やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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後始末

 黄巾党本隊との決戦跡を遠目に眺める。離れて見るからこそ分かる戦いの規模の大きさ、激しさ。広範囲に渡り死体や武器が転がっている。動くものは餌を求めるカラスくらいのものだ。血がこちらまで匂ってきそうだ。

 

「八幡、護衛くらい付けなさい。生き残りは全て捕虜にしているとはいえ、万が一見逃しがあれば戦えない貴方では」

「死ぬな。間違いなく」

 

 背中越しにかけられた声に振り返ると華琳と夏蘭が立っていた。

 

「分かっているって。だからこんだけ離れた所から見てんだよ」

 

 二人に言われるまでもなく危険なのは分かっている。その為、戦場になった場所からしっかり距離を取っている。見晴らしの良い平原なので、もし敵の残党がいてもすぐ気付くし、近づかれる前に逃げられる。逃げ足には自信がある。いつも辛い現実から逃げているからな。暴走トラック相手にはアレだったが。

 

(がら)にもなく感傷に浸っていたのか?」

「あら、八幡は意外と繊細で深刻に考え過ぎる方よ」

「意外ってなんだよ。華琳」

 

 華琳に抗議してみるが、全く意に介した様子が無い。つーか、その通りなんだが改めて言われると恥ずかしい。

 

「へえ」

 

 凄まじく興味の無さそうな反応の夏蘭。一応俺、上司なんですけど。

 華琳が俺の横に並び、夏蘭は少し離れた所で周囲を警戒する。

 

「それで、今度は何を思い悩んでいるのかしら?」

 

 なんか華琳には情けないところばかり見られている。まあ、華琳と俺では格が違い過ぎて見栄を張る気すらおきないので、気を抜いてしまうのかもしれない。だから、ついわざわざ言わなくても良いことまで言ってしまう。

 

「別に悩んでいるわけじゃない。ただ……」

 

 見ておきたかっただけ、いや見ずにはいられなかっただけだ。自分の行動の結果を、自分が死なせた相手を。

 黄巾党のやつらは自業自得であるし、こちらの兵はそれが仕事だと完全に割り切ってしまえれば楽だろう。しかしそうなった時、行き着くところまで行ってしまうんじゃないかと思う。

 

「もっと他のやり方があったかもしれない。もっと上手くやれたんじゃないか。そう思ってな」

「終わった作戦の分析や反省ね。良い心がけよ。次に生かせることもあるでしょう……でも、それだけかしら?」

 

 俺は嘘を言ったわけではない。ただ全てを語ったわけでもない。まさか黄巾党の戦死者に対してまで感傷的になっていたとは言えない。しかし、こちらを見詰める華琳にはそれすらお見通しなのかもしれない。

 

「大分戦死者が出たからな」

「彼ら()救いたかった?」

()? 何の話だ」

 

 あえてどちらにとは言わなかったが、華琳は察したようだ。それどころかさらに深く踏み込んできた。

 俺は咄嗟にとぼけたが、華琳には通用しない。

 

「黄巾党の連中のことよ。彼らも張角達のように救いたかったの?」

「いやいや、そんな訳ないだろ。それに張角達は助けたんじゃなくて、利用価値が」

「貴方が真実、言葉通りのことを考えている人間なら、こんな所で浮かない顔なんてしていないでしょう」

 

 華琳の言葉に反論のしようがない。せめてもの救いは、華琳に俺を責める様子が無い事か。華琳なら俺の甘さを責めてきてもおかしくないと思うのだが、それどころか華琳の懸念は別方向にいく。

 

「貴方に限って情けを逆手に取られて不覚をとるなんてことはないと思うけれど……崇高な慈悲の心も、それを理解しない凡愚共には毒にしかならないわよ」

「逆手に取られる危険は分かっているけど、情けを掛けられる側に毒ってのはどういうことだ?」

 

 うーん。あれか、【情けは人の為ならず】の誤用の方の意味だろうか。

 

「情けをかけることが、連中の為にならないってことか」

「概ねその通りよ。どれ程尊い想いや行為も、その価値を理解しない連中に対しては無意味どころか逆効果になるわ。罪を犯しながら、その罪に相応しい罰を下されなければ、その罪人達は味をしめるでしょう」

