ハイスクールD×D 赤腕のイッセー 作:nasigorenn
いきなり見知らない人間から名前を呼ばれ、怪訝そうな顔をする一誠。
そんな一誠にその少女は食い付くように話しかけてきた。
「え、忘れたの!? あんなに一緒に遊んだのに?」
「遊んだ? あんましそんな覚えはねぇからなぁ……」
迫るように話しかける少女に、一誠は本気で首を傾げる。
本当に覚えが無かった。この男は、基本的に人のことを覚えない。頭が残念なこともそうなのだが、重要なのかそうでないのかの区別がはっきりしているのだ。それ故に、重要ではない人間のことを覚えているのは稀である。
少女は話しかけても思い出せない一誠にやきもきし、そんな彼女を見かねてか、同じ白いローブを羽織ったもう一人の女性が少女に話しかける。
蒼い髪に一部だけ深い緑色のメッシュが掛かっている、少女とは違い格好いいといった相貌の女性であった。
「イリナ、知り合いなのか? 彼はお前のことを覚えていない様だが?」
「ゼノヴィア、そんなことないわ! だって小さいとき、彼のいた孤児院に良く遊びに行ってたもの! 覚えてない、イッセーくん? 私、紫藤 イリナよ」
少女……イリナの名乗りを聞いて、一誠は自分の記憶を掘り返していく。
そして少しした後、確かにその名前に覚えがあることを思い出した。
幼い頃、まだ神器に目覚める前に少しの間だけ、一緒に遊んだことのある子供だと。
だが、その記憶にある人物と現在目の前にいる人物では、その姿が違っていた。
成長したからなどと言う様な物ではなく、根本的な部分で。
「イリナ? あの、ガキの頃に一緒に連んでたイリナか? だけど、アイツは……男のはずだと思ったんだが……」
その一誠の答えに対し、イリナは頬を膨らませてむくれて見せた。
「あぁ~、そんな風に私のこと思ってたの! ひっど~~~いッ!! そりゃ、確かにあの時の私はヤンチャだったし、男の子っぽい恰好してたけど、だからって本当に男だと思ってたなんて~!」
「いや、その……悪ぃ…」
戦闘中はその力を使い猛威を振るう一誠だが、平常時ではただの駄目な男。イリナに失礼な事をしたと自覚し、実にバツの悪い顔になった。
そんな一誠の顔を見て、苦笑するアーシア。そして久遠は爆笑していた。
一誠はバツの悪さから歯切れが悪いが、それでも久々にあった友人に改めて挨拶を返す。
「まぁ、そのなんだ……久しぶりだな、イリナ」
「うん、イッセーくんもね。随分と格好良くなってたから、ビックリしちゃったわ」
明るく返すイリナを見て、アーシアは若干ながら頬を膨らませていた。
一目見てわかるイリナの瞳に宿る感情に、同じ女であるアーシアは警戒を抱いたのだ。
それに気付かないかのように、一誠はイリナに話を振っていく。
今は互いにどうしてるのかや、今までどこにいたのか。それ以外にも一誠に恋人はいないのかや、イリナの両親は元気にしているかなど、良くある世間話をする二人。
イリナからすれば幼馴染みに会った懐かしさから喜びを感じているところだが、一誠からすれば昔の自分が如何に能天気だったのかを思い出させられ、恥ずかしくなってくるばかりである。
ある程度一誠との会話に華を咲かせていたイリナであったが、置いてきぼりにされてジト目で睨んでいる相方を思い出し、慌てて一誠達の前に連れて来た。
「紹介するわ! この子はゼノヴィア。私と宗派は違うけど、同じキリスト教の信徒なの。ほら、ゼノヴィア!」
イリナに自己紹介するよう促され、多少ぶっきらぼうにゼノヴィアは一誠達に自己紹介を始めた。
「ゼノヴィア・クァルタだ。こいつはプロテスタントで私はカトリックだが、ある共通の任務のために一緒にいる」
