機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-04「少年は少女と出会う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にお詫びのしようも無い」

 

 開口一番、デュランダルはカガリにそう言って頭を下げる。治療を終えて士官室で休んでいた彼女達は艦長室に案内され、そこでようやくデュランダルとの面会が叶い、身のあかしを立てる事ができたのだ。

 

 艦長のタリアは、今はまだブリッジにいる為、ここにいるのはカガリとシン、そしてデュランダルだけである。

 

「姫までこのような事態に巻きこんでしまうとは。ですがどうか、御理解いただきたい」

 

 そう告げるデュランダルも、沈痛な表情をしている。彼にとっても今回の事態は、看過しえない程の重大事なのだろう。

 

 その表情を、シンは苦い思いで見つめていた。

 

 ミネルバが現在、敵艦の追撃任務についている事は知っている。怪我をしたカガリを一刻も早く安全な場所へと退避させる為に、ミネルバへの退避はシンが独断で決めた事だが、そのせいで却って自体が裏目に出てしまった感がある。

 

 カガリの額には今も包帯が巻かれ、痛々しい姿をしていた。

 

「あの部隊については、まだ何も判っていないのか?」

「ええ、まあ・・・・・・艦などにも、ハッキリ何かを示すような物は何も・・・・・・」

 

 カガリの質問に、デュランダルは歯切れ悪く答える。

 

 正直な話、カガリには相手が何者であるか、見当がついていた。

 

 恐らくは地球連合軍。プラント所有のコロニーにこれほど大規模な攻撃を仕掛ける組織など、他には考えづらい。

 

 カガリがその事に気付いているくらいだ。デュランダルもまた気付いている事だろう。だが問題が微妙過ぎる為、直言を避けているのだ。

 

「・・・・・・しかしだからこそ、我々は一刻も早くこの事態を収拾しなくてはなりません。取り返しのつかない事態になる前に」

「ああ、判っている。その想いは私も同じだ、議長」

 

 デュランダルの沈痛な言葉に、カガリもやりきれない想いと共に頷く。

 

「今は何であれ、世界を刺激するような事があってはならないのだ。絶対に」

 

 先の大戦以降、世界は危ういバランスの上に成り立つ平和を享受していた。それはちょっとしたきっかけがあればあっさりと崩れてしまう程に脆いものでしか無い。

 

 今回の事態も、放置すれば如何なる厄災となって人々の上に降り注ぐか判らない。それ故に、この事態がまだ小さな芽のうちに摘み取る必要があった。

 

「ありがとうございます。姫ならばそうおっしゃってくれると信じておりました」

 

 そんなカガリの思いを汲んだのだろう。デュランダルはにこやかな笑みと共に言う。

 

「宜しければ、まだ時間もあるうちに少し艦内をご覧になってください」

「いや、それは・・・・・・」

 

 突然のデュランダルの申し出に、思わずカガリとシンは顔を見合わせた。

 

 正直、他国の戦艦に乗っているだけでも色々と問題なのに、そんな物見遊山気分で良いのだろうかと思ってしまう。

 

 そんなカガリ達を制するように、デュランダルは更に続ける。

 

「一時とは言え、言わば命を預けていただく事になるのです。それが盟友としての、我が国の相応の誠意かと。それから、案内は彼にしてもらおうと思います」

 

 そう言うとデュランダルは、自分の背後にやって来た青年を指し示す。

 

 その人物を見て、

 

「「えッ!?」」

 

 思わず、シンとカガリは同時に声を上げた。

 

 そこに立っている人物には、2人とも見覚えがあったのだ。

 

「ア、アスラン・・・・・・」

 

 そこには赤服を纏い、常と変わらない笑顔を浮かべたアスランが立っていた。

 

 

 

 

 

 ブリッジの指揮を副長のアーサーに任せると、タリアは一時仮眠を取るべく艦長室へと向かっていた。

 

 とにかく予定外の事態の連続で、タリアの精神も疲れ切っていた。ここらで一時リフレッシュしないと戦闘指揮にも差支える事になる。

 

 そう思って廊下を歩いている時だった。

 

「タリア」

 

 背後から声を掛けられ振り返ると、デュランダルの秘書官をしている女性が笑顔で歩いて来るのが見えた。

 

 その姿を見て、タリアも笑顔を浮かべる。

 

「イレーナ、久しぶりね」

 

 女性の名はイレーナ・マーシアと言い、タリアとは古い付き合いの友人でもある。

 

 長らく会っていなかったが、このような形で再会する事になるとは思ってもみなかった。

 

「軍をやめたのは知っていたけど、あの人の秘書をやっているのには驚いたわ。どう?」

 

 肩を並べて歩きながら、親しげに話しかけるタリア。

 

 艦橋では艦長と秘書官と言う互いの立場があった為、なかなか話す事もできなかったが、今は2人しかいない為、口調も自然と友人同士のものとなっている。

 

「判るでしょ。簡単にはいかないわ」

 

 そう言って、イレーナは苦笑する。

 

 その表情だけで、タリアはイレーナの抱えている気苦労を察した。

 

 デュランダルはあの通りの性格である為、その下で働く人間は苦労するのだ。

 

 そんなタリアに対し、イレーナは笑顔を作って話題を変える。

 

「でも、凄いじゃない。最新鋭戦艦の艦長だなんて」

「世間では、私が色仕掛けを使った、なんて言われているらしいけどね」

 

 そう言って、タリアは苦笑する。

 

 事実、そのような事を言っている者達は軍内部にも多い。言っている本人達は影口のつもりなのだろうが、こうしてタリア本人にまで当の噂が聞こえて来ている辺り、その声は相当大きいのかもしれない。

 

「言いたい奴等には言わせておけば良いのよ」

 

 友人を励ますようにイレーナは言う。

 

