やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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臥龍と鳳雛の憂鬱

 突然比企谷さんと曹純さんがやって来た。何かと思えば、糧食を分けてくれるそうだ。物資に乏しい私達にとってこれほど嬉しい贈り物は無い、そう最初は思っていました。曹操さんの所の兵隊さん達が、運び込んだ糧食を全て見た私は愕然とすることとなる。

 

「こちらはお近づきの品です」

「ほわぁ、こんなに豪華な食料が軍の糧食なの? うちでは考えられないね」

 

 人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた曹純さんに、桃香様は曹操陣営から運び込まれた糧食を前にただただ感心している。資金面で困窮する内情を一番良く知る私としても、その気持ちは誰よりも分かる。でも軍師を務める身で無邪気には喜べない。

 

(朱里ちゃん、これって……)

 

 私と同じく軍師である雛里ちゃんが小声で話し掛けてくる。その曇った表情を見れば私と同じ危惧を抱いていることが分かる。

 比企谷さんと共にやって来た曹純さんが、お近づきの印だと言って運び込んだ糧食に、私達の仮ごしらえの陣は歓喜に包まれた。資金に乏しい私達は、当然糧食の確保にも困っている。普通に考えれば感謝の言葉しかないのだが、そこに私と雛里ちゃんを悩ませる点があった。しかも、とびきり扱いに慎重を期す類の……。

 

(まず問題なのが運ばれて来た糧食の内容だよ)

(うん、質は良いけどこの量ではすぐになくなっちゃう)

 

 雛里ちゃんの言葉に小さく頷く。質は桃香様の言葉通り私達の陣営では手が出ない、ご馳走と言って間違いない物だ。しかし、量は少ない。少しずつ食べて五食、目一杯(めいっぱい)食べれば三食持つか怪しい。陣営の糧食不足を解消する事は出来ないうえ、一度こんな贅沢な物を食べた兵が今後も貧しい行軍生活を続けられるか不安しかない。

 雛里ちゃんが意気消沈した様子で俯く。

 

(私達の財政状況では当分こんなに良い糧食は調達出来ないです)

(これに慣れちゃうと今後兵隊さん達から不満が出てくるかもしれないね)

(それにこれだけの物を無償で貰えるとは思えないです)

(うん)

 

 雛里ちゃんの予想に同意する。今回提供された糧食は安い物ではない。曹操さんに関する噂や実際に会った感触からして、純粋な優しさからの施しとは思えない。何か要求される可能性が高い。物資に乏しい私達に要求するとしたら戦闘に関すること以外にない。危険な役目を割り振られるのではないだろうか。

 

(もし無茶な要求をされたら……)

(曹操さんの性格上、極端に理不尽な要求はしないと思います)

 

 確かに曹操さんの場合、性格上道理に合わない様な要求をする可能性は低い。それに今回の差し入れが曹操さんの意向なのかは分からない。

 まあ、仮に曹操さんではなく比企谷さんや曹純さんだけの権限で出された物なら、それはそれで怖いのだが。三食分と言っても数千人の糧食なので金額にすれば相当な額となる。これだけの物を曹操さん以外の人でもポンと出せるとしたら、陣営としての地力に差がありすぎて、あちらの意図しない行動でも私達の陣営が大きく揺らぎかねない。今の私の心中のように。

 そして、私があれこれと頭を悩ませる最大の要因は、曹操さん達が敵ではないという点だ。今回の糧食も対応に困る内容ではあるが、【とても贅沢な贈り物】である。何か受け入れがたい理不尽な扱いをされたり、攻撃されたのなら話は変わるが、【とても贅沢な贈り物】をされておいて私達が文句などつけられる立場ではない。

 ゾッとする想像だが、いっそ敵であれば対応に悩む必要はなくなる。取れる方策は逃走しかない。彼我の戦力差はそれ程までにある。しかし、曹操さん達は味方なのだ。それも【とても贅沢な贈り物】をくれた【とても良い味方】なのだ。少なくとも今この義勇軍で私や朱里ちゃん以外の人達は、全員がそう思っている。私と雛里ちゃんが危惧する問題を言ったとして、それを受け入れる人がこの義勇軍にいるだろうか。ゆっくりと丁寧に根気強く説明すれば、ご主人様達は理解してくれるかもしれない。しかし話はそう簡単ではない。

 

(貰った糧食を返すなんて言えないよね)

(絶対無理です。曹操さん達に対して失礼になるし、こちらの兵隊さん達も納得するとは思えないです)

 

 兵隊さん達は既に【とても贅沢な贈り物】を目にしている。今更それを貰わないなんて私達が言い出したらどうなるだろう。お腹を空かせている時に目の前に美味しそうな料理を出し、食べようとしたところで引っ込めれば大抵の人は怒る。追加の糧食が貰えるのなら、それが一番良いのだが。

 

(もっと貰えれば良いんだけれど)

(流石にそうなると曹操さんでも、かなり重い要求をしてきますよ)

 

 私のほとんど愚痴の様な言葉に、雛里ちゃんは顔を青くする。雛里ちゃんの危惧は私も同感だった。結局八方塞がりである。

 

(今回の件、曹操さん達の意図が読めません)

 

 ぼやく私に雛里ちゃんは黙って頷く。

 私達を潰すつもりなら、もっと簡単なやり方は幾らでもある。では何の悪意も無く、ただただ純粋にお近づきの品と言って持ってきた物が私達をこれ程悩ませているのか。もしそうなら、完全な笑い話だ。軍師は楽観的では務まらないが、共同作戦をとる仲間が善意で分けてくれた糧食でいちいち頭を抱えていたのでは、心労で倒れるのも遠い未来ではない。それに推測だけでは限界がある。

