やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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黄巾の乱

 数ヶ月前に俺が提案し、その流れで責任者となった都市開発計画もある程度軌道に乗った。大規模な計画なので完遂はかなり先になる。ただ、ここから先はこれまでやった作業の繰り返しである。住民との立ち退きや仕事の斡旋などの交渉をして、買い取った土地の開発を行い、出店者を募る。それらは計画初期から関わっている文官もおり、俺自身が見なくても彼等で何とかなる。これでやっと楽が出来ると思ったのだが─────────。

 

 

 

 

 俺は夏蘭姉妹と行きつけの料理屋で注文した料理が来るのを待っていた。遅めの昼食である。かなり遅い時間なので店内には俺達以外の客はいない。それを確認すると俺は大きな溜息ともに愚痴を吐く。

 

 

「働けど、働けど我が暮らし楽にならず」

 

「八幡さん……気の滅入る様な事を言わないで下さい」

 

 

 俺の啄木先生的な呟きに対して冬蘭が力なく言った。普段であれば挨拶代わりの毒舌が飛んで来ても可笑しくないのだが、冬蘭も疲れているので完全に素である。夏蘭に至っては机に突っ伏している。

 

 俺達にも立場があるので流石に他の客がいれば、こんな醜態は晒せない。しかし、今は他の客もいないし、店員の方は知った顔なので多少の事なら外へ漏らす心配も無い。その為、俺を含め全員が気を抜いていた。

 

 何故、俺達がこんなに疲れているのか。

 

 それはここ最近、各地で多発している暴動が原因だった。一件一件は取るに足らない小規模な暴動である。それも騎馬隊が突撃しただけで蜘蛛の子を散らすように逃げていく雑魚である。しかし、どれだけ討伐しても直ぐに別の場所で暴動が発生するのだ。捕まえた暴徒を聴取しても動機がイマイチはっきりせず、まるで終わりの無いモグラ叩きである。

 

 俺は暴動の討伐部隊には参加していないが、多くの将が各地を駆けずり回っている分、彼女達の普段やっている仕事の中から書類関係の処理が俺へ回ってくるのだ。冬蘭は俺に付いて補佐、夏蘭は討伐に出ている将の担当している軍事関連全般を受け持っている。

 

 机に突っ伏していた夏蘭が顔を上げる。

 

 

「なあ……八幡さんよぉ、こんなのが何時まで続くんだ?」

 

「うーん、原因が分からんからな」

 

 

 夏蘭もここで簡単に答えが返ってくるとは思って聞いている訳ではない。それでも口に出さずにはいられないのだろう。その思いは冬蘭も同じようだ。

 

 

「暴動が偶々立て続けに起こっているなんて話ではないですよね?」

 

「偶然でここまで暴動が続いてたまるかっ……でも、それぞれの暴動に共通点が無いんだよな」

 

 

 確認するように聞く冬蘭の言葉を俺は否定する。偶然と呼ぶには数が多すぎる。普通暴動が起こった場合、政治の乱れや扇動者の存在が原因だ。しかし、今回はそこがまったく分からない。これでは対処のしようも無い。

 

 俺はお手上げだと両手を広げて見せた。だが、そこへ夏蘭から訂正が入る。

 

 

「いや、それは違う。さっき戻って来た討伐隊の話では共通点が見つかったらしい」

 

「それを先に言えよ」

 

 

 俺の突っ込みに冬蘭も頷いている。それでも夏蘭は何処吹く風である。

 

 

「あくまで【らしい】というだけだったからな。なんでも幾つかの暴動で、暴徒全員が黄色の布を身に着けていたという話だ」

 

 

 黄巾の乱じゃねーか。最悪だ。この時代で黄色の布を身に着けた暴徒と言えば、真っ先に黄巾の乱が思い浮かぶ。

 

 夏蘭の言っている事が本当なら、ここ最近の暴動は黄巾の乱の兆しだったという事だ。そうなるとここから本格的に現王朝が傾き始め、一気に乱世へと向かっていくだろう。

 

 恐れていた事態である。俺としては、乱世となる前にもっと陣営を強化しておきたかった。華琳はあの性格と才覚である。ここが俺の知っている歴史などと関係の無い世界で、華琳が乱世の奸雄曹操とは完全に別の存在だったとしても、彼女が乱世の中心となっていくのは明らかである。それなら陣営は強いに越したことは無い。

 

 それにしても、これからの事を思うと気が重い。歴史小説やマンガとかなら、乱世は面白い題材だ。しかし、自分が生きる世界としては最悪だ。成り上がりたいとか、歴史に名を残したいという野心があれば別だと思うが、残念ながら俺にそんな気持ちは無い。出来る事なら波風立てず、平和に養われていたい俺としては、乱世など害しかない。

 

 

「……おーい、大丈夫ですかー?」

 

「えっ?」

 

 

 気付いたら冬蘭が俺の顔を間近で覗き込んでいた。

 