「あなたの事を知っている人間なら、絶対にそんな事は言わないわ。あなたが他のどんな軍人よりも努力している事はみんなが知っている事だもの」

「ありがとう、イレーナ」

 

 友人の励ましに対し、タリアは素直に感謝する。

 

 実際、知り合った頃からイレーナには何かと助けられてきた。タリアにとっては、最も信頼している友人の1人である。

 

 そんな事を話している内に、艦長室の前まで来てしまった。

 

「少し寄って行く? 息子の写真もあるわよ」

 

 それでも見ながら、昔語りでもしようかと誘っているのだ。

 

 しかし、イレーナは暫く考えて首を振った。

 

「いえ、やめておくわ。あなた疲れてるでしょ。今はゆっくり休んで、また今度見せてもらうから」

「ありがとう」

 

 そう言ってタリアとイレーナは、笑顔を交わして別れた。

 

 

 

 

 

「災難だったな。君が乗船していると聞かされた時には驚いたよ」

 

 並んで歩くアスランから、そう声を掛けられ、カガリも苦笑を返す。

 

「驚いたのは私の方だよ。お前がこの艦に乗っていて、しかもまさか隊長になっているなんて。教えてくれても良かったじゃないか」

「俺も急だったんだよ。落ち着いたら連絡しようと思っていた」

 

 実際この2年、アスランは閑職を転々とし。殆ど飼い殺しに近い扱いを受けていた。

 

 同期のイザーク・ジュールの下で副隊長をしていたころはまだ良かったが、その後は史料ライブラリーの編纂員、地方人事局局員、工廠の事務員と言った物ばかりであった。

 

 それがついこの間、デュランダル議長直々の命令により、赤服への復帰と最新鋭モビルスーツであるセイバーへの搭乗、そして新設するミネルバ隊のモビルスーツ隊隊長就任を命じられたのだった。

 

 足を止め、互いに向かい合うカガリとアスラン。

 

「・・・・・・その、元気だったか?」

「ああ、君も元気そうで何よりだ」

 

 そう言うと2人は笑みを交わし合い、互いの温もりを確かめるように抱擁する。

 

 互いの距離は遠くなっても、この2年間、心の距離まで離れた事は無かった。

 

 アスランは自分を変えるきっかけになった少女を愛していたし、カガリもまた、常に自分を守ってくれたアスランを愛していた。

 

 だからこそこの2年間、どんなにつらい事があったとしても互いにそれぞれ乗り越えて来る事ができたのだ。

 

 デュランダルがわざわざ、この忙しい中で隊長職にある人間を案内役にしたのは、そこら辺の事情を汲んだからかもしれなかった。勿論、デュランダルはカガリとアスランの仲の事は何も知らない筈だが、そう考えた方が自然のように思えたのだ。

 

 だが、

 

 ふと、カガリはアスランに見られないようにして、表情を曇らせる。

 

 カガリの中では一つ、アスランに対して拭えない蟠りがあった。

 

 その事を打ち明けるかどうかについては、まだ決めかねているのが現状であった。

 

 

 

 

 

 その頃シンは1人、カガリとは別れて、宛がわれた部屋へと戻ろうとしていた。

 

 アスランとカガリの事は、無論シンも知っている。

 

 一緒にいても邪魔になるだけなのは判っているし、アーモリーワンでカガリに言われた事ではないが、シンもあの2人に蹴られたくは無かった。

 

 そんな事を考えながらぶらぶらと歩いていると、

 

「あれ、『お仕事』はもう終わり?」

 

 背後から声を掛けられシンは振り返る。

 

 するとそこには、長い茶髪を後ろで束ねた少女が立っていた。

 

 エリートを現わす赤い服を着ている。もっとも赤いジャケットは確かにザフトの軍服だが、下はピンク色のプリーツスカートを穿いている。こちらは確か、ザフト軍の規定軍服では無かった筈だ。恐らく改造しているのだろうが、ザフトではこんな事も許されるらしい。

 

 笑顔の少女に対して、シンは不審な視線を返す。

 

「何か用?」

 

 正直、珍しい物でも見るような視線を向けられたくないので、口調がついぞんざいな物となってしまう。

 

 それに対し、少女の方もその言葉が癇に障ったのか、少し不満そうに眼を細めてシンを睨む。

 

「そんな邪険にしなくたっていいでしょ。ちょっと声掛けただけだよ」

「あ、ああ・・・・・・ごめん」

 

 膨れて見せる少女をみて、シンはハッとする。

 

 確かに少し自意識過剰になり過ぎていたかもしれない。その事に気付いたシンは、素直に謝罪した。

 

 軍隊にいるせいか、つい他国の艦に乗っていると警戒心が強くなってしまう。

 

 シンの謝罪を受け入れたのか、少女は再び話題を戻して来る。

 

「で、こんな所で何やってるの? 大事な人を放っておいてさ」

 

 「大事な人」と言うのは当然、代表であり護衛対象でもあるカガリの事を言っているのだろうが、少女の好奇心に満ちた目を見ればもっと別の意味の事を言っているように思える。

 

 どうにも目の前の少女は、自分とカガリが何か特別な関係であると思っているらしい。

 

「別に、俺とカ・・・・・・アスハ代表は、そんな仲じゃないし、この艦の中にいれば、四六時中俺が一緒にいなくても平気だろ」

 

 カガリ、と言い掛けて、とっさにシンは言葉を変える。いかに立場を越えた友人であるとは言え、一国の代表を人前で呼び捨てにする事は躊躇われた。

 

「・・・・・・ふーん」

 

 少女はそんなシンの言葉に、一応納得したように頷く。

 

 しかし、その瞳には相変わらず何か好奇心のような物が浮かんでいるのが見える。何だか今度は、「シンが何か言い難い事を隠している」とでも誤解しているようだ。

 

 ひどい誤解である。

 

