やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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虎豹騎 裏

 中央からの使者によって色々あったがそれも落ち着いた頃、私は華琳様の呼び出しで華琳姉様の執務室へやって来ました。

 

「今回あなたを呼んだのは、籠城する秋蘭を助ける為に囮を務めた功績についてよ」

「私など大したことは。八幡さんや部下達の働きです」

 

 謙遜ではなく事実あの時私が何かをする必要はなかった。

 八幡さんの挑発で我を忘れた敵から自陣へ向かって逃げただけである。部下は追手を多少削ったが、私はあの戦いで功績と言うほどの仕事をした覚えはない。

 

「八幡一人では無事に帰って来れたとは思えないから、大事なく彼を連れて帰ったあなたとあなたの部下達の果たした役割は大きいわ」

「ありがとうございます」

 

 私が鍛えぬいた部隊にとって大した労力ではなかったが、もたらした結果は大きいのは確かだ。謙遜も過ぎれば鼻に着くし、華琳姉様は話を進めるつもりのようなので称賛を素直に受ける。

 

「その件で与える褒賞をいくつか考えているのだけれど」

 

 いくつか? 戦いの直後に第一功とお褒めの言葉は頂いていたが、今回の褒賞は普通に金銭のみだと思っていたので驚きである。

 

「あなたの部隊に固有の名とそれを示す武具を用意するつもりよ。それとも別の物が良いかしら?」

「ッ!? そんな、まさか、恐れ多いです。名をいただけるなんて光栄です」

 

 望外の喜びである。部隊に名をいただけるだけでも身に余る名誉なのに、さらにそれを示す武具まで下賜されるなど想像もしていなかった。春蘭姉様達ですらそのような栄誉はまだ得ていないのだ。

 

「ほ、本当によろしいので?」

「二言は無いわ」

 

 華琳姉様は本気だ。

 私個人の武力は春蘭姉様達に及ばないが、部隊全体の練度で見れば最精鋭である自負がある。いつか勇名を国中に轟かせられれば良いなと願っていた。その一歩をこんなにも早く踏み出せるとは。

 

「実はもう名前は考えているのよ」

 

 ごくりと唾を飲み込む。どんな名をいただけるのか、緊張が高まる。

 

「虎豹騎、虎や豹のように猛々しい騎兵で虎豹騎よ」

 

 騎兵は戦場の華である。そのうえ虎豹という勇猛さを象徴するような部隊名までいただけるなんて、この喜びをどう表現すれば良いのでしょうか。

 感動に打ち震える私に華琳姉様は満足そうに微笑みを浮かべる。

 

「それだけ喜んでもらえれば私としても満足よ。では武具の方もすぐ手配させるわ」

 

 私の心は歓喜に染まっていた。しかし一つだけ引っかかることがあった。

 

「この場合、八幡さんの扱いはどうなるんでしょうか? 策の発案者であり、実行の核心部分を担当しているのですが」

「そうね……」

 

 華琳姉様が思案する素振りを見せる。

 

「八幡は俗物的な物言いをするけれど、休み以外に何かを欲しがる事が少ないのよね。八幡にも何か用意するとして何が良いかしら」

 

 華琳姉様が悩むのも無理はない。おかしな話で、本人が褒賞を受け取るのに乗り気でないようなのだ。

 何度も功を上げ、その都度華琳姉様から褒美は何が良いのか、と聞かれているにも関わらず大した物は貰っていない。そのくせ普段仕事が嫌だ、面倒だと言う割に厄介事へ首を突っ込み、仕事を増やすという矛盾した行動も取っている。それらは仲間想いの彼が仲間の負担を減らす為にやっている心遣いかと思ったこともあったが、彼は仲間相手でも距離をとる傾向がある。

 彼の行動原理は理解に苦しむ。何か大きな歪みを抱えている気がしてならない。しかし彼の軍師としての能力は高いと思う。それに今まで監、観察してきた結果彼が華琳姉様を裏切る可能性は低い。実力があり、裏切る心配も無い。人材として言う事の無い人物のはずだが、私はその歪みに不安を抱いていた。