 

「姉さんの言った内容がそんなに気になりますか?」

 

「あ、ああ……」

 

 

 俺は咄嗟にどう答えたら良いのか迷ってしまい、口を濁した。

 

 俺の考えをそのまま伝えるのは、色々と拙い。もし全てを語るとしたら、俺の知っている三国志演義や歴史についても説明しなくてはいけなくなる。それは極力避けたい。何故なら、この世界は俺の知っている三国志演義や歴史と類似性こそあるものの、同一という訳ではないからだ。

 

 その違いの最たるものは曹操達の性別だが、その容姿や服装なども見過ごせない。華琳は金髪碧眼なうえに髪がロールしている。着ている服も後漢時代にあったとは思えないデザインだ。これは人種的、文化的、2つの差異を示している。これで俺の知っている三国志演義や歴史の通りに、この世界が進んでいくと信じられる程、俺は暢気ではない。

 

 さらに俺という存在が事態を複雑にしている。当然ながら演義や三国志に俺は登場しない。その俺がここには存在し、行動しているのだ。仮に演義や歴史の通りに世界が動こうとしていても、俺の行動で違った結果へと変化するのではないか。

 

 これらを考えると、俺の知っている演義や歴史の情報は酷く不確かなものに感じてしまう。その不確かなものを彼女達へ教えてしまうのは、どうしても躊躇われる。華琳へそれとなく話してみようかとも思うが、正直迷っている。

 

 どちらにせよ、ここで話せる内容では無い。ここの店員はある程度信用出来るとはいえ、流石に部外者なので聞かせられる話ではない。

 

 さて、とりあえず冬蘭達を誤魔化さないとな。

 

 

「気になって当たり前だろ。黄色の布を全員が身に着けていたというなら、その幾つかの暴動が全て繋がっているのは確定だ。つまり……」

 

「「つまり?」」

 

「それぞれの暴動が自然発生的なものではなく、何らかの意志のもとに集まった連中が行っているという事になる。そうなると今後はさらに厄介な事態になるだろう」

 

 

 俺の話を聞いて冬蘭は真剣な表情になってるが、夏蘭の方は首を傾げている。夏蘭、お前は春蘭を馬鹿に出来ないぞ。

 

 

「まあ、分かり易く言えば、早く中心となっている奴を押さえないと、より面倒な事になりそうだって話だ。1つ1つを見れば少人数の暴動かもしれんが、合わせて考えると馬鹿に出来ない数だからな」

 

 

 俺の懸念に冬蘭が大きく頷いている。

 

 

「そうですね。今はバラバラに暴れているので鎮圧自体は簡単ですが、もし彼等が集まって千や万単位で行動されたら……村や小さな街なら為す(すべ)なく飲み込まれちゃいますね」

 

 

 このままでは冬蘭の言う通り、村や小さな街が襲われた場合、そこの警備隊や住人だけでは対応出来ないなんて事態が起こりそうだ。

 

 話に夏蘭が加わって来ないので俺が夏蘭の方をちらっと見る。すると、真剣に話し合っている俺と冬蘭をよそに、夏蘭はまだ首を傾げている。こいつ、これで千人以上の部隊も指揮しているんだぞ。本当に大丈夫なのか。

 

 

「……しかし、数が多くなっても烏合の衆は所詮、烏合の衆だ。そんな奴等は私や春蘭姉が気合を入れて一当(ひとあ)てしただけで瓦解する。素人をいくら集めても、直ぐに軍としては機能しないぞ」

 

 

 夏蘭の脳筋発言に俺と冬蘭は顔を見合わせてしまう。

 

 

「お前の意見も一理あるがな。俺達の本拠地であるここから離れた村なんかが襲われたらどうするんだ? 春蘭やお前と同等の将がそんな村にいるとでも思っているのか」

 

「ぐっ……す、すぐ私が軍を率いて向かえば」

 

「お前が着く前に村は壊滅してるだろうな。あと、俺が厄介だと言っているのはそれだけじゃない。これから先は、今までより面倒な手に出てくる可能性が高いんだよ」

 

「どうしてそんな事が分かるんだ?」

 

 

 俺の予想に対して夏蘭は怪訝な表情で聞いて来る。こういう所で素直に聞いて来るのは夏蘭の良い所だな。

 

 

「それは今発生している暴動が簡単に鎮圧されているからだ。良いか、首謀者の気持ちになってみろ。簡単に鎮圧されて大した成果も挙げていないんだぞ。そろそろ普通なら違う手を打ってくるだろう。単純に規模が大きくなるだけでも面倒だが、搦め手を使ってこられたら対応が難しくなるぞ」

 

「そこまでの敵じゃなかったらどうする?」

 

「どうするも何も、俺達は楽が出来て良いじゃないか。馬鹿の一つ覚えみたいに、今のやり方を続けて成果も挙げず、鎮圧され続けてみろ。そんな奴等に誰がついて行くんだ。勝手に自滅するだろ」