 実際の話、シンはカガリに友情以上の物は感じていない。と言うか、本人に言ったら殴られるだけじゃ済まなそうだが、国家元首で、その上性格があんなガサツな彼女だったら、全力で願い下げである。遠距離とは言え、アスランはよく付き合っていられると思ってすらいた。

 

 そんなシンを見て、

 

 少女は笑顔を浮かべた。

 

「な、何だよ!?」

 

 突然の少女の笑顔に、シンは思わずたじろく。自分は何か、おかしな事でも言ったのだろうか? と。

 

 だが、その考えは間違いだった。

 

「君って、面白いね」

「はぁ?」

 

 今のやり取りの中に、一体どんな面白い要素があったと言うのか。だがどうやら、何かが少女のつぼを押さえたらしい。

 

 どうにも、同年代の女の子が考えている事はよく判らない。今度、リリア辺りにでも聞いて見ようか。

 

 そんな事を考えているシンに対して、少女は右手を差し出して来る。

 

「ボクはアリス・リアノン、宜しくね」

「あ、ああ・・・・・・シン・アスカだ」

 

 戸惑いながらも、その手を握り返すシン。

 

 思わず、顔を赤くする。

 

 言葉づかいは男の子っぽいが、握った手の感触は折れそうな程に細く、アリスが女の子である事実をシンに再確認させる。

 

 カガリやリリア、妹のマユと同様に華奢な手だ。

 

 その時だった。

 

《敵艦捕捉、距離8000、コンディション・レッド発令! パイロットは搭乗機にて待機せよ!!》

 

 警報が鳴り響き、艦内が一気に騒然とする。

 

 どうやらガーティ・ルーを捕捉する事に成功したらしい。

 

 新たな戦いが始まろうとしている。

 

 と、アリスは握っていたシンの手を離して踵を返す。

 

「ごめん、ボク行くよ。またね、シンッ」

「あ、おいッ」

 

 呼び止めようとするシンに手を振って、アリスは駆けていく。

 

 どうやら彼女も出撃するらしい。まあ、赤服である所からパイロットであるのは予想していたのだが。

 

「アリス、か・・・・・・」

 

 駆け去っていく少女の背中を、シンは黙って見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミネルバがガーティ・ルーを捕捉した時、位置的には既に地球を取り巻くデブリ帯は目の前まで迫っていた。

 

 このままデブリ帯に入られたら、センサーの類が効かなくなり捕捉が困難になる。しかし同時に、衝突の危険性を考えれば高速を発揮する事もできなくなる為、向こうも離脱が難しくなる筈だ。

 

「向こうも、よもやデブリの中に入ろうとはしないでしょうけど、危険な宙域での戦闘になるわ。操艦、頼むわよ」

 

 タリアは操舵士のマリクに念を押してから、続けて命じる。

 

「アリスとルナマリアで先制します。準備、終わっているわね?」

「はいッ」

 

 メイリンが元気な返事を返した時だった。

 

 ブリッジのドアが開き、長身の男性が3人の人物をひきつれて入ってきた。

 

「良いかな、艦長?」

 

 デュランダルが連れて来た人物の内、1人はイレーナだったが、あとの2人を見た時にタリアは露骨に驚愕の表情を浮かべた。

 

 デュランダル、イレーナに続いては言って来たのは、カガリとシンのオーブ組だったのだ。

 

「私はオーブの方々にも、艦橋に入っていただきたいと思うのだが」

「あ・・・・・・いえ、それは・・・・・・」

 

 正直、迷惑である。他国の人間を艦橋に入れるだけでも抵抗があるのに、それが国家元首と正規の軍人と来れば、丁重に摘み出したい気分だ。

 

 だが、そんなタリアの心情など知らぬげに、デュランダルは穏やかな声で続ける。

 

「君も知っての通り、代表は艦の指揮も執り数多くの戦闘を経験された。また、随員の彼も先の大戦で代表と共に戦ったと言う。そうした視点から、この艦の戦いを見てもらおうと思ってね」

 

 知らずに、渋面を作るタリア。

 

 正直、デュランダル1人でも持て余し気味だと言うのに、そこに来て部外者が2人も追加されるとは。これではやりにくくて仕方が無い。

 

 見ればシンとカガリも、心なしか恐縮しているように見える。どうやら彼等も、デュランダルの強引さに振りまわされている口であるらしい。

 

 しかしデュランダルの顔を見る限り、どうやらこちらから何を言っても無駄であるらしい。

 

 チラッとイレーナの顔を見ると、苦笑してタリアを見ている。あれは彼女が、心の中で詫びを入れている時の顔だった。

 

「・・・・・・判りました。議長がそうお望みなら」

 

 努めて平坦な口調で、タリアはそう告げる。

 

 戦闘開始直前なのだ。これ以上のタイムロスは避けたかった。

 

 ともかく、後に座る部外者達の存在は意識の中から外し、タリアは正面のモニターに向き直った。

 

「目標、距離6000」

「ブリッジ遮蔽、対艦、対モビルスーツ戦闘用意!!」

 

 カタパルトから、アリスが操縦するコアスプレンダーと、チェストフライヤー、レッグフライヤーが発進し、インパルスに合体する。

 

 シルエットはブラストを装備し、機体の胸部カラーは黒く染まる。

 

 ブラストシルエットは砲撃戦用の機体だ。一応の接近戦用装備としてビームジャベリンを装備しているが主武装は背部に背負ったケルベロス長射程ビーム砲は、それと一体となったミサイルランチャーになる。

 

 更に、ルナマリアの乗る赤いガナーザクウォーリアが射出される。こちらも長砲身のM1500オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲を装備し、砲撃戦形態だ。

 

 インパルスとザクの後から、更に2機のゲイツRが射出されミネルバに先行して行く。

 

 アスランとレイは直掩の為に艦内で待機している。

 