「後は坂道を転がるように落ちていくだけか」

 

 助けてやったからといって恩義を感じて改心し、恩返しをするなんて美談は多数派ではない。珍しいからこそ美談として扱われるのだ。それを俺は痛いほど身に染みている。

 

「好意や善意に対して、確実に好意や善意が返って来るなんてのはガキの妄想だ。そんな事は俺も分かってる。今まで告白すれば晒しものにされ、二人一組でやる仕事では俺と組むことになっただけで相手の女が泣いたあげく、何故か俺が謝る展開になったりしたからな。だから俺がそういう事をする時は損得勘定からか、ただの自己満足だよ」

 

 仕事と言っても小学校でよくある○○係、みたいなやつだ。帰りの会で俺を吊るし上げにした三橋さんについては末代まで恨みを語り継ぐ、と当時心に誓ったものだ。俺自身が末代になりそうだが。

 華琳と夏蘭は、俺の黒歴史に呆れている。

 

「前から思っていたのだけれど、貴方の周りにはまともな人間が存在しなかったの?」

「類は友を呼ぶと」

「いや、俺に友なんていないから」

 

 夏蘭への俺のツッコミを聞いて、華琳と夏蘭は大きな溜息を吐いている。

 

「これまで痛い目を見て来ている分、自分の手に余るような事はしないさ」

「それだけの問題ではないわ。周囲への影響も考えるべきね」

 

 あまり好ましくない今の話題を、終わらすつもりで言った俺の言葉を華琳が拾う。

 

「信賞必罰、それが守れない集団は瞬く間に秩序を失うわ」

「それは……」

「集団を維持し、機能させるには決まりが必要になるわ。そして、決まりを破っても罰せられないのでは、誰も決まりを守りはしないでしょう」

「そうだな。昔そういうので苦労した」

 

 耳の痛い話だ。高校時代の文化祭を思い出す。それは俺が数少ない知人から距離をとる事になった原因。文化祭実行委員会での出来事だった。

 

「その時は祭り? みたいなものをやることになってな。俺は運営側の下っ端だったんだが────────」

 

 実行委員長(笑)が委員会でサボりを容認するような発言をし、そのうえ自らサボって見せるという笑えない暴挙に出たことから端を発した喜劇。実行委員長自らそんな有様なのだから、他の委員もサボっても罰せられることは無い。こうなると当然の如く委員会の出席率は劇的に悪化していった。

 そういう当時の状況を俺は華琳達にも通じるように、幾つかの名詞を変えながら分かり易く説明した。

 

「上に立つ者が自ら組織を崩壊へと導くなんて、度し難い愚者がいたものね」

 

 華琳の言う通りではあるが、実行委員長(笑)はそういう風に誘導されたという理由がある。まあ、まともな人間なら引っかからない手だったとは思うが。あと誘導した張本人である雪ノ下さんについて話し始めるとややこしいので、華琳達への説明ではカットで。

 俺が雪ノ下さんの出番を削っていると、夏蘭が真顔で尋ねてくる。

 

「で、その愚か者を八幡はどんな酷い手で陥れたんだ?」

「なんで陥れたの前提なんだよ」

 

 俺がいつも人のこと陥れてるとでも思ってんのか。人聞きが悪いから止めてくれ。

 俺は非難がましい目を夏蘭に向けるが、彼女には効果が無い。それどころか話の続きを求めるような視線が返って来る。

 

「それでどうなったんだ?」

「大したことはしてねーよ。会議の時、そいつに対して仕事をしていない事を皮肉ってやったら怒りでプルプルしちゃって、その隙に俺の……知り合いが話の主導権をとって軌道修正したんだよ」

「あら、貴方にしては意外と大人しいわね」

 

 華琳が本当に意外そうな顔をしている。

 現代日本でこっちと同じようなノリでやっていたら一発アウトだから。実行委員会で他人の仕事まで回されて来ていた時には学校燃えねーかな、とか思ったけどな。焼き討ちとか許されないから。

 それに俺の話はそこで終わらない。

 

「まあ、それで話が終われば良かったんだけどな」

 

