尋問と逃げた盗賊を追わせた兵から得た情報通りの場所に盗賊団の砦はあった。山の陰にひっそりと建てられた砦は闇雲に探していたら発見までにかなりの時間を要しただろう。その事を考えると許緒と盗賊達が戦っているところに丁度遭遇したのは幸運だった。
盗賊団の砦を遠目に見ながら当初の予定通り二手に分かれる。
囮となる華琳がいる本隊の兵数は七百人で俺、夏蘭、冬蘭、桂花が付く。
囮に誘き寄せられた盗賊団の背後を突く予定の別働隊の兵数は五百人で春蘭、秋蘭の2人が指揮をとり、許緒もこちらに参加する。
別働隊が配置に着いた頃を見計らって本隊が砦に向かって移動を開始する。戦う前から疲れても仕方が無いので、本隊はゆっくりと砦へと近付いていく。
一歩砦に近付くたびに緊張が高まっていく。しかし、緊張しているのはここでは俺だけのようだった。華琳は当然の事として、夏蘭、冬蘭、桂花達も緊張している様子は無かった。彼女達の余裕が妥当な物なのかどうか分からない俺としてはどうにも落ち着かない。そんな俺の様子に気付いたのか華琳が近寄って来た。
「八幡、貴方にしては落ち着きが無いわね。たかだか盗賊程度なのに緊張しているのかしら?」
「……あのな、俺は今回の遠征が初陣なんだぞ。さっきの許緒と戦っていた盗賊は数が少なかったし、その【たかだか盗賊程度】って奴がどの程度の強さなのかイマイチ分からないんだよ。勝つ為の最善は尽くしたつもりだけど、実際のところはやってみないと分からないから緊張して当然だろ」
「少なくとも貴方が私の事を人質にした時よりも安全よ」
「「っ!!!!?」」
華琳の言葉にその場の空気が固まる。夏蘭達が驚いた顔をして俺と華琳を見ていた。
春蘭と戦ってみろとか言われた時の事だな。こんな所で言うなよ。周りの連中が凄い目で俺の事を見ているだろ。詳しい事情を知らない人間が聞いたら、何か俺が悪い事したみたいじゃないか。実際褒められた事ではないし、秋蘭にもあの後色々言われたしな。何よりあの時俺が言った言葉を知られたら、恥ずかしすぎて死ねる。
「あ、あの、華琳様。人質ってどういう事ですか?」
夏蘭が慌てた様子で華琳に聞いた。
陣営のトップが軍師候補に人質にされた事があるとか急に言われたら普通驚くわな。
「私や春蘭達はこの男に一度してやられてるのよ。貴方達は未だ八幡の実力に半信半疑の様だけど、智略と肝心な時の行動力は見所があるわ。あと、今は時間が無いから詳しい事が聞きたければ後にしなさい。砦が近くなってきているわ」
華琳に詳しい事は後と言われて全員押し黙ったが、チラチラとこちらを窺っている。
面倒な事になった。うちの陣営は本当に華琳の事が好きな奴が多いから逆恨みとかされないか不安になるぞ。あと夏蘭と冬蘭……戟と矛の柄の部分で俺の事を突っつくのをやめなさい。
そうこうしている間にもう砦は目の前である。目の前と言ってもまだ二、三百メートルは離れているが、こちらは銅鑼を鳴らして隊列を整えて本格的な戦闘準備をする。
さて、どういう挑発の仕方で盗賊共を砦から誘き出そうかと考えていると、砦の正面扉が開き盗賊共がこちらに向けて突撃して来た。
「どうなっているの?」
想定外の事態に華琳も唖然としていた。
砦に籠っての防衛する側とそれを攻める側。セオリーとして砦に籠って防衛する側の方が有利なのだが、そのアドバンテージを賊がいきなり捨てるとは考えていなかった。
「こちらが使っている銅鑼の合図を自分達の突撃の合図と間違えたのではないかと……」
桂花が自信無さげにそう言った。
本当の事は分からないが、もしその通りなら予想以上に馬鹿な相手だろう。作戦の成否に関する不安は軽くなった。
