1
やはり長引けば少数であるこちらが不利になる。
ジン2機をレーヴァテインで撃破しながら、ラキヤは内心で舌打ちする。
そもそもからして、要塞化されている軍事コロニーを戦艦1隻で強襲しようと言う作戦自体が無茶の塊なのだ。
善戦しているガーティ・ルーもいつまで持ちこたえられるか判らない。
味方のダガーLも数を減らして来ている。
ネオのエグザスはガンバレルを駆使して奮戦しているが、それも限界がある事は火を見るより明らかだった。
その時、3機のゲイツがラキヤの操るストームに向けて接近してくるのが見えた。見慣れぬ機体を敵機と判断し、攻撃を仕掛けて来たのだろう。
しかし、
「まだまだ甘いね」
余裕すら感じさせるほど、不敵に言い放つラキヤ。
彼の目から見て、ゲイツのパイロットの技量はあまりにもお粗末だった。
ゲイツの攻撃を回避し、ストームは素早くレーヴァテインを2射。
それだけで、2機のゲイツはコックピットを打ち抜かれて撃墜する。
残るは1機。
だが、既に敵機はストームに接近し過ぎている。通常のビームライフルと比べて銃身が長く、取り回しの悪いレーヴァテインを使用できる距離では無い。
と、何を思ったのかストームはゲイツを急速に接近させると、レーヴァテインを両手持ちに構える。
次の瞬間、レーヴァテインの内筒部分が伸長し、下面にビーム刃を発振、それまでロングライフルだった武器は、15メートルクラスの対艦刀に早変わりしていた。
一閃。
その一撃で、ゲイツは胴体部分から真っ二つにされて撃墜する。
収縮状態ではロングビームライフルとして機能し、伸長した状態では対艦刀になる。ヴァリアブル複合兵装銃撃剣の名は伊達では無い。
そもそもストームは元々、シルフィード、トルネードと言った高機動型の機体の後継機に当たる。
ただしトルネードは、「装甲を極限まで犠牲にして、機動力を確保する」と言う特殊な設計思想のおかげで乗りこなせるパイロットが殆どいなかった。唯一の専属パイロットであったアルスター少佐の場合は、かなり特殊な例であったと言える。
そこでストームは「防御力を維持したまま、搭載する武装を減らして機動力を確保する」事を目指して開発された。
その為、頭部の12・5ミリバルカンとシールドを除けば、レーヴァテインとシールドの下に搭載したビームガンのみが主武装となる。
一応、火力面の強化案として小型ドラグーンを6基搭載する予定であるが、インターフェイスの改良が間に合わず、未だに実戦投入できる段階では無い為、今回の出撃では搭載を見合わせている。
しかしラキヤは、武装面のハンデなど感じさせない程機体を的確に操り、次々とザフト機を屠っていく。
「さて、そろそろ出て来て欲しいんだけどね」
サングラス越しの視線をアーモリーワンに向けながら、ラキヤは溜息交じりで呟いた。
だが、まだコロニーに変化は見られない。
そして、もはや時間を稼ぐのも限界だった。
「仕方が無いな・・・・・・」
ラキヤは決断すると、機体をアーモリーワンへと向けて飛翔させた。
ラキヤが憂慮する中、スティング達は未だに追撃を振り切れないでいた。
高い機動力と技量を持つセイバー、そして武装を換装したインパルスが執拗に追いかけて来るのだ。
「このッ こいつら、しつこいんだよ!!」
兵装ポッドを放ち、牽制するスティングのカオス。
対して、先程と違って高機動型の武装を持つインパルスは、余裕を感じさせる動きでカオスの攻撃を回避する。
