やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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白き御遣いと黒き御遣い 2

 春蘭が黒き御遣いは自軍にいると言ってしまった。もうそれ自体はどうしようもない。あそこまでハッキリと言ってしまったら誤魔化しようがない。そして今、この場は微妙な空気が支配している。

 

 こいつ言っちゃったよ、といった感じで春蘭を見ている俺や華琳、それと冬蘭。そんな俺達の雰囲気を察して、原因は分からないが何かマズイことでもあったのかと慌てる春蘭と夏蘭。まさか、この場で何が悪かったのか春蘭に教えてやるわけにもいかず、俺も次の行動に踏み出せない。

 

 劉備達もかなり気まずいようだ。何せ、つい先ほどまで否定的な評価をしていた相手が、眼前にいる人間の仲間だと知ったのだ。そりゃ気まずい。劉備が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

「ご、ごめんなさい。鈴々ちゃんたちも悪気があったわけではないんです」

 

「謝る必要は無い。あの占い師が言ったことをそのまま言っただけだろ? それに大体合っているから本人も気にしないだろう、なあ?」

 

 

 春蘭が劉備の謝罪に鷹揚な態度を見せ、その後に俺へ視線を移す。

 おい、こっち見んな。この話の流れでお前が俺の方を見ると、俺が黒き御遣いってバレバレじゃねえーか。

 

 

「仲間が失礼なことを言っちゃって、ごめんなさい。黒き御遣いさん」

 

 

 劉備が申し訳なさそうに俺へ頭を下げた。

 こうなるよな。出来れば誤魔化したいところだったが、既に手遅れ状態だと思う。もう劉備は完全に俺が黒き御遣いという前提で謝っているし、どうすりゃいいんだよ。

 判断に迷い華琳を見る。そこで俺の視線に気づいた華琳は、判断は任せるといった感じに小さく頷いた。

 正直言って任せられても困る。この状態から誤魔化すことは難しい……いや、ここは発想を転換した方が良いかもしれない。

 今後敵対する可能性を考えて、俺が御遣いであることを隠そうとしていたが、まず敵対しないことを優先して動いた方が良いかもしれない。それなら俺が御遣いだと知られたこともプラスに使える。アチラのご主人様こと、【ほんごう】と同じ御遣いだと知られていた方が親近感を得やすい。それに友好的な関係を今結んでおけば、彼らの情報も得やすい。最悪、将来敵対してもそれらが役立つだろう。

 

 

「さっき春、夏侯惇が言った通り、あんたが謝ることじゃない。それにそういうのは慣れているしな」

「そ、そうなんですか?」

 

 

 俺の言葉に引きつった表情を劉備は浮かべた。

 自分でもどうかと思うが、悪い噂なんて気にしていたら俺は中学、高校もまともに通えなかった。それに大体の人間は良い噂話より悪い噂話の方が多いだろう。みんな人の悪口が大好きだからな。

 

 

「ああ、だから気にするな。それと一応自己紹介しとくか。俺は比企谷、軍師をやっている」

「……なあ、ヒキガヤも御遣いってことは、もしかしてお前も現代の日本から来たのかっ!?」

 

 

 俺が名乗るとホンゴウが少し興奮した様子で話し掛けてきた。

 お前も、ということはコイツも現代日本から来た人間なのだろうか。ホンゴウは勢いこんで俺に詰め寄って来た。

 

 

「違うのか?」

「ん……いや、俺も日本人だ」

「そうか、ハハッ、やっぱり俺と同じだったんだな! 桃香から俺以外にも御遣いがいるって聞いていたから、もしかしたらって思っていたんだ。まさかこんな所で会うとは思ってなかったよ」

 

 

 俺が質問に答えるとホンゴウの口調はだんだん熱を帯びてきた。

 その気持ちは分かる。こんな訳の分からん世界に連れて来られて苦労していて、突然同じ境遇の人間が目の前に現れれば色々話したいこともあるだろう。しかし、時と場合を考えてもらいたい。

 

 

「まあ、待て。お互い聞きたいことはあると思うが、俺達はそれ目的で訪ねて来たわけじゃないからな」

 

 