「まあ、勝手に出て来てくれたのなら好都合だ」
「……ええ、その通りね。夏蘭は殿を」
「はっ、お任せを」
俺の言葉に華琳は何だか納得がいかない様な表情をしつつ、夏蘭に指示を出して本隊の後退を指揮する。
後退するこちらに盗賊団が追い縋るが追い付くには到っていない。全体の数はこちらより多いが、騎馬の数が少ない。騎馬だけが追いついても殿の夏蘭に軽くあしらわれて、本隊のケツに食いつけない状態が続いている。
「本当に相手は何も考えていない様な戦い方だな」
「盗賊なんてそんなものですよ」
俺の呟きに冬蘭が律儀に答えた。
まあ、冬蘭の言う通りなのだろう。数で劣り逃走している様に見せかけた此方に対して、何の疑いも持たずに自分達が一方的に狩る側だと思って追いかけて来ているようだ。
二キロメートル程度後退した所で別働隊が動く。
「賊を一匹残らず殲滅しろ。かかれええええ!!!!!!!!」
春蘭の号令がこちらまで聞こえてきた。盗賊団の無警戒な背後を春蘭、秋蘭が率いる別働隊五百人が強襲する。
元からまともな隊列も組んでいなかった盗賊団は混乱に陥っていた。慌てて此方を追うのを止め、春蘭達の別働隊の方へと向きを変えようとするが、足並みが揃わず味方同士がぶつかって混乱は増すばかりだ。
そこへ春蘭達が突っ込んだ。単純な数の上では五百対三千だが、盗賊団の方でまともに戦えている人数は五百もいないだろう。倒されている者のほとんどが盗賊団の者だった。
混乱する盗賊団に対して俺のいる本隊も後退を止め、反転して攻撃を開始する
本隊の攻撃は夏蘭が先頭をきって行った。
夏蘭の振るう戟の前に立っていられる盗賊は一人たりともいなかった。
前にも後ろにも進めなくなった盗賊団に、生木と枯れ木を混ぜて縛った束をいくつも火をつけた状態で放り込む。生木は火に入れると大量の白煙を生む。油を軽く染み込ませたそれらは大量の煙を出しつつ、なかなか鎮火しなかった。
「盗賊共が逃げ出しているぞっ!」
「左翼の連中が逃げているぞっ!」
煙に巻かれ視界を奪われていた盗賊達にそんな声が聞こえてきた。盗賊達の中でも中央付近にいる者は現状をほとんど把握していなかった。自分達の方が罠にかかって不利な状況なのだと朧げに感じているだけだった。そこで煙で視界を奪われ、仲間が既に逃げ始めている事を知った盗賊達は、我が身可愛さに逃げ出そうとする者が後を絶たなかった。
当然、煙や盗賊達が聞いた声は俺の策略である。元々、この盗賊団はまともな訓練もしておらず
盗賊達の聞いた声を欺瞞だと否定し、混乱を収拾し、反撃を実行するだけの能力がこの盗賊団にはない。その事は捕虜にしている盗賊に対する最初の尋問で予想していたが改めて確認をとり、この策を実行している。抜かりは無い筈だ。
ここまでは全てがこちらの思惑通りである。
逃げ出した盗賊もこちらの騎兵が追って仕留めている。歩兵は当然の事として、相手の数少ない騎兵もこちらの騎兵から逃げられない。馬の質も兵の質も此方の方が比べ様が無い位、優れていた。
見る間に盗賊達はその数を減らしていく。その中で一騎の敵騎兵が此方へ突進して来ているのが見えた。黒い馬に乗った他の者と比べて一回り大きな体格の盗賊だった。恐らくアレがこの盗賊団の頭だろう。だが、その盗賊団の頭が俺の元まで来る事はなかった。あっという間に此方の兵達に囲まれ四方から槍で貫かれ馬から落ちる。
馬から落ちる瞬間、目が合った様な気がした。その目は俺と同じで濁っていた。
まもなくして盗賊団は殲滅された。
読んでいただきありがとうございます。
集団戦は初めて書くので戸惑いますね。