1
矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてくるドラグーンを、フェイトは巧みに虚空を羽ばたきながら、全て回避していく。
反撃にと放つ砲撃。
しかし、それもまた、高機動を描くレジェンドを捉えるには至らない。
両者、剣を抜き放ち接近、剣戟が交錯して虚空を閃光が走る。
シンとレイは、互いに一歩も引かないまま激突を繰り返してた。
《人の夢、人の未来、その素晴らしき結果が、この世界だ!!》
ドラグーンがフェイトを包囲しようと、左右に一斉展開する。
それに対してシンは、包囲網が完成する前にフェイトを上方に逃がし、急旋回を掛けて逆に斬り込んで行く。
ミストルティンを交差させるような斬撃。
しかし、それは一歩早く、レイが後退を掛けたため空を切るに留まる。
対抗するようにレイはドラグーンを引き戻し、フェイトに包囲攻撃を仕掛ける。
四方から向かってくるビーム。
それらをシンは、ビームシールドを展開して回避した。
眉のオペレートは精緻を極め、戦う兄を的確にサポートしている。それ故にフェイトは、手数の差を補い得ていた。
《この絶望しかない世界の中で、人は何を手に入れた!?》
レイの攻撃が、ますます執拗さを増していく。
《人は、人を知らず、己も知らず、やがては意味も無い殺し合いを興じるようになる!!》
シンが反撃の為に放ったレールガン攻撃をシールドで防ぎ、逆にビームライフルを撃ち返すレイ。
その攻撃を回避し、フェイトはブーメランを引き抜いて投げつける。
旋回するブーメランは、しかしレジェンドが寸前で回避した為に、標的を捉える事は無かった。
《だから、お前達は、今日ここで消えなくてはならない!!》
ドラグーンを引き寄せての一斉射撃。
その圧倒的な火力を前にして、シンは防御よりも回避を優先して、その場から飛び退く。
それをレイは、ドラグーンを飛ばして追いかけてくる。
《議長の元、生まれ変わる、この世界の為に!!》
ドラグーンの火力を、一点に集中するように放つレイ。
それに対して、シンはシールドを展開して防御しようとする。
しかし、あまりの威力を前に防ぎきる事はできず、フェイトは大きく吹き飛ばされた。
追撃を仕掛けてくるドラグーン。
だが、着弾よりも一瞬早く体勢を立て直してフェイトは、その場から飛び去って回避する。
「何でだ!?」
叩き付けるように、シンは質問をぶつける。
「何で、そんな事になるんだよ!?」
彼等が目指す世界。それがデュランダル議長の行っていたデスティニープランを実行した世界である事は、シンにも理解できる。
だが、それが他国を滅ぼし、多くの人々の命を奪ってまで実行しようと言う考えに、シンはどうしてもつながらなかった。
そんな世界は、到底受け入れられるものではない。
だからこそ、なぜ、そのような考えに至ったのかが、理解できなかった。
《逃れられない物、それが
己の中にある憎悪を吐き出すように、レイは叫ぶ。
《そして取り戻せない物、それが過去だ!!》
レジェンドの背部ユニットから、再びドラグーンが一斉に飛び、フェイトへと襲いかかっていく。
それに対してシンはマユのオペレートに従って機体を操り、矢継ぎ早に攻撃を回避していく。
《だからもう終わらせる、これまでの全てを!!》
更にライフルを放ちながら突撃してくるレジェンド。
対抗するように、フェイトも両手のライフルを放つ。
《そして、あるべき正しき姿に戻るんだ! 人は! 世界は!!》
言い放ちレイは、一気にドラグーンをフェイトに殺到させる。
次の瞬間、
「ふ、ざけるなァ!!」
「ッ!?」
思わず、後席のマユが肩を震わせるほどの絶叫を、シンは上げる。
同時に、フェイトの動きが格段に鋭くなる。
2丁のライフルを的確に駆使して、飛んでくるドラグーンを次々と撃ち落としていく。
「過去が何だって言うんだ!?」
フェイトを包囲して、一斉攻撃を仕掛けようとしていたドラグーンが、あっという間に数を減らしていく。
「過去がどんなに辛くたって、そこから逃げられるわけじゃないだろ!!」
翼を広げ、一気に距離を詰めるフェイト。
同時に、両手にミストルティンを抜き放つ。
「だから人は、歯を食いしばって過去を乗り越え、そして明日を目指さなきゃならない。それが人間って物だろうが!!」
《ッ!?》
一瞬、息を呑むレイ。
次の瞬間、フェイトのミストルティンが、ライフルを持ったレジェンドの右腕を切り飛ばす。
しかし、そこでシンは動きを止めない。
フェイトの腕が高速で軌跡を描き、閃光が数条の瞬きを示す。
