ハイスクールD×D 赤腕のイッセー   作:nasigorenn

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今回も動きはありません。


18話 彼は知る。

「へい、醤油ラーメン並1、特盛り1、味噌1お待ち!」

 

がらんとした店内に威勢の良い声が響き渡り、彼等の目の前には暖かな湯気と良い香りがするどんぶりが置かれた。

それを見て、綺麗な金髪をした可愛らしい少女……アーシア・アルジェントが目を輝かせた。

 

「うわぁ、凄く美味しそうです! 私、ラーメンって初めてで」

 

目の前に出されたラーメンを見てアーシアはハシャぐ。

彼女にとってラーメンというのは話こそ聞いてはいたが、こうして目の前で実物を見たのは初めてのことである。異国でそれまで暮らしていた少女にとって、初めて食す食べ物だ。

そんなアーシアの様子を見て少しだけ少年……兵藤 一誠は笑う。

 

「別にこんなもんで一々大げさに喜ぶんじゃねぇよ」

 

ぶっきらぼうにそう言うが、その表情は孤児院の弟妹達が喜んでいる時に見せる表情と同じものである。

仕方ないなぁ、と少し呆れつつも喜んで貰えたことを嬉しく思う。

そんな『可愛らしい』感情をこの男が浮かべるというのは、裏の業界でのことを知っている者達ならまず信じられないだろう。

そんな一誠の隣には暖かい笑みでアーシアを見る黒髪の少年……久遠が座っていた。

 

「そうそう、確かにここは味は良いけど店の場所は悪いし店長がおっかねぇから居着く客もいねぇしさ。それに世の中こんなラーメンより美味い物は一杯あるんだから、この程度で感動してたら世の中感動しすぎて疲れちまうよ」

 

久遠がアーシアに向かって軽口でそう言うと、それに対して厨房から怒鳴り声が一誠達に向かって叩き付けられた。

 

「うっせぇぞ、クソ餓鬼共! 誰が俺のラーメンが不味いだって~! そんなこと言うんだったら食わねぇでとっとと出てけぇ!!」

 

厨房から顔を覗かせた店長は顔を怒りで赤く染め、赤鬼のような顔で一誠達を怒鳴りつける。

その怒気に充てられ、アーシアはビクッと身を震わせ少し涙目になってしまう。

別に怒られたからではなく、単純に怖いという理由でだ。

そんな可憐な少女を怯えさせる店長に対し、一誠と久遠はいつもと変わらない顔で文句を言うように答える。

 

「別に不味いなんて一言も言ってないだろ。味は良いって言ったぜ、俺は」

「そうだっての。おっさんがおっかねぇのは事実だし、店が分かり辛い場所にあるのも事実だろうが。それで客がこねぇもの本当のことなんだから、一々怒鳴るんじゃねぇよ」

 

二人が文句を言うと更に店長が怒るが、一誠と久遠は何も言わずに未だ涙目になっているアーシアを無言で本人に分からないように指す。

アーシアの泣きそうな顔を見て、それまで怒鳴っていた店長だが流石にバツが悪くなり、仕方なくアーシアのラーメンに叉焼を二枚無言で追加した。

 

「え、あの…その……」

 

いきなり入れられた叉焼を見て戸惑うアーシア。

そんなアーシアに久遠は笑みを浮かべながら教えてやった。

 

「こういうときは、『ありがとう、おじ様』って言えばいいんだよ」

 

アーシアは久遠の言葉を聞いてハッとし、店長に笑顔で言われたとおりにお礼をする。

 

「ありがとうございます、おじ様!」

「……悪かったな、怒鳴り散らして。どうも若い娘さんの相手は苦手でいけねぇ」

 

店長も自分が悪かったと反省しているようで、その姿を見てアーシアも怖がる様子は無くなった。

そして一誠は店長に向かって図々しくどんぶりを前に出す。

 

「あれ、俺の分の叉焼はねぇのか?」

 