 デブリ帯の中に戦艦が突入するのは危険すぎる。その事を考慮し、タリアは少数精鋭の部隊を先行させたのだった。

 

 

 

 

 

 ミネルバを発した4機の機動兵器は、登録されたボギーワン、ガーティ・ルーのデータを元に、浮遊するデブリを縫うようにしながら追跡していた。

 

 向こうはこちらが背後から接近している事に気付いていないのか、真っ直ぐに直進している。

 

《あんまり成績良くないんだよね、デブリ戦》

 

 インパルスの横を飛ぶルナマリアのザクからぼやくような通信が入り、アリスは苦笑する。

 

「ルナってさ、射撃もダメだよね。成績良いのは格闘戦だけじゃなかった?」

《・・・・・・アリス、後で憶えてなさいよ》

 

 剣呑なルナマリアの言葉に、アリスはウヘッと首を竦める。

 

 メイリンと幼馴染のアリスは、当然、ルナマリアとも付き合いが長いのだが、子供の頃から、この年上の友人には喧嘩で勝てた事は一度も無かった。

 

 帰ったら、何をされるか判らなかった。

 

「そ、それはともかくさ、向こうはもうこっちを捉えてるんだろうから、油断しちゃダメだよッ」

 

 慌てて話題を変えるアリスは、そのまま視線をモニターに走らせる。

 

 敵艦は未だに、進路、速度共に変化なし。このままなら、あと数分で会敵できる筈。

 

 そう思った瞬間、

 

「ッ!?」

 

 アリスの中で、言いようの無い不安感が襲った。

 

 敵艦に変化なし? これだけ接近した状況で?

 

 そんな事はあり得ない。もうとっくに動き出していなければおかしい。

 

 考えられる可能性は・・・・・・

 

「まさかッ!?」

 

 アリスはある考えに思いが至り叫ぶ。

 

 しかし、その時には既に遅かった。

 

 デブリの影から躍り出る影。

 

 機体の色はそれぞれ緑、青、そして黒。忘れもしない、カオス、アビス、ガイア。奪われた3機だ。

 

 誘いこまれたッ 罠だッ

 

 放たれた攻撃に対し、とっさに回避行動をとるアリスのインパルスと、ルナマリアのザク。ゲイツ1機もそれに倣い、急ターンする事で先制攻撃を回避する。

 

 しかし、残る1機のゲイツの反応が間に合わなかった。

 

 カオスの兵装ポッドに包囲され、ビームの乱打の前に撃ち抜かれて爆散するゲイツ。

 

 操縦していたパイロットの運命は、考えるまでも無かった。

 

《ショーン!!》

 

 ルナマリアが悲痛な叫びを発する。

 

 しかし、その間にも3機はこちらに向かって来る。

 

「散開して各個に応戦して!!」

 

 ショーン機を撃墜したカオスがインパルスに向かって来る中、アリスは素早くセンサーに目を走らせる。

 

 その中で、今まで自分達が追っていた筈の「敵艦」の反応が突如として消滅するのを確認した。

 

「ボギーワンが消えた・・・・・・囮!?」

 

 敵はただ逃げていたのではない。こちらの意図に完全に気付いていて誘いこみ、待ち伏せていたのだ。

 

 となると、敵が次に打つ手は・・・・・・

 

「まさか、ミネルバが!?」

 

 

 

 

 

 その戦闘の様子は、ミネルバでも確認していた。

 

「ボギーワン、ロスト!!」

「何ィ!?」

 

 報告を聞き、アーサーが素っ頓狂な声を発する。

 

 更に、メイリンの悲鳴のような声が重なる。

 

「ショーン機もシグナルロスト!! イエロー62ベータに熱紋3!! これは・・・カオス、アビス、ガイアです!!」

 

 その報告に、タリアは事態を完全に理解した。

 

 敵はこちらを視界の悪いデブリ帯に誘い込んで待ち伏せていたのだ。

 

 デブリ帯の中ではセンサーの機能が低下し、目視による索敵も困難となる。その地形を利用して、敵は撹乱戦術を使って来たのだ。

 

 高速を利して振り切るのではなく、待ち伏せて打撃を与え、こちらの足を止める。

 

 ネオはまたしても、タリアの予測を上回る行動をしてみせたのだ。

 

「索敵急いで! ボギーワンを、早く!!」

 

 叩きつけるように叫ぶタリア。

 

 だが、その答はすぐに返された。

 

「ブルー18マーク9チャーリーに熱紋!! ボギーワンです、距離500!!」

「えええッ!?」

 

 アーサーが驚愕で腰を浮かし、タリアも目を見開く。

 

 報告を受けた敵艦の位置、それは・・・・・・

 

「後ろ!?」

 

 この時ネオは、ガーティ・ルーのデータを発振させた囮を射出して敵を引き付け、それをスティング達に足止めさせる一方でガーティ・ルーはエンジンを停止、アンカーを使った慣性航行で進路変更し、デブリの影に身を潜め、まんまとミネルバの背後を取る事に成功したのだ。

 

「更に、敵艦より、モビルスーツ2!!」

「測敵レーザー照準、感あり!!」

 

 矢継ぎ早にもたらされる報告が、状況の悪化を物語っている。

 

「アンチビーム爆雷発射!! 面舵30、トリスタン照準!!」

「ダメです!! オレンジ22デルタにモビルスーツ!!」

 

 背後を取られた上に回頭もままならないミネルバ。火器の大半も、後方を撃てるように放っていない。残る手段は・・・・・・

 

「機関最大!! 右舷側の小惑星を盾に回り込んで!!」

 

 障害物を盾にしながら全速で振り切るしかない。もっとも向こうも高速艦。ここまで距離を詰められたら、振り切るのも容易ではないだろうが。

 