あまりに味気ない自己紹介。だが、ゼノヴィアはそれで充分だと判断し、少し身を引いた。
そんなゼノヴィアにイリナは突っ込むが、ゼノヴィアは取り合わない。
どうやら天真爛漫なイリナと真面目なゼノヴィアは仲がそこまで良くないようだ。
それを見ていた一誠達は何となくそう感じた。
そして久遠がそんな二人を見て、あることを聞こうとする。
何故、あのような物乞い同然な事をしていたのかと。
実に失礼な話だが、やはり気になってしまうのも仕方ない。
だからこそ、久遠が口を開こうとするが、その前にゼノヴィアが口を開いた。
「さっきから見覚えがあると思っていたが……もしや……アーシア・アルジェントか?」
「っ!?」
ゼノヴィアに見つめられながら自分の名を呼ばれたアーシアは、驚きのあまり目を見開く。
だが、どことなく分かってはいた。
真っ白いローブに先程の言葉、そしてキリスト教。
それら全てが表すのは、彼女達が教会の人間だと言うこと。そして自分は教会から追放された咎人なのだから、彼女達がそんな自分にどのような感情を向けてくることも。
そして予想通り、彼女の咎を責めるかのように、ゼノヴィアは口を開こうとした。
だが、その直前………。
ぐぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ………。
そんな音がゼノヴィアとイリナの腹から聞こえてきた。
「「っ!?」」
その途端、顔を真っ赤にするイリナ。そしてゼノヴィアはあまりのシリアスな場面から一転した状況に、実に気まずい顔をした。
その音を聞いた途端、声にこそ出さなかったが、一誠と久遠は腹を抱えて悶える。
あまりのシリアスな場面を台無しにした彼女達の腹の音は、二人の笑いのツボを大いに刺激したのだ。
あまりの二人の悶えっぷりを見たアーシアは、それまで泣いてしまうかもしれないという感情が吹き飛んでしまい、二人に向かって苦笑を浮かべる。
一誠に笑われたことで更に真っ赤になって、アーシアじゃなくイリナが泣きそうになる。それがあまりにも可哀想に見えたからか、アーシアはそんな二人に助け船を出した。
「あ、そうです! せっかくですから、一緒に御夕飯を食べませんか!」
その声を聞いて、二人はある意味救われた。
シリアスな場面を悉く壊したイリナとゼノヴィアは、アーシアの機転により急遽一誠の部屋に上がることになった。
初めて見る一人暮らしの男の部屋に上がり、ドキドキとするイリナ。
ゼノヴィアは何とも言えない微妙な顔をして上がり、未だに腹を押さえている久遠も一緒に部屋に入る。
そしてアーシアが一人、カレーを作り始めている中、一誠はまず思ったことを口にする。
「狭ぇ……」
元々一人暮らし用の安いボロアパートの一室。
ただでさえ狭いというのに、いつもの面子に更に二人多い五人だ。狭いのも無理は無いだろう。
そんな中、イリナは部屋の中を興味深そうに見回しながら、一誠に話しかける。
「ここがイッセー君の部屋なんだね~。いつの間に一人暮らしを始めたの?」
「高校に上がるときから始めたんだよ。あまりあそこに迷惑はかけられねぇからなぁ」
イリナも勿論知っている。あそこと言うのが、彼がそれまで生活していた白夜園だということを。幼い頃、両親の仕事の関係で孤児院に行くことが多かった彼女は、そこで一誠と出会ったのだから。
それを聞いて、一誠は随分と律儀だと感じるイリナ。その成長を見て、彼女は微笑む。
だが、それと同時に聞かなければならないことができ、それ故に微笑みから一転して責めるような顔になる。
「ところでイッセー君……あそこで料理を作ってる彼女だけど……随分と仲が良さそうよね。どういう関係なのかしら?」