「甘い!!」
反撃に放ったインパルスのビームライフル。
その一撃が、カオスの足元を掠めていく。
アビスの方は、セイバーと交戦を続けている。あちらも芳しいとは言えず、アビスが放つ凄まじい砲撃も、高速で機動するセイバーを掠める事すらできない。
ガイアはと言えば、先程から狂ったようにコロニーの自己修復ミラーに向けて砲撃を繰り返し、どうにか破ろうとしているが、巨大なコロニーの建材である。モビルスーツの火力程度ではそう簡単には破壊できないでいる。
その時、新たな方向から砲撃を浴びせられ、スティングはとっさにカオスを後退させる。
センサーを向けると、白いザクがビーム突撃銃を放ちながら向かって来るところだった。
「新手かよ!?」
スティングが舌打ちしつつ、新たな敵に対応すべく距離を取ろうとするカオス。
その様子は、インパルスのアリスからも確認できた。
「レイッ!!」
白いザクファントムは、彼女の1期上の同僚であるレイ・ザ・バレルの物だ。冷静沈着、と言えば聞こえはいいが、口数が少なく無愛想な印象が強い。
とは言え、戦闘技術は優秀であり、アリスにとっては頼りになる先輩でもある。
「って、君だけ? ルナは?」
ザクならもう1機、ルナマリア・ホークのザクウォーリアがいる筈なのだが。
《あいつは機体トラブルだ。引き返させた》
「うわッ それは御愁傷様」
軽口を言いあいながら、再び敵へと向き直るアリス。
ともかく、これで3対3だ。数的に不利は無い。今度こそ仕留める。
そう思った瞬間だった。
突如、巨大な爆炎と共に、コロニーの外壁が爆炎と共に吹き飛ばされた。
「なァッ!?」
炎と共に、気圧が急激に下がっていくのが判る。スラスターの出力を上げないと、そのまま流されてしまいそうだ。
驚くアリスの視線の先に、ぽっかりと穴のあいた外壁が見て取れる。
そして穴の先には、大型のライフルを構えたトリコロール色の機体が佇んでいた。
「お待たせ、スティング、アウル、ステラ!!」
レーヴァテインを構えたストームのコクピットで、ラキヤが呼び掛けて来る。
脱出に手間取っているスティング達を援護する為、ラキヤは脱出ポイントに当たるコロニーの外壁を外側からこじ開けたのだ。
と、
《イヤアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!》
ステラの悲鳴と共に、飛び出していくガイア。
そのままガイアは、ストームとぶつかりそうな勢いで、脇を駆け抜けていく。
そのあまりの様子に、ラキヤも唖然として見送るしかない。
「どうしたの、あの娘?」
《ああ~、何つーか、あとで説明するよ》
言いながら、スティングのカオスが飛び去っていく。
更に、アウルのアビスも開いた穴から飛び出してくる。
《ほらほら、いつまでもボケッとしてるとやられちゃうぜ》
「え?」
何の事かと訝った瞬間、先程自分で開けた穴から、予定にない3機の機体が飛び出してくるのが見えた。
「ちょッ そう言う事は先に言ってほしいんだけど!?」
言いながらレーヴァテインを発射。向かって来るインパルス、セイバー、ザクファントムを牽制する。
だが、アスランはザフトでもトップクラスのベテランパイロットであるし、アリスとレイもそれぞれ優秀な成績を上げて赤服に抜擢されたほどの実力者である。
ストームの攻撃を回避しながら、距離を詰めて来る。