それにより、レジェンドは左腕を、足を、頭部を斬り飛ばされていく。
全ての動きが、やがて止まる。
その時そこには、ミストルティンを振り切った状態のフェイトと、戦闘力を完全に喪失したレジェンドがいるのみだった。
砲撃を続けるトゥルースに、ヴァリアブルはビームソードを掲げて、遮二無二斬り掛かっていく。
その熾烈な突撃は、技量においては圧倒的に勝っているはずのラクスですら怯ませるのに十分だった。
《あなたがいなくなれば、あたしはあたしでいられる!!》
振り翳されるビームソードの一閃。
対してラクスは、トゥルースを後退させて回避する。
《あたしはまた、「ラクス」になれる!!》
6基のドラグーンを飛ばすミーア。
砲撃が徐々に、回避するトゥルースを追い詰めていく。
その様子をミーアはコックピットの中で、憎しみの籠った瞳で睨みつける。
そう、全てはあの時、ザフト軍のよるオーブ攻略戦が失敗に終わった直後、ミーアが議長の指示で行ったテレビ会見の時から変わってしまった。
全てがいつも通りだと思った「ラクス・クライン」としての仕事。
だが、それは1人の少女が割り込んで来たおかげで、全てが台無しになってしまった。
本物の「ラクス・クライン」。自分と彼女の間にある差を見せ付けられた上での、圧倒的な敗北。
その事が、ミーアのプライドを大きく傷つけた。
今まで何もしてこなかった癖に、世界の平和の為に何もやろうとしなかった癖に、わざわざあのタイミングでしゃしゃり出てきたうえに、ミーアとはまるで真逆の事をまくし立てた「本物」。
自分は今まで、平和な世界を造る為に議長に協力してきた。なのに、今さらノコノコ現れた「本物」が、まるでそれが当然とばかりに横から全てをかっさらっていくのは許せなかった。
《あれはあたしよ!! あたしだわ!!》
叩き付けるように叫ぶミーア。
その脳裏には、「ラクス・クライン」として活動していたころの自分が思い出される。
圧倒的な歓呼に、質量を伴っていると錯覚するほどの熱気。人々にとって「ラクス」と言う存在が、如何に素晴らしく、如何に絶大であるかが伺える。
たぶんミーアが「ミーア・キャンベル」として売り出していたとしたら、一生かかってもあれだけの人気を得る事などできはしないと思えた。
《だってそうでしょう!! 顔も、声も同じなんだもの!!》
ドラグーン、ビームキャノン、レールガン、ミサイルによるフルバースト射撃を敢行するヴァリアブル。
《あたしが「ラクス」で何が悪いのよ!?》
叫んだ瞬間、
トゥルースが攻撃をかわし、一気に距離を詰めてきた。
手にしたティルフィングを、斬り上げるように一閃。
それだけで、ヴァリアブルの両手にあるアームは一緒くたに斬り飛ばされる。
《クッ!?》
ミーアはとっさにアームをパージすると、ライフル、ドラグーン、レールガンによるフルバーストを敢行する。
ストライクフリーダムには及ばないものの、強烈と言っても過言ではない砲撃。
だが、その攻撃を華麗な動きで回避運動を行うトゥルースを捉えるには至らない。
逆にラクスは両手のライフルを振るい、自分に飛んでくるドラグーンを、次々と叩き落していく。
「なッ!?」
その圧倒的な攻撃を前に、思わず動きを止めるミーア。
その瞬間に、ラクスは動いた。
ライフル、パラエーナ、レールガン、カリドゥスを一斉展開して敢行するフルバースト射撃。
その全てが、ヴァリアブルの腕を、足を、翼を吹き飛ばしていく。
「キャァァァァァァァァァァァァ!?」
悲鳴を上げるミーア。
その圧倒的な戦力差を前に、彼女は成す術が無い。
やがて全てが終わった時、その場には全武装を収めて佇むトゥルースと、戦闘力を失い、装甲も深紅から鉄灰色に戻ったヴァリアブルの姿があった。
「・・・・・・・・・・・・」
破壊されたヴァルアブルのコックピットの中で、ミーアは呆然としている。
「また」負けた。これで2度目の敗北である。
結局、「偽物」に過ぎない自分は、「本物」には勝てないと言う事なのだろうか。
呆然と考えるミーア。
そこへ、ラクスはそっと機体を接触させて話しかける。
《名が欲しいのなら、差し上げます。姿も》
「・・・・・・・・・・・・え?」
その声に、ミーアは顔を上げる。
僅かに生き残っていたサブモニターに、トゥルースのコックピットに座っている、自分と同じ姿、声の少女が映っている。
《でも、それでもあなたとわたくしは違う人間です。それは変わりません》
優しく語りかけるラクス。その事に、ミーアは戦闘に負けた以上の敗北感に打ちひしがれる。
ミーアはあくまで「ラクスとしての自分」に拘り、それを取り戻すために戦っていた。