 その後、崩壊寸前までいった実行委員会は何とか立て直したものの、今度は実行委員長が賞の発表に必要な投票結果と共に行方不明になってしまう。自分の失敗で居心地が悪くなったのと、かまってちゃんな部分の発露が原因だったのだろう。結局屋上にいるところを俺が発見し、何だかんだと面倒なやり取りを経て俺が悪役になることで全てが丸く収まった。

 あまり良い思い出ではないので、感情的にならないように淡々と話す。そこで華琳から質問が入る。

 

「悪役とはどういうこと?」

「逃げたそいつを激しく責めたてることで同情されるよう促したわけだ。そして、そいつは必要以上に責められた可哀想な奴、で俺は必要以上に酷い言葉を投げかけた嫌な奴と周囲の連中に思わせたってことだ」

「登場人物全員馬鹿しかいないみたいね。貴方も含めて」

 

 苦笑する華琳に反論の余地は無い。実際、あの出来事が俺の運命を分けた。学校での俺の評判はゼロからマイナスに突き抜けてしまった。俺は自分に向けられる悪意が知り合い達に向かわないように、彼女達から距離をとることになった。俺は結局何かを得たわけでも無く、ただ居場所を失っただけだった。

 

「なぜそんな奴を助けたんだ?」

 

 夏蘭が不思議そうにしている。

 何故と聞かれても困る。俺自身良く分からないからだ。実行委員長の相模に好意を抱いていたわけではない。むしろ嫌な奴だった。正義感からの行動でもなかった。あえて言うなら、そう。

 

「義務感と……あとは俺にはそれが可能だったから、だろうな」

「義務?」

「その逃げた馬鹿に仕事を全うさせるというのが、俺の仕事だったんだよ」

 

 マンガやアニメなら頭上に?マークが乗っていただろう夏蘭に答える。奉仕部で相模が実行委員長を務められるようにサポート役を受けてしまったからだ。

 苦々しい思い出を語る俺は、さぞ不機嫌な顔をしている事だろう。それを目の前にしているはずなのに華琳は心なしか愉快そうな表情になってきている気がする。

 

「華琳、今の話で面白い所なんてあったか?」

「ええ、馬鹿を助けた理由がまあまあ良かったわ」

「はあ?」

「出来るから、仕事だから、ね。貴方気付いているのかしら、その考え方はなかなか不遜で非常に結構」

 

 華琳に不遜と言われた理由も、不遜と評しながら何故褒める口調なのかも分からない。

 

「貴方はその愚者と同じ目線の高さに立っていないでしょ。形としてはその愚者を助けてはいるけれど、さっき貴方自身が言った通りあくまで自己満足からの行動ね。どうでも良い相手を、出来るからと救って見せる、それは傲慢な行為よ」

「いや、なんで嬉々として俺の悪口言ってんの?」

 

 冬蘭もそういう所あるけど、君ら親族ってみんなそうなの。そういうの友達なくすよ。ボッチ有段者の俺が言うんだから間違いないぞ。

 納得いかない俺に華琳は笑いかける。

 

「悪口ではないわ。裕福な者や力のある者が、弱者に施しを与えるのは良くあることよ。でも、施しを与えるという事は、相手を下に見ているということよ」

「俺はそんな、つもり」

 

 俺は言葉に詰まる。それは事実だったからだ。当時俺が解決手段として悪役を演じたのは、実行委員長である相模が自分で立ち直る見込みが無いと判断したからだ。言い換えれば、俺はあの時相模を見限っていた。

 

「責めている訳ではないわ。情に流されて判断力を鈍らしたのなら愚かだけれど、そうじゃないなら良いのよ。話を聞く限りその愚者が自分の愚かさに自力で気付き、改心するなんて期待出来ないでしょう。その局面を切り抜ける為に貴方は必要な手を打ったと言えるわね。ただ今後、自己満足による行動をする場合、今の貴方の立場上多くの者に影響が出ることを覚えておきなさい」

 

 華琳の考えでは愚者や弱者に施しを与えるのはOKだが、まともな思考があってこそということだろう。可哀想という感情だけで与えるだけ与えるのでは、本質的には何の解決にもならない。それに今の俺には立場上の責任がある。

 