 何か手掛かりが他にあるとしたら、それは糧食を運び込んだ後、まだ帰らず桃香様と話している比企谷さん達だ。少しでも彼らの考えを見通そうと観察してみる。桃香様との会話は基本曹純さんがしている。表情は柔らかく、人好きのする人柄に見える。彼女を見ていると本当に善意からの差し入れだと思えてくる。

 比企谷さん方は最初の顔合わせの時とは違い、ほとんど口を開かない。曹純さんに対応を任せ、彼女の後ろで黙って腕を組んでいる。その姿は一見ぼうっとしている様に見えるが、視線は動いている。

 比企谷さんも此方の陣営を観察している? 差し入れた糧食に対する反応を見ている? 純粋な善意からの差し入れなら、こそこそ観察する必要はないのではないか。ダメ、どうしても悪い方に考えちゃう。頭を振って先入観を捨てようとしていた、その時─────それとなく周囲を観察していた比企谷さんの視線が、私の視線と絡んだ。その濁った目で見られていると、こちらの心の中まで見透かされているようで落ち着かない。

 私が居心地の悪さに視線を外そうとした時、比企谷さんの口角(こうかく)がゆっくりと吊り上がる。背筋を強烈な寒気が這い上がって来る。分かった。分かってしまった。理屈や感情など関係ない、本能が告げている。その表情は獲物を前に舌なめずりする餓狼(がろう)

 震える手で雛里ちゃんの手を握る。

 

(えっ、どうしたの?)

(分かりました。あちらの意図が)

(ほ、本当ですか!?)

(私達を飲み込む気です。何故こんな簡単な事に今まで気付かなかったんでしょう)

 

 こちらの弱い部分、物資面を的確に突く援助。しかし、こちらの抱える問題を解決する程の量ではない。もっと欲しいと私達は当然考える。それと同時にあちらには簡単に差し入れが出来るくらい糧食に余裕があるのだろう、と私達は今回の差し入れで理解している。まず立場と彼我の戦力差的に奪うなど不可能。

 ではどうするか。自分で餌が獲れない飢えた犬が餌を得る為には、主人にしっぽを振るしかない。

 

(曹操さん達……いえ、比企谷さんは今回の差し入れの引き換えに何かを要求するのではなく、こちらが【次】を期待して擦り寄るのを狙っているんだと思います)

(策としてあまりに回りくどくありませんか?)

(あくまでこちらから望んで、という形にしたいのだと思います)

 

 こちらからの反発をなるべく少なくする為だろう。立場の違いを笠に着て、上から目線で傘下に入れと言われれば誰でも良い気はしない。自分から傘下に入りたいと言って行くのとは大きな違いがある。

 

(既にこちらの兵隊さん達の気持ちは、かなりあちらへ流れていると考えた方が良いでしょう)

(将の皆さんが残っても兵隊さん達がいなくなってしまっては、手足を()がれたも同然です)

 

 もし、こちらの兵隊さん達が自発的に曹操さんの所へ移りたいと言い始めたら、陣営としては末期だ。糧食もまともに用意出来ず、下の者が離れていくなど、上に立つ者として失格である。

 

(ここからは対応を間違えると一瞬で終わります。ただ黄巾党に勝つだけでは駄目です)

(うん、黄巾党討伐によって名を上げて官職を得るか、後援者を見つけて財政面を安定させるのが当座の目標だったけど、そこまで兵隊さん達が付いてきてくれるだけの物資をすぐにでも確保しないと)

(これ以上曹操さんから貰うのは出来るだけ避けたいね)

 

 雛里ちゃんの挙げた目標に同意する。但し、曹操さん達からこれ以上の物を得ようとするのは危険だ。こちらに対する曹操さん達の影響力が大きくなり過ぎて、アリ地獄のように抜け出せなくなる。

 

(そうなると黄巾党の物資を奪うしかありません)

 

 雛里ちゃんの言う通り、それしかない。糧食を買うお金も無いが、そもそもこの辺りには村や街が無い。であるならば、近くにいるという黄巾党の物を奪うしかない。

 

(それにしても……未だほとんど無名の私達相手にここまでするなんて、黒き御遣い侮れません。情報を集めておいた方が良いですね)

 

 私の呟きに雛里ちゃんも深く頷いている。

 




八幡「なあ」
冬蘭「なんです?」
八幡「仲良くするには笑顔が大事だよな」
冬蘭「え、ええ、まあ」
八幡「諸葛亮が俺の事を見ていたから、なんとか笑顔を浮かべようとしたんだが」
冬蘭「キモ……いえ八幡さんにしては珍しい行動ですね」
八幡「おい今なんつった? まあ、それは一旦置いといて」
冬蘭「ずっと置いておいてください」
八幡「頑張って笑顔を作ったら、諸葛亮が震えながら目を逸らしたんだが」
冬蘭「……」
八幡「(卯月ちゃんが)言ったよね!?『笑顔なんて、笑うなんて、誰でも出来るもん』って。俺馬鹿みたいじゃん」
冬蘭「いいえ、その(腐った目では)結果は当然のものです」
八幡「当然?……酷い、なんで、俺の目が腐っているから?俺アイドルやめる」


読んでいただきありがとうございます。

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