ハイスクールD×D 赤腕のイッセー   作:nasigorenn

48 / 73
番外編第一弾です。


番外編その1 久遠という男
久遠という男について


 裏の世界に於いて、『赤腕』こと兵藤 一誠を語るならば、必ずこの男についても語らねばならないだろう。

男の名を正式に知る者はいない。だが、その呼ばれ名は知っている。

 

『仲介屋の久遠』

 

異形犇めく世界での裏の仕事斡旋組織。通称『仲介屋』その一員である。

組織の全貌を知るものはなく、組織に属していると言うこと以外は何も分からない。組織という割にはつながりというものがなく、個人で仕事を受けてそれを他の人間に仲介することを生業としているのだ。

その組織に所属する理由というのがあるのかと問われれば、それなりに在ると答えが返ってくるだろう。

組織という看板の使用料金を払う事によって、非公式ながら公な身分を手に入れることが出来る上に、組織の情報収集能力の優秀さから裏のあらゆる事情を知ることが出来るのだ。

持ちつ持たれつというには少し歪な関係だが、仲介屋という組織はそうして成り立っているのだ。

その組織に一応身を置いている久遠だが、その出自については公とされていない。

この業界、下手な詮索をする者は長生きできない。だからこそ、必要でも無い限りは久遠のことを探ろうとする者はいなかった。

彼はこの偉業犇めく世界で裏から立ち回っているが、戦いはしない。主に仕事の仲介やサポートをしている。そんな彼を周りの者達は兵藤 一誠の腰巾着だの何だのと馬鹿にするが、それは大きな間違いだ。

久遠は戦闘は自分の領分ではないとし、結界を張ったり転移魔方陣で移動したりと多才な術を行使する。そのような優れた『人間』をどうして馬鹿に出来ようか。

ここで重要なのが、『久遠』は何なのかということ。

神器を持たず、魔術を使うかと言えばそうでもない。使う術は多才で種類が多く、言い替えれば分別がない。この業界に於いては考えられない術者と言えよう。

悪魔や魔法使いなら黒魔術。神道系の術ならば陰陽道。それ以外にも北欧のルーン魔術や呪術、中国の大極、妖の類いが使う仙術など。

術は様々あれど、その全てに共通していることは一つのみ。

その術を使う者はその術こそが至高だと思い、それ以外を下だと見下すこと。

優劣だけでは考えず、それのみが最強だと疑わない。

故に基本、術者が使う術は一種類、もしくは近い種類の物で二種類だ。

だが、久遠はそれに当てはまらない。何処の悪魔と契約したのか魔術を使い、そうかと思えば陰陽術を行使し、ルーンによる結界を張ったりもする。

存在自体が滅茶苦茶。それが術者としての久遠。

何故そんな存在がいるのか?

それこそが久遠の出自に関わるものだからだ。

 常に最強を目指す者がいるのが世の常というもの。それは何事に於いてもそうだ。

格闘技しかり、競技しかり、勉学しかり、経済しかり……。

どの分野に於いても、必ずそういったものは現れる。

そして裏でも当然そういったものはあり、魔術で最強を目指すものや仙術を極めようとする者達もいた。

だが、そんな中から少し変わった思考を持つ者が現れた。

 

『何も一つに拘る必要は無い。どの術も優れている部分はあるのだ。ならば、それらを全て凝縮し、最強の術士を作り出そうではないか』

 

それは当時ならまず考えられない思考。

術一つに拘らず、様々な術を覚えていき最強を目指す。

己が術にプライドを持たず、他の術にまで手を出す下法。

周りに知られたならば、途端に駆逐されるであろうこの考えは、それを考えた一族だけで内密に行う事になった。

書物を漁り、有名な術士に教えを請い、必要ならば近親婚は勿論、異形の者をも娶り新たなる子に術を学ばせていった。

それが数世代にも渡り行われ、この一族の完成形に近い個体が出来上がる。

それは双子であった。

どちらも黒い髪をした男であり、見た目はとっても似ていた。

だが、その中身は全くの別物。

片方は好戦的であり攻撃の術に特化した適正を見せ、もう一方は気分屋であり快楽的な思考を持った防御の適正を持つ者。

適正から名を付けられ、兄の方を『矛骸(むがい)』、弟の方を『楯弥(じゅんや)』と名付けられた。

二人は周りの期待に応えるかのように成長を見せ、兄は立ち塞がる全ての敵を己に刻み込まれた様々な術を使って灰燼に帰した。弟は攻撃こそ点で駄目であったが、その防御は鉄壁であり全ての攻撃を様々な術を持って防ぎ無力化していく。

矛骸は性格もあって特に上昇志向が高く、度々問題を起こすも上を目指していたことに周りは大層喜んだ。これぞ最強の術士にふさわしいと。

逆に弟の楯弥は家のことなど気にせずにのんびりと適当に言われたことを熟し、いつも暇そうな様子であった。そのためか、一族の反応はそこまで良いとは言えず、せめて兄のように少しでも攻撃用の術が使えればと嘆かれる始末。

それに弟は特に思うことはなく、毎日が退屈であった。

確かに弟の方は攻撃の術はからっきしであったが、防御の結界は勿論、それ以外にも転送やサポート用の術にも精通していた。それは兄にはない才能であったが、防御やサポートだけでは『最強の術士』にはなれない。