「メイリン、アリス達を戻して!! 残りの機体も発進準備を!! アーサー、迎撃!!」

 

 

 

 

 

「戻れるなら戻ってるよ!!」

 

 ミネルバからの通信に対して、カオスの攻撃をかわしながらアリスは叫ぶ。

 

 完全に奇襲を食らい立ち上がりを制された関係で、ザフト側は未だに体勢を立て直せないでいた。

 

 カオスは兵装ポッドを自在に操りインパルスを追い詰めて来る。

 

 対してアリスは、インパルスのビームライフルを放とうとするが、その度に敵機の攻撃に邪魔されて断念せざるを得なかった。

 

 そうしている内に、残っていたゲイツRもアビスの砲撃を受けて炎に包まれる。

 

「デイル!!」

 

 セカンドステージシリーズで最大の火力を誇るアビスの攻撃を受けては、量産機に過ぎないゲイツRはひとたまりも無い。

 

 アリスがパイロットの名を叫ぶが、返事が返る事は無い。そのままゲイツは炎の中へと沈んで行く。

 

 焦る気持ちは加速度的に募っていく。

 

 味方はインパルスとザクのみ。おまけに母艦は襲撃を受けている。

 

 命令されずとも戻りたいのは山々だが、こちらも敵に拘束されている状況ではそれもかなわない。

 

 その間にもカオス、そしてゲイツを撃墜したアビスもインパルスに向けて砲撃を仕掛けて来る。2機掛かりで挟撃を仕掛けるつもりなのだ。

 

「この、いい加減にして!!」

 

 アリスが言い放つと同時にケルベロスを跳ね上げ、更にデリュージー高初速レールガンを展開、4門一斉射撃を仕掛けるインパルス。

 

 しかし、飛んで来る奔流のような攻撃に対し、カオスとアビスは散開して回避する。

 

 砲撃を打ち切ったインパルスに対して、再び矢継ぎ早に攻撃を仕掛けて来るカオスとアビス。

 

「クッ!?」

 

 それに対してアリスは呻き声を漏らし、回避に専念する事しかできない。2機の攻撃が激しすぎて、反撃に転じる隙を見いだせないのだ。

 

 目を転じれば、ガイアと交戦するルナマリアのザクも見える。

 

 砲撃戦装備のザクで、どちらかと言えば接近戦向けのガイアと互角に戦う辺り流石はルナマリアと言うべきかもしれないが、あれでは援護も期待できない。

 

 とにかく今は、どうにかしてこいつ等を振り切り、ミネルバ救援に行かねばならなかった。

 

 

 

 

 

「後ろを取られたままじゃどうにもならないわ。回り込めないの!?」

「無理です!! 回避だけで今は・・・・・・」

 

 タリアの言葉に舵輪を握るマリクは拒否の言葉を返す。

 

 その間にも、攻撃は熾烈になっていく。

 

 取り敢えず小惑星に隠れているおかげで直撃弾は極限できているが、このままでは何れ袋叩きにされてしまう。

 

「ザクとセイバーを・・・・・・」

「これでは発進進路も取れないわ!!」

 

 タリアはアーサーの言葉をぴしゃりと遮った。

 

 モビルスーツを射出するには、前方空間にある程度のスペースが必要になる。今のままではデブリが邪魔で発進できない。

 

 また、ミネルバは後方へ攻撃可能な武器が殆ど少ない。主砲と副砲は射線が取れないし、今のままではミサイルを放ってもデブリにぶつかるのがオチだった。つまり、反撃手段はほぼ封殺されているに等しい。

 

 おまけに、ミネルバと並走するようにダガーLが砲撃を仕掛けて来ている。

 

 流石は最新鋭戦艦と言うべきか、モビルスーツの火力程度では蚊に刺された程度のダメージしか負わないが、しかし、火器の半分以上を封じられたままではなぶり殺しだった。

 

 その時、

 

「いかんッ!!」

 

 後に座っていたカガリが、突如として声を上げた。

 

 驚いて一同が振り返る中、頭に包帯を巻いたままのカガリが更に叫んだ。

 

「デブリから艦を離せッ 早く!!」

 

 一方、悪戦苦闘を続けるミネルバの様子を、ネオ達はモニター越しに悠々と眺めていた。

 

「粘りますな」

 

 イアンが冷静な声で、敵艦の奮戦を賞する。

 

 こちらに背後を取られ、殆ど反撃もままならないまま、それでも未だに撃沈に至っていないミネルバに、素直な称賛を贈っていた。

 

「どうします? このまま鬼ごっこを続けますか? どちらかが倒れるまで?」

「まさか。戦艦は足を止められたら終わりさ」

 

 ラキヤの質問に対し、ネオはせせら笑うようにして応じる。

 

 ここに誘い込んだのは全て計算の内。全く持って、敵はネオの予想通りに動いてくれた。

 

「ヤツがへばりついている小惑星にミサイルをぶち込め!! 砕いた岩のシャワーをたっぷりとお見舞いしてやるんだ!!」

 

 言いながら、ネオはシートから立ち上がってラキヤを見る。

 

「さて、仕上げをしに行くぞ」

「了解です」

 

 そう言うと2人は艦橋を出て、愛機の待つ格納庫へと向かった。

 

 

 

 

 

 カガリが叫んだ瞬間、ガーティ・ルーから一斉に放たれたミサイルが、ミネルバのすぐ脇の小惑星に叩き込まれ、大量のがれきが巻き上げられる。

 

 巻き上げられた瓦礫は、巨大な散弾となって容赦なくミネルバを叩き、その装甲を歪ませていく。

 

 艦内には激震が走り、転倒する者も相次ぐ。

 

「右舷がッ 艦長ォ!!」

 

 アーサーの悲鳴を聞くまでも無く、ミネルバは右舷に甚大な被害を被った事は判る。

 

「離脱する!! 上げ舵15!!」

 

