上がり、戦意は高まる。戦いに次と言う言葉はないが、生き残ったのなら別だ。互いに再戦を望むのなら、絶対に次があるのだから。
故に身体が動くようになった一誠はこれまで以上に身体に負荷をかける。
普通なら治った身体にこのような酷な真似はしない。しかし、彼は治った身体を動かして見て、そのあまりの衰えが許せなかった。だからこそ、これまで以上に戻すために、それまで以上の負荷をかけて強制的に鍛えることにしたのだ。
当然アーシアはそんな一誠を心配するが、彼の事を分かり信じている彼女は、そんな一誠を止めることはしなかった。
家族なら信じて支えるのが当たり前だと、食事や家事などで彼を助けようとアーシアは健気に頑張る。
そんな二人と、療養中であることで普段より弄りやすくなった一誠を弄りに来る久遠の前に、その話はやってきた。
「はぁ? 平行世界への転移実験?」
いつもと変わらない狭い室内に、驚きと呆れガ混ざった声が響き渡る。
その声を出したのは、明らかに怪しい者を見る目をした一誠。そしてその視線の先には、アザゼルが胡座をかきながら座っていた。
「そうだ。実に興味深い話だと思わないか?」
科学者らしい若干危険な興奮を含んだ喜びの声でそう言ってきたアザゼルに、今度はその場にいる久遠が軽く手を上げて問いかける。
「総督様、いきなり随分とぶっ飛んだ話をしてるようで。っと言うか、何でいきなりそんな話になったんですか?」
その言葉に来客ということでお茶を淹れてきたアーシアも頷いた。
そんな3人の様子を見ながらアザゼルはニヤリと笑うと、何故こんな突拍子もない話を持ってきたのかを説明し始めた。
「オレが研究者気質ってのは、まぁ知られてる話だよな。そこで神器の研究をしてるわけだが、その一環の一つとして、平行世界についての研究もしてるわけだ」
一体何処に関係があるのか丸っきり分からない一誠は眉間に皺を寄せ、アーシアは不思議そうに首を傾げる。久遠だけは何かを気付いたのか、面白そうに笑みを浮かべた。
久遠の顔を見て、興が乗ったらしくアザゼルは更に得意そうに話す。
「まぁ、その原理や方法は難しいからお前等に言っても分からないと思うけどよ。取りあえず、平行世界への移動ってのは科学者の夢の一つなんだよ。もう一つに枝分かれした可能性の世界。場合によってはその世界から資源やら何やらを手に入れられて資源不足の解消って手にもなる。まぁ、オレはそんなことは気にならねぇけどな。オレはただ、『面白そうなもんに目がない』それだけだよ」
その説明に一誠と久遠の二人は直ぐに納得した。
この総督が愉快的な人物だと言うことは、過去様々な依頼から分かっている。
今回もそんな『奇妙』な話なのだろうと。
そして同時に嫌な予感が二人には感じられた。こういうときの目の前に居る堕天使の総督は碌なことを言わないと、今までの経験が語ってきているのだ。
そして二人の予想通り、アザゼルは碌でもないことを言い出した。
「それで依頼なんだが、その実験に付き合ってくれねぇか? ぶっちゃけ跳んでくれ」
「絶対に嫌です」
「巫山戯んな!」
アザゼルの言葉に一誠と久遠は同時に拒否の言葉を吐いた。
何せ今までに例がない話であり、いくら報酬が良かろうが命の保証がまったくない危険過ぎる依頼を受ける馬鹿はいない。そしてこの総督がそういった依頼をする度に碌な目に遭ってこなかった二人は受けようなどと思わなかったのだ。
「そもそも、何で俺達なんだよ。そんなもん、テメェんところのヴァーリでやりゃいいじゃねぇか」
一誠は不機嫌になりながらそう食いかかると、アザゼルは少し溜息を吐きながら答える。