3機の中で機動力に勝るセイバーはいち早く砲火を潜り抜けると、ヴァジュラビームサーベルを引き抜いてストームに斬りかかった。
「クッ!!」
対してラキヤも、レーヴァテインを対艦刀モードにして迎え撃つ。
互いの刃をシールドで防ぎ、振り翳す剣が虚空を切り裂く。
斬り結ぶと同時に、一旦離れるストームとセイバー。
そこへ、レイのザクファントムが前に出て背部のファントムウィザードからファイアビーミサイルを一斉発射する。
「おっとッ!?」
対してラキヤは、飛んで来るミサイルを見せて機体を後退。同時にストームの左腕のビームガンを連射し、ミサイルを次々と撃ち落として行く。
だがそこへ更に、インパルスがライフルを撃ちながら接近して来る。
「貰ったァ!!」
必殺に意思を込めてライフルを放つアリス。
だが、その前に振り返ったストームは、インパルスの攻撃をシールドで防ぐと同時にレーヴァテインで反撃してくる。
「こいつッ 速いッ!?」
とっさの事で、アリスも回避に専念せざるを得ない。
もっとも、ラキヤの方でも余裕がある訳ではない。
何しろ、状況は1対3だ。後退したインパルスを追って前に出ようとすると、セイバーとザクファントムが前に出て牽制して来る。
その為、攻撃は思うに任せない。
「このままじゃ、ちょっとまずいかな・・・・・・」
額に汗を滲ませてそう呟いた瞬間、
鋭い軌跡を描いて、赤紫の機体が飛来した。
《後退するぞラキヤ、目的は達した!!》
ネオのエグザスはリニアガンを放ちながら、同時に4基のビームガンバレルを展開、インパルス達に一斉攻撃を仕掛ける。
予期せぬ攻撃を前に、後退を余儀なくされる3機。
だがその中で、レイのザクだけがいち早く砲火を抜けてエグザスに攻撃を仕掛ける。
とっさにガンバレルを引き戻し、四方から攻撃を仕掛けるネオ。
だがザクファントムは、巧みな動きで変幻自在な攻撃を回避し、ビーム突撃銃で反撃してくる。
「クッ こいつは!?」
その思わぬ動きに、ネオは思わず舌打ちする。
一方、ザクを操るレイも、奇妙な感覚に襲われていた。
「何だ、こいつは!?」
不意に感じる異質なプレッシャーに、普段は冷静なレイが戸惑いを隠せずにいる。
圧迫感とでも言うべきか、ネオとレイは殆ど同時に対峙する相手に対し、言いようの無い存在感を感じていた。
互いに砲火を交わし合うエグザスとザク。
エグザスの砲撃を、ザクは一瞬で見切って回避。
レイはそのままザクを反転させると、背後からエグザスを狙い討とうとする。
しかしネオもそれを読んでおり、ガンバレルによる砲撃でザクを牽制する。
互いに決定打を見出す事ができない。
一方で、ラキヤもまたインパルスとセイバー相手に互角の戦いを演じていた。
レーヴァテインをストームが放てば、セイバーは戦闘機形態に変形して回避。そこから更に鋭く旋回して、突き出た2門のアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲を放ってくる。
それをストームが後退して回避すると、今度はビームサーベルを翳したインパルスが斬り込んで来た。
「クッ!?」
ラキヤの舌打ちと同時に、その一撃をシールドで防ぐストーム。
代わりにレーヴァテインを対艦刀モードにして斬りかかるが、その前にインパルスは後退してストームの斬撃を回避した。
ラキヤが更に追撃を仕掛けようと対艦刀を振り翳した、まさにその時だった。
コロニーの影から、巨大なグレーの艦影が進んで来るのが見えた。