 だが、その命令が実行される間も無かった。

 

「更に、第2波接近!!」

「減速20!!」

 

 飛来する第2波ミサイルに対し、タリアはとっさに急減速くしてやり過ごす道を選ぶ。

 

 今度はタリアの命令も実行される。

 

 急速に速度を落とすミネルバ。

 

 その直前に、次々とミサイルが突き刺さり、岩塊をえぐっていく。

 

 再び起こる激震。

 

 1個だけでモビルスーツ程もある巨大な岩塊にぶつかられては、いかに宇宙戦艦の装甲と言えど持たない。

 

 タリアの命令があと半瞬遅ければ、ミネルバの船体はひしゃげていたかもしれない。

 

 しかし、状況は予断を許さなかった。

 

 艦のすぐ目の前には、巨大な岩の塊が直撃し、進路を塞いでしまっているのが見える。巻き上げられた瓦礫が、ちょうどミネルバの進路を塞ぐ形で落ちて来たのだ。

 

「4番6番スラスター破損!! 艦長、これでは身動きが!!」

 

 アーサーの声が絶望的に響く。

 

 ミネルバはちょうど、深い溝の中に嵌ってしまったような物だ。これでは身動きが取れない。

 

「ボギーワンは!?」

「ブルー22デルタ、距離1100!!」

「更にモビルアーマー、モビルスーツ接近!!」

 

 続けて放たれたメイリンの声に、絶望が広がる。

 

 敵はミネルバにとどめを刺す気だ。こちらは動けず、火器の使用も制限されている。いよいよ進退極まった感じである。

 

「エイブス、レイとアスランを出して。歩いてでも何でもいいから!!」

 

 タリアが受話器の向こうへ怒鳴っている。相手は整備長のマッド・エイブスだろう。格納庫に残っているザクファントムとセイバーを出すように命令しているのだ。

 

 ともかく今は、先行したアリスとルナマリアが戻るまでの時間を稼ぐ必要があった。

 

 

 

 

 

 ミネルバの窮状はアリスとルナマリアの下にも届いていたが、2人は尚もカオス、アビス、ガイアの拘束から逃れる事ができないでいた。

 

 アビスが胸部のカリドゥスと、シールド内の6門のビーム砲を、インパルスに向けて一斉射撃して来る。

 

「クッ こんなッ!?」

 

 アリスは舌打ちしながら、その一撃を辛うじて回避する。

 

 だがそこへ、今度はモビルアーマー形態になったカオスがインパルスに砲撃を集中して来る。

 

 それに対して、回避に専念するしかないインパルス。

 

 カオス本体に加えて2機のビームポッドが攻撃し、インパルスに反撃の隙を与えようとしない。

 

 どうにか距離を置こうとすると、今度は横合いからアビスが砲撃を仕掛けて来る。

 

 肩に備えた6門の砲と、胸部のカリドゥスで一斉砲撃を仕掛けて来るのに対し、アリスは辛うじて機体を翻して回避する。

 

 カオスとアビスの連携攻撃を前に、アリスは完全に防戦一方と化している。

 

「ルナ、どうにか君だけでも戻れない?」

《無茶言わないでッ こっちも、ガイアが!!》

 

 廃棄されたミラーの上で、ガナー装備のザクとガイアが目まぐるしく立ち位置を変えながら戦っているのが見える。

 

 ザクがM1500オルトロス長射程ビーム砲を放てば、ガイアは獣形態の高機動を発揮して回避、そのままビームブレードを展開して斬り込んで来る。

 

 その一撃を、ルナマリアのザクは間一髪で回避しそのまま機体を反転、再びオルトロスを放つ。

 

 しかし、ガイアは巧みに跳びはねるような動きを見せてザクの攻撃を回避している。

 

 勿論、あちらの戦闘に見とれている余裕はアリスには無い。

 

 カオスとアビスが、相変わらず砲撃しながら接近してきているのだ。

 

「クゥッ これでも!!」

 

 アリスは言いながら、インパルスのデリュージーとケルベロスを放つ。

 

 デブリを薙ぎ払って直進する閃光。

 

 しかし、やはり2機を捉えるには至らず、閃光は虚しく駆け抜けるしかない。

 

「ッ!? こんな事、してる場合じゃないのに・・・・・・」

 

 今こうしている時にも、ミネルバの危機は続いている。

 

 しかし、焦っても状況は改善されず、砲撃を行う度にバッテリーは削られて行く。

 

 智将ネオ・ロアノークの陥穽に嵌ったミネルバ隊は、完全に分断されたまま成す術なく消耗戦に引きずり込まれていた。

 

 

 

 

 

「良い感じに嵌ってくれましたね」

 

 ストームを駆りながら、ラキヤは傍らを飛ぶネオのエグザスに語りかける。

 

 視界の彼方には、岩塊に阻まれて身動きが取れなくなっているミネルバの姿がある。ネオの言うとおり、船は足を止めたら終わりである。

 

 作戦は大成功。後は叩き潰すだけである。

 

《行くぞラキヤ、これで終わりにするッ》

「了解」

 

 加速する2機。

 

 既に先行した2機のダガーLが、ミネルバへの攻撃を開始している。そこにエグザスとストームが合流すれば、撃沈に追い込むのもそう難しい話では無い。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 停止したミネルバから、鋭くターンを描いて飛び上がって来る機体がある。

 

 赤と白。

 

 アスランのセイバーと、レイのブレイズ・ザクファントムだ。

 

「隊長、例の2機です」

《ああ、判ってる。やはり直掩機は残していたかッ!!》

 

 吐き捨てるように言いながら、ネオはエグザスの速度を上げる。ザフトも馬鹿では無い。艦の守りを手薄にするような事はしなかったのだ。

 

 あの2機が強敵である事はネオにも判っている。恐らくダガーLでは勝負にならないだろう。

 