だが、ラクスは「そんな物で良ければ、いつでも差し上げる」と言った。つまり、彼女にとっては「ラクス・クライン」としての名も姿も、何の価値もない事だったのだ。そんな物よりも遥かに大切な物が、彼女にはあると言う事である。
ある意味、ミーアが敗北するのは必然だったのだ。何しろ、2人はそれぞれ、別の次元で戦っていたようなものなのだから。
《わたくし達は誰も、自分以外の何にも慣れないのです。でも、だからこそ、あなたもわたくしもいるのでしょう、ここに。だから出会えるのでしょう、他人と、そして、自分に》
優しく語りかけるラクスに対し、ミーアは黙って聞き入っている。
その瞳には、いつしか涙が溢れ始めていた。
《あなたの夢は、あなたの物ですわ。それを歌ってください、自分の為に。夢を他人に使われてはいけません》
そう告げるラクスに対し、
もう、ミーアは堪える事ができなかった。
嗚咽を漏らし、やがて大きな声で泣き出す。
そんな彼女の様子を、優しく見つめるラクス。
ミーアのこれからは、大変な人生になるかもしれない。だが、自分ができる限り、彼女の為にできる事をしてあげよう。
トゥルースのセンサーが、急速に接近する新たな機影を捕捉したのはその時だった。
豪剣と言うべきだろう。
真っ向から振り下ろされた巨大な刀身を、フリーダムは間一髪で回避する。
反撃として放ったビームライフルの攻撃は、ジャッジメントのビームシールドによって弾かれる。
「ザフトの新型か!?」
「そのようです。熱紋に合致するデータはありません」
あの超大型対艦刀が生み出す威容もそうだが、4基のドラグーンから放たれる火力も侮れない物がある。
ストライクフリーダムが火力を最大展開しても14門であるのに対し、向こうはドラグーンとビームライフルで37門による砲撃が可能だ。
火力同士でまともにぶつかりあったら、フリーダムが不利である。
「何とかする必要があるね。エスト」
「了解。予測戦術を割り出します」
やり取りをする間にも、ジャッジメントは斬り込みをかけてくる。
デュランダルの強烈な振り下ろし。
「キラ、回避を!!」
言われるまでも無く、あんな物をまともに受ける気はない。
機体をひねり込むようにして、斬線からすり抜けるキラ。同時に、フリーダムの手はビームサーベルを抜いて斬り掛かる。
その攻撃を、シールドで防いで弾き返すジャッジメント。
《人の夢、人の未来、その素晴らしい結果、キラ・ヒビキ!!》
「え!?」
語り始めたイレーナの声に、キラは思わず目を剥く。
その間にも、ドラグーンの攻撃は、苛烈さを増してフリーダムに襲ってくる。
《だからこそ、あなたは議長の作る世界にとって、最大の敵となる!!》
対抗するようにドラグーンを放つフリーダム。
火力で勝るジャッジメントと、手数で勝るフリーダム。
しばしの間、両者の間に激しい砲撃の応酬が成される。
《あなたには、今日ここで消えてもらいますッ 明日の世界の糧となって!!》
接近と同時に振り下ろされるデュランダルの斬撃。
その攻撃は、とっさに回避したフリーダムではなく、その背後にいた艦船の残骸を、真っ二つに斬り裂いた。
恐ろしいほどの威力を持った剣である。間違いなく、既存の防御手段は何の役にも立たないだろう。
反撃にフリーダムは、パラエーナを展開して砲撃を浴びせるが、イレーナはそれをあっさりと回避する。
「機動力も、かなり高いみたいですね」
「そうだね」
エストの声に応じながら、キラは戦術を組み立てていく。
恐らく、総合的な戦闘力はフリーダムよりもジャッジメントの方が上だろう。どうにかして、反撃の手段を見付けない事には徐々に追い込まれる事にもなりかねない。
ただでさえオーブ軍の戦況も、良いとは言えない状態である。早く掩護に駆け付けたいところだが、それも叶わない状況であった。
サーベル2本を抜いて、斬り掛かっていくフリーダム。
接近と同時に、繰り出される高速の斬撃。
その攻撃を、ジャッジメントは後退する事でかろうじて回避した。
《世界は、もう本当に変わらなくてはならない。デュランダル議長の名の下で!!》
進路を遮るようにして放たれる、ドラグーンの一斉砲撃。
その攻撃を前に、フリーダムは後退せざるを得ない。
《それを成す為ならば、私はこの身と、この命の全てを一振りの剣と化し、議長の障害となるあらゆる物を斬り裂いて見せる!!》
スラスターを全開、突撃を開始するジャッジメント。
その大剣が、フリーダムめがけて、容赦なく振り下ろされる。
《死になさい、キラ・ヒビキ!!》
2
夢を、見ていたような気がする。