「本当だったらその予定だったんだが、お前さんと違ってこっちは未だに治療中なんだよ。アーシア・アルジェントほどの治癒の力を持つ神器もねぇから、医療カプセルに未だに詰まったままだ。そんなわけで、アイツと同じ程の力を持つお前さんが選ばれたって訳だ。何せ初めての実験なんでなぁ。ある程度力が強くねぇと次元の壁に潰されそうなんだよ。その点、お前さん達ほど安心に任せられる奴はいないだろ。それに向こうに着いたら何があるかわからねぇからな。強いに越したことはない。お前に勝てる奴なんて、そんないなさそうだしな」
そう言われようと嫌なものは嫌だと言いたい一誠。それは久遠も同じであり、苦笑が在り在りと出ている。
そんな不安な二人の様子を見て、アザゼルはケラケラと笑いながら話を進めた。
「ちゃんと命の保証はしてやるし、こっちにも帰ってこられる保証もしてやる。期限は二週間、その日時になったら自動でこっちに戻される仕組みだ。それで報酬だが、2000万でどうだ?」
「やります」
「やるわけねぇ…ておい待て久遠! 何でそうなんだよ」
二人の意見が食い違い、一誠は久遠に噛み付く。
すると久遠は真面目なような、悲しいような顔で一誠に話しかけた。
「お前がここんとこずっと寝てたもんだから、仕事がまったくないんだよ。しかも前回のケンカが広まって、お前を出すんじゃ過剰戦力だって皆ビビってこっちに仕事をよこさねぇんだよ。御蔭でこっちは段々干上がり気味だ。ここは少しでも仕事があるんだったら受けるべきだろうよ」
「だからってこんな馬鹿げた仕事に乗るのかよ。いくら何でもキナ臭過ぎんだろ!」
「プライドで飯は食えない。それに命の保証と帰る手立て、報酬もちゃんとあるんだ。受けて損はねぇだろ!」
互いに譲らないと額をぶつけ合う一誠と久遠。
そんな二人の様子にアーシアはあわあわと慌て、アザゼルは笑う。
「そんな小難しく考えんなよ。要はお前さんの療養旅行だと思えばいい。ただ行くだけで金が貰えるなんてこれほど楽な仕事もねぇだろ」
その言葉に一誠は考える。
確かに行くだけで貰えるんだったらそれに越したことはない。だが、そんなつまらなさそうな仕事を受けるというのは正直嫌だ。しかし、久遠が言うことももっともであり、プライドでは飯が食えないのも確かであり、ここ最近稼いでいないことで自分の生活が貧困に喘いでいるのも事実。(大体の金は孤児院に、そしてアーシアが買ってくる食材の金額も結局孤児院に返している以上、減っているのはまったく貯蓄をしない一誠の金のみ)
どうするかと悩んだところで、アーシアが一誠に微笑みかけてきた。
「イッセーさんはいつも働いてばかりですから、たまには翼を伸ばしてきたらどうですか? 私なら大丈夫ですし、白夜園のみんなもいますから」
その言葉は一誠への思いやりが込められており、それで一誠は折れた。
「わかった。仕方ねぇから受けてやるよ、その仕事。ただし、前金に半分こっちによこしな。そんなわけわかんねぇもんに付き合わされるんだ。そうでもしなきゃあわねぇよ」
「マジか、イッセー! これで俺も少しは懐が暖まる」
「助かったぜ、赤腕。んじゃ四日後に又来るから、そん時に金渡して跳んでもらうわ」
これが事の始まり。
そしてその言葉通り、アザゼルによって一誠と久遠は旅行と言うには危険が多すぎる未知の領域へと転送された。
『平行世界』という未知へと。
そして現在に居る。
転送されて見れば辺り一面砂煙。急にそんなものに包まれたものだから一誠は咳き込みながらそこから離脱すれば、大きな犬(フェンリル)に襲われたというわけだ。