「あれはッ!?」
声を上げるラキヤ。
ストームのOSが、その戦艦が識別リストに載っていない事を告げる。
「戦艦ッ!? そうか、あれが例の新型の・・・・・・」
呻くように言うラキヤ。
どうやら、これまでであるらしい。これ以上長引けば、体勢を立て直したザフト軍に袋叩きにされてしまう。
「大佐ッ!!」
《判ってる。後退するぞ!!》
ネオも殆ど同時に、ラキヤと同じ結論に達していた。
言いながらストームとエグザスは、砲撃を行ってザフト機を牽制しつつ、次第に距離を離していった。
2
この緊急事態に際し式典を中止して緊急出港したミネルバは、ただちに状況把握に努めるとともに、搭載予定艦載機の安否確認を急いでいた
「インディゴ53、マーク22ブラボーに不明艦1、距離150!!」
索敵担当のバートが、緊迫した声を上げて来る。
どうやら、それが敵の母艦であるらしい。
「諸元をデータベースに登録。以降、対象をボギーワンと呼称します」
タリアはそう宣言する。
いつまでも不明艦のままでは、指示を行う際に混乱が生じる可能性がある。ここはかりそめでもコードネームを付ける必要があった。
そこへ、メイリンの上ずった声が続く。
「ど、同157、マーク80アルファにインパルス、ザク、およびセイバーを確認! 交戦中の模様!!」
どうやら、無事であるらしい。
だが、猶予はあまりない。緊急発進だった上に、交戦時間が長い為、3機ともバッテリーが心許なくなり始めている。
通信障害が激しく、呼び戻す事もできない。
となると、こちらがアクティブに打てる手は限られて来る。
「ボギーワンを撃つ!!」
タリアは素早く断を下した。
「ブリッジ遮蔽、進路インディゴデルタ、加速20パーセント、信号弾、及びアンチビーム爆雷発射用意・・・・・・アーサー、何してるの!?」
「うわっは・・・・・・はい!!」
タリアに叱責されて、アーサーは慌てて後ろへと下がる。
ミネルバは新機軸のシステムを多数搭載している。ブリッジ遮蔽システムもその一つだ。これは階下のCICに艦橋を移行する事で、戦闘ステータスへの速やかな移行と、装甲を強化した艦内へとブリッジを収納する目的がある。
つまり、アーサーが先程まで立っていた場所にそのままいたら、一人取り残される事になっていた筈だ。
「トリスタン、1番2番、及びイゾルデ起動! 照準、ボギーワン!!」
艦橋両脇に備えた連装主砲トリスタンと、艦橋前に装備した3連装副砲イゾルデが起動し、砲身がせり上がる。
と、そんなタリアの背後からデュランダルが声を掛けた。
「彼等を助けるのが先じゃないのか、艦長?」
その声にタリアは、うんざりした顔を作る。
結局デュランダルは、自ら希望して艦を降りず、戦場までノコノコついて来たのだ。
軍人にとって、政府のお偉いさんが後ろに乗ってあれこれと口出しされる事ほど、やりにくく、かつ苛立たしい事は無かった。
「・・・・・・そうですよ。だから、母艦を撃つんです。敵を引き離すのが一番早いですから。この場合」
判らないなら黙っていて欲しい。と言うニュアンスを込めてタリアは言う。
デュランダルとの間には、色々と複雑な個人事情があるが、この場で余計な口出しはしてほしくなかった。
ふいに後退したストームとエグザスの様子を見て、アリスは唖然とした。
「何で、急に?」
形成は彼等にとって、決して不利では無かった筈だ。それがなぜ?