 俺が視線で華琳の方を示す。今回は、あくまでウチのトップである華琳がこの義勇軍、とりわけ関羽に興味を抱いて尋ねて来ているのだ。それを差し置いて俺達がくっちゃべっていたのでは、華琳の立場がない。そして、それを放置して華琳の機嫌をそこねてしまうは非常にまずい。ホンゴウは直ぐにでも話の続きをしたそうにしているが、頼むから空気を読んでくれ。

 

 

「あら? 貴方達の話は私も興味があるからそのまま続けても良いのよ」

「そうですね。私も聞きたいです」

 

 

 華琳と冬蘭が小悪魔のような笑みを浮かべ、話を本来の目的へ戻そうとする俺の言葉を否定する。冬蘭はともかく、あれだけ関羽に執着を見せているのだから華琳が本気で言っているとは思えない。華琳に気を使って、話を本題に戻そうとしているのに、その華琳自身に梯子(はしご)を下ろされて戸惑う俺を見ようという悪戯だろう。良い趣味ですね。

 

 

「それは本気で言っているわけじゃないだろ」

「半分くらいは本気よ。でもそうね。先に本題から済ませましょう」

 

 

 やはり軽い茶目っ気だったようだ。華琳が劉備に向き直る。

 でも半分は本気か。あまりアッチでの話はコイツ等に聞かせたくないんだがな。というか悲しいかな、聞かせたいような良い思い出なんてあまり無い。こういう何でもないようなやり取りを自然に出来るくらいに打ち解けてきたとはいえ、言いたくない事もある。むしろ、これからも密接に関わっていく相手だからこそ恥ずかしい話なんてしたくない。

 劉備へ向き直った華琳は、先程までの柔らかな雰囲気を引っ込めた。

 

 

「先ず聞いて置きたいのは、貴方達が何を目的として義勇軍を率いているのか、ね」

 

 

 華琳は殊更強い口調や険しい表情をしているわけでもないのに、威圧感のようなものを感じる。ある程度華琳との付き合いも長くなった俺でもそう感じるのだから、初対面の劉備はより強い重圧を感じていることだろう。

 劉備の瞳は緊張した様子で揺れている。

 

 

「兵を率いて戦うからには理由があるでしょう? 自分達の村や町を守る為、名を売り中央や有力な豪族に自分を売り込む為……さて、貴方達の瞳は何処に向いているのかしら」

 

 

 心の奥まで見通そうとするような華琳の問い掛けに、劉備は一瞬気圧(けお)されたかに見えた。だが直ぐに意を決して一歩華琳へと近づく。

 

 

「私たちはこの乱れた世を、みんなが笑っていられる平和な世にしたいと思って戦っています」

 

 

 一見気弱さそうな劉備だが言う事は言う。そこには弱さも戸惑いも感じない。流石は劉備といったところか。

 しかし、随分ふわっとした目標だ。もっと具体的な話が出るかと思ったが、えらく抽象的な話である。本気で言っているのなら凄まじくデカいスケールの理想であるし、劉備達が今持っている戦力から考えると現実味が無く、大き過ぎるとも言える。どちらにせよもう少し詳しい話を聞かないことには、判断のしようがない。

 それに対して華琳の方は表情一つ変えない。

 

 

「そう……それで先ずは黄巾党相手に戦っていると」

「はい、彼らのせいで多くの人達が傷ついて苦しんでいます。絶対そのままにはしておけないって、みんなで立ち上がったんです」

「とりあえずの目的は黄巾党の討伐ね。丁度良い。私はこれから黄巾党本隊を叩きに行くわ。貴方達も私達と共に来なさい」

 

 

 劉備達は目を見開いたり、ぽかんと開けて驚いている。だが、劉備はすぐ我に返り慌てて華琳へ聞き返す。

 

 

「えっ、それってどういう、いえ、それより本隊を叩きに行くって何処にいるのか知っているんですかっ!?」

 

「ええ、ここから近いわ。貴方達も知っていてここまで来たのかと思っていたのだけれど、そうではないの?」

 

「は、はい。恥ずかしながら偶然です」

 

 

 華琳から聞き返された質問に、劉備は少し顔を赤らめる。華琳に幻滅されたのでは、と考えたのかもしれない。俺から見る限り華琳が気にした様子は全く無いし、先程の誘いを引っ込める気もなさそうだ。

 

 

「それで、貴方はどうするのかしら」

「えっ……」

「私と共に行くのかどうか、ということよ」

 