あれはまだ、自分が小さかった頃、闇の中で1人、不安に包まれていた自分を、ギルとあの人が連れ出してくれた記憶。
自分にとっては、1番大切な思い出の一つである。
ある意味、あの時初めて、レイは「家族」と言う物を得たのだ。
誰かに呼ばれたようにな気がして、意識が覚醒するのが分かる。
浮上する意識。
ゆっくりと目を開くが、自分が何をしていたのか、すぐには思い出す事ができなかった。
「あ、お兄ちゃん、気が付いたみたいだよ!!」
すぐ耳元で、女の子の声がする。
完全に開かれた視界の中で、まだ幼さの残る少女が、心配そうにレイの顔を覗き込んでいた。
そこで、ようやく思い出す。
ここはレジェンドのコックピットの中だ。自分はイリュージョン級と交戦し、そして敗れた。
レジェンドは四肢、ドラグーン、頭部を全て失い、完全に戦闘不能に陥っていた。
「お、目が覚めたのか。大丈夫か? 気分悪くないか?」
そこへ、もう1人の人物がレイの視界の中に姿を現す。
ヘルメット越しに見える顔は、目の前の少女とどこか似た顔付きをしている少年だ。
レイの記憶の中にある顔である。確か、オーブのアスハ代表の護衛をしていた少年で、シン・アスカと言ったか。
成程、とレイは心のどこかで納得する。
彼等が、あのイリュージョン級機動兵器のパイロットとオペレーターと言う訳だ。
シンは、未だにぐったりしているレイの体を素早くチェックし、パイロットスーツの空気漏れ等が無いか確認する。
「うん、大丈夫みたいだな」
レジェンドを撃墜したシンとマユは、胴体ブロックだけになったレジェンドを引っ張り、破壊されたデブリの陰に退避したのだ。
余計な事を。
レイは思った。
自分は彼等に負けて、もう議長の手助けをする事も出来なくなった。
自分には時間が無い。テロメアは、今こうしている間にも着実にすり減り、レイの体を蝕んでいる。だからこそレイは、自らの命が尽き果てる前にデュランダルの敵を全て排除し、彼の目指す未来を守ろうとしたのだ。
しかし、それすら果たせなかった今、レイは自分に生きている価値を見出す事はできなかい。いっそあのまま打ち捨てて、そのうち流れ弾にでもあたった方がマシだとさえ思った。
「・・・・・・何て言うかさ」
そんなレイに、シンは少し言葉を選ぶようにして話しかけた。
「俺には、あんたの事は良く判んない。あんたがどんな過去を背負っていて、どんな人生を歩んできたのか俺は知らないし、もしかしたら、理解してやる事も出来ないかもしれない」
レイは虚ろな目で、シンを見上げる。
シンが何を言いたいのかは知らないが、もはやレイには何もかもが、どうでも良い事のように思えた。
「けどさ。過去がそんなに辛いんだったら、どれだけ足掻いてでも、昨日より良い明日を目指すべきなんじゃないのかな」
「・・・・・・・・・・・・」
そう言って微笑むシンを、レイは呆然とした眼差しで見つめる。
昨日よりも、良い明日を目指す。
そんな事、考えた事も無かったし、発想すらレイには無かった。否、レイだけではない、それはクルーゼやデュランダルにも無かったかもしれない。
常に自分の身に降りかかった運命に悲嘆し、そんな運命を自分達にもたらした世界を呪い続けてきたレイ。
だが、不幸だと言うなら、シンとマユもまた、決して幸せな人生ばかりを送ってきたわけではない。
かつて戦争で両親を失い、広い世界で兄妹2人だけになってしまったシンとマユ。
だが、そんな2人を、多くの人が支えてくれた。
カガリ、マリュー、バルトフェルド、エスト、キサカ、ライア、ユウキ・・・・・・
そして、リリア。
彼女達に支えられ、彼女達から力を貰って戦ってきたシンとマユ。それに対して、デュランダルの未来を守ろうと、1人で悲壮な覚悟を背負って戦ったレイ。
ある意味で、この勝敗は必然であったのかもしれない。
「もう少し足掻いて、考えてみないか? あんたがここにいる意味、そしてこれから目指すべき未来って奴を。幸い、て言うのも変だけど、俺もアンタもまだ生きてるんだからさ」
言いながらシンはコックピットのコンソールを操作し、レジェンドの救難信号を起動する。これで、ザフト軍の誰かが気付いて回収に来てくれるかもしれない。
「お兄ちゃん、そろそろ行かないと」
「ああ、判った」
マユに促され、シンは頷きを返す。
味方はまだ戦っている。これ以上、この場で時間を費やす事はできない。
「じゃあ、俺達は行くよ。もし生き残れたら、俺が言った事考えてみてくれよ」
そう言って去っていくシン。
その背中を見据え、レイはコックピットの中で膝を抱える。
本当に、勝手な事ばかり言ってくれる。未来が無い自分に、どうやって未来を探せと言うのか?