女特有の鋭い感覚がイリナに伝えるのだ。一誠とこの女には何か関係があると。
そんな相方の様子を見て呆れ返るゼノヴィア。真面目な彼女はこの手の話について行けないのである。
聞かれた一誠は妙に感じる威圧感に押されながらも、何とか答えた。
「いや、どうって言われてもなぁ………家族……みたいなもんとしか…」
実に歯切れが悪い答えを返す一誠。
彼自身、アーシアが自分にとってどんな関係なのかと問われても、何と答えて良いのか分からないのだ。
一番近いのが家族というわけだ。
確かに孤児院に住んで幼い妹や弟達の面倒を見ているのだから、もう立派な孤児院の一員と言える。それは同時に、一誠の家族と堂々と言い切っても良いことになるわけなのだが、どことなくそう言ってはいけないような、そんな気を一誠は感じていた。
そしてそれはイリナも感じたらしく、軽く揺さぶりを入れる。
「そのわりには随分とこの部屋に通い慣れているようだけど……さっきから迷うこと無く調味料とか取り出してるし。所謂、通い妻って奴?」
そう言われ、そんなんじゃねぇよ、と答える一誠。
そのぶっきらぼうながら嫌がってはいない様子にイリナは少しばかり羨ましさを感じる。そして同時に満更では無いということも。
何というか、面白くない。
そんな感情がイリナの中に溜まっていく。
だが、それを表に出すわけにはいかない。自分達には崇高な任務があるのだから。
そう思いながら、イリナは自分を制御する。
と、こんな少しばかり青春臭いやり取りを見ていた久遠は、実に愉快そうに一誠をニヤニヤと笑っていた。
その笑いを見た一誠が拳を握ったのは、当然なのかも知れない。
そして少し時間が経ち、アーシアが夕飯を持ってきた。
それは一誠と下校していた時に話していたカレーである。
ほかほかと暖かな湯気を立て、そして食欲を誘う香りにイリナとゼノヴィアの目が輝く。
「では、いただきます」
皆の配膳を終え、アーシアが手を合わせて言った瞬間、イリナとゼノヴィアは凄い速さで動いた。
手に持ったスプーンが瞬く間に動き、皿に装られたカレーライスを掬うとあっという間に口の中に入れる。
そしてほぼ同時に言葉を発した。
「美味い!」
「美味しい!」
その言葉を聞いて、アーシアは嬉しそうに微笑む。
作った料理を美味いと褒められて悪い気はしない物である。
イリナとゼノヴィアはそれを機に、まるで掃除機のように見る見る間にカレーライスを皿から無くしてくと、同時に皿を付き出しておかわりを要求する。
アーシアはそれに快く応じると、二人が食べる量に合わせて大盛りにして渡す。そして二人はその大盛りを前に、再びスプーンでカレーライスをかき込み始めた。
アーシアはそんな二人を満足そうに見つつ、一誠の方を向いた。
「カレーライス、どうですか? 美味しいでしょうか?」
その問いに対し、一誠は冷や汗を掻きつつアーシアに答える。
「あぁ、美味ぇよ」
それだけの言葉だが、アーシアは凄く喜んだ。
その様子は見ている者の心を和ませるが、一誠の心はもの凄く焦っていた。
何故か? それは……このカレーライスの食費が原因だ。
一誠とアーシアの分だけでもギリギリ。久遠の分で限界だというのに、さらに凄い勢いで食べていく二人が追加され、一誠はその赤字に頭痛がしてきた。
戦闘では大胆不敵な一誠だが、通常時では凄く狭くせこいのである。
そんな、一部の人間は出費に苦しみ、また一部の人間は空腹が満たされることに感謝を捧げ、また一部はそんな苦しんでいる姿を見て笑う。
実に可笑しく愉快な食事も尽きたことで終わり、イリナとゼノヴィアは満足そうな笑顔を浮かべていた。
アーシアは全部食べて貰えたことを喜び、一誠は明日からの極貧生活に拍車がかかることに戦々恐々とする。