そんな一誠とは別に、久遠は煙いと思いつつも足下に転がっているものを見つけた。
「あれ? もしかしてコレって……あぁ、やっぱり。何でこんなことになってんのかねぇ」
そう言いながら久遠は『それ』をよく見る。
腹や足などが大きく穿かれた痕、そしてそこから血が溢れている所を見るに先程受けた傷らしい。それの顔は真っ青になり、死にかけていることが直ぐに見て取れる。
そして何でそんな目に遭っているのに使っていないのか、それの手元の近くには何故か小さなケースと、その中に入っていたであろう小瓶が転がっていた。その小瓶の中に入っている物は、悪魔でない久遠でも知っている万能の治療薬である。
それを見た久遠は治療薬を拾い、少し考えた後に『それ』に使った。
「これが見知らない奴だったら喜んで猫糞するんだが、生憎同じ顔の奴に死なれるのは後味が悪いからな。自分の幸運に感謝しな」
そして『それ』の傷口が塞がり顔色が元に戻ってきたのを見てると、何やら一誠が襲われて何か喚いている。その襲ってる者を見て犬じゃなくて狼だろと突っ込んだ。
そして一誠が戦う気を見せ始めた所でやばいと思いながら距離を開けていく。
その予想通り、一誠からオーラが吹き荒れて辺りの物は勿論、それまで久遠を覆っていた砂煙も吹き飛ばされた。
一誠はリハビリがてらに最初から飛ばしていく。
普段の彼ならここは籠手を出しただけで戦うが、あのケンカから少し経っているため、調子を見るために最初から禁手を行った。
『Welsh Dragon Balance breaker !!』
そして赤きオーラの嵐を吹き荒れさせながら、赤龍帝の鎧を纏った一誠は獣染みた咆吼を上げる。
その叫びはこの場にいる全員の身体を無条件に震わせ、恐怖を駆り立てる。
リアス達はそんな一誠に困惑するが、そんな事など知らない一誠はフェンリルに向かってその身体を向けた。
「まずはそこのでけぇ犬ッコロ、テメェからだ!!」
いつもと同じ、馴染み深い行動。拳を地面に叩き着け、巨大なクレーターを作ると共にその反動で前に弾き跳ぶ一誠。そのまま空中で身体を捻りながら回転し遠心力を乗せた左拳を、此方を噛み砕かんと口を開いて襲い掛かるフェンリルに向かって振り抜いた。
その途端、骨肉が砕ける音が辺りに響いた。
まるで何かに怯えるような悲痛な叫び声を上げながら吹き飛ばされるフェンリル。そのまま吹き飛ばされ、何度か大きな岩を砕きながらその身を埋めつつやっと止まった。
その顔は血まみれであり、神殺しの牙は大半が砕け散っている。息は絶え絶えであり、完璧に意識を失っていた。
「なっ、フェンリル!?」
驚きのあまり目を見開くロキ。
何せそれまで苦戦をしていたはずの相手が、たった一撃で自慢の息子を倒したと言うのだから。
そしてそれに戸惑いを見せるのは、フェンリルの子供であるハティとスコル。
一誠はフェンリルを吹っ飛ばした後に体勢を整えると、赤いオーラをその身から噴きだし、それと共に左拳の宝玉が光り輝いていく。
『Boost、Boost、Boost!』
人工的な音声が流れていく中、その宝玉の輝きは目も当てられない程に光り輝く。
そしてその音声が止まるとともに、一誠は赤き輝きに満たされた左拳を未だ戸惑っている二匹に向かって振り抜いた。
『explosion!』
「ドラグブリットッッッッッッバァアアアストォオオオオオオオオオオオッ!!」
その拳から放たれた、ドラゴンのオーラを圧縮した砲撃。
それは全てを飲み込まんと巨大な柱となって二匹に迫り、逃げることなど許さずに飲み込んだ。