答はすぐに出た。背後から接近して来る巨大な艦影に気付いたのだ。
「あれ、ミネルバ!?」
自分の母艦が緊急事態に際し出港し、戦闘に加わろうとしていたのだ。彼等が退却したのはその為だった。
同時にミネルバから、信号弾が撃ち上げられる。
それを見て、アリスは声を上げる。
「帰還信号!? 何でよ!!」
《命令だ》
《行くぞ》
レイとアスランが素っ気なく言いながら、機体を反転させる。
その様子に、不満顔を作るアリス。
レイは常に冷静沈着で、ともすれば1人突出しがちのアリスを諌める事が多い。もう1人の上から目線男が何なのかは知らないが。
アリスは未練がましく、去っていくストームとエグザスを睨む。
あれだけの事をやらかしてくれた連中を、みすみす逃がしてしまうのは悔しい。しかし、命令である以上従わない訳にもいかない。
仕方なしにアリスはインパルスを反転させ、ミネルバへの帰還コースについた。
その頃ガーティ・ルーの方でも着艦したネオとラキヤは、その足で真っ直ぐに艦橋へ上がっていた。
その時には既にミネルバとの距離は詰まり、互いの間に砲門が開かれている。
「大佐ッ」
入ってきたネオに、イアンが声を掛ける。
対してネオは悪びれた様子も無く詫びながら、指揮官席へ座る。
「すまん、遊びが過ぎた」
その背後にはラキヤが立って控える。この部隊の副隊長であるラキヤとしても、まだ状況が予断を許されない以上、隊長であるネオの傍らに控えている必要があった。
「敵艦、尚も接近! ブルーゼロ、距離20!!」
オペレーターの報告が、緊迫した状況を伝えて来る。
接近するミネルバは、ミサイルを発射し、同時に主砲も放って来る。
対してガーティ・ルーも、イーゲルシュテルンを起動して迎え撃つ構えだ。
ガーティ・ルーの至近では撃ち落とされたミサイルが、次々と爆炎を躍らせている。その度に艦が、前後左右に揺れる。
衝撃が艦を揺らして来る中、ネオは荒っぽい口調で怒鳴った。
「両舷の推進予備タンクを分離後爆破! アームごとで良い! 奴の鼻っ面に食らわせてやれ!!」
ミラージュコロイド航行をする為ここまで使用してきた推進剤タンクだが、作戦が成功した以上もはや無用の物である。それならいっそ切り離してしまった方が重量も軽くなると言う物だ。
それにしても、
「過激ですね」
「俺らしいだろ?」
呆れたように言うラキヤに、ネオは肩を竦めて見せる。
少なくとも、まともな人間には思いつかないような戦術である事は確かである。
一方のミネルバは、トリスタンを放ちながらガーティ・ルーとの距離を詰めている。ガーティ・ルーもかなりの高速艦ではあるが、ミネルバの速度には敵わない。
間もなく有効射程距離に捉える。
そう思った瞬間だった。
「ボギーワン、船体の一部を分離!!」
両舷から突き出した構造物を、ガーティ・ルーが分離したのだ。
逃げる為に重量を減らしたのか?
頭に浮かんだその考えは、しかし、一瞬の後にタリアの中で否定される。
「撃ち方待て!!」
アンテナ上の構造物の周りに、何かタンクのような物が備えられている。
あれは恐らく・・・・・・
「面舵10!! 機関最大ッ!!」
タリアの命令に従い操舵士のマリクが舵を切るが、一歩遅かった。
一瞬、タンクが膨脹したかと思うと、次の瞬間には爆炎を上げて吹き飛んだのだ。
視界がホワイトアウトし、艦内が激震に見舞われる。
メイリンが悲鳴を上げ、タリアはきつくシートのアームに掴まった。傍らではアーサーが転倒している。
してやられた。
あの構造物の正体は、推進剤の詰まった燃料タンクだったのだ。敵は言わば、特大の機雷をミネルバにぶつけたような物だった。
ミネルバは衝撃により船足を止める。
恐ろしい敵だ。これは一筋縄ではいかないだろう。
「各ステーション、状況を報告せよ!!」
立ち直ったアーサーが、艦内通信機に向かってどなっている。
ミネルバは行き足を止められただけではなく、センサーも一時的に不能になっている。ここで追撃されると大損害は免れない。
「CIWS起動。アンチビーム爆雷発射! 次は撃って来るわよ!!」