それを見た久遠は苦笑し、アーシアは驚く。

そして店長は呆れたような声で一誠に怒った。

 

「テメェみてぇなクソ餓鬼の分はねぇよ。何図々しいことしてるんだ」

「ちっ……まぁ、最初から期待してねぇけどな」

 

一誠は軽く舌打ちするも、気にせずにラーメンに箸を突っ込み、アーシアに食べ方を説明しつつ思いっきり麺を啜った。

 

「かぁ~~~~、やっぱり美味ぇなぁ。『おごり』のラーメンは」

 

 何故万年金欠の一誠が外食をしているのか?

それを説明するには数時間前に遡る。

 

 

 

 その日、いつも通りに学園の授業を受け終えた一誠と久遠、そしてアーシアの三人は一緒に帰ることになった。

それ自体はいつもと変わらないことなのだが、そこで会話をしていた時、アーシアはクラスメイトに聞いたラーメンの話をし始めた。何でも昨日テレビでラーメンの特集を見たとかで、それを聞いたアーシアはラーメンに興味津々だった。アーシアからすれば、ラーメンというのは日本を代表する料理の一つらしく、海外にいたときから知っていたらしい。

それを聞いた一誠達は、それなら食べに行こうとアーシアを誘ったのだ。

そこまでは良くある話。

だが、アーシアが連れてこられたのは人気の無い裏路地にあるこじんまりとした一件の店であった。

それは一誠と久遠が偶に食べに行くラーメン屋。

値段は安いし味は美味いという、まさに優良店。

だが、店の分かり辛さと店の主の気性の荒さから居着く客がいないという隠れた名店という困った店でもある。

店を最初に見たアーシアはその佇まいに戸惑ったが、それでも一誠と久遠の勧めと言うこともあって信用することにした。

これが少女の、初めてのラーメンを口にする機会となった。

ここまでは良い。では、何故ここから一誠が『おごり』などと言ったのか?

それはこの店に歩いている最中の時である。

食べに行くと決まったわけだが、当然一誠にそんな金などある訳が無い。

なら行かなければいいんじゃないかということになるものだが、帰ったところでろくな食糧がないことは嫌と言うほどわかりきっている。

そこで一誠は久遠に集ることにしたのだ。

勿論そんなことを久遠が許すわけもなく、アーシアにとって最早見慣れた取っ組み合いに発展する二人。

そこで一誠は、まずアーシアの初めてのラーメンなのだから奢ってやるのが祝いだと主張。これには久遠も賛同し、アーシアの分くらいなら出すと了承した。その流れで自分の分も奢れと主張するが、それは当然却下される。

一方的に奢れと迫る一誠に、久遠は奢らんと断固とした態度を取る。

そんな二人をどうすれば良いのかと戸惑うアーシアだが、彼女にこの二人を止めることなど出来ない。

平行線を辿る二人の言い争いはこのまま続くと見ていた者がいたのなら誰もが思っただろう。

だが、ここで一誠は隠し球を放った。

前回の大きな仕事……冥界でのキメラ騒動の際に手伝わなかった件を引っ張り出してきたのだ。

勿論それはあの時、久遠が受け取る報酬の1割を一誠に譲渡することで決着が付いている。そのことを怒りながら言う久遠に、一誠はニヤリと笑ってこう答えたのだ。

 

「台無しにされた制服のクリーニング代を貰ってねぇ」

 

勿論、ただの言いがかりである。

一誠の制服がボロボロに煤けたのは、彼がキメラの攻撃を甘く見て直撃したのが原因であり、久遠に負い目は何も無い。

だが、それまで話を聞いていたアーシアはどう思うだろうか?