 

 劉備は華琳の問い掛けを受け、助言を求めているのか【ほんごう】や諸葛亮達の方をチラチラ見ている。ただ彼らはそれに軽く頷くだけだった。

 そして、意思が固まった劉備は視線を華琳へ戻す。

 

 

「私達も一緒に戦います!」

 

 

 劉備はハッキリと宣言した。劉備の仲間達に驚いた様子はない。もしかしたら彼らは、劉備が出す答えに見当がついたのかもしれない。そして、それで良いと考えたから何も言わなかったのではないか。そうだとしたら強い信頼関係である。

 単に劉備へ丸投げしただけかもしれないが、ここは桃園の誓いでお馴染みの義兄弟としての信頼関係と考えておこう。ん? でも劉備達は女だから姉妹になるのか。何だか百合の花が見たい気分だな。そういうの嫌いじゃないよ俺。

 

 

(痛っ!?)

 

 

 また尻に痛みを感じる。何とか声を上げるのは我慢し、振り返ると犯人はまた冬蘭だった。ジトーとした目で俺を見て「また目の濁りが酷くなってますよ」と注意をしてきた。身内以外の者がいる場所では、そういうのは控えてくださいと言い含められる。

 確かにほんのちょっと、ホントにちょっとだけ邪な考えが頭に浮かんだ。それは認める。でも、毎回尻をつねられるのは勘弁してほしい。そんな風に俺と冬蘭がごちゃごちゃやっていると、何を勘違いをしたのか華琳が俺へ話を向けてくる。

 

 

「これで劉備達と共に黄巾党本隊の討伐へ向かうのは決定なのだけれど……八幡、貴方何か意見があるの?」

 

「あっ、いや……」

 

 

 急に話を振られても正直反応に困る。しかし、正直にガチ百合妄想をしていて注意されましたとも言い辛い。そこで先程、二人の会話でもう少し詳しい話を聞きたいと思ったことについて質問する。

 

 

「あっさり決めてしまって良かったのかと思ってな。お互いにとって重要な話だろ」

 

 

 俺の発言で周囲がしんと静まり返る。場の空気が重くなった。話がまとまった直後なのに、それを疑問視するような発言なので当然の反応だろう。だが聞くなら今が一番良いタイミングだ。黄巾党本隊との戦闘中、もしくは直前になって考え方の違いから連携が崩れたりしたら最悪である。何せ、あの曹操と劉備だからな。

 今回の共同戦線において何か問題が発生して被害が出たら困る。さらにそれが原因で劉備達との関係が悪化しては目も当てられない。

 まあ、劉備達との関係は俺の発言のせいで、現在進行形で悪化してるけど。

 

 

「あの、何か私達に問題がありましたか?」

「そちらから振った話ではないか。どういうつもりだ」

 

 

 劉備は少し不安そうに問い、関羽は低い声で不快感を示した。

 関羽こえええ、ハチマンおうちかえる。関羽からのプレッシャーに晒され一瞬幼児退行してしまった。キレてるだろアレ。えっ、キレてない? いいや絶対キレてるぞ。

 そこで関羽の俺へのプレッシャーを遮るように、夏蘭が俺達の間に無言で入って来て重圧がかなり軽くなる。助かった。

 美人に睨まれるとかご褒美だろ、と言う奴もいるだろうが俺には無理。ただでさえコミュ障なのに相手が美人とか凄い重荷、しかもそこに強い奴特有の威圧感までプラスされたらお手上げだ。

 本当、このままUターンして帰りたいところだが、もちろん帰る事は出来ない。何より、このまま夏蘭の背に隠れたままなのも格好が付かない。

 俺は一度目を閉じ大きく息を吸い、ゆっくり吐く。そして、目を開きもう一度夏蘭の背を見る。

 

 

 

 

 落ち着いた……ちょっとだけ。

 

 俺は夏蘭の右肩に左手を置き「大丈夫だ」言って左にどくよう軽く力を込めて促す。夏蘭は前方の関羽を視界に収めたまま脇へと退いた。

 

 

「問題があるかどうか以前の話だ。さっきの話だけでは判断材料として足りないんじゃないかってことだ。あれだけの会話で何が分かるんだ。いざ本番という時に考え方の違いで足並みが乱れるなんてことになったら最悪だろ?」