そしてその柱は更にその後にある巨岩を幾度となく飲み込んで消滅させ、光が収まるとその射線上にあったものは何一つとして存在していなかった。ただ、柱が通った跡だけが、くっきりと大地に刻まれている。
一誠はそれに目を向けて軽く左拳を開いては握り、調子を確かめるようにしている。
そんな彼のあまりの破壊的行動に、それまでの『一誠』を知っているリアス達は彼の豹変ぶりに困惑を隠しきれない。
そして最後に残ったミドガルズオルムもまた、一誠に向かって襲い掛かるが……。
「さっきから動物ばかりだなぁ、あぁっ!」
少し飽きたような声を出すと共に、背中から赤きオーラを噴き出しながら向かって来たミドガルズオルムに突進する。そしてその拳がミドガルズオルムの顔面にめり込んだ途端、あまりに威力にミドガルズオルムの頭部が弾け飛んだ。
頭部を失ったミドガルズオルムは力なくその巨体を地面に倒れさせると、動くことなくその生を終了させる。
これでロキの戦力である四匹の獣は皆行動不能かもしくは死んだ。
その事に驚愕し怒りを燃やしたロキは一誠に向かって叫ぶ。
「貴様ぁああぁあああああ、良くも我が息子達を!!」
そして憤怒のままに、その手に力を集中させて一誠に向かって砲撃を放った。
それはこれまでリアス達に放っていた手加減したものではない。ロキの本気の殺意が込められた一撃である。
一誠はそれの直撃を受け、彼が居た周りの地面が一気に爆発した。
「イッセーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
リアスの口から出た叫びが爆炎に飲まれつつも辺りに響く。
これで普通ならとっくに消滅しているだろう。助からないと誰もが思っただろう。
だが、ここにいるのは彼女達が知る『一誠』ではない。
爆炎が吹き飛ぶと共に、その場にいた一誠は自分の身体の鎧が彼方此方砕けている所を見て、実に……そう、実に楽しそうに笑った。
「いいねぇ、いいねぇ、こうでなくちゃなぁ! さっきから犬畜生ばかりでつまんなかったんだ。やっぱり飼い主の方がやるじゃねぇか。なら、アンタなら試すのに丁度良い。思いっきり出すから、少しは耐えてくれよ!」
そして彼は口を開く。
二週間前に唱え、冥界の地図を変えた忌まわしきあの力を。
その気配を感じ取った久遠は一誠に向かって馬鹿だアホだ、甲斐性無しだと文句を叫びながらもリアス達の前に現れた。
「やぁ、初めましてというのも少しばかりアレだが、今はそんな所の話じゃないんでね」
「なっ、あなた誰よ!?」
目の前に現れた久遠に驚くリアスだが、久遠は不敵というには少しばかり焦った笑みを浮かべながらリアスに話しかける。
「今俺が誰かっていうのは後回しで。早く逃げないとあの馬鹿に巻き込まれるんでね。結界張るから、急いでこっちのアンタの眷属とか呼んでくれ。あの馬鹿の力じゃ俺でも広範囲は無理だからさ」
焦りながら指示を出す久遠。
そしてそんな久遠の事など気にかけることなく一誠はそれを唱えた。
『我、目覚めるは覇の理を神より奪いし二天龍なり。無限を嗤い、夢幻を憂う。我、赤き龍の覇王と成りて、汝を紅蓮の煉獄に沈めよう』
それは彼女達の知らない禁じられた言葉。
そしてこの先にあるのは、この世界でそれを知る者がいるかどうか分からない新たなる力。
『覇龍進化!』
その叫びと共に、久遠にとっては少し前に経験したのと同じ、世界の悲鳴が聞こえた。
赤き光が全てを覆い、この世に唯一無二の力の化身を顕現させる。
『覇龍進化、赤龍暴帝の重鎧殻』
その言葉と共に平行世界のこの場にて、赤き龍の暴君が降臨した。