だからこそ、兄は一族の期待を背負い、より凶暴なまでに成長していった。弟はその様子に馬鹿らしいとさえ思いながら冷めた目で見ていた。

兄にとっては最強を目指す精進の日々。戦いにあけくれ、より最強の術士を目指すべくより凶悪に、より凶暴に己を研鑽していく。自分こそが最強なのだと。そのために他の術士に戦いをふっかけに行ったり、悪魔や堕天使、妖にも戦いを挑んで全て殺していく。

そんな兄を見ながら弟は呆れ返る。

彼には兄が目指すものに興味など微塵も無かった。最強という言葉に、彼は何の意味も見いだしてはいなかったのだ。いくら強かろうが、だから何だと言うのだろうと。そんな称号、何の役にも立たない。

そんなことを目指すくらいなら、彼はこの退屈をどうにかして欲しかった。

毎日同じような訓練ばかりして、周りの讃辞と嘆きを聞き流し、寝るまで術の勉学に励む。

変わり様のない日々は彼を退屈させ、如何に攻撃されようとも絶対の防御を持って弾き返す。自分を害することが出来る者など誰もいなかった。故に刺激が足りない。

唯一の救いは下界に行くことだが、それでも彼にとっては慰め程度にしかならない。

彼は生まれ持った絶対的な安全を持っているが故に、自らを焦らすようなことなどない。それ故に心のそこから退屈していたのだ。

例えそれが本当の殺気を向けられようと、彼の心は揺さぶられなかった。

そんな弟と最強を目指す兄。

一応は当主候補ということもあり、二人は当主の座を賭けて戦い合うことに。

兄はそれこそ弟を殺す気で、弟は面倒なあまりに溜息を吐いてそれに望む。

兄は自分が当主になった暁には、一族の名を世界に知らしめ、強いては自分が最強であること証明しようとしていた。

所詮弟など取るに足らないと。防御しか能が無いのだから、この家には不要だと。最強の術士は一人で……否、最強は一人で十分だと。

本人すら自覚していない中で、その妄執染みた殺意は一族へと向けられていた。

この先少しすれば、この兄はきっと一族を皆殺しにしていただろう。

だが、そんな見下していた弟相手に兄は驚きのあまり言葉を失う。

兄の怒濤の攻撃に弟は欠伸をかきながら面倒臭そうに手を前にかざす。それだけでその攻撃は逸らされ消され弾かれる。

まったくもって疲れた様子もなく暇そうな弟に兄は怒りを燃やし、より激しく攻撃と放っていった。

時には自らが作り出した新たなる術式によう攻撃も加えながら、炎が、雷が、氷りが、魔力の塊が、仙術の鬼火が、様々な攻撃が弟へと襲い掛かる。

だが、それらは全て無効化されてしまう。

弟はその様子を冷めた目で見ながら呆れ返り、挙げ句は居眠りをしようとさえしていた。

それが兄の逆鱗に触れた。最強を目指す者がこのような覇気の無い者に全て防がれるなど……嘗められるなどあってはならないことだと。

故に兄は激怒し暴走した。

彼が放った術は彼の怒りを体現すべく、一族ぬまでその牙を向けた。

辺りは火の海に包まれ、一族は彼の術に恐怖し逃げ惑いながらも死んでいく。最初に死んだのは彼等の父だった。

だが、それでも弟は暇そうだった。張った結界の中、船をこぎつつ携帯電話を弄くり回す。

あまりの術の凄まじさに自らの肉体を、精神を、魂を削りながら猛り狂う兄。

その猛攻を防ぐ弟。

その戦いは一族の殆どが死に絶えても続き、三日三晩続いた。

そして決着がついた。

兄はその力の全てを出し切り、まるで燃え尽きた灰のように崩れ落ちて散ったのだ。

対して弟は何一つ傷を負っていない。

身内の最後を見ても彼の心は揺れることはない。ただ、自業自得だと思っただけ。ただのごり押しで弟の結界を破けるほど、彼の結界は甘くない。それなりに術式を組んで何処が弱いのかを見極めて一点集中すれば破けないこともなかったというのに、兄は力に取り憑かれてそれをしなかった。慢心して自分の力を過信し過ぎた。

それを愚かと言わずに何と言えと言うのだろう。

弟は一族が自分以外が滅んでしまったことを理解したが、それでも感情は揺れ動かなかった。

 このまま居ても仕方ないと思いながら、下界へと降りることにする。

その気持ちは一族という枷がなくなったことで少しは自由を感じたが、それでもこの退屈はなくならない。

下界に降りてからは生活すべく裏での仕事を取り合うようになり、自分の能力も合わせて仲介屋に入ることに。

世界を少し知れば、もしかしたら自分のこの退屈をどうにかしてくれるかもしれないと。

生まれてからずっと感じていた魂まで浸透しているこの『退屈』を。

それから2年ほど経ったある日、たまたま裏の道を通っていた彼の目の前に、それは入って来た。

赤い左腕を持って、その全てを打ち砕く男の姿を。その顔は兄とは違った好戦的な笑みを浮かべ、それでも怒りを宿していない。純粋のこの闘争を楽しんでいる。それを顕すかのように、殴られた地面は粉々に粉砕されていく。

 それを見た途端、彼は何かを感じ取り、生まれて初めて『期待』したのだ、その少年に。

 

 

 この一族の名は『久遠』。そしてこの出会いこそが、彼と最強の赤龍帝の出会いであった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。