「分かっている。優先順位は忘れないさ」

「そう願うわ。ではそろそろ戻りましょう。まだやらないといけない後始末が残っているでしょ」

「へいへい」

 

 先に歩き出した華琳に生返事をしながら早足で追いつく。後始末と言えば三姉妹と捕らえた黄巾党の連中の処遇である。それについて華琳と話しておかなければならない要件がある。

 

「華琳も報告は受けていると思うが、捕虜達を尋問した結果、三姉妹の言っていた内容が正しかったみたいだな。あいつらが進んで黄巾党を扇動していたわけではないらしい」

「聞いているわ。さて、貴方は彼女達をどうするつもりなの?」

「それは華琳が決めることなんじゃ……」

 

 華琳の質問に困惑気味の俺に対して、華琳は「何を言っているのかしら、こいつ」みたいな顔をしている。

 

「彼女達が【使える】から殺さないように、という話をしたのは貴方なのだから、どう【使える】のかを考えるべきなのは貴方でしょ?」

 

 確かに言い出しっぺは俺ですね、はい。

 俺の反論を封じた華琳は俺へニヤリと笑いかけてくる。

 

「で、どうするのかしら。あの娘達は貴方の好きにして良いわよ」

「待て待て、その言い方止めろよ。なんだかいかがわしいぞ」

「いかがわしく聞こえるのは貴方の心が汚れているからよ。貴方が彼女達の価値を証明する限り、その扱いは貴方に一任するつもりよ」

 

 美少女三姉妹げっちゅ~。いや、違う。そうじゃない。一瞬邪な考えが頭を(よぎ)ったが、気のせいということにしておく。しかし少し表情に出ていたのかもしれない。

 

「今、悪い顔をしていたわね」

「な、何かの見みゃちが、見間違いだ。ゴホッ、アイツらがいれば捕虜にした黄巾党の連中を引き込める。兵士と労働力、どちらに活用するにしろ、あの数は大きい力になる」

「フフ……そうね」

 

 華琳の指摘でしどろもどろな俺の咄嗟に出た誤魔化しだったが、それ以上の追及はなかった。

 

「それが成功したら、また大きな功績を挙げたことになるわね」

「なんだ。褒美でもくれるのか?」

「ええ、何か希望はあるかしら」

「え、マジで! いや急に言われても」

 

 まさか軽口がそのまま通ると思ってなかったせいで、素になってしまう俺。

 華琳はそれを茶化すこともなく、真顔で言う。

 

「さっきも言ったでしょう。組織をまとめるには信賞必罰が重要よ。罰についてばかり話していたけれど賞もまた、蔑ろに出来るものではないわ。功を挙げた者が賞されない組織では、誰もやる気なんて出さないでしょう。貴方は功をこれまでも挙げて来た。その貴方に何の褒美も与えないような主に、誰が付いて来るというの?」

 

 なかなか悩ましい。褒美をくれると言うならモチロン有り難くいただく。しかし、欲しい物があまり無いのが正直なところだ。俺に物欲が無いという話ではなく、現状で欲しい物は大抵用意してもらえるのだ。衣食住全てが揃っており、しかもあらゆる分野に造詣が深い華琳が関わっているので、何もかもが高水準になっている。さらにこれまで小遣いと称して給金も貰っているので、お金にも困っていない。

 

 悩んでいる間にうちの野営地に着く。褒美は何が良いのか話しながら華琳に付いて行くと、華琳用の天幕前まで来てしまう。華琳は気にせずそのまま天幕に入って行く、それに俺も続く。夏蘭は外で待つようで、中には入ってこなかった。

 華琳用の天幕の中は、相変わらず物は多くないが野営の為の仮宿とは思えないくらい小奇麗だった。華琳はシンプルな作りの寝台に腰を下し、視線でイスを示す。

 そのイスに俺が座ると、華琳は話の続きを再開した。

 

「それで、結局貴方は何が欲しいの?」

「うーん……」

 

 欲しいものか。欲しいもの、欲しいもの。分かんねえ。そら欲しい物はあるけど、現実的な物、用意してもらえそうな物だと思いつかない。

 頭の中が煮詰まったみたいな感覚に陥る。

 

