ハイスクールD×D 赤腕のイッセー   作:nasigorenn

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物語も佳境、そして作者は大スランプ。ある意味きつい状況ですね。


停止教室のヴァンパイア
34話 彼は焦れる


 追試を終えて、無事に赤点を回避した一誠とアーシア。

その事にアーシアはとても喜び、一誠もそれなりにホッとした。

寧ろ教員からはいつもより良い出来に驚かれ、もっと頑張るよう言われたことに一誠は苦笑で返すしかなかった。

そんなこともあり、勉強を教えてくれたソーナに改めて礼を言いに行く二人であったが、礼を言われたソーナはそんなことはないと笑顔で二人にそう言う。

だが、それでも感謝の念を絶やさないアーシアに、ソーナは満更でもなさそうであった。

 これで二人とも追試を終えて安心したわけだが、一誠の胸中は穏やかでは無かった。

 

 

 

 

 

「テメェ、何モンだ! この俺をはぐれのバルグ様だと知ってのっ」

「うるせぇっ! この雑魚スケがぁっ!!」

 

草木も眠る丑三つ時、郊外の端にあるもう動いていない廃工場。

本来ならば静かであるはずの場所ではあるが、最近ではそうではない。

ドスの効いた叫び声が工場内に轟き、地鳴りのような揺れが連続で巻き起こり工場を揺らす。

そこにいるのは、はぐれ悪魔のバルク。

典型的な力に溺れ、主を殺して逃亡した悪魔である。

その巨躯と巌のような筋肉はまさに全身兵器。剛力と堅硬な防御力を持つ『戦車』であった。

彼ははぐれとなって、欲望のままに暴れるために人間界へと来た。

そして丁度良さそうな潜伏先としてこの廃工場を見つけ住み着き、気のままに人間を襲うようになった。

時には自ら住処から出て狩りと称して人間を襲い、またある時は彷徨ってきた人間を殺したこともある。

男ならば玩具の様に弄り殺し、原型が無くなるまでに壊す。

女ならばその場で自分の性欲の捌け口として使い、精神が崩壊するまで犯し抜いた後に殺し、時には食べた。

また時には同じようなはぐれの女悪魔を捕まえては犯し、結果として殺してしまったことも少なくない。

まさに絵に描いたような悪魔な彼だが、現在、その表情は恐怖に歪んでいた。

その夜、最初に彼が見たのは一人の人間の男であった。

良くある物珍しさから好奇心で覗きに来たのであろうと彼は判断した。そして同時に殺そうと動き出す。

理由など単純であり、殺したいから殺すのだ。自分の愉悦のために、殺したいから殺し、犯したいからか犯す。

特にそれらしいものなどない。ただ、やりたいからするだけだ。

しかし、彼はその人間に仕掛ける前に気付いた。

その男の顔、そして身に纏う雰囲気を見て本能が察した。

ただの人間ではないと。

その身に纏うのは、百戦錬磨の強者の雰囲気と漏れ出す闘気。そしてその顔は凄惨な笑みで彩られていた。

それは人にあらず。悪魔でも堕天使でもない、阿修羅の笑み。

それを見た途端、バルクはまるで全身が凍り付いたかのように固まった。

身体が動こうとせず、変わりに身体中がガタガタと震え始める。

目がその男から離せなくなり、歯がかみ合わずにガチガチと音を立てていく。

その男に彼は……バルクは恐怖を感じていた。

恐いと本能が伝えてくる。絶対に戦ってはならないと、危険だと警報を鳴らし始める。だが、それに従えるほど、彼は柔軟では無かった。

彼も外れたとは言え悪魔だ。人間如きに畏れを抱いたなど、自身のプライドが許すわけがない。

だからこそ、身体を固め逃げ出そうとする本能をねじ伏せつつ、名乗りながらその男へと殴りかかっていった。

普通に当たれば人間など忽ち肉塊に早変わりする攻撃。

だが、その拳は当たることはなかった。

その男は即座に左腕に赤い籠手を展開すると、バルクに向かって苛立ちを込めながら吠え、そして反撃してきた。

バルクの拳に対して男は籠手を付けた左拳をぶつけたのだ。

どう見たって圧倒的に太いバルクの拳が打ち勝つのが当たり前。

だが、現実はそうではなかった。

拳と拳はぶつかり合い、僅かに拮抗する。

だが、その僅かな拮抗の後に……バルクの拳は、腕は、肩まで一気に弾け飛んだ。

 

「なっ!? がぁあぁあぁああぁああぁああぁああぁああぁああぁあああぁああああぁああああああ!!!!」

 