食事の際に、何でイリナとゼノヴィアがこの町に来たのか、そして何であんな物乞い紛いのことをしていたのかを軽く聞く久遠。
すると二人は、最初に物乞いをしていた理由を話した。
単純にイリナが詐欺に遭っただけの話。それで活動資金を全部ガメられてしまい、立ち往生の末にあの行為に走ったのだと。
そのことにイリナは未だに文句を言う。彼女は天真爛漫だが、確かに真摯な信徒なのである。神を信じているのはアーシアと同じであり、それ故に騙されやすいのだ。
そして今度はエクスカリバーの奪回の任務をするべくこの町に来たことを告げた。
正確に言えば、一誠とアーシアが聞いたソーナの話を久遠が二人から下校中に聞き、そこから憶測を立ててカマをかけたのだ。そして見事に引っかかり、二人は一誠達に答えることになった。
今回の首謀者が堕天使の大幹部『コカビエル』であること。盗まれたエクスカリバーの能力や、それを使って実験を行おうとしている元大司教『バルパー・ガリレイ』について。
一般人に話して良い内容では無いと思っていたイリナ達だったが、流石にこうも言い当てられては一誠達を一般人とは見なせない。
何者か問われた久遠は、二人に向かってニッコリと笑みを向けてこう答えた。
『ただの物知りな人間だよ』
当然納得が出来るわけ無いが、気配から人間であることは分かるので嘘を言っているわけでは無い。だが、それ以上に久遠の瞳の奥にある『ナニカ』を見てしまいそうで、イリナ達は追求するのをやめた。
これにより、一誠達を裏側の人間であることを理解したイリナとゼノヴィア。
イリナは裏のことに一誠が関わっていると知って、複雑そうな顔をした。
それから少しして、人心地着いた所でゼノヴィアが改めてアーシアに話しかける。
「夕食は本当に美味かった、感謝する。それで再び問うのもどうかと思うが……君はアーシア・アルジェントで間違いないか?」
「………はい…」
ゼノヴィアの言葉を受けて、アーシアは静かに、だがはっきりとした口調で答えた。
それを聞いて、イリナも反応する。
「あれ? 確かその名前って、教会を追放された元聖女さんよね。彼女がそうなの、ゼノヴィア?」
「あぁ、間違いない。写真でだが、その顔は見たことがある。まさか追放された『魔女』がこんな極東にいるとは思わなかった」
その言葉を聞いて、アーシアの瞳に涙が浮かび始める。
分かってはいるとは言え、それでも実際に人から言われるのはきついものがある。
流石に妹分がこんな顔になることを許せるほど、一誠は出来ていない。
そのまま苛立ちの籠もった声でゼノヴィアに食い付こうとするが、その前に先に久遠がゼノヴィアに声をかけた。
「なぁ、ちょっといいかい?」
「何だ?」
「さっきアーシアちゃんの事を『魔女』って言ってたけど、それってどういうことだい?」
その質問を笑顔でする久遠。
勿論、一誠も久遠も何故そう呼ばれているかは知っている。それを知った上で、協会側がどう思っているのかを聞こうという腹なのだ。
久遠の問いに、ゼノヴィアは蔑みを込めた声で話し始めた。
「アーシア・アルジェントは我等が信じる神を裏切ったんだ。主の敵である悪魔を神の恩恵である奇跡の癒しを使って治療した。それは神への冒涜だ。故に、それまで聖女として崇められていた彼女は教会を追放。それまでの畏敬の念は侮蔑へと変わり、魔女として罵られるようになった。神に仇成す者として、そこの女は教会中から憎悪の念を向けられる存在へと堕ちたのさ」
その話を聞いて泣きそうになるアーシア。
分かってはいたのだ。教会の人間が自分を見れば、どう反応するかなど。
それでも彼女は信じたかった。神を、そして人の善意を。