「ああ、じゃあ休み」

「却下よ」

「仕事を代わりにしてくれる人材」

「夏蘭や冬蘭がいるでしょう。彼女達とその部下を上手く使えば良い話よ」

 

 うーん、そういう事じゃないんだが。俺が使うのではなく、寝ている間に仕事を勝手にやってくれる小人さんみたいなのが欲しい……これそのまま言うと怒られそうだな。

 

「それにしても部下かぁ。めっちゃ優秀で面倒見が良くて巨乳でボッチにも優しい何でも知っているクラス委員長やってそうな部下がいたらなあ」

 

 それ何処のナニ川翼さんかな?

 華琳の視線が少し冷たくなった気がする。

 

「はあ、体つきなら夏蘭は良い方でしょう?」

「でもあいつは俺へのリスペクトがないんだよなぁ。部下っぽくないし、脳筋だし」

「りすぺくと? それなら冬蘭はどうなの。人当たりは良いわよ」

「確かにパッと見、優しいそうなんだがなぁ。実はうちで一番こわ……この話は止めておこう」

 

 なぜか寒気がしてきた。

 羽川さんみたいな人材がいればなあ。何でもは知らないとか言いつつ、必要な事は大抵知ってるというチート。この命の危険が多い厳しい世界では喉から手が出るほど欲しい人材だ。誰が敵かも良く分からないこの世界では、あらゆる情報が命運を左右する可能性がある。

 

「貴方の住んでいた所ではそんな仙人のような人間がいるの? 流石は天と呼ばれる場所ね。いえ、にほんという国だったかしら」

「えっ、声に出てた?」

「ええ普通に。一度会ってみたい人物だけれど、部下に欲しいとは思わないわね」

 

 そらそうだろうな。華琳が目指しているのは、自分主導の覇道だ。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな、という位のチートキャラの部下がいると、その前提が崩れてしまう。

 まあ、華琳には不要でも、俺には必要だ。心のオアシス的役割と、情報源としてあれ程有能なキャラは他にいない。彼女なら三国志についても詳しいだろう。有用な情報をいっぱい持っているはずだ。しかし、重大な問題が一つある。それは───────

 

「残念ながら会うのは無理だ。彼女は実在しない。架空の物語の登場人物だからな」

 

 物語シリーズだけに。

 華琳が不意に剣を手に取ろうとする。

 

「真面目な話をしているのに、おとぎ話の登場人物が部下に欲しいなんて戯言を言っていたの? 度胸があるとは思っていたけれど、思っていた以上ね」

「ちょ、ちょ、ま、待った待った。無駄話ってわけじゃないから。今までの話で俺に必要なもの、いや俺達に必要なものが分かったから」

 

 だから剣を置こう華琳。俺では三国志式の肉体言語には付き合えない。

 

「つまり、俺が欲しいのは癒しと情報なんだよ。それに、それは陣営にとっても重要だ。この二つを一度に解決出来る案がある」

 

 チラッ、チラッ、と華琳の反応を確認する。こちらに向けられた視線は冷たいが、一応話の続きを聞く態勢にはなっているようだ。

 

「先ずはあの三姉妹を歌って踊れるアイドルにする」

「あいどる?」

「旅芸人の強化版みたいなもんだ。息抜きには娯楽が良いが、俺から言わせればこの世界は娯楽が少な過ぎる。民衆は娯楽に飢えているはずだ。その娯楽を俺達の管理下に置けるんだから、人心掌握にもってこいだろ。三姉妹のアイドル化が成功したら次はその模倣、三姉妹を真似した集団をうちの陣営との関係を隠して作る」

 

 俺はこの時代の秋元康になる。のではなく本来の目的は別にある。

 

「模倣集団には全国を巡業してもらう。各地で情報収集をすると同時に、場合によってはこちらの意図した噂を流したりもしてもらう」

「旅芸人を諜報に使うというのは、珍しい手では無いわね。でも、それを大規模に実行するとなると相応の手腕が必要よ」

「誰に物を言っているんだ。俺は数多のアイドルを手掛けた敏腕プロデューサーさんだぞ」

 