 

 

 俺は劉備と関羽へ話し掛けながら、最後に華琳へも視線を飛ばす。

 俺が疑問を呈したのは、劉備達だけに向けたものではない。うちの陣営において華琳の意見は絶対に近い。とはいえ今回の話は簡単に決めすぎていると思う。それは俺が三国志の曹操と劉備の将来的な衝突を知っている為、警戒心が強まっているから、そう感じているだけかもしれない。しかし、この世界は現代日本とは違う。警戒し過ぎるくらいで丁度良い。

 

 

「気にしすぎよ。黄巾党討伐という目的が一致しただけの今だけの関係なのだから、考え方なんて多少違っていても問題ないわ」

「そうは言ってもな……」

 

 

 華琳の意見も間違っているとは思わない。しかし、どうしても曹操と劉備と言えば宿敵というイメージが付きまとう。

 それに俺がこれだけ今回の件に難色を示して見せれば、華琳は逆に俺を積極的に関わらせようとするはずだ。ちょっと天邪鬼なところがあるからな華琳は。さっきもいらん茶目っ気出していたし。

 俺の言葉を受け、少し考え込む華琳。そして、何か思いついたのかニコっと微笑みかけてきた。

 

 

「そんなに気になるなら貴方が劉備達との交渉役よ。貴方が言ったような問題が起きないように、貴方自身で調整しなさい」

「えぇぇ……(よし)」

「問題提起した貴方自身で確かめた方が良いでしょう? それに貴方が一番適任だと思うわ」

 

 

 表面上少し嫌がっている俺を見て、華琳は本当に良い事を思い付いたと満面の笑みである。

 一応望み通りの展開である。これで劉備達の情報を直接得られる。誰かからの又聞きより、自分の目と耳で確かめた方が安心できる。何より将来、華琳の敵にならないよう誘導出来るチャンスでもある。

 とりあえず企みが一つ上手くいって気が緩みかけていた俺に、誰かが近寄って来る気配がした。

 

 

「あ、あの、本当は私達が足手まといになる心配をしているんじゃないですか? 曹操さん達に比べたら兵隊さん達の数も装備も負けているかもしれないけど、私たちは……」

 

「ああ、いや、違う違う。戦力に関しては心配していない。さっきの戦いも見ていたしな。俺が恐れているのはさっき言った通り、連携が乱れたりすることだ」

 

 

 厳しい表情の劉備がさらに言い募ろうとしたところで、俺は慌てて遮った。

 この思いのほか強い反応は劉備自身、自分達の戦力に内心不安や不満を抱いている裏返しかもしれない。下手にコンプレックスを持たれても厄介であるし、今のフォローで納得してくれれば良いのだが。あと共同戦線について文句を言ったみたいになったが、悪意や害意からのものでは無かったと判断してくれると有難い。

 

 

「良かった……それじゃあ、連携が上手くいくようにちゃんと打ち合わせして、みんなで頑張って黄巾党をやっつけましょうっ!」

「お、おう」

 

 

 劉備は俺のフォローに気を取り直し、元気良く声を上げる。

 ここは俺も元気良く拳でも振り上げて「おおう!!!」とでも言った方が良かったのか。でも、そういうのは俺のキャラではない。

 歯切れの悪い返事をした俺に、劉備は不思議そうな顔をしている。

 

 

「私、何かおかしなこと言いましたか?」

「いや俺はそういう【みんな】ってやつに含まれたことが無いから分かんねえーな、て思ってな」

「「プッ……クッ」」

 

 

 俺の自虐発言に慣れているうちの陣営の奴らは、小さく吹き出し、そのあと笑いを堪えているようだ。俺のことを笑っているというより、一見すると頭がお花畑っぽい劉備とネガティブな俺との会話の全く噛み合ってないところが、ツボにはまったようだ。

 劉備達はドン引きしている。好意的に見るなら反応に困っているだけかもしれない。どちらにせよ、こういう時は笑ってくれた方がドン引きされるよりはマシだ。

 うわぁマジかよ、この人……って顔される方がダメージがある。ソースは今の俺。

 こんな状態で、劉備達と上手くやっていけるのかねえ。

 

 

 

 




八幡「計画通り」



読んでいただきありがとうございます。

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