しかし、ゼノヴィアはアーシアを許さない。神は絶対の存在であり、裏切ることは万死に値する。
「その上、今では堕天使の庇護の元にいると聞く。正直に言って……恥ずかしいとは思わないのか?」
尚も続けるゼノヴィア。
アーシアは責められることが苦しくて、涙が頬を伝っていく。
それを見て、ニヤリと笑う……一誠と久遠。
その顔は実に悪どく、実に恐ろしい笑みを浮かべている。
もしここにライザー・フェニックスがいたのなら、即座に失禁するくらいその顔は凄まじかった。
「………っっくっくっく………あっはっはっはっはっは!! 駄目だ、聞いてられねぇ! あまりにも可笑しすぎて、腹が捩切れそうだ!」
「おい、イッセー、笑っちゃ駄目だろ! 彼女達は真面目なんだからさ……」
真面目に話すゼノヴィアが可笑しいと言わんばかりに笑う一誠達。
そんな一誠達を見てポカンとするアーシア。イリナは戸惑いを隠せず、そして笑われたゼノヴィアは怒りに顔を染める。
「なっ、いきなり笑うとは……失礼だ! 一体私の何が可笑しい!」
「いや、だってよぉ………あんたの言ってることがあまりにも可笑しいからよぉ
」
「何だと!?」
更に怒りに身を昂ぶらせ、一誠を睨み付けるゼノヴィア。
ゼノヴィアの燃え上がるような視線を向けられた一誠は、ニヤリと笑みを返す。
そしてゼノヴィアの信じる神を馬鹿にするかのように話し始めた。
「いやいや、いるかもわかんねぇ、役にもたたねぇ神様ってもんを信じてるってのは、凄ぇもんだぜ、本当」
「なっ!? 主を侮辱するというのか! いくらイリナの友人とは言え、流石に許せんぞ!」
「許されなくても結構だ。元からそんなつもりもねぇからなぁ。いいか、良く聞けよ。あんたらの信じる神様ってのは、テメェで言っておきながら二つも約束を破ってる。そんな奴を信じられるわけねぇだろ」
そう言われ、ゼノヴィアは怒りで染まった思考で考え始める。
一体目の前の男は何を言っているのかと。所詮は異教徒の人間、主のお導きを信じられぬ愚か者だ。我等が主が一体何を偽ったというのだと。
その答えを、一誠はまるで獅子の如くゼノヴィアを見つめながら口にした。
その視線を向けられた瞬間、その殺気を受けてゼノヴィアの身体が硬直する。
「よく言ってんだろ? 『神を信じる者は救われる』とか『汝隣人を愛せよ』とかなぁ。そう仰々しく言ってるわりには随分な嘘を吐くじゃねぇか。アーシアの話は俺等も一応知ってる。だけどよぉ……その何処に裏切りなんてあった? 寧ろ、こいつこそもっともその約束を守ってる奴だよ。神を信じてるのにこいつは救われてない。逆に裏切られて虐げられて馬鹿にされて……。これの何処が救われるって言うんだ? それによぉ……その悪魔とやらを助けたのだって、その教えからすれば『隣人を愛せよ』に入るもんだろ。傷付いた奴を助ける。そいつぁ、人の善意ってもんだ。それを否定するってんなら、あんたらの信じる神様ってのは、相当なペテン野郎ってことだ」
「なっ!? そ、そんなことはない! それは彼女の信仰心が足りなかっただけで、それに悪魔は主の敵、その敵を隣人など……」
一誠に言われ、ゼノヴィアは戸惑いながらも反論する。
そう、彼女の中ではそうなのだ。それが正しいことだと、そう教えられてきたから。だが、それを一誠は更にねじ伏せる。
「その言い分は随分と愉快なまでに可笑しいじゃねぇか。逆に聞くが、お前は信じてれば絶対にその神様が救ってくれると思ってんのか? 金が無くて喰う物に困ってる奴に同じ台詞が言えるか? さっきまでテメェらがそうだったように。答えだけ先に言ってやるよ。答えはNOだ。いくら信じても何もしてくれねぇ神様は救いなんてしねぇ。あそこでテメェらが物乞い同然の事をしてたって、神様とやらはテメェ等に喰いモンの一つも寄越しはしねぇよ」