 ゲームの中で。

 まあ現代のアイドルの手法をパク、リスペクトしたやり方で問題無いだろう。いつの時代も人の欲求の本質は変わらないからな。

 とりあえずの算段が付いたところで華琳の反応を改めて確認すると、にこやかな表情。

 

「褒美の話だったはずなのに、結局仕事の話になるのね。仕事熱心なのは良い事だけど、それこそ偶には息抜きした方が良いわよ」

「そ、そういえば……あ、ありのまま今、起こったことを話すぜ。俺は褒美を貰う話をしていたと思ったら、いつのまにか自ら新しい仕事を作っていた。な、なにを言っているのか分からないと思うが、俺も何が起こったのか分からない」

「何をぶつぶつ言っているの? 疲れが溜まっているんじゃない?」

 

 どうしてこうなったのだろう。また自分で自分の仕事を増やしてしまった。この身に流れる呪われた社畜(親父)の血がそうさせるのか。

 地味に精神的ダメージを負った俺へ華琳が声を掛ける。

 

「なんだったら(ねぎら)いとして、今日は貴方を可愛がってあげましょうか」

 

 華琳は腰かけた寝台をポンポンと叩いて微笑んでいる。

 華琳が本気でそんな事を言う訳は無い。これまでの春蘭姉妹や荀彧とのやり取りを見る限り、華琳はレズだ。俺の事を突然誘うなんて明らかにおかしい。俺をからかっているのだろう。勘違いしてはいけない。しかし、あり得ないと分かっていても、内心ドキッとしてしまうのは、悲しい男の(さが)である。

 

「からかうのは止めてくれ。それに荀彧が聞いたら発狂しちまうぞ」

 

 必要な話も終わったので俺は手をヒラヒラと振り、勘弁してくれと天幕を後にする。その背中に華琳の声が掛かる。

 

「あら、あの娘のそういうところも可愛いんじゃない?」

 

 悪いがそこに魅力を感じるのは、悪趣味だと思う。

 戦略的撤退をする俺だったが、華琳の天幕から出るとそこには夏蘭と冬蘭が待っていた。

 

「おっと、何か用か?」

「はい、少々報告を。それより良いんですか?」

「何がだよ」

 

 夏蘭はともかく先程までいなかった冬蘭がいた事を疑問に思った俺の質問に、冬蘭は答えて質問を返してきた。しかし、その質問の意味が分からない。

 首を捻る俺に冬蘭はとても良い笑顔を向ける。

 

「華琳様のお誘いを断って良かったんですか?」

「ブホッ……待て、あれは俺をからかっているだけだ。というか聞いていたのか?」

 

 冬蘭の不意打ちに驚いてしまったが、すぐ自分を落ち着ける。盗み聞きなんて、はしたなくてよ冬蘭さん。

 

「姉と一緒に戦々恐々としながら聞いていましたよ」

「八幡をご主人様とか旦那様と呼ぶ必要が出てくるのでは、と固唾を飲んで待機していたぞ」

 

 特に悪びれるわけでも無く、冬蘭と夏蘭は状況を明かす。

 おいおい。華琳の冗談だったから良かったものの、コイツらは親族のアレを固唾を飲んで見守るつもりだったのかよ。ひでえ姉妹がいたもんだな。引くわ。千葉で五本の指に入るシスコンと自負する俺でも小町のそんなところを見守ろうなんて思わない。むしろ、相手を殺すまである。

 

「まあ幸い何事も無かった訳ですが。それより報告が」

 

 冬蘭はそれこそ何事も無かったかのように話題を変える。盗み聞きしていたのがバレたのに気まずさや罪悪感など微塵も見せない。ここまで来るといっそ清々しい。

 冬蘭は内緒話をするようにそこからは小声で話す。

 

(劉備の兵が黄巾党本陣から何か運び出していた、と監視に付けていた部下から報告がありました)

 

 素で友軍に監視を付けてある辺り、冬蘭らしいと思う。

 それにしても面倒な。華琳の耳に入ったら劉備達との関係は確実に悪化する。事前の作戦会議で、新たな乱の原因になりかねない太平要術書は、黄巾党本陣ごと全て灰にすると決めたはずだ。まだ運び出された物が太平要術書とは限らないが、既にかなり拙い状況である。

 