しかし、
あるいはそれでも諦めずに未来を探し続ける事こそが、シンの言った「足掻く」と言う事なのかもしれない。
動かなくなったレジェンドの中で、レイは漠然とそう思った。
フェイトを駆ってデブリを出ると、マユはすぐさま、戦況分析を再開していた。
「マユ、どんな感じだ?」
「えっと・・・・・・」
マユはモニターに目を走らせ、得られる限りの情報をまとめ上げる。
「ミナカミ二佐の第1戦隊が要塞の近くまで攻め込んだみたいだけど、何だか、バリア?みたいなのに阻まれて、前に進めなくなっているみたい」
言われて、シンはメサイアのある方向にカメラを向ける。
拡大すると確かに、遠目にも何やら、薄い膜のような物が張り巡らされているのが分かる。何度か見た事がある。あれは確か陽電子リフレクターとかいう防御装備だったはず。
メサイアは、あの幕を全体に張り巡らせる事で、絶対的な防御力を獲得するに至っているのだ。
あれがある限り、オーブ軍も地球連合軍も、絶対に要塞に辿りつく事はできないだろう。
「よし・・・・・・」
シンは決断すると、レーザー通信機を操作してエターナルを呼び出す。
「エターナル、こちらシン。ミーティアを用意してくれ!!」
向かってくる15機のウィンダム。
それを相手にスティングは、めまぐるしい戦闘を行っていた。
量産型エクステンデット部隊。地球連合軍における負の遺産。
本来なら封印するべき忌まわしき存在を、ベイルは何の考えも無しに持ち出し、そして己の憂さ晴らしの為の道具として使用しているのだ。
それらが今、スティングが操るカオスに、一斉に襲いかかろうとしていた。
「このッ!!」
兵装ポッドからファイヤフライ誘導ミサイルを一斉に放つスティング。
だが、飛んできたミサイルを、ウィンダムは一斉に散開して回避、追いつかない物はライフルやバルカンで撃ち落としていく。
その様子を見て、スティングは舌打ちする。
「ケッ 俺と同じ事は、テメェ等にもできるって訳か!!」
言いながら、ビームライフルと兵装ポッドで砲撃を加える。
対してウィンダムは、一般の兵士には決して真似できないレベルの機動で攻撃を回避、距離を詰めてくる。
その手にあるライフルが、一斉に火を噴こうとした瞬間。
ビームサーベルを構えたカオスが、逆に距離を詰めた。
一閃。
光刃を浴びたウィンダムは、ボディを袈裟懸けに切り飛ばされて爆散する。
更にスティングは、機体を鋭く振り向かせてビームライフルを一射、背後から迫ろうとしたウィンダムのコックピットを撃ち抜いた。
ウィンダム隊は四方からカオスを取り囲み、一斉に攻撃を仕掛けようとする。
しかし、スティングはその手には乗らない。
一瞬早くカオスをモビルアーマー形態に変形させると、その場から離脱して攻撃を回避。
同時に、兵装ポッドを攻撃に差し向ける。
「舐めんなよ!!」
砲撃を浴びせ、更にウィンダムを1機撃墜するカオス。
「こっちはテメェ等とは年期も、潜ってきた修羅場も違うんだよ!!」
ウィンダム隊は、カオスを強敵と判断したのか、距離を取ってライフルを放ってくる。
それらを巧みに回避して、距離を詰めていくスティング。
彼らエクステンデットは、確かにコーディネイターに対抗する為に高い能力を持たされている。しかし、それはスティングとて同じ事である。
条件が同じであるなら、スティングに負ける道理は無かった。
更に1機が、カオスのビームライフルによって貫かれる。
状況は完全に、スティングの独壇場と化していた。
一方その頃、ベイルのエグゼクターと交戦中であるラキヤのストームは、思わぬ苦戦を強いられていた。
6基のドラグーンと、ライフルモードのレーヴァテインを一斉射撃するラキヤ。
しかし、放たれたビームは全て、エグゼクターに命中する直前で明後日の方向に逸らされてしまう。
《無駄だ無駄だァ!! いい加減諦めろ、屑野郎が!!》
代わって、シュラークとスキュラを一斉発射するエグゼクター。
それをラキヤは、急機動で回避しようとする。
だが、
《バーカ!! 逃がすかよ!!》
ビームの軌道が大きく変化し、回避運動中のストームを追いかけてくる。
「クッ!?」
自身を追いかけてくるビームを見ながら、ラキヤは呻く。