自身の消し飛んだ腕を見て、その現実と襲いかかって来た激痛に悲鳴を上げる。

バルクは考えもしなかっただろう。人間の細い腕から放たれた拳如きに、自身の巨腕が打ち負けるなど。

激痛のあまりに千切れた箇所を必死に押さえながら叫ぶバルク。

だが、そんなバルクを見ても男……兵藤 一誠は止まらない。

 

「こんな弱い奴を寄越しやがって………こんなんじゃ全然スカッとしねぇんだよ! これで終わりだッ!!」

 

自身が有利であるというのに、一誠の顔に喜びはない。

ただ、ひたすら……苛立っていた。

一誠は焦れったかった。

再び会った『奴』と戦える時が近いと察し、それ故に迸る闘気が押さえきれない。

正直、直ぐにでも戦いたい気持ちで一杯になる。

それを持て余しているが故に、一誠は荒れていたのだ。

その苛立ちをぶつけるかのように、バルクの顔面を思いっきり左拳を叩き着ける。

それで最後。

その瞬間にバルクは何も感じなくなる。

当たり前だ。何故なら………。

 

その一撃でバルクの首から上は弾け飛んだのだから。

 

力なく巨体がコンクリートの床に沈み込み、倒れた際に起きた揺れは大きく廃工場を揺らす。

物言わぬ肉塊となったバルクに目を向けること無く一誠は振り返り、その場を後にする。

その表情は実に苛立ちに満ちており、不満そうであった。

 そんな一誠が廃工場から出て来ると、それまで一誠の様子を見ていたであろう久遠が話しかけてきた。

 

「まったく、随分と荒れてるねぇ」

「………うるせぇ……」

 

からかう久遠に一誠は不機嫌そうに答える。

そんな一誠を見ながら久遠は苦笑を浮かべた。

 

「そりゃお前さんがずっと会いたがってた奴と会ったって話は聞いたさ。だけどよ、だからってそこまで昂ぶるかね、普通」

 

一誠がここまで不機嫌な理由。

それは自らが認めた唯一無二の敵『白龍皇のヴァーリ』との再開が原因だ。

過去にぶつかり合ったこともあり、赤龍帝と白龍皇という関係だけで無くても因縁を持っている間柄。

その相手と再び相まみえた。

それにより、それまで燻っていた一誠の中の炎が更に燃え盛ったわけだが、その再戦がいつなのかは明確には決まっていない。

だからなのか、一誠はこうして苛立ちと闘気を持て余し、少しでも押さえるために何かしらの仕事をしているのだ。

だが、彼が充分に満足するような相手に早々出会える訳が無い。

先の仕事でコカビエル相手に激戦を繰り広げたが、あれくらいの相手でなければ今の一誠の苛立ちを収められる者などいないだろう。

故に一誠は苛立っているというわけだ。

それは一見すると恋に熱中する女性のような感情に近いものがある。

会いたい、けど会えない。居場所が分からないけど、それでも会いたい。

恋しい気持ちと焦れったさが入り交じった感情は、確かに女性のそれと共通するものがあるかも知れない。

そう考えれば女々しくも見えるものだが、会ったら次は本気で『喧嘩』がしたいというのは全く違う感情だ。

熱烈に相手のことを思う熱意、そして会ったら会ったで本気で殺し合いをしてどちらが上なのかをはっきりさせたい意地。

女性のように一途で、それでいてそのような欠片もない圧倒的な戦意。

その荒れ狂う感情を一誠は持て余しているというわけだ。

故に紛らわそうと色々と仕事を行う。

先程のようなはぐれ悪魔の討伐は勿論、一般の人間による裏の家業も請け負った。

それらの仕事を全て彼は熟していった。

だが、その結果は凄惨の一言に尽きると言って良い。

はぐれ悪魔ならほぼ三撃以内で仕留め、元の形を留めていない。裏の人間の仕事ならば、相手の拠点ごと一撃で殲滅する。

荒んでいることもあって、いつもより押さえが効かなくなっていた。

と、そんな感じに荒んだ精神を持て余しているのが現状の一誠であり、そんな一誠を呆れながら久遠は笑っていた。

 

「仕方ねぇだろ。あいつと……ヴァーリとまた会ったんだ。だったら、殺り合いてぇって思うのは当然だろ」

 

笑う久遠に一誠は凄みがにじみ出ている笑みで答える。

それは一般人が見たら卒倒するくらいに恐ろしい笑みとなっていた。

そんな一誠に久遠は冷やかしを入れる。

 

「別にお前が再戦に燃えるのは結構だが、そんな面じゃアーシアちゃんとかが心配するぞ」

「ぐっ………はぁ、わかってるっつの……」

 

