やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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黄巾燃える

 日の出前、ほのかな月明りと星の輝きしかない闇の中、俺達は物音を立てないように行軍する。本来騎兵である部隊も馬に乗らずに手綱を引いている。誰もが獲物を狙う肉食獣が息を潜めるようにただ進む。本隊である俺達は、別働隊の劉備達が黄巾党本陣に火攻めを開始するまでに所定の位置に着く必要がある。それももうすぐそこだ。

 先導役は楽進が部隊を率いて行っている。それから李典は于禁と共に俺達から離れた後方で三姉妹と井闌車を連れている。ああいう仕掛けは李典が一番扱いに長けているので任せていた。

 俺は本隊の中心に位置する辺りで華琳と一緒にいて、そのすぐ前を冬蘭とその直属部隊が固めている。

 前方を行く冬蘭達が足を止める。

 

「着いたか。後は劉備達が火をつけるのを待つだけだな」

「そうね。貴方も戦に慣れてきたのか、今までより落ち着いているんじゃない?」

「そうかぁ? 俺はいつも通りに緊張しっぱなしで気が重いし、なんだったら今すぐ帰りたいまである」

 

 華琳と声を潜めて話す。華琳以外には聞こえない小さな声で冗談めかして、結構本心が混じった事を言う。これから戦闘が始まるのにこんなネガティブな発言は本来許されない。だが、俺はなんとなく言ってしまった。言った後、すぐにまずかったのではと冷や汗をかいたが、華琳からのお叱りはない。

 

「そう? 私には随分余裕があるように見えるわ。冗談を言える程度には」

 

 結構マジで言ったのだが、華琳は完全に冗談だと思っているようだ。映画やアニメで歴戦の軍人が戦闘シーンで小粋なジョークを言っている感じで受け止められているなら、過大評価も良いところだ。しかし「俺ホントにビビっているんです」なんて言う訳にもいかず、苦笑いするしかない。

 その苦笑いをどう取ったのかは分からないが、華琳は機嫌が良さそうだ。なんにせよ上の機嫌が良いのは良い事なのだが素直に喜べない。

 

「見なさい。始まるわ」

 

 華琳が前方を指し示す。そちらの夜空がほのかに赤く染まっている。それは太陽の光ではなく、炎によるものだった。劉備達の火攻めが始まった。

 華琳の指揮で本隊も再び動き出す。ゆっくりとした歩みから少しずつ駆け足に変わっていく。ガチャガチャと走る振動で兵達の鎧や武器が鳴る。

 

『うおおおおおお』

 

 前方から敵のものと思われる雄叫びが聞こえてくる。武器のぶつかり合う音、悲鳴、激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。緊張から口に溜まった唾を飲み込む。

 

「引くわよ」

 

 華琳が手を上げると銅羅を打ち鳴らすような音が響き、本隊の後退が始まる。俺や華琳がいる位置から、黄巾党とこちらの前衛の戦闘状況を知るには音くらいしか判断材料が無いと思うのだが、華琳には俺とは違う何かが見えているのか一切迷いを感じなかった。

 

「敵がつよいぞっ!」

「数が多すぎる」

「引けえええ、引けええ」

 

 前衛の方から悲鳴が聞こえる。これは敵を釣るために最初から予定されていた演技だ。前衛は必死に逃げている(てい)を装い後退しているが、それ以外の部隊は整然と後退していく。敵はそれに気付かずちゃんと付いてきている。

 もう敵は陣から完全に引きずり出せた。反転し攻勢に転じる予定の場所に近付く、と空も白み始める。夜明けだ。

 

 

◆◆◆

 

 黄巾党本陣はその日突然の夜襲によって大混乱に陥った。もうそろそろ夜明けといった時間、陣の周囲に立っている歩哨も気が緩んでいたところを襲撃された。今の黄巾党本陣は各地の盗賊や食い詰めた難民まがいの集団を吸収して巨大になっている。今回はそれが災いした。指揮官クラスに敵襲の報が届く頃には、本陣のあちこちから火の手が上がっていた。

 消火する間もなく敵の大軍が陣に近付いていると指揮官に報告が上がる。この火は陽動だと判断した指揮官は、消火と火をつけた敵の陽動部隊に対応する為の兵だけを残して、敵の大軍を迎撃しに出陣を決意する。

 本陣で防衛戦を行う選択肢もあったが、合流したばかりの人間が多く、統制の取りづらい状況では余計な混乱を招くと恐れた。守勢に回ると烏合の衆は弱い。攻められている状態を劣勢と感じやすく、それでも踏み止まろうとする理由も烏合の衆にはないからだ。それに本陣と言っても人数ばかり多いうえ、その大量の人間を収容するための天幕が乱立しているので防衛には向かないのも理由だった。そして、その出陣が黄巾党にとって致命的な失策になった。