警戒して叫ぶタリア。
だが、予想した攻撃が来ない。
「敵艦発見、レッド88マーク6チャーリー!! 距離500!!」
「逃げたのか!?」
バートの報告を聞き、アーサーが唖然として呟く。
こちらが足を止めた隙に、敵が選んだ行動は反撃では無く撤退だった。
予測していなかった事態に艦橋内がざわめく中、状況を確認しようとレイが入って来るのが見えた。
レイは艦橋に意外な人物を見付け、驚きの声を上げる。
「議長ッ!?」
レイとデュランダルは個人的にも付き合いがあるらしい。だから余計に、この場にデュランダルがいた事に驚いているのだろう。
だが、今はそれに構っている暇は無い。
「やってくれるわ! こんな手で逃げるなんて・・・・・・」
「・・・・・・大分、手ごわい部隊のようだな」
疲れたようにシートに腰を下ろすタリアに、そう口をはさむデュランダル。
対してタリアは、鋭い視線を議長へと向けて言う。
「ならば尚の事、このまま逃がす訳には行きません。そんな連中にあの機体が渡れば・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
タリアの意見に、デュランダルも同意であるらしい。
カオス、アビス、ガイアはザフトが現状の技術をふんだんに使って完成させた機体だ。その機体を奪われたと言う事は、たんに戦力の増減という問題にとどまらない。ザフトにとって貴重な技術もまた、敵に知られてしまう事を意味している。
それに潜入工作員を軍事コロニーに送り込む手際や、それを支援する為の戦闘指揮の秀逸さから言っても、敵が只者ではない事は明白である。
奪回、それができなければ、破壊は急務であると言えた。
「今からでは下船していただく事もできませんが、私は本艦がこのまま、あれを追うべきと考えています。議長の御判断は?」
「私の事は気にしないでくれたまえ、艦長」
固い口調のタリアに対し、デュランダルも表情を引き締めて答える。
「私だってこの火種、放置したらどれほどの大火になって戻ってくるか、それを考えれば、優先すべき事が何か、自ずと決まって来る」
「ありがとうございます」
デュランダルの同意を得られたと言う事で、僅かに気分が高揚するタリア。
一瞬、視線を彼の背後に立つ秘書の女性に向ける。
冷徹な表情をした女性だが、タリアの視線に気付くと、僅かに口元に笑みを浮かべて頷きを返してきた。
それに対してタリアも微笑を返すと、再び前を向く。
「トレースは?」
「まだ追えます!!」
センサーを睨んでいたバートが即答する。
「では、本艦はこれより、更なるボギーワン追撃戦を開始する。進路イエローアルファ、機関最大!!」
タリアの命令を受けて、副長のアーサーが艦内への伝達を開始する。
更にその間、タリアは艦内の警戒レベルをイエローに下げ、ブリッジの遮蔽も解除する。
せり上がっていくブリッジの中で、タリアは再びデュランダルに向き直った。
「議長も少し、艦長室でお休みください。ミネルバも足自慢ではありますが、敵もかなりの高速艦です。すぐにどうという事も無いでしょう。レイ、ご案内して」
「ハッ」
控えていたレイに案内を命じると、彼は低調にデュランダルに黙礼する。
「ありがとう」
デュランダルは穏やかな調子でタリアに礼を言うと、秘書にいくつか指示を出してブリッジを出ていった。
艦内通信でパイロットの1人、ルナマリアから通信が入ったのはその直後だった。
《艦長》
「どうしたの?」
緊張した様子のルナマリアの様子に、タリアは微かに嫌な予感を覚えた。何か、更なる厄介事が舞い込みそうな予感。
そして不幸な事に、その予感は外れでは無かった。
《戦闘中の事で御報告が遅れましたが、本艦発進時に格納庫にてザクに搭乗した2名の民間人を発見しました》
「え?」
それは聊かマズイ事になった。ミネルバはこれから戦闘に向かおうとしている。そのような所に民間人を連れて行って万が一の事でもあれば大問題になる。
だが、厄介事のポイントは、タリアの予想の斜め上に存在していた。