そう言われ一誠は顔を顰めると、力を無理矢理抜いた。

確かに久遠の言う通りであり、再戦に向けて闘志を滾らせるのは結構だが、それで家族に心配をかけてはいけない。特にアーシアのような人の感情に敏感な少女ならば尚のこと。

一誠は肩の力を抜いて軽く溜息を吐くが、それでも胸の中の燃え滾る溶岩は冷える気配を見せない。

だが、少しは周りを見直すくらいの余裕は作り出すことは出来た。

故に一誠は苛立ちを押さえ始める。アーシアを怖がらせると面倒になるということは嫌というほど分かっているから。

家族を心配させないためにも、一誠は苛立ちを表に出さないように必死になると、そんな一誠に久遠はニヤリと笑いかけた。

 

「さて、そんな必死なイッセーにはお兄さんからご褒美をやろうじゃないか」

「誰がお兄さんだ、誰が!」

 

ボケる久遠に一誠は突っ込みを入れるが、そこでへこたれないのが久遠である。

そのまま久遠は気にした様子も無く話を続ける。

 

「ここ最近はお前さんがやる気満々だったってことで、色々と金が集まってる。そんなわけでここは一つ、ラーメンでも奢ってやるよ。勿論、あの店長の店だけどよ」

 

いつもなら即座に飛びつく好条件。

無料で食事が出来るということは、万年金欠の一誠にとってはまさに最高の一言に尽きる。

だが、それで……今の一誠はそこまで精神が緩まない。

 

「いや、いらね」

「そう言うなっての。腹一杯喰えば少しは気も解れるって。お前はどうせオツムが単調なんだからよ。細かく考えずにどっかりと構えてりゃぁいい。何かあるんだったら向こうから来るだろ」

「…………」

 

その言い分に不満がありありとでる一誠。

そうではないと言いたい所だが、馬鹿にしつつもそれなりに励ましてくれていることがわかる。

だからこそ、一誠は久遠の顔を見ずにぶっきらぼうに答えた。

 

「まぁ、無料と聞いていかねぇもの損しかねぇしな。今日はアーシアも来ねぇし、仕方ねぇな」

「まったく……ウチの大将は素直じゃないねぇ」

 

 照れ隠しに仕方ないと言う一誠を見て久遠は笑いつつ、一誠を例の店へと連れて行った。

 そして店の暖簾を潜った途端に二人して固まった。

何故か? それは二人の視線の先に居た人物達が原因である。

一人は白銀の髪をした美青年。そしてもう一人は、前髪が金色に染まっており、着流しをきた中年の男。

その二人は一誠達の視線に気付き、軽く手を上げて挨拶をしてきた。

 

「よぉ、赤腕、それに仲介屋の久遠、久しぶりだな。つっても、久遠とは毎回面を付き合わせてるからそれ程久々でもねぇけどよ」

 

その言葉を聞いて久遠は驚きつつも声を出した。

 

「なっ………何でいるんだよ、総督様が……」

 

別に驚くようなことではない。堕天使をまとめ上げる組織『神の子を見張る者』の総督にして久遠のお得意先の一つであるアザゼルだってたまにはこの店に来ることがあるのは皆知っている。その来店理由の大体が遊びに来たのか部下に小言を言われ過ぎてストレスの発散にきたのかのどちらかなのも。

ただ久遠が驚いたのは、今回一誠が荒んだ原因の一端であるアザゼルがタイミング悪くこの場に居てしまったからだ。

だが、一誠の目はアザゼルには向いていない。

その視線の先にあるのは、白銀の髪をした美青年である。

また、その青年も一誠の方に目を向けており、同時に笑った。

その笑みは獰猛な獣のそれだ。殺気が一気に膨れ上がり、ラーメン屋には有り得ない程の殺伐とした空気が流れ始める。

そして一誠はその青年の名を、その青年は一誠の名を同時に叫んだ。

 

「テメェ、ヴァァァリィィイィィイイィイィィッ!!」

「貴様、一誠ぇえぇええぇええぇえええええええええ!!」

 

互いに認め合った真の敵同士、互いの再会に昂ぶりを押さえきれずに叫ぶ。

そしてどちらも同時に戦闘へと移行しようとし…………。

 

 

「うるせぇえぞ、ガキどもぉおおおおおおぉぉおおおぉぉおおおおぉおおおおおおおおおおおおぉおおおッッッッッ!!!!」

 

 

厨房から飛んで来た二つの鉄鍋を同時に頭部に受け、激痛のあまりに頭を押さえて悶え苦しんだ。

再びヴァーリと再会した一誠だが、騒ぐ場所は考えるべきだっただろう。

如何に三大勢力が畏れる赤龍帝と白龍皇とは言え、この店の主人の前ではただの客であり、店の迷惑になるような行為を許すほどここの店主は優しくはない。

 この場に於いて、店主こそまさに『最強』であった。

 


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