「なっ、そんなことは……それは、ここが異教徒の町だから……」
「そういうもんじゃねぇよ。いいか、もしあそこでアーシアがテメェ等に飯を奢るなんて言わなきゃ、俺は飯なんて奢らなかった。それを奢るようにしたのは、テメェらが魔女だなんて宣ってるアーシアだ。いいか、その無駄に固まった頭に良く刻んでおけよ。人を救えるのは神じゃねぇ。人を救えるのは、そいつを助けたいっていう『善意』だ。アーシアにも最初に言ったが、感謝を神に捧げるのはそいつに失礼なんだよ。感謝ってのは、助けた奴にするもんだ。それにその隣人ってのに悪魔は駄目とでも入ってたか? 答えは分かるよなぁ……書いてねぇ」
それを聞いてゼノヴィアは理解が追いつかない。
今まで殆ど教会で育ってきたゼノヴィアには、その一誠の考えが理解出来ないのだ。神は絶対と教えられてきた故に、真逆の言葉が信じられなかった。
そんなゼノヴィアに対し、イリナは理解が出来ていた。
ゼノヴィアと違い外で生活してきたイリナは神を信じているが、同時に人の善意も知っている。故に反論出来ない。
「それによぉ……神様ってのは随分と不平等だよなぁ。信じていれば救われる。だったら、信じてねぇ奴は救われねぇのか? 自分を信じてる奴にだけ手を貸して、そうでない奴には手を貸さない。なんだ、随分と神様ってのは人間臭ぇじゃねぇか。平等を謳っておきながら、信じてねぇ奴は差別する。矛盾はしてねぇが、随分とみみっちいもんだ。そんなちんけでせこい奴の何処が偉大なんだよ」
その言葉を聞いて、ゼノヴィアは言葉を失ってしまう。
いや、一誠の言っていることは彼女にとって否定する以外ない言葉だ。だが、否定した所で、一誠に更に上から叩き潰されると彼女には分かってしまった。
そしてその行き着く先は……彼女の存在理由を根本から消失しかねない。
だからこそ、口を開くことが出来なくなってしまった。開けばきっと叩き潰されるから。
それを見越してなのか、未だに泣きそうになってるアーシアの頭を一誠は乱暴にくしゃくしゃと撫でる。
その感触に驚いてるアーシアを見ながら、一誠はゼノヴィアに話しかけた。
「別に信じるなとは言わねぇよ。そういうモンってのは、人の心の支えって奴になるからな。だけどよ……そいつを押しつけるのはちと違げぇだろ。そういうもんはテメェの胸の内で信じるもんであって、人に押しつけるもんじゃねぇ。そんな押しつけられたもんが、信じられるわけがねぇんだからよ」
その言葉を受けて消沈するゼノヴィア。
何となくだが、理解が出来始めてきていた。だが、それでも、それを認めてしまえば今までの自分を否定することになる。それは彼女の信じる神を冒涜する行為に他ならないから。
その矛盾が彼女を駆け巡り、思考制御が出来なくなる。
そんな彼女をイリナは抱き寄せ、安心させるように声をかけていた。
そしてイリナに向かって一誠は少しばかり気まずそうに苦笑する。
「悪かったな、虐めるような真似してよ。だけどよ……家族が責められてるのを黙って見てられるほど、俺は人間出来てねぇんだよ」
「ううん、こっちこそごめんね。ゼノヴィア、あまり世間の事知らないみたいだから。それにイッセー君の言ってること、凄くわかるからさ」
その言葉を聞いて、一誠は苦笑したままアーシアの頭をぽんぽんと叩く。
「まぁ、そういうことだ。別にお前が気にするようなことなんて何もねぇよ。だから……泣くな」
「………はいッ!」
一誠に励まされ、嬉しそうに笑うアーシア。
それまで泣きそうになっていただけに、その笑顔はとびきり輝いていた。