ゲシュマイディッヒパンツァーによって、本来なら直進する事しかできないはずのビームを自在に曲げる事ができるエグゼクターが相手では、ビーム兵器主体のストームは分が悪い。
接近戦を仕掛けようにも、向こうはレイダーの特性も併せ持っている為高い機動力を誇っている。
何よりストームが不利なのは動力。多少、強化したとは言え、ストームはバッテリー駆動に過ぎないのに対し、エグゼクターはNジャマーキャンセラーを搭載して核動力を使用している。
あらゆる面で、エグゼクターはストームを上回っていた。
それでもどうにか、攻撃を回避する事に成功するストーム。
だがエグゼクターは、ここぞとばかりに猛攻撃を仕掛けてくる。
《惨めだなァ ラキヤ・シュナイゼル!!》
ビームの乱射とゲシュマイディッヒパンツァーを交えた曲射を前に、回避一辺倒を強いられるラキヤ。
そこへベイルは、容赦なく嘲笑を叩き付ける。
《そんなカビの生えた機体で戦わなくちゃならんとは、落ちぶれた連中は、これだから見苦しいと言うのだ!!》
喚き散らしながらも、攻撃の手を緩めないベイル。
嵐のような攻撃を前に、ストームは更なる後退を強いられる。
無論、ラキヤもレーヴァテインやドラグーンを放って反撃するが、全てゲシュマイディッヒパンツァーに防がれて用を成さない。
「クッ このままじゃ、埒が明かない!!」
仕方なくラキヤは、攻撃を断念して回避運動に専念する。
いかにラキヤでも、機体の性能差は如何ともしがたい。今はそうしておいて、状況が変化するのを待つしかない。
と、その時、偶然だが数機のウィンダムがラキヤとベイルがいる戦場に舞い込んできた。どうやら、メサイアに向かう途中で戦場を横切ったらしい。
しかしベイルは、それすらも容赦なく砲撃を浴びせて吹き飛ばしてしまった。
「なッ!?」
その光景を見て、思わずラキヤは目を剥く。
「ベイル・ガーリアンッ あなたは同じ軍の仲間を!!」
《ハッ 知らねえな!! 寝言言ってんじゃない、クソが!!》
ラキヤの叫びをせせら笑いながら、更に砲撃を加えるベイル。
《ゴミを掃除したくらいで怒る奴がどこにいるってんだ? むしろ感謝してほしいくらいだなッ 目障りな連中が減って、少しは見通しも良くなっただろ!!》
ラキヤは怒りで脳が沸騰するような感覚に襲われる。
こんな男を、僅か一時でも友軍として認め、軍列を揃えていたかと思うと
「許さない、絶対に!!」
炎を噴きそうな瞳で、ラキヤはエグゼクターを睨みつけると、レーヴァテインを対艦刀モードにして斬り掛かる。
それに対抗するように、ベイルもエグゼクターのニーズヘグを振り翳した。
《貴様の体を引き裂いてミンチにして、貴様の女に食わしてやるよ!! きっと、涙流して喜ぶだろうぜ!!》
「ッ!?」
アリスの事を話題に出した瞬間、ラキヤの瞳の中でスパークが起こる。
振り下ろされるニーズヘグの一撃を、機体を翻して回避するラキヤ。
それを追うようにして、ベイルは追撃を仕掛けてくる。
《それとも、貴様の手足を捥いで、貴様が見ている前で、あの女の輪姦ショーでもやってやろうか!? 感謝しろよ、それなら貴様も少しは楽しめるだろ!!》
「・・・・・・・・・・・・」
大鎌を振り翳して斬り掛かろうとするエグゼクター。
次の瞬間、
ストームはレーヴァテインを対艦刀モードにして鋭く振り上げる。
一閃、
それだけで、ニーズヘグの穂先を斬り飛ばしてしまった。
《何ィィィィィィ!?》
驚愕するベイル。
その様を、ラキヤは鋭く睨みつける。
「アリスに手を出す事は、許さない」
声は不自然なほど静かに、
しかし、内なる激情は、異様なほどに燃え盛るまま、ラキヤは言い放つ。
《ケッ 格好つけてんじゃねぇよ、屑野郎が!!》
後退しながら、シュラークとスキュラを放つエグゼクター。放たれた閃光はゲシュマイディッヒパンツァーによって偏向され、予測不可能軌道を見せる。
しかし、その悉くが、ストームを捉えるには至らない。
ラキヤはありえない機動性を発揮して、ベイルの攻撃を全て回避して斬り込む。
「ハァァァァァァァァァァァァ!!」
振り下ろされる大剣の一撃。
刃は、エグゼクターの左腕を切断した。
3