(どうすっかなあ。劉備達も余計な事しやがって……いや、待てよ。これを交渉材料に使えるな)

(弱味に付け込むんですね)

(違うぞ。ちゃんとあいつ等にとっても良い方向に持っていくさ)

 

 冬蘭、俺が人の弱みに付け込むような外道に見えるか。そう聞いたら普通に頷きそうなので止めて置く。それより夏蘭に一つ指示を出す。

 

(何か書く物、そうだな、紙を用意して置いてくれ)

(紙? そんな物をどうする。結構高い物だぞ)

(だから良いんだよ。頼むぞ)

 

 とりあえず必要な話は済んだので、一度自分の天幕に戻ろう。歩き始めた俺の右手首を誰かが掴む。振り返ると冬蘭だった。

 

「少し聞きたい事が残っているんですよ」

「お、おう」

「華琳様のとの会話の中で私のことを、何と言っていましたか。実はうちで一番こわ……この続きが聞こえなかったんですよね」

 

 分からないか。今、俺の顔に浮かんでいる表情そのままの言葉だよ。

 不意に左肩も重くなる。そちらを向くと夏蘭が俺の左肩に手を置いている。置いているだけなのだが、鉛のように重い。

 

「私も聞きたいのだが、りすぺくとやのうきんとはどういう意味だ?」

 

 はちまん、むずかしいことばわからない。おうちかえる。

 俺の脳内にドナドナの音色が響く。これから俺を待ち受ける試練は、とても厳しいものになるだろう。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 夏蘭と冬蘭はとても良い部下です。いやあ、俺にはもったいないくらい良く出来た部下ですよ。彼女達に不満? まさか、そんな事あるわけないですよ。ハッハッハッハッハ。

 さて、何かとても辛い事があったような気がするが、劉備達の陣に到着だ。劉備達の陣はこちらの陣から百メートル程離して設置されている。ちなみに俺には過ぎた部下こと、夏蘭と冬蘭は当然付いてきている。

 俺が夏蘭と冬蘭を伴って劉備達の陣地内に踏み込むとアットホームな空気は鳴りを潜め、戸惑いと緊張感が高まる。俺達に気付いた兵が慌てて呼んできたのだろう。劉備、諸葛亮、鳳統の三人が小走りでやって来た。

 劉備が心配そうに尋ねてくる。

 

「比企谷さん突然どうしたんですか。何か問題でも?」

「ああ、ちょっとな。はあ~……お前らやばいぞ」

 

 俺は思わせ振りに大きな溜息を吐き、深刻な顔をしてそう告げると、劉備達がビクリと肩を震わせた。説明する前から俺の言わんとするところに、すぐ見当がついたのだろう。

 

「あ、あの、あれは」

「作戦会議で敵本陣は全て灰にする、そう決まったはずだよな。」

 

 冷静になる時間など与えない。劉備の発言を切り、前提である作戦会議での決定事項を確認する。俺達の突然の訪問と追及に戸惑い、劉備達の反応はまだ鈍い。今がチャンスだ。

 

「そうしないといけない理由も話したはずなんだが……それなのに敵陣から物を持ち出すなんて、何を考えているんだか。はあ~」

 

 これ見よがしにもう一度溜息を吐いて見せる。劉備達の視線が揺れている。

 

「張角が敵陣に残してきた太平要術書は、新たな乱を引き起こしかねない危険物ってことで、そちらも本陣ごと処理するという案で引き受けただろ」

「でも、あの、私達は太平要術書なんて持ち出してないです」

「何かを持ち出したのは確認している。それ自体が既に問題なんだよ」

 

 受け答えに詰まる劉備に代わり、諸葛亮が割って入るが追及の手は緩めない。

 諸葛亮は言い辛そうにしながらも、弁解を続ける。

 

「私達は……物資に乏しく、食料が不足していたのでそれを」

「論外だな。仮に盗ったのが本当に食料だけだとしても、それはそれで問題なんだよ」

 

 諸葛亮の言葉は最後まで言わせない。どんな巧みな話術でくるかも分からない相手なので、馬鹿正直に弁解を全て聞いたりしない。

 