 黄巾党は出陣して間もなく、敵本隊と思われる部隊と衝突。敵前衛は容易く崩れ、逃げ惑う醜態を晒す。黄巾党はそれをさらに追撃する。敵の数は黄巾党の半分にも満たない様子で、よくもまあ攻めて来たものだと嘲りながら追撃の手を緩めない。だが、追撃は長くは続かなかった。

 

『わああああ』

 

 敵の(とき)の声と同時に黄巾党の左右から伏兵が襲い掛かる。突然攻撃を受けた黄巾党は元々ほとんどなかった統制をさらに失う。

 左右にいた兵のうち一番外周にいた兵は初撃でズタズタにされた。そのうえ伏兵に立ち向かおうとする者達、当初追いかけていた敵を追おうとする者達、前に進もうとする者達、逃げようとする者達、各々好き勝手に行動しようとする者達で押し合いへし合いの大混乱に陥る。

 そこに逃げていたはずの敵本隊が反転して向かってくる。黄巾党の兵の中でも戦意の高い者達は、伏兵など関係ない、先程と同じように敵本隊を粉砕してしまえば敵の伏兵も逃げ惑うだろうと侮っていた。先程の敵本隊の後退が自分達の実力だと思いあがっていた。

 

「ちくしょう、舐めやがって」

「また蹴散らしてくれるっ! 雑魚は雑魚らしく逃げ惑え!!!」

 

 武器を振り上げ怒鳴る黄巾党の前衛。しかし、次の瞬間絶望することになる。敵兵の間をすり抜けて、敵の騎馬隊が眼前に現れたのだ。

 敵騎馬隊の先頭を駆ける少女が灰色の髪をなびかせながら刃を振るう。

 

「馬鹿ですねえ、先程逃げたのは演技ですよ。え・ん・ぎ」

 

 少女は一人(ひとり)二人(ふたり)と冷静に黄巾党の兵を斬り伏せながら、手振りで部下に指示を出す。少女に追随していた彼女の部下達は、まるで草を刈るかのように黄巾の兵を狩っていく。

 騎馬隊の黄巾党への蹂躙は止まらない。騎馬隊の兵が馬上から武器を振るうたびに、黄巾の兵が数人血をまき散らしながら地に倒れ伏す。

 戦列を整え、長槍で迎え討てば結果は逆だっただろう。だが、統制を失い無秩序に前進していた歩兵など騎馬隊の格好の獲物である。しかも、その騎馬隊が精鋭中の精鋭であったのだから結果は明白だった。

 

「ひぃぃぃ、こんなの無理だぁ。止められねえ」

「どうなってんだ!?」

「敵に突っ込んで、ぎゃあああ」

 

 ただの寄せ集めの素人兵。まともな訓練を受けていない彼らは、眼前に迫る馬の巨体と蹄が地を蹴る音に怯えることしか出来ない。

 ある者は馬に弾き飛ばされ、ある者は馬上の兵に切り飛ばされ、ある者はつまづき倒れたところを馬の蹄で踏み砕かれた。

 本陣から打って出た黄巾党本隊は恐慌状態になっていた。前方と左右の三方向から攻められ、唯一の空いている後方に見えるのは火の勢いが止まらないのか煙が増したように見える本陣。さすがに火の手が上がる本陣に逃げ込もうとする者はいなかった。

 すでに戦える状態ではない黄巾の兵達だったが、ちょうど日の出が始まり明るくなったことで視界が広がり、さらなる衝撃的な光景を目にする羽目になる。

 前方の敵の中心に大きな攻城塔がそびえ立っている。その上で三人の少女が歌っている。

 

『~~♪♪』

 

 彼女達こそ黄巾党の象徴である数え役満・姉妹(かぞえやくまん・しすたぁず)だった。しかも彼女達は敵を鼓舞するように歌を歌っている。

 黄巾の兵の多くは、何が起こっているのか理解できない。彼女達の為に戦っていたはずなのに、何故彼女達と相対しているのか。敵に捕まっているのか。

 

「ど、どうすりゃいいんだよ……」

「俺に分かるか、そんなもん」

「にげ、逃げるしかねえ」

「どこにだよっ!」

 

 黄巾の兵達は完全に戦意を失い、ことここに至って武器を放り出して戦いを放棄する者が続出し始める。戦いは終局へと向かう。

 ここに黄巾党本隊は壊滅。生き残った者達は降伏した。双方の戦死者は合わせて万に達したが、その大半が黄巾党側だった。

 なお黄巾党本陣で消火と陽動部隊への対応の為に残った黄巾の兵は半数が戦死した時点で、非戦闘員と共に降伏。彼らは黄巾党本陣から連れ出され、自陣が灰になる光景を目にする。そして、これからの自分達の行く末を想い、誰もが暗い表情で俯く。




読んでいただきありがとうございます。
誤字報告していただいた方、ありがとうございます。

黄巾編、これで終わったと思った方。ごめんなさい。
楽しい事後処理の話が残っております。

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