辛うじてメサイア周辺に攻め込む事に成功した大和、武蔵、信濃のから成るオーブ宇宙軍第1戦隊だが、その後、メサイアが張り巡らせた陽電子リフレクターに阻まれ、進撃する事ができなくなっていた。
地球圏最強戦艦3隻が膜表面にいくら攻撃を加えたとしても、陽電子の壁はびくともせずに存在し続けている。
そうしておいて、退路を塞ぐように展開したザフト軍が、3隻の大和型戦艦に集中砲撃を浴びせていた。
状況は、刻一刻と悪化し始めている。
ライアのライキリ改を中心とした防空隊が奮戦しているもの多勢に無勢の感は否めず、時を追うごとに数を減らし始めている。
事態を憂慮した第1戦隊司令官のユウキは、一時的に要塞への砲撃を取りやめ、ザフト軍との艦隊戦にシフトしていた。
3隻の大和型戦艦による圧倒的な砲撃を前に、数においては勝っているザフト軍艦も、次々と火球に変じて撃沈していく。
しかしそれでも、自分達が包囲されていると言う状態に変化は無く、危険な状況は尚も続いていた。
そんな状況で、防空隊を指揮しているライアは、高速で接近してくる機影がある事に気付いた。
「あれはッ!?」
トリコロール色の機体。ルナマリアのインパルスである。
要塞近辺まで攻め込んできたオーブ軍を見て、救援の為に駆け付けたのだ。
「悪いけど、通らせてもらうわよ!!」
加速しながらビームライフルを放つインパルス。
それに対して、ライアのライキリ改も迎え撃つべく前へと出る。
「ユウキ達は、やらせない!!」
叫ぶようにしてアムフォルタスを跳ね上げ、インパルスに向けて発射する。
ルナマリアはその攻撃を、水平に錐揉みするような機動を行い、紙一重で回避する。
すれ違いながら、砲火を交わすインパルスとライキリ改。
しかし、閃光は互いを捉えるには至らない。
ビームサーベルを抜き放つインパルス。
ほぼ同時に、ライキリ改もムラマサを抜いて迎え撃つ。
ぶつかり合う両者。
互いの剣を、互いのシールドで防ぐ。
「「クッ!?」」
激しいスパークに押されるように、両者は同時に後退する。
すかさず、ルナマリアはインパルスのビームライフルを抜き放った。
「これで!!」
放たれる閃光。
しかし、それよりも一瞬早く、ライアはライキリ改を戦闘機形態にして飛び退く。
同時に、急旋回してインパルスに接近、アムフォルタスと機首のインパルス砲を同時に斉射する。
「ッ!?」
とっさに、機体を降下させて回避するルナマリア。
火力面ではライキリ改の方が勝っている。
しかしライアは、第1戦隊を守りながら戦わなくてはならないと言うハンデがある為、一概にどちらが有利とはいえない状況だった。
「貰った!!」
ルナマリアの声とともに、ビームライフルを放つインパルス。
その一撃が、ライキリ改のアムフォルタスを1基吹き飛ばす。
「クッ!!」
バランスを崩すライキリ改。しかし、すぐにOSがバランス補正を行い、適正な機動力を取り戻す。
お返しとばかりに放ったビームが、インパルスの翼端を掠めて行く。
構わず距離を詰める、インパルスとライキリ改。
抜き放った剣が虚空を走り、相手を捉える事無く駆け抜ける。
「・・・・・・・・・・・・やるねェ 今どきのザフトにも、これくらいの奴がいたんだ」
舌を巻く思いで、インパルスを見詰める元ザフト兵士であるライア。
対してルナマリアも、荒い息のままライキリ改を睨みつける。
「強い・・・・・・て言うか、しぶといわね」
実力的には互角。
それ故に、決定打を見いだせないでいる。
ビームサーベルを掲げるインパルス。
対抗するように、ライキリ改もムラマサを構える。
両者、一瞬の睨み合い。
次の瞬間、突撃すべく動く。
その時だった。
戦場の彼方から、何かが高速で接近してくるのが見えた。
「あれはッ!?」
驚いて声を上げるライア。
それはメサイアの手前で急反転すると、両手のアームをまっすぐに構えてメサイアに向けた。
《こちらシン・アスカ!! これよりメサイアの陽電子リフレクター破壊を行います。周辺のオーブ軍は、ただちに退避してください!!》
戦場に響き渡るシンの声。
そうしている内に、フェイトの両手に持ったミーティアのアームは、上下に分かれ、内部で強烈なスパークを始める。
退避を始めるザフト軍と、攻撃を阻止しようと近寄ってくるザフト軍。
それらの目の前で、
聖剣は抜き放たれた。