《これを拘束したところ、2名はオーブ連合首長国代表カガリ・ユラ・アスハと、その随員と名乗り、傷の手当てとデュランダル議長への面会を希望いたしました》
「オーブの!?」
その言葉が聞こえたのだろう。エレベーターに行きかけたデュランダルが、驚愕の表情で引き返してくるのが見えた。
《僭越ながら独断で傷の手当てをし、今、士官室でお休みいただいておりますが・・・・・・》
ルナマリアの報告を聞き、タリアは頭を抱えたくなった。
厄介事のオンパレードである。正直、代われるものなら誰かに代わってほしかった。
モニターに映る3つ並んだベッドの中で、子供達が眠りについている。
スティング、アウル、ステラ。
アーモリーワンでの任務を見事にやり遂げた3人。
その3人が戦闘中の疲れをいやすように、静かな眠りについていた。
「可愛いですね」
サングラス越しにその様子を眺めながら、ラキヤが愛おしそうに呟く。
もっとも言葉とは裏腹に、その口調には僅かに苦い物が混じっている事が窺える。
この装置が何であるか、ラキヤもまた知っている。知っているからこそ、子供たちへの愛情と共に、感情は複雑にならざるを得なかった。
それは背後にあるネオも同様であるらしく、こちらも仮面越しに苦い表情をしているのが判る。
「どうやら成功、と言う所ですかな?」
イアンが、そんな2人に声を掛ける。
「ポイントBまでの時間は?」
「2時間程です」
オペレーターの答を聞き、イアンは探るようにネオを見る。
「まだ、追撃があるとお考えですか?」
「判らんね」
ネオはあっさりと答える。
「判らんからそう考えて、予定通りの進路を取る。予測は常に悪い方へしておくもんだろ? 特に戦場では」
その答に納得したように、イアンは唸り声を返す。最悪の予測をしておくと言う考え方に、彼も異存は無いらしい。
イアンは、今度はラキヤの方を向き直って尋ねる。
「彼等の『最適化』は?」
「だいたい、問題無いようです。みんな気持ちよく眠っています」
そう言ってラキヤは微笑む。
スティング達が眠っている場所は「メンテナンスルーム」と言う。その名の通り、彼等を「メンテナンス」する場所だ。
そもそも彼等は、その卓越した戦闘能力からも判る通りただの人間では無い。
エクステンデットと呼ばれる対コーディネイター用の強化兵士であり、薬物投与や肉体改造によってコーディネイターを上回る知識と戦闘能力を身につけるに至った存在だ。
当然、その存在は非合法であり、公には全く知られていない。地球軍内部でも一部の者しか知らないくらいだ。
彼等はその驚異的な能力と引き換えに、定期的に特殊な処理を施さないと命の危険にさらされる事になる。
あのベッドも、その一つだ。あれは戦闘時のストレスや、恐怖の記憶を除去する為、ヒーリング効果を持たせた装置であり、ああして睡眠している内に、それらのマイナス要素を除去して彼等のメンタルを万全に保つ事ができるのだ。
「ただ、アウルがステラにブロックワードを使ってしまったのが、ちょっと心配です」
「確かに、厄介な事だな」
ネオも肩を竦める。
ブロックワードを聞かされると、彼等は封じられている恐怖やトラウマを呼び起こしてしまうのだ。メンテナンスベッドではその記憶も消去できるのだが、作業に若干の時間を擁する事になる。
ラキヤは渋い顔を作る。
上層部の連中にとっては、彼等のような幼い子供達も戦争の道具と言う訳だ。
戦争に勝って平和を得るためと言えば聞こえはいいが、幼い子供達を犠牲にしておいて欲深い大人達が平和を享受する未来に、一体どれほどの価値があると言うのだろう?
もっとも、ラキヤにも彼等を非難する事はできない。
現にこうして、彼等の上官として戦争に駆り立てているのは、他ならぬラキヤ自身なのだから。
救いがあるとすれば、ネオやイアンと言った一部の上官たちが、この現状を決して歓迎している訳ではないと言う事くらいだろうか。
だがそれも、所詮は己可愛さの言い訳でしか無かった。
PHASE-03「女神出撃」 終わり