「第一に、作戦会議で決めた事を破っている。第二に、賊からの略奪はうちの曹操が認めない」

「りゃ、略奪だなんて、元々略奪していたのは」

「そう、アイツ等はどこかの村や街から食料などを略奪している。しかし、お前達から奪ったわけじゃないだろ。つまり奪われた物を取り返したのではなく、賊の戦利品を横取りしたと言えるんじゃないか。まさか、被害者を探して過不足なく返して回るわけじゃないだろ」

 

 実は俺自身、賊の物資を利用するのに感情的な抵抗は無い。しかし、それはあくまで俺個人の感情であって、うちの陣営の方針的にはアウトだろう。

 さて、劉備達がこれ以上反論したり、万が一の展開として開き直られたりしたら厄介なので、こちらから救いの手を差し伸べる。

 

「まあ、俺もそちらが苦しい懐具合なのは察している。悪いようにはしないさ」

「「えっ」」

 

 俺が急に態度を軟化させたのが余程予想外だったのか、劉備達は揃ってきょとんとしている。隙だらけである。

 

「そちらが運び出した食料はすぐに処分しよう。後、そちらの不足している分の糧食は、こちらで用意する」

「良いんですかっ!?」

「ただし、やってもらいたいことある。夏蘭、あれを」

 

 驚きと喜びに満ちた表情の劉備を前に、俺は一つの条件を出す。俺に付き従い、ここまで無言で待っていた夏蘭に向けて右手を出す。ズッシリとした固い物を手渡される。

 

「は、はわわ」

「あ、あわわ」

 

 諸葛亮と鳳統が腰を抜かす。

 俺の手に握られていたのは剣だった。

 

「って剣じゃねえか!? 夏蘭ッ!!!」

「ん、けじめを付けるんだろ?」

「ちげえええ。なんでそうなるんだよ。さっき書く物を用意しろって言って置いただろうが。紙だよ、紙!!!」

「はい、こちらに」

 

 俺が夏蘭に怒鳴っていたら、最初から分かっていたとばかりにタイミング良く冬蘭が紙と筆を差し出した。いや、分かってるんだったら姉の暴挙を止めろよ。諸葛亮達が半泣き状態になっちまっただろうが。

 俺が姉妹に悪態を吐いていると、劉備が恐る恐る質問してきた。

 

「あ、あのぅ、命をもって償えとか言う話では無いです……よね」

「ないない。ちょっと署名して欲しいだけだ」

 

 書面で残しておきたいことがあった。黄巾党本隊討伐の顛末(てんまつ)と張角達の無実? を証明する文書を作り、そこへ劉備に署名してもらう。

 現段階では大した意味の無い物だが、後々劉備が世に名を馳せた時に真価を発揮する。黄巾党本隊討伐が華琳主導のもとに行われたという事実を、劉備が証言する文書。それは華琳の名声を上げるだけではなく、華琳と劉備の立ち位置を明確に表す。華琳に劉備は付き従ってたと。

 張角達については、無いとは思うが後で彼女達が乱の首謀者で、俺達がそれを庇っているなどと言われない為の保険である。

 重要な事はキチンと文書にして残して置かないとトラブルの元になる。それにこの時代、まだ高価な紙で残して置けば、より重要なものと感じるだろう。

 

「紆余曲折はあったものの円満に済んで良かった」

 

 これで黄巾党にまつわる厄介事も一段落、ホッと一息ついての俺の言葉に同意する者は何故かいなかった。




おまけ

捕虜にした黄巾党を引き込むことにした八幡。問題はやはりその数。またもや糧食問題が持ち上がる。

荀彧「ちょっと! こんな人数を今引き入れるなんて、糧食はどうするつもりよ」
八幡「お前ならなんとか出来ると思ったんだが無理か」
荀彧「ぐぅぅ……」
八幡「その程度ってことか」
荀彧「出来らあっ!」
八幡「あ、そうそう。劉備達にも糧食分けてやるんだった」
荀彧「え!!」
八幡「うちと同じ質のうまい糧食を用意しておいてくれ」
荀彧「え!!同じ質の糧食を!?」



読んでいただきありがとうございます。黄巾党の話はとりあえず終了です。張角三姉妹についてのその後は、幕間として追々。

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