 ただの優秀だがちょっとおかしな軍師であるなら、大した問題ではない。私が不安に思うのは、彼がただの軍師で終わらないかもしれないからだ。

 私は華琳姉様の様子を窺う。八幡さんへの褒賞について思案に暮れる姿は、絶対君主より年相応の少女に見える。それこそが最近の私にとって最も大きな懸念である。

 華琳姉様もいつかは後継ぎをお作りになられる。そして現在華琳姉様の近くにいる男性は八幡さんだけである。恋愛感情の有無はハッキリしないが、華琳姉様の相手として一番可能性が高いのは彼である。

 他に候補となる相手などいない───────いや同じく天の御使いである北郷なら肩書に不足は無い。劉備達との共闘時に接した感じとしてはあまり有能そうではなかったが、八幡さんと違って社交性は高かった。人好きのする笑顔で誰でも分け隔てなく話しかけていた。お飾りや調整役には適しているかもしれない。候補として悪くはない。ただ華琳姉様の眼中にはほぼ入っていなかったので進展の見込みは無いだろう。

 それにもし北郷が華琳姉様の夫となったとして、華琳姉様と共に玉座へ座る光景を思い浮かべる。

 

(ない、許容出来ない。あの者が姉様の隣に座すなど認められない)

 

 さらにその場合私は北郷に仕える立場となる。あの男にそれほどの価値があるとは思えない。想像しただけで吐き気を催す。何より私が手塩にかけて育てた部下の生き死にを預けられる能力を持っているようには、劉備達との共同作戦で観察した限り見えなかった。

 では八幡さんならその価値があるのか自問するとそれは判断し難い。北郷と違いその状況を想像しても不快ではないし、能力的にも問題ないが、自信を持って姉様にお薦めするのも……。

 

(いっそ八幡さんの値踏みをするより、調、しご、成長を促すのはどうでしょう)

 

 錯綜(さくそう)する思考をまとめるように口の中で呟く。一度言葉にしてみると、存外それが良い考えに思えてきた。

 

「華琳様、八幡さんへの褒美は私達と同じものにしてはいかがでしょう」

「同じもの……名と武具を与えるというの。それは八幡を虎豹騎に入れるということ?」

「逆です。虎豹騎が八幡さんの剣になるのです。騎兵はその特性上本陣から離れ、細かい意思疎通がとれない状況になりがちです。そこで戦場全体の流れを読める戦術眼のある策士がいれば、その場で臨機応変に対応出来る強味が得られるのではないかと」

 

 咄嗟にでっち上げた理由付けだが、実現されれば有効だと思う。

 

「八幡に虎豹騎を与える、ね。それほどの裁量を与えるだけの手柄を……まあ立てているわね」

 

 華琳姉様は私の考えを受け入れてくれそうだ。

 そうなると八幡さんを前線に連れていくなら少し馬術を鍛える必要がありますね。戦場のど真ん中で置いてけぼりになっちゃうかもしれませんから。

 私が八幡さんの訓練を計画している間に、華琳姉様は結論を出されたようだ。

 

「分かったわ。問題無いでしょう。でも八幡に死なれてはたまらないわ」

「ええ、もちろんその辺はお任せください。もし死ぬとしても八幡さんは虎豹騎の中で一番最後です」

 

 華琳姉様が微妙な表情をされている。私は何かおかしな事を言っただろうか。

 

「八幡の役割は小さな戦場の勝ち負けより重要なものよ。最悪八幡を失えば私の覇道の歩みが数年以上遅れると思いなさい」

「はいっ、承知しました」

 

 華琳姉様の八幡さんへの評価の高さは私の想像以上かもしれません。でも、やはりそこに思慕の念が含まれているかは現時点では分かりません。ならば私の手で八幡さんを育てましょう。華琳姉様がその気になる様な男に。

 ただ心の片隅でこのままで良いのでは? 今の関係を続けた方が良いのではないか、という思いが一瞬浮かんで消えていった。その理由は私が今の陣営の空気を気に入っているから……それだけのはずだ。




読んでいただきありがとうございます。

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