 そう思っている内に、セイバーがアムフォルタスを構えて発射。その一撃が、ミネルバに不用意に接近しようとしていたダガーLを捉えて吹き飛ばす。

 

《ヨーン!!》

 

 あまりの素早さに、助けに入る事もできなかった。

 

 もう1機のダガーLが、仲間の死に動揺してノロノロと退避しようとしているのが見える。

 

「下がれミラー少尉ッ そいつ等は君たちじゃ・・・・・・」

 

 ラキヤが声を上げた瞬間、レイのザクファントムがビーム突撃銃を発射、ミラーのダガーLのエンジンを打ち抜いて爆炎の中に叩き込んでしまった。

 

「クッ!?」

 

 仲間の死を悼む暇すら無く、セイバーとザクは新たな獲物を求めて向かって来る。

 

 対してラキヤはストームを駆って前に出る。

 

 ロングライフルモードのレーヴァテインを発射し、セイバーを牽制しに掛るストーム。

 

 しかしセイバーは戦闘機形態に変形して加速すると、ラキヤの射線を外し、そのまま突撃して来る。

 

「クッ こいつッ!!」

 

 ラキヤはとっさに、ストームの左腕にあるビームガンでセイバーを牽制、同時にレーヴァテインを対艦刀モードにして斬りかかっていく。

 

 一方のアスランもセイバーを人型に戻すと、ビームサーベルを抜いて迎え撃つ。

 

 互いの剣をシールドで防ぎ、離れると同時に牽制の砲撃を放つ。

 

「クッ やっぱりこいつ、やるッ!!」

 

 ラキヤはストームの背中のX状のスラスターを点火して強引に方向転換、離れようとするセイバーを追撃する。

 

 対してアスランも、追って来るストームの姿に気付くと、牽制するようにビームライフルを放つ。

 

「そんな物!!」

 

 セイバーの攻撃を、紙一重で回避してストームはレーヴァテインの間合いにセイバーを捉えた。

 

 一閃。

 

 その大剣の一撃を、セイバーはシールドで受け止める。

 

 しかし、

 

「グッ!?」

 

 アスランは思わず呻き声を発する。

 

 鋭い斬撃を受け止めきる事ができず、セイバーは流されるように大きく後退したのだ。

 

 そこへ、チャンスとばかりに更に斬り込んで来るストーム。

 

 だが、大剣の一撃が振り下ろされる前に、アスランはセイバーを戦闘機形態にしてストームの間合いから離脱する。

 

 それを追って砲撃を仕掛けて来るストーム。

 

 戦線は膠着した物となりつつある。

 

「・・・・・・このままじゃ、まずいか」

 

 コックピットの中で、アスランは舌打ち交じりに呟く。

 

 ミネルバは相変わらず身動きが取れず、レイもエグザス相手に決定打を奪えないでいる。

 

 レイは士官学校での成績は優秀だったと聞いているが、それでも相手は敵の隊長機と思われる。善戦しているだけでも大した物だろう。

 

 しかしその間にも、停止したミネルバにガーティ・ルーが接近しつつある。

 

 このままでは、ミネルバが危ない。

 

 そう思った瞬間、

 

 突如、膨張するような爆発が、ミネルバの周辺で起こった。

 

 

 

 

 

 迫るタイムリミットを前にして、ミネルバのブリッジでも必死の打開策検討が行われていた。

 

 とにかく問題なのは、艦前方を塞いでいる岩塊だ。これのせいでミネルバは直進できないでいる。舷側にあるサブスラスターを使えば方向転換は可能だが、それで艦を動かすのは時間が掛かる。その間に集中砲火を食らってしまうのは目に見えていた。

 

「艦長、タンホイザーで前方の岩塊を・・・・・・」

「吹き飛ばしても、それで岩肌をえぐって同じ量の岩塊を巻き散らすだけよ」

 

 アーサーの提案を、タリアは一蹴する。

 

 ミネルバが艦首に固定装備している陽電子破城砲タンホイザーなら確かに、岩塊を吹き飛ばす事ができるが、逆に威力があり過ぎて元の木阿弥になってしまうのは目に見えていた。

 

 その時だった。

 

「なあ、右舷のスラスターって、いくつ生き残ってるんだ?」

 

 尋ねたのはカガリだった。

 

 その声に対し、明らかに不機嫌そうにタリアは振り返る。小娘にいらない口出しをしてほしくない。と言う思いが拭えずにいるのだ。

 

 だが見れば彼女の右に座ったデュランダルも、促すように頷いてくる。

 

 仕方なく、タリアは答える。

 

「6基よ。でもそんなのでのこのこ出て言っても、また良い的にされるわ」

 

 それは先程、タリアも検討して自分の中で没にした案だった。

 

 だが、カガリの発言には更に続きがあった。

 

「同時に右舷の砲を一斉に撃つんだ。小惑星に向けて。爆圧で岩塊と一緒に船体を押し出すんだよ!!」

 

 その言葉に、タリアは目を見開く。

 

 何と言う素人判断。そんな事をしたら最悪、船体が大破してしまうかもしれない。

 

 しかしだからこそ、タリアには思いつく事ができなかった。

 

 リスクは高い。だが成功すれば、現状を一発で打破できる可能性がある。

 

「馬鹿言うな!!」

 

 声を上げたのはアーサーである。

 

「そんな事したらミネルバの船体だって・・・・・・」

「今は、この状況を何とかするのが先だろうッ それくらい判れ!!」

 

 アーサーの言葉に、カガリは声をかぶせて叫ぶ。

 

 アーサーの顔には、露骨に不満な表情が浮かんでいる。当たり前だろう。誰だって部外者に口出しなんてして欲しくないのだから。

 

 だがカガリの性格からして、言って聞くような人間には思えなかった。

 

