やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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統率

 不安とは心が安らかでない状態である。人はすぐ不安になる生き物だ。

 

 金銭面、健康、人間関係、将来に対する不安。挙げ始めるとキリがない位、人は不安と隣り合わせである。

 

 俺なんか中学時代、教室で周囲からクスクス笑い声が聞こえただけで自分が笑われているんじゃないかって不安になったもんだ。気のせいではなく、実際に笑われていたが。

 

 あれは女に告白した翌日、その内容が全てクラスメイト達へ知れ渡ってたんだから驚きだ。折本のヤロー……あっ、野郎じゃなかったな。野郎だったら高二の時のクラスメイトが喜んじまう。

 

 あの時はこの世の終わりのように感じた。しかし、今俺が抱えている不安に比べればカスみたいなもんだ。

 

 慣れない馬に乗って行軍しながら、少し前に俺や華琳のいる本隊に伝令が到着し、報告した内容を思い出す。

 

 暴動の鎮圧の為に先遣隊として現場に向かった秋蘭達からの伝令が到着した。伝令の報告では秋蘭達は現在、自分達の五倍から六倍の敵を相手に篭城戦をしているとの事だ。完全に包囲される前に伝令は出せたが、事情があって彼女達自身は残ったそうだ。

 

 篭城と言っても秋蘭達が陣取っているのは、防御柵で囲っただけの中規模な村だ。そこの村人達を守る為に残ったらしい。ハッキリ言って、秋蘭達はかなり危険な状態にある。

 

 この報告を聞いてから俺は不安で仕方が無い。もし、俺達が間に合わなかったら。そんな疑念が何度も湧き上がる。秋蘭達を失う。そう思うだけで心が揺れる。心無しか周囲も重苦しい空気である。

 

 表には出さないが、俺ですら不安に思っている状況だ。他の人間はどうだろうか。

 

 華琳はもっと心中穏やかではないだろうと思い、横目で確認してみる。しかし、華琳の表情からは不安の欠片も見出せない。

 

 動揺を表に出すと兵達の士気に関わるから隠しているのか。それとも秋蘭達ならこの状況でも大丈夫だと信頼しているのか。後者であるなら、何故そこまで信じられるのかを知りたい。俺にはそれが出来なかったから。

 

 誰かを信じ、頼り、任せ、自分の思いを伝える。俺はそれら全てを放棄し、全てを失った。もし、先程抱いた疑問の答えを得られたなら、俺は変われるのだろうか。

 

 

「華琳様っ、やはり私と騎馬隊だけでも先行させて下さいっ!!!」

 

 

 突然聞こえてきた大声で深い思考から呼び戻される。声の主は春蘭だった。単純で気が短く、それでいて情の深い春蘭は、少しでも早く秋蘭達の元へ駆けつけたくて仕方が無いのだろう。(はや)る気持ちを抑えきれなくなったみたいだ。

 

 春蘭は歩兵達に合わせた今の行軍の遅さに痺れを切らして、先程の華琳への嘆願となったのだろう。

 

 春蘭の気持ちは分かる。しかし、華琳が頷く事はない。

 

 

「駄目よ。敵の数が多いわ。あなたと騎馬隊だけを先行させるのは危険よ」

 

「秋蘭達の方がもっと危険です!」

 

 

 普段であれば華琳の言葉に異を唱える事などない春蘭だが、妹の危機とあっては平静ではいられない様子だ。

 

 分かる、分かるぞ、春蘭。俺も小町が同じ状況なら、いつ何時(なんどき)、どんな相手でもあらゆる手を使って排除する。例え地球破壊爆弾を使ってでもだ。っと、つい興奮して我を忘れてしまっていた。

 

 春蘭の気持ちは分かるが、春蘭の言った騎馬隊の先行は手段として認められない。華琳も言っているが、敵の数が多いのにわざわざ少数でぶつかるなんてリスクしかない。急ぎたいのは俺も同じだが、負けてしまえば秋蘭達を助ける事も出来なくなる。少しでも勝つ確率を上げて事に望む必要がある。

 

 なかなか納得しない春蘭に、華琳の傍に控えていた荀彧が口を挟む。

 

 

「少数で先行してどうするつもり? 何か策があるとでも?」

 

「決まっているだろう。秋蘭達を包囲しているという敵を蹴散らすだけだ!」

 

 

「「……」」

 

 

 春蘭の単純明快な答えに皆もにっこり……な訳もなく、何とも言えない沈黙が周囲を包んだ。

 