 

「……そうだな」

 

 

 夏蘭も納得したようだ。そして、タイミング良く料理が運ばれて来る。熱々の料理へ俺が手を付けようとしていると、店員が話し掛けてきた。

 

 

「あのー、今話していたのって最近の暴動についてですよね?」

 

「そうですよ」

 

 

 店員の質問には俺より先に冬蘭が答えた。すると店員は勢い込んで話を続けた。

 

 

「あのっ、うちへ良く来てくれていた旅芸人の()達が次に行くと言っていた村の方でも暴動があったみたいなんです。大丈夫なんでしょうか?」

 

 

 聞けば若い三姉妹の旅芸人なので心配していたようだ。向かったと言う村の付近では確かに暴動が起こっていた。

 

 

「小さな規模だったので既に鎮圧され、被害も少なかったと報告は受けていますね」

 

 

 冬蘭の言う、少なかった被害に旅芸人達が入っていないとは言い切れない。村の有力者ならともかく、外から来た旅芸人の被害まで態々報告は上がってこない。大丈夫だろうと言うのは簡単だが、そんなものは単なる気休めだ。

 

 冬蘭も俺と同じ考えなのか、旅芸人達の安否について、明言は避けていた。

 

 

「……そうですか。長女の張角さんと私って同い年なんですよ。店に来てくれた時には良く話してたから、無事だと良いんですけど」

 

 

 知人の安否を心配している店員だったが、俺はそれ所ではない。店員が口にした名前に俺は聞き覚えがあった。

 

 張角と言えば黄巾の乱の首謀者である。俺の知っている張角は、とある宗教の教祖なのだが、ここでは旅芸人なのだろうか。同名なだけで全く関係の無い人間かもしれないが、彼女が向かうと言っていた村で暴動が起きたとなると看過出来ない。

 

 

「なあ、ちょっといいか? その張角さん達が向かうと言っていた場所は、その村だけなのか? 他に何処か言っていなかったか?」

 

「えっ、それはまあ、色々言っていましたね。確か……そこの村の後は北へ向かうみたいな話を聞きました」

 

 

 俺の矢継ぎ早な質問に店員は戸惑いながらも答えた。俺は店員の言っていた村から北方向にある村や街、それと最近暴動が発生した場所を頭の中から引っ張り出す。

 

 重なっている。旅芸人・張角の移動先と暴動の発生は、全てではないが無関係というには重なり過ぎている。

 

 黒か? 確定ではないが、かなり疑わしい。

 

 

「その張角と他の姉妹について詳しく聞かせてくれるか? 俺の方で無事か確認するよう手配しておくから」

 

「えええっ! よ、よろしいので?」

 

「気にしなくて良い。仕事のついでだから、あんまり期待しないでくれよ」

 

 

 店員は畏まりながらも、三姉妹の特徴などをこと細かく説明した。

 

 それによると長女張角は大らかな性格で胸が大きいらしい。次女は張宝という名で気の強い娘らしい。三姉妹の中で一番胸が小さいとのこと。三女は張梁、物静かだけれど姉妹の財布は彼女が管理している。ちなみに胸は普通らしい。

 

 なんでこいつは一々胸の情報を付けるんだ。俺がそこに興味があるって思われているのか。冬蘭の視線が、その名の通りに凍えてくるから止めて下さい。お願いします。

 

 店員の説明を聞き終えると、かき込むように料理を食べ席を立つ。代金を払って店を出た俺に夏蘭達も慌てて付いて来る。

 

 

「何を慌てているんですか。そんなに旅芸人の胸が気になるんですか?」

 

「自分で整えた警備隊に捕まる日も近いかもな」

 

 

 冬蘭、お前は俺がそんな人間に見えるのか。それと夏蘭、絶対お前がケンカで捕まる方が早いはずと断言しておく。

 

 

「そう言えば養ってくれる女を探しているんだったな。しかし、旅芸人では生活が安定しないと思うぞ」

 

「えっ、その話は初耳なんですが」

 

 

 夏蘭の養ってくれる女発言に冬蘭が食い付く。俺の後を付いてきている二人へ振り返る。ややこしい話になりそうなので先手を打っておく。

 

 

「ここで話せる内容じゃないから華琳と合流してから話す。近いうちに遠征へ出る事になるかもしれないから覚悟しとけよ」

 

 

 華琳を交えて話すと聞いて冬蘭達も押し黙る。茶化す様な話ではないと分かったようだ。

 

 街を足早に歩いていると、どす黒い雲が空を覆い始めた。まるで、この先を暗示しているようで気の滅入る。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。


今回で最低でも戦闘シーンの直前までは行けると思っていたのに、全然駄目でした。

八幡のこの世界に対する認識を書いておきたかったので、長くなりました。もっと簡潔にまとめられると良いのですが、難しいものです。

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