迸る、奔流の如き光。
戦艦主砲を遥かに上回る一撃。
超高密度プラズマ収束砲クラウ・ソラス。
その、他の追随を許さない圧倒的な砲火力は、メサイアの要塞全体を取り巻く、巨大なリングに突き刺さる。
この巨大なリングこそが、リフレクターを発生させている装置である。
フェイトが放ったクラウ・ソラスは、このリングに命中し、そして一気に斬り裂いていく。
崩壊するリング。
それと同時に、メサイアを無敵たらしめていた陽電子リフレクターも消滅する。
障壁が完全に消え去った時、目の前にあるのは、虚空に浮かぶ巨大な岩塊のみ。もはや遮る物は何もない。メサイアに襲撃を掛ける、絶好のチャンスである。
流れは、確実に変わろうとしていた。
自身に向かってくる深紅の機体を見て、ラクスは思わず声を上げた。
「あれは・・・・・・・・・・・・」
引き絞られた深紅の四肢に、背中に負った大型のリフター。
見間違えるはずもない。2年前には共に肩を並べて戦った機体なのだから。
「ジャスティス・・・・・・アスラン・・・・・・」
かつての婚約者の名を呼ぶラクス。
いかにも接近戦を重視したような俊敏さを感じさせるシルエットは、まさしくジャスティス級機動兵器の特徴であった。
その声に応えるように、インフィニットジャスティスはトゥルースの手前で停止して向かい合う。
《そこのフリーダム・・・・・・キラ達じゃないな。パイロットはラクスか?》
ジャスティスから通信が入る。
どうやらアスランは、機体の形状の違いからパイロットを予測したらしい。
対してラクスも、意を決したようにスイッチを入れて答えた。
「お久しぶりですわね、アスラン」
《・・・・・・やはり君か、ラクス》
苦い物を噛みしめるように、アスランは言う。
かつての仲間であり、一時期は婚約者でもあった少女が、今は敵として対峙していると言う事実に対して、アスランとしても忸怩たる物を感じずにはいられなかった。
対してラクスは、内心で緊張を隠せずにいる。
戦闘開始から今まで、ジャスティスが戦場に姿を現す事は無かった。と言う事は、アスランはザフト軍の主力隊と共にアシハラ方面へ向かっていたと予想される。
しかし今、アスランはラクスの目の前にいる。
それが意味する事は即ち、アシハラに行ったザフト軍の主力隊が引き返してきたと言う事だ。
これまで辛うじて拮抗していたパワーバランスが崩れる事になる。
アスランは、傍らに四肢を失って浮遊しているヴァリアブルに目を向けた。
《・・・・・・ミーアを倒したか》
その事に対して、アスランは別に驚くような事は無い。
元々、ラクスの実力の高さは知っている。並みのパイロットでは彼女には決して敵わないであろう事も。
ミーアがモビルスーツに乗れることも無論、議長との付き合いでアスランは知っていたが、それでも2人が戦ってミーアが勝つ可能性は限りなく低いと考えていた。
向き直るアスラン。
それに対してトゥルースも、臨戦態勢に入った。
《・・・・・・次は、俺が相手だ。ラクス》
「アスラン・・・・・・・・・・・・」
ラクスも、沈痛な声で応じる。
「なぜですか、アスラン? かつてはわたくし達と共に、戦争を止める為に戦ってくれたあなたが、なぜ今度は敵に回るのです?」
《言うな》
ラクスの問いかけに対して、アスランは平坦に努めるような声で答えた。
《今の俺はザフトの兵士だ。ならば、たとえ相手が誰であっても、戦わなければならない》
そう、かつての仲間であろうと。それは先のオーブ戦でキラ達と戦った時から、アスランが心に決めていた事だった。
かつてアスランはラクスから「敵であるならば私を撃ちますか、ザフトのアスラン・ザラ?」と尋ねられた事がある。
その時、アスランは答える事ができなかった。
だが今、アスランは明確な答えを持って、この場にいる。
たとえかつての仲間であっても、自分は討たねばならない、と。
「・・・・・・・・・・・・判りました」
諦念したように、ラクスも応えると同時に、両手のライフルを掲げた。
もはや、互いに言葉では止まらない。ならば、砲火で応じるしかなかった。
《行くぞ》
「ええ」
短いやり取り。
次の瞬間、ラクスとアスランは動いた。
PHASE-50「不完全者達の歌」 終わり