 別働部隊を出すと言うのは必ずしも悪手ではない。情報収集や撹乱など有効な役割を果たす事も出来る。しかし、今回の春蘭はそんな器用な真似は出来ないし、しないだろう。それは今の言葉だけでも分かる。

 

 

「(馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど)ここまでとは。少数の部隊を策も無く突撃させても各個撃破されるだけでしょ」

 

 

 一瞬唖然としていた荀彧が責めるような口調で指摘する。ちなみに前半の【馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど】という部分は小声だったので春蘭には聞こえていなかった。ただでさえ気が立っている春蘭に聞こえていたら大変なことになっていた。

 

 荀彧さん、今だけで良いからその毒舌を封印しておいてください。仲間割れしている場合じゃないんで、ホント勘弁して下さい。

 

 と言うか、荀彧に余計な事を喋らせない方が良いな。

 

 

「あー……春蘭、お前の気持ちは分かるが戦いの基本は相手より兵を多く用意することだ。少数でただ突撃するだけではどうにもならんだろ」

 

「ぐっ……」

 

 

 春蘭は反論しようにも咄嗟に言える言葉が無い。言葉に窮して華琳の方を見るも俺の言葉に頷いている華琳を見て押し黙ってしまう。これがまさにぐうの音も出ないというヤツだな。ただ、何故か春蘭だけでなく荀彧まで不満そうな顔をしている。

 

 

「チッ。男なんかと同じ考えだなんて……でも、そいつの言う通りよ。相手より多く兵を用意するのは基本中の基本でしょ」

 

 

 おい、舌打ちしただろ。今、舌打ちしたよね。ったく、こいつは何時になったらデレるんだ。

 

 それにしても、これで春蘭が納得してくれれば良いんだがな。春蘭は強い、強いからこそ自分より数の多い敵でも蹴散らせると思っているんだろう。しかし、数の多さという物は、ただそれだけで厄介なものだ。俺は今まで少数派……どころか一人のことが多かったので骨身にしみている。戦いは数だよ兄貴!

 

 

 春蘭が黙った事で一応の決着と見た華琳が口を開く。

 

 

「先行部隊は出さないわ」

 

「くっ、私達が到着するまで秋蘭達が持ち堪えていられるよう祈るしかないのか……」

 

 

 悔しそうに呻く春蘭に華琳は首を横に振る。

 

 

「出来る事はあるわ。戦場に着くまで時間はあるのだから、その間に作戦を練れるでしょう?」

 

 

 華琳が春蘭だけでなく、周りの人間全員に聞こえるような声で続ける。直接話に加わっているのは俺を含めても数人だが、隠れて話している訳ではない。周囲にいる護衛の兵も聞いているだろう。

 

 

「敵は私達が来る事を知らない。村への援軍、もしくは自分達への討伐隊を警戒していても詳しく何時、どの様な軍が来るかまでは知らないはず。それに対して此方は、敵の規模や地形と戦況を伝令から聞いている。冷静にやれば此方が圧倒的優位よ。それに秋蘭や季衣が名も通っていない様な相手に時間稼ぎすら出来ないとでも?」

 

 

 春蘭は当然として、他の者達も秋蘭達の危機に多かれ少なかれ不安を感じている。それも考慮に入れての言葉なのだろう。

 

 この軍において秋蘭は要の一人であり、華琳の腹心である。その秋蘭が危機に陥り、もう一人の腹心で武力ではトップの春蘭が動揺していては士気が維持出来なくなる。そこでわざと周囲の兵にも聞こえるように言ったのだ。

 

 重苦しく感じた空気が晴れる。

 

 周りを見回しても一兵卒ですら不安そうな顔している者は一人もいない。

 

 大切な者の危機にも揺らがず、たったあれだけの言葉で部隊を完全に統率する。これが英雄と呼ばれるようになる人間なのか。

 

 それとも俺が気付かないだけで、華琳も不安を感じていたのだろうか。そして、それに呑まれず、人の上に立つ者としての役割を果たしたという事なのか。いくら考えても答えは出ず、俺は華琳を見詰め続けていた。

 

 

 

 

 




冬蘭「華琳さまー、八幡さんが熱い視線を送っていますよ」
桂花「はあ? 死にたいの? 誰の許可を得て華琳様のことを見ているのよ!」
華琳「盛るのは時と場所を考えなさい」

八幡「ぬ、濡れ衣だ」




読んでいただきありがとうございます。

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