 傍で見ているシンなど、オロオロとして止めに入るべきかどうか悩んでいるくらいだ。

 

 全く持って、アクティブすぎる国家元首を持つと下の者が苦労すると言うのは、何処の国でも同じであるらしい。

 

 一瞬、タリアはイレーナと目を合わせて互いに苦笑する。どうやら彼女も同じ気持ちであるらしい。

 

「良いわ、やってみましょう」

「艦長ォ~!!」

 

 抗議の声を上げるアーサーだが、タリアはそれを一睨みして黙らせる。

 

「この件はあとで話しましょう、アーサー」

 

 そう言い置くと、タリアは前方へと向き直る。

 

「右舷側の火砲を全て発射準備!! 右舷スラスター全開と同時に一斉発射!! タイミング合わせてよ!!」

 

 結局、他国の「小娘」の策に頼らざるを得ないのは艦長として癪だが、今は仕方が無かった。

 

 

 

 

 爆圧は、セイバーと対峙するラキヤの目からも確認できた。

 

 爆発と同時に、無数の岩塊が一気に押し出されるのが見えた。

 

「なッ 爆発!?」

 

 一瞬、撃沈したかと思ったが、そうではない事がすぐに判る。

 

 岩塊と一緒に、ミネルバの巨体が虚空の空へと滑りだす。

 

 その姿を見てラキヤは、何があったのかすぐに理解した。

 

 ミネルバは邪魔な岩塊と一緒に、爆圧を利用して自分の船体を押し出したのだ。

 

「まさか、そんな手段で!?」

 

 呻くラキヤ。まさかこのような作戦を思いつく者がいようとは。

 

 自由を取り戻したミネルバは回頭と同時に艦首のハッチを解放、内部に格納されている巨大な砲を展開する。

 

 次の瞬間、迸る閃光。

 

 宇宙を切り裂くような太い閃光は、今にもミネルバに迫ろうとしていたガーティ・ルーの脇を掠める形で飛び去る。

 

 閃光が表面装甲を掠めたガーティ・ルー。

 

 イアンはとっさに回避を命じた為大破は免れたが、それでも右舷装甲をごっそりと持って行かれた。

 

 やられたッ

 

 いったいどこの誰が、こんな無茶苦茶な手を思いついたと言うのか!?

 

 臍を噛む一瞬。

 

 その隙を、セイバーに突かれた。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 気が削がれたラキヤに対し、セイバーを駆るアスランは一瞬で接近し、ビームサーベルを振るう。

 

 その一撃が、ストームが右手に持ったレーヴァテインを切り裂いた。

 

「チッ!?」

 

 ラキヤは舌打ちしながら、真っ二つになったレーヴァテインをストームの手からパージする。

 

 一瞬の間を置いて、爆発するレーヴァテイン。

 

 更に笠に掛かって攻め込んでこようとするセイバーを、ストームは唯一の武器となった左腕のビームガンで牽制しながら後退する。

 

 そこへ、ネオのエグザスから通信が入った。

 

《潮時だな。退くぞラキヤ!!》

「了解!!」

 

 言われなくても、武装が失った状態で戦うのは愚の骨頂だった。見ればエグザスも、ガンバレルを2基失っている。

 

 遠ざかりながらラキヤは、あわや撃沈の危機からまさかの逆転を遂げたミネルバにサングラス越しの目をやる。

 

 ここまで追い詰めながら、まさかの復活。

 

 まさか、このような事になるとは思わなかった。

 

 何と言う執念。何と言うしぶとさ。経験上、ああ言う艦は、どんな苦しい戦況でも強かに生き残るものだ。

 

 あの艦との付き合いは、もしかしたら長くなるかもしれない。

 

 離脱するストームの中で、漠然とだがラキヤはそのように考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ガーティ・ルーは辛うじて離脱に成功。

 

 ミネルバは船体が中破した上にスラスターも何基か破損した為、追撃を中断して補修に当たる事となった。

 

 双方、機動兵器2機喪失、母艦損傷。ただし地球軍は当初の目的であるザフトの新型機強奪と逃走に成功したのに対し、ザフト軍はその阻止に失敗した。

 

 戦術的には辛うじて引き分け。戦略的にはザフト側の大敗と言って良い。

 

 これが、アーモリーワンから続いた一連の戦闘の結果だった。

 

「あ?」

「お?」

 

 アリスがシンと行き合ったのは、戦闘を終えて艦に戻り、着替えを終えた後だった。

 

 互いに間抜けな声を上げ、廊下の角で見つめ合う。

 

「・・・・・・その、お疲れ」

「あ、う、うん」

 

 2人とも、歯切れ悪く挨拶を交わす。

 

 戦闘が納得のいかない結果に終わってしまった事は、既にシンも知っている。それだけにパイロットとして出撃したアリスに、どう声を掛ければ良いのか判らないのだ。

 

「あ、そうだ」

 

 そんな風にシンが言い淀んでいると、アリスの方から声を掛けて来た。

 

「聞いたよ、君のとこのお姫様のおかげで助かったって」

「ああ」

 

 そこでようやく、シンも苦笑を返す。

 

「凄いね、彼女。元は軍にいたんでしょ?」

「まあ、な。あれで軍事教練を一通り受けてるらしいし」

 

 シンなど、生身で戦えば時々負けてしまう事もあるくらいだ。

 

 あんなのを嫁さんにしようと言う奴(つまりアスラン)には同情を禁じ得ない。

 

 そんな事を考えていると、

 

 そっと、シンの手をアリスの手が包み込んだ。

 

「お、おいッ!?」

 

 戸惑うシンに、アリスは柔らかく微笑む。

 

「ありがとうね。ボクの仲間を守ってくれて」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 そんなアリスの様子に、何故かシンは胸の鼓動が高まるのを止められなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-04「少年と少女は出会う」      終わり

 


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