アーシアは仕事の細かい状況までは知らない。彼女は帰ってきた一誠の姿を見て心配し慌てた。

その原因までは察せ無くても、一誠の物言いから久遠が何かしら関与していることには気付くだろう。

勿論、この心優しい少女が久遠を疑うとは考え辛い。

だが、それでも……そんな純粋な少女にそのような懸念を持たれるのは、自称紳士の久遠にとって耐えがたい物である。

故に久遠はニヤニヤと笑う一誠に奢るという敗北を飲み込んだのだ。

内心ではいつか覚えていろよ、と心に誓いながら。

 これにより、一誠はラーメンを奢ってもらうことに成功。

現在ラーメンを啜っていると言う訳である。

実に美味そうにラーメンを啜る一誠を見て、アーシアもそれに習い、慣れないながらにラーメンをチュルチュルと何とか啜る。

 

「はわぁ、美味しいです!」

 

その味に喜びを顕わにするアーシア。

その笑顔が見れれば奢った甲斐があったと久遠は自ら納得し、自分の分を食べ始めた。その手に持った財布の軽さを噛み締めながら。

満足そうに笑う一誠、初めてのラーメンに感動するアーシア、そして二人に奢ったため、財布が軽くなり苦笑する久遠。

三人は美味そうにラーメンを食べていく。

そんな三人に向かって店主は再び顔を出した。

 

「そう言えば餓鬼共。お前等、グレモリー家の姫さんの結婚の話、知ってるか?」

「はぁ? なんだい、そりゃあ?」

 

その質問に対し、久遠は興味深そうに店主の話を聞きに掛かる。

対して一誠は興味なさげに聞き流し、更に胃袋に麺を送っていく。

アーシアは最初は何の話か分からなかったが、グレモリーの名を聞いて学校の有名人である先輩の姿を思い出していた。

ここで明らかに可笑しい事に気付いただろうか?

何故、たかがひっそりと佇む人気の無いラーメン店の店主が『グレモリー家の姫』について知っているのか?

一応言っておくが、この店主は人間である。一誠のように神器を持っているわけでも、久遠のように特殊な力を持っているわけでもない。

それなのに、何故『裏』のことを知っているのか? 

それはこの店の立場というものが理由である。

別に何か特殊な商いをしているというわけでは無いのだが、どういう訳かこの店は裏の人間や異形の存在が集まりやすいのだ。つまり、一誠達のような常連である。

それらの会話からそう言った裏の情報が集まるため、それを聞くために来る客も多い。結果、この店は裏業界の者達にとっては情報屋のような扱いとなっているのだ。勿論、ラーメンを頼まなければ情報は貰えないのだが。

食い付いた久遠に店主は普通に話し始めた。

 

「何だ、知らねぇのか? 何でも、近々グレモリー家の姫さんとフェニックス家の三男坊が結婚するって話だ。向こうの上級悪魔の間じゃ結構有名な話なんだとさ」

「へぇ~、そりゃ随分な話だ。しかし解せねぇなぁ。何でこっちにその話がまだ来てねぇんだ。一応は情報が大事の仕事なんだけどなぁ」

 

久遠のやっている仲介屋にも勿論そういった情報が入って来る。

情報が重要なのは今も昔も変わらない。情報一つに黄金の価値があると言っても良い。情報はより金を生む。

だというのに、冥界で有名な話がこちらでは一切出ないというのは可笑しな話だ。

久遠の疑問に関して、店主はそりゃそうだと言う。

 

「何せ話自体は昔からあったらしいからなぁ。今更掘り起こされた所で騒ぐようなもんじゃねぇんだろ。俺だって知ったのは三日前くらいだからなぁ」

「へぇ~、そうなのか。てことは、婚約してたってことだろ。その割におっさんの話を聞くからに、めでたいって感じねぇなぁ」

「正解だ、坊主。聞いた話だと、どうも姫さんはノリ気じゃねぇらしい。寧ろ嫌がってるんだと」

 

その話を聞いて久遠は疑問に思った事を口にする。

 

「そりゃまた難儀な話だ。そんな話が出るって所から察するに、フェニックス家が強引に話を進めてる……いや、それだけじゃねぇなぁ。多分グレモリーの現当主もグルって所か。でなけりゃ婚約なんてさせるはずがねぇからなぁ。嫌がってるのはお姫様個人って感じか」

「坊主、テメェ仲介屋なんて止めて探偵にでも転職したらどうだ?」

「褒めてもらって嬉しいが、そいつは御免だ。探偵じゃ金は稼げねぇ」

 

二人は冗談を言い合いながら笑う。

そんな二人のやり取りを聞いていた一誠は、数日前に屋上で会ったリアスのことを思い出していた。

あの時の質問を考えれば、何かあったのかもしれない。

だが、それでも結局力及ばず負けたのだろう。だからこそ、こうしてそんな話が持ち上がる。

あの時のリアスは何かに苦しんでいた。

だが……だからどうした。

それが一誠に関わるわけではないし、どうにもしようがない。何より、する理由も無い。

本人の事は本人で解決するものだ。他者が関わって良いものではない。

そんな基本的なことを知っているからこそ、一誠は気にせずラーメンを食べ続ける。

するとそれまで話を聞いていたアーシアは何やら悲しそうな顔をしていた。

 

「何だか……可哀想です、リアス先輩」

「あぁ、何でだ?」

 

悲しむアーシアに一誠は食べる手を止めずに聞く。

聞かれたアーシアは少し真面目は顔で答えた。

 

「嫌がってるのに無理矢理結婚させられるなんてあんまりです。確かに事情があるのかもしれませんけど、それでも……やっぱり結婚は自分の好きな人としたいって思います」

「そんなもんか?」

 

真面目に話すアーシアに一誠は不思議そうに聞き返す。

この男、脳筋のためか、男女の交際や結婚というものが一切抜けている。

自分には縁が無い物なだけに考えるだけ無駄だと悟っているからだ。

そんなアーシアを見てか、さっきまで店主と話していた久遠がからかう様にアーシアに話しかけた。

 

「あれ、アーシアちゃんはそういう風に考えるのか。なら、『そういう相手』がいたりするのかい?」

「そ、それは………」

 

久遠にからかわれ、一誠をちらっと見た後顔を真っ赤にするアーシア。

そんなアーシアを不思議に思うも、一誠は特に気にすることはない。

そのまま真っ赤な顔のアーシアをしばらく見ていた久遠だが、再び店主に話を振った。

 

「ちなみにおっさん、その話は誰から聞いたんだよ」

「あぁ、つい三日前にアレ………そう、確かレーディングゲームだったか。そいつで負けたら結婚するって話になって負けたらしい。そこの席でサーゼクスの兄ちゃんが酒煽りながら洩らしまくってたよ」

 

店長はそう言いながらカウンター席の一番端を差す。

どうやらシスコンで有名な現四大魔王の一人にしてリアスの実兄であるサーゼクス・ルシファーが妹の結婚決定にショックを受けて酒浸りになっていたらしい。

それを聞いた久遠は呆れ返る。

 

「あの魔王様も大概だよなぁ」

「かなり可愛がってたみてぇだからなぁ。その後銀髪のメイドに引きずられて行ったけどよ」

 

情報交換と言うよりは世間話に花を咲かせる二人。

そんな二人を気にせずにラーメンのスープを飲み始める一誠。アーシアは少し暗くなったが、どうしようもないことを考えても仕方ないと判断し考えるのを止めた。

そんな三人と店主一人の空間に突如として携帯が鳴り始めた。

 

「ん、何だ?」

 

その振動を感じた久遠は懐から携帯を取り出し、誰がかけてきたのかを確かめる。

そして出ていた文章を見て、一誠達にニヤリと笑いかけた。

 

「どうやら今話題のホットな人物からの電話らしい」

 

その差し出された掌に載せられていた携帯、そのモニターには……。

 

『サーゼクス・ルシファー』

 

その名が刻